
「あれ、御剣……」 那、御剑……
たまたま寄った裁判所の廊下で、成歩堂と御剣は通りすがりに再会した。局長となってからというもの御剣は裁判所に来ることがあまりない。しかも珍しいことに、傍らには若い女性がいるではないか。
偶然走进法院的走廊,成步堂和御剑偶遇了。自从成为局长以来,御剑很少来法院。而且,更罕见的是,旁边还站着一位年轻女性。
何とはなく、近づかずに離れたまま二人を見ていた。御剣はあまり見たことのない、柔らかな表情をしている。あれは随分と気を許している証拠であり、やはり身内以外に見せるのはこれまた珍しい。そう思うと何だか奇妙な感覚がした。胸がもぞもぞする。
什么也没有,远远地、一直看着他们离去的背影。御剑露出了很少见的柔和表情。那是一种相当放心的证明,而且还是很少对外人展示的。这么想着,突然感觉有些奇怪。胸口有些发闷。
――御剣という奴は、饒舌と口下手を併せ持っている不思議な男だ、と、成歩堂は常日頃思っている。審理中や、その他ロジックを展開する時には大いに語るくせに、そこから外れると途端に口下手になってしまう。要は、素直に思っていることを言えないのだ。感謝や感動など、情動に満ちた言葉は特に。いつも他のことに取り紛らわせてしまうから、伝わりにくいのだ。折角、豊かな感情を持っているのに。
御剑那个家伙,既健谈又口拙,是个不可思议的男人,成步堂平时就这么想。在审讯中或者展开逻辑的时候,他总是能滔滔不绝地说话,但一旦离开那个场合,就会突然变得口拙起来。总之,他无法直率地表达自己的想法。尤其是感谢或感动等充满情感的词语。他总是把注意力分散到其他事情上,所以传达起来很困难。尽管他拥有丰富的感情。
(勿体ないんだよなぁ、いろいろと) 真是粗心大意啊,各种各样的事..
残念な奴、というのは彼のことをいうのだろう。残念で、面倒くさくて、やりにくい。本人も自覚はしているのだろうが、なかなか克服できないでいる。
遗憾的家伙,大概是在说他吧。遗憾、麻烦、难搞。他自己也意识到了吧,但似乎很难克服。
しかし、もし。御剣がそれらを克服できたら。 然而,如果御剑能够克服它们的话。
(すっごい、モテるだろうなぁ……。あの見た目で素直になられたらもう、女の子はイチコロなんじゃないか?)
太棒了,肯定很受欢迎……。如果被那种外表所吸引,女孩子不就完蛋了吗?
そんなことを考えて、ますます面白くなくなった成歩堂である。自分を差し置いてモテるなんて、許しがたい。浮いた話がないからこそ御剣であって、そうなってしまったらもう違う男だ。
如此想着,成步堂的兴趣越来越少了。放着我自己不管去吸引别人,这是无法容忍的。正因为没有多余的话,所以才成为御剑,如果变成了那样,那就不再是原来的男人了。
もう少しだけ、素直になってくれればいい。例えば、自分に関することならば、御剣は成歩堂を大いに買ってくれている。ただし、それはいつも他人経由で知らされることであって、彼が直接自分に言うことはない。成歩堂はそれが少し不満だった。
再稍微坦率一点就好了。比如,关于自己的事情,御剑对成步堂评价很高。但是,那都是通过别人传达给他的,他自己从不会直接告诉自己。成步堂对此有些不满。
――まぁ、いざ言われてしまうとさぞ恥ずかしくなるだろう。素直な御剣には免疫がない。……なんだ、自分は一体彼に素直になってほしいのかほしくないのか。
嘛,一提到这个话题,肯定会觉得害羞吧。对于直率的御剑来说,免疫是不存在的……那么,我究竟是真的希望他对我坦诚,还是不希望呢?
とりあえず現状維持が妥当だな、と成歩堂は結局いつもの結論になってしまう。
暂时维持现状是合适的,成步堂最终还是得出了往常的结论。
「ム、君か」 嗯,是你啊
佇んでいる成歩堂に気づいたか、御剣が軽く手を上げてきた。バレてしまったからには仕方がない、と成歩堂は彼らの傍に歩く。
佇立在原地,成步堂注意到了,御剑轻轻抬起了手。既然已经暴露了,那就没有办法了,成步堂走向他们的旁边。
「何をそんなところで突っ立っている? 用があるなら声をかければいいものを」
你在那里傻站着干什么?如果有用就出声好了
「いやぁ、お邪魔しちゃ無粋だなと思ってさ」 哎呀,觉得打扰到你们了
御剣はちらりと彼女を見ると軽く嘆息した。 御剑瞥了她一眼,轻轻叹息。
「そのようなアレではないから、心配無用だ」 “那种事情不用担心”
「あ、もしかして成歩堂さんですか!?」 啊,不会是成步堂先生吧!?
御剣と一緒にいた若い女性が、弾んだ声で成歩堂に呼びかける。まさか自分に矛先が向けられるとは思っていなかった成歩堂は、少したじろいでしまった。
年轻女性与御剑在一起,用清脆的声音呼唤成步堂。成步堂没想到矛头会指向自己,不禁微微颤抖了一下。
「あ、まぁ、そうだけど……」 嗯,就是这样……
「うわぁ、初めまして! 一度お会いしたかったんです。なんてたって、御剣さんを変えたお友達ですしね。あ、私、一条美雲です。大泥棒やってます」
哇,初次见面!我一直想见你呢。毕竟,我还是改变了御剑的朋友呢。啊,我是一条美雲。我是个大盗贼。
「は? 泥棒……?」 “什么?小偷……”
「気にしないでくれ。本当に泥棒をしているわけではない。物は言いよう、というだけだ。まぁ、君のところの真宵くんみたいなポジションと思ってくれれば」
别在意。我并不是真的在偷东西。话是这么说,但也没那么严重。嗯,你就把他当成你那里的真宵君那样的位置就好了。
なるほど、と頷く。確かにこの快活さは真宵と共通しているかもしれない。しかし、どこで出会ったのだろう。彼女は御剣の仕事を手伝ったりしたのだろうか。そうでもなければ、なかなか会うことはないはずだ。
嗯,点头赞同。确实,这种快乐可能与真宵相似。然而,是在哪里遇见的呢?她是不是曾经帮过御剑的工作?如果不是这样,应该不会那么容易遇见。
「彼女には以前、捜査で世話になったことがあってな。それ以来、時々顔を合わせている。――そういえば、君とは初めてだったか」
她以前在调查中受过她的照顾。从那以后,偶尔会见面。——对了,你是第一次见面吗?
「うん。話にはちょっと聞いてたけどね」 嗯。虽然稍微听过这个话题
何かの折に聞いたような気がするが、とんと忘れていた。
似乎在哪次谈话中听过的,但完全忘记了。
「御剣さんと初めて会ったのは、私が子供の時です。でも、その時のことを御剣さん忘れてましたよね。結構とんでもない出会いだったのに」
我和御剑先生第一次见面是在我还是孩子的时候。但是,我那时候已经忘记了那件事了。那真是一个相当不可思议的相遇呢。
「それについては申し訳ない」 很抱歉
「いえいえ。それでも御剣さんは私のヒーローですから!」
“不不。但是御剑先生还是我的英雄啊!”
「ヒーロー……」 “英雄……”
「そんなことはない。君は美化しすぎだ」 “那种事情没有。你美化得太过分了。”
それを聞いて、成歩堂も自身の子供の頃を思い出す。鮮やかに自分を救ってくれた、あの言葉。ここにも彼に救われた者がいるのか。
听到那句话,成步堂也回忆起了自己小时候。那个救了他自己的、鲜明的词语。这里也有被他救过的人吗?
御剣は厳しく断罪しつつ、ちゃんと人を救ってきた。そうして彼に救われた者の中に強烈な印象を残すのだ。自分がそうであるように。
御剑虽然严厉地审判,却始终拯救了人们。因此,那些被他拯救的人中,留下了深刻的印象。就像我自己一样。
「でもやっぱり、御剣さんはヒーローです。私もノコちゃんも救われたし……。何かあったら、またすぐに呼んでくださいね! お役に立ってみせますから!」
但是,御剑先生确实是英雄。我也被救了,诺诺也被救了……如果有什么事情,请随时再叫我来!我会尽力帮忙的!
「そんなことにならないよう祈ろう」 祈愿不要那样发生
その時、美雲の目が悪戯っぽく成歩堂を見遣った。好奇心が抑えられない、と言いたげだ。御剣は自分のことを彼女に何か言ったのだろうか。どんな風に?
那时,美云的眼睛带着调皮地看向成步堂。似乎按捺不住好奇心。御剑是不是对她说了些什么?会是什么样子呢?
「御剣さんを変えた人、かぁ……。確かに、一筋縄ではいかなそうな感じですね。髪もピンピンしているし」
把御剑先生改变了的人,啊……。确实,看起来不是那么容易就能做到的样子。头发也闪闪发光的。
「いや、髪は関係ないんじゃないかな」 “哎呀,头发好像没关系吧”
個性的な子だ。だが、屈託ないし、気立ては良さそうだ。案外、御剣と合うのではないだろうか。……そう思った時、何やら少し複雑な気分になった。
这个孩子很有个性。但是,似乎很坦率,也很体贴。或许和御剑很合得来……这么想着,突然感觉有些复杂。
「いいお友達がいてよかったですねぇ、御剣さん」 “有好的朋友真是太好了呢,御剑先生”
「…………」 「………」
「何でそこで黙るんだよ、おまえは」 你为什么在那里沉默啊,你啊
頷くくらいしてくれてもよさそうなものを、やはり自分がここにいるからだろうか。いなければ、御剣は素直に認めてくれていただろうか。
即使只是点头表示同意,也应该是由于自己在这里吧。如果不是这样,御剑会坦率地承认吧。
「なんで僕には言わないんだろうな、おまえって」 为什么不告诉我呢,你啊
思わずここ最近のぼやきが口から零れた。それに御剣が睨みを返してくる。
不由自主地,最近的一些牢骚从口中涌出。而且御剑也回以冷眼。
「何を不満に思っているのかは知らんが、私は言うべき時に言うべきことを言っている。そうだろう?」
我不知道你有什么不满,但我在该说的时候说了该说的话。是这样吗?
「いいや、おまえは圧倒的に言葉が足りないよ。だから不安になるんじゃないか」
「まぁまぁ、お二人とも落ち着いて」 嗯,你们俩都冷静一下
美雲が二人を取り持つように割り込んできた。彼女に言われるまでもなく、成歩堂も御剣もここで言い争うような愚を犯すつもりはないから、溜息と共に身を引く。ただし、成歩堂には終わらせるつもりはなかった。ここで一度、しっかりと念を押しておきたい。
「喧嘩するほど仲がいい、っていう生きた見本ですね」
这是一位相处得很好的朋友,活生生的例子啊
「そう見えるのは君だけだな、きっと」 这大概只有你才会这么觉得吧
「またまた、そんなこと言っちゃって。照れ屋さんなんだから」
又说了那种话。害羞鬼嘛。
いや、こいつの場合、照れ屋とかいう問題ではない。そうツッコミたかったが、成歩堂は言わずに置いた。ここで更に口を挟めば、御剣はますます意固地になってしまう。
できれば彼女には速やかに退場いただき、御剣には今夜の約束を取り付けよう。久々にタイマンで張り合いたい。
「それより美雲くん、糸鋸刑事が待っているのではないか?」
そんな成歩堂の思惑に気づいたわけではないだろうが、御剣が美雲を促した。あっ、と美雲が目を瞠る。
「そうでしたそうでした! もう、早く言ってくださいよ御剣さん」
「君が私に特攻してくるからではないか」
「そりゃ、目の前に御剣さんがいれば突っ込んでいかなきゃ」
「突っ込んでくるのはこの男だけで充分だ」
親指で示されて、成歩堂は肩を竦める。素で天然者の御剣は、成歩堂にとってツッコミの宝庫だ。
「ツッコミ甲斐がありますもんねぇ。じゃ、行きますね。今度、ノコちゃんと三人で食べに行きましょう。たまには、ノコちゃんに美味しいものを奢ってあげてください」
心臓が止まらない程度のもので、と美雲は笑いながら去っていった。それを見届けた二人は、ほぼ同時に溜息を吐きつつ互いを見遣る。なんとなくバツの悪そうに見えるのは気のせいだろうか。
成歩堂はできるだけ平静を装いながら訊ねる。
「……ところで今夜、暇?」
「そう思うのか?」
「思わないから訊いたんだよ」
「なら訊くな」
まったく、と呆れ顔になりながら、御剣は歩き出し、成歩堂はその後をついていく。彼と約束を取り付けなければならない、と意地のように決めていた。
成歩堂が引かないとわかり、御剣は足を止めて振り返った。その距離が随分と近かったのに驚いたのは二人ともだったが、どちらも顔には出さずに済んだ。
「仕方ない、何とか暇を作ってやる。ただし、店などには行かんぞ。帰る手間が惜しいからな」
「どこでもいいよ。うちに来る? どうせおまえんち何もないだろ」
「どこまでも失礼な奴だ」
とはいうのものの、否定はしなかった。言い出したのは成歩堂なのだから、彼に任せればいい。それに、御剣よりも台所に慣れているのは確かなのだから、その方が万事都合がいいだろう。
「ドタキャンなしだからな」
「わかっている。それにしても、今夜でなければならないことかね」
「思い立ったが吉日、っていうだろ。何事も勢いは大事だ」
我ながら何を言っているのだろう、と成歩堂は自分にツッコみたくなったが、どうにも「また次の機会に」という気分になれないのだから仕方がない。
御剣も同じようなことを思ったようで、「何の勢いだか」と呟いたのが聞こえたが、どこか笑み交じりだ。機嫌は悪くないのだろう。
「まぁいい。わかった。それではな」
さらりと片手を上げると、御剣は歩き出していく。ピンと張ったその背中を、成歩堂は無意識に追いかけていた。腕まで伸ばしたところで気づいた御剣が振り向く。
「……なんだ?」
「あ、いや。何でもないんだけど」
何だろうね、と頭を掻いて誤魔化す。理由など訊かれてもないのだから、答えようがない。それに御剣は軽く溜息をつくと、
「心配せずとも、ちゃんと約束は守る」
「うん」
まったくこいつは。
こういう時、果たして自分と相性がいいのか悪いのかわからない。確かに、彼は自分のことをよくわかっている。そして自分も彼のことをそれなりにわかっている。
わかっているから、いちいち言わないのだろうか。それもあるのかもしれない。それでも、ちゃんと人にではなく自分に直接言ってほしい。
「迎えに来てくれる?」
「車が使えなくなるのに行けるか」
「いいだろ、うちに泊まれば。駐車代くらいは出すし、美味いもん作ってやるし」
「随分と熱心だが、何か下心でもあるのか」
「そんなのないよ。だいたい、おまえに下心なんて持ちようがないだろ」
ただ、たまにはいろいろと話したいだけだ。それだけなのだが、本当にそうかなと少し自分に疑問を持った。もちろん、そんなことは顔に出さない。言葉にしないのはお互い様だ。
「確かにそうだな。では」
あっさりと御剣は行ってしまい、今度は成歩堂は追えなかった。……本当は、このまますぐにでも一緒にうちに来てほしかった。時間を置いたら、自分も彼も言うべき言葉を飲み込んでしまうような気がする。だけど、勢いのままでいっても上手くいかないだろう。冷却時間はやはり必要だ。
(ま、いいか。約束したし)
こうなれば、自分もちゃんと今日の仕事をしなければ。彼を待たせることのないようにしないと、と思ったら俄然やる気が出た。
――まったく、面倒なことになった。
戻ってきたデスクの前で、御剣は溜息をついていた。成歩堂の奴は、何をあんなにムキになっていたのか。
何で言わないんだろう、だと? つまり、面と向かって褒めろ称えろというのか。そんな恥ずかしいことができるか。だいたい、そんなことを言われてまともに聞いていられるものなのか。
(普段は私のことなど、まるで眼中にないくせに)
例の、DL6号事件を解決した後は拍子抜けするほどあっさりとした付き合いになった。目的が済んだとなれば、それ以上はもう気持ちが醒めてしまうのかあまりこちらに絡んでくることはなかった。それでも、縁が切れないように努力し、何かあれば必ずお互いの手が届く処にいて自然と助け合う自分たちは、やはり「相棒」という関係がしっくりくる。
それ以外は、二人で会うことはあまりない。必ず矢張なり真宵なり、誰かがくっついてくる。それが二人で家飲みなど、実は何か裏があるのではと勘ぐりたくなってしまう。成歩堂は下心などないと言っていたが。
……それとも、自分の方に何かあったか。彼に追及されるようなことをしただろうか。そんなことはしていないが、時折妙に鋭く聡い成歩堂だから油断はできない。
(恐ろしい男だからな、彼は)
改めて御剣はそう思う。下手に言いくるめようとしても返り討ちに遭ってしまう。上げ足を取られるような、或いは言質を取られるようなことのないように用心しなくては。
それにしても、家にはみぬきがいるはずだが、あの様子では彼女に了解は得ていないだろう。思い付きで誘ってきたはずだ。まったく、娘を振り回して困った男だが、彼女がいれば成歩堂の暴走を止めてくれるだろう。その点はありがたい。
何か持って行ってやらなくては、と御剣は思案を始めた。みぬきに毎回何を持って行こうかと考えるのは、実は御剣にとって結構楽しいことだった。
心情上是从逆裁 6 开始。难得局长先生先发表了心情。
普段素直になれないので、成歩堂家に受け入れられているという事実に却って戸惑う局長。
因为无法保持坦率,反而对被成步堂家接纳的事实感到困惑的局长。
続けるかどうかは不明です。 继续与否尚不明确。