異世界ロリフターズ! ~ロリフと一緒に酒を飲もう~
雨夕美
第1章 脱出
第1話 入社式からバックレよう!
「あんたねぇ! いい加減にしなさいよっ!? 何回も同じ事を言わせないでっ!」
「同じ事を言ってるのは俺の方だ。間違いない。この社会派紳士である俺は常に一貫している」
「一貫しているから困ってんでしょーがっ! いいわ。もう一度言ってあげるから心して聞きなさい」
「……だってお漏らししたのは事実だろ」
「違うっ! あれは涙みたいなモノだって何回言ったら分かるのっ!?」
(やっぱり涙ぐらいは漏れてるって事だよな……)
「俺には到底納得出来る案件ではない。それに俺はその尿漏れエルフに対して風邪を引かないように心遣いまでしたのに、なんでこんなに咎められているんだ?」
「あーっ!? 尿漏れエルフって言ったぁ!? 絶対言わないでって約束したのにっ! 裏切ったわねぇ!?」
「裏切るも何も俺は社会派紳士に誓って、絶対言わないとは約束していない」
「言ったぁ! 言ったのよ! 絶対言ったわ! こんのぉ!」
「……っ!? こいつっ!?」
俺と言い争い組み合っている幼いエルフ、名はネピアという。彼女と同じように立つと、頭をポンポンと叩きやすいくらいのサイズだ。だが侮ってはいけない。このネピアは俺を打ち倒せる程の能力を保持している。
「タロさんタロさん。あれなんですか?」
そしてもう一人のエルフはエルモアという。二人は双子でエルモアがお姉さん。このやかましいのが妹。現実とは残酷なもので、ここまで双子に差があると可哀想になってくる。そういう哀れんだ目でネピアを眺める。
「あ……んたぁ!? そっ……のっ……哀れんだっ! 目はやめろってんでしょっ!」
「うっ……る……せっ! 哀れんでんだよぉ! オラぁ!」
組み合いから互いに押し合った結果、間合いをとるような位置まで後退する。
「……」
「……」
「タロさんタロさん」
「……はい。なんでしょうか?」
「また……いつもの人たちがこっちに向かってきてます」
「「えっ!」」
俺とネピアの声がハモる。一度はこちらの切り札で大人しくなった奴らだったが、都合のよい理由をつけて俺たちを付け狙ってくる。もとい、このロリフターズ(ロリ+エルフ+シスターズ)を狙っている。俺は彼らにとっては邪魔者でしかない。
ただ俺には奴らにはないモノを持っている。いや持っていたんだ。それは奴隷であった彼女らの所有権だ。
「おいっ! ネピアっ! 喧嘩は後回しだっ! 逃げるぞっ!」
「あーっ! そうやってまた誤魔化すんだっ!? 今っ! 認めなさいっ!」
「……じゃあ任すわアイツら。貞操には気をつけろよ。じゃあエルモア行こう」
「はい!」
「待って! 待ってぇ! アイツらの目がっ……血走ってっ!?」
たった数日だった。Fラン大学新卒で入った会社の入社式から、この新世界で今の状況になるまで。そう……俺は入社式当日にバックレた哀れな豚の内の一匹だったんだ。
そして新世界のこの状況から、入社当日まで
「はいっ! 残業代はいりません! 今日も残業うれしいな!」
「「「「「 残業代はいりません! 今日も残業うれしいな! 」」」」」
「はいっ! 休日出勤うれしいな! 今日もお仕事ありがとう!」
「「「「「 休日出勤うれしいな! 今日もお仕事ありがとう! 」」」」
「はいっ! 一秒遅刻で一万円! 当日欠勤十万円!」
「「「「「 一秒遅刻で一万円! 当日欠勤十万円! 」」」」
「はいっ! 社内ローンでフル装備! 支払い全部リボルビンッグ!」
「「「「「 社内ローンでフル装備! 支払い全部リボルビンッグ! 」」」
この熱にうなされた春の悪夢は現実だった。そして何故このように全力で声を出しているのか。この尋常ではない熱気が渦巻いた原因はいくつか存在した。
まず百人に近い新卒集団がこれほどまで、しかも数十分でまとまる訳が無い。キッカケは社長が挨拶している時に、学生時のように無駄口をしている者達がいた。
壇上よりどう考えても堅気には見えない社長が直接向かい、あろう事か教育的指導と称し手を出したのだ。彼らも暴力を振るわれるとは思っていなかったらしく、一人は見るからに怯えた表情を見せたが、片方の男が父親にもぶたれた事が無かったのか、激しく激昂し「訴えてやるっ!」と息巻いた。
すると俺達の周りにいた先輩の一人がそいつらを引きずって退場させていく。
社長は満足したかのように、お供なのかボディーガードなのか分からない人達とこのホールから退出していった。そして新しく壇上に上がった別の人が今のこの状況を作り上げている。
エサを貰うひな鳥のように全力で口を開閉させるまでに時間はかからなかった。誰もがこれをこなさないと同じ指導を受けると思ったからだ。とてつもない一体感を感じながらも永遠に続くことはなかった。
周りにいた先輩達がグループに分けて小会議室に新人達を振り分けていく。
会議室に移動する際、俺は咎められる前に近くにあった便所へ滑り込む。個室に入り状況を整理する。便座に座り頭を抱えるようにするも、習慣からなのかスマホを手にしていた。
(やばい! ヤバイ! ブラック過ぎる!)
ネットに書き込む事が出来ればどれだけ気が晴れたか。おもしろおかしく書くことで、この状況を楽しめたかもしれない。ただ自分にあったのは突き刺さるような現実感だけだった。意識せず両手で頭を抱える前に、スマホをトイレットペーパーホルダーの上にある小物置きに、音を立てないよう繊細に置く。
(どうする!? どうするっ!? どうするぅっ!?)
どれだけ考えても後悔とここから一秒でも早く逃げ出したいという事だけ。あれだけ頑張ってようやく手に入れたって就職先だってのに、今はお荷物どころか不発弾と化していた。このまま逃げてしまおうかと思った矢先に声がかかる。
「どうしたの……? 皆待っているよ……」
尻の穴から魂が抜けたと思うほど強烈な驚きであったが、魂が抜けたお陰なのか声は出ずに済んだ。
ドアを開けると、そこには「
先輩と一緒にトイレから出る。これから小会議室で始まるであろう地獄の研修に恐れをなしていた。だが俺の心はもうすでに決まっていたので会議室に入る前に先輩に声をかける。
「すっ……すいまっせん……トイレにスマホをっ……置き忘れたみたいで……すぐ取りに行って……」
言葉が終わる前に先輩が、危険物を所持していないかのようにボディーチェックして、スマホを所持していないか確認してくる。
「本当のようだね……即座にっ!……戻るんだよ……?」
「はっ……はいっ!」
完全に感づかれていたが最初で最後の好機と知った俺は脱兎のごとく逃げ出した。そうして始まったのだ。終わったと思っていたのに始まっているとは思いもせずに。
脱兎のごとく入社式から離脱し、今のところ逃げ切れている。念には念を入れ、最寄の駅は使用せずタクシーを呼び止める。荒い息を隠そうともせずシートにもたれかり、ここから少し離れた駅まで行ってもらうように伝える。
「すいませんがシートベルトをお願いしますね」
「……あっはい」
言われて素直にベルトを締める。すると運転手さんが何かを探し始める。
「人生色々ですよ? お兄さん」
「えっ?」
俺の状況を知っているかのように話しかけられた。すると捜し物は見つかったのか、それを俺に手渡してきた。
「直で悪いんですがね。これ付けるだけでもかなり印象が変わりますよ」
「えっ……くれるんですか?」
「えぇ。使ってくれる人を探しているんですよ。そいつはずっとね」
「はぁ……」
それはサングラスだった。いやサングラスなのか。運転手さんにその事を訪ねると一言「そうです」といった。
見た目は最近流行のVR機器を二周りくらい小さくした感じで、これを付けて歩いていたら確実に不審者という様な未来チックなサングラスだった。このサングラスを外した瞬間に目から破壊光線でも出そうな勢いである。
「こんな商売しているとね、分かるんですよ。色々とね。まぁ良ければ使って下さい」
「……ありがとうございます」
なんだか凄い恥ずかしいサングラスではあるが、この雰囲気だと付けない訳にもいかなかったので、俺はこれを装備する。
「あっ……明るい……」
「そうなんです。そのサングラス凄いでしょ? 全く暗くならない。そしてより明るく全てが見通せるような視野角。なんでも古代遺跡から発掘された代物らしいですよ? それをとある財団から奪ってきたのです」
「えっ!?」
「はははっ。冗談ですよ冗談。今はそういった冗談を聞いている方が気が楽じゃありませんか?」
「は……はい。そうかもしれません」
確かにそうだった。これからの事を考えると下を向きたくなる。意外にも時間が経っていたのか、駅に着いたらしく声をかけられる。
「この辺りでよろしいいですか?」
「はい……なんだか色々とすいません。これ……頂きます」
運転手さんは俺に「グッドラック」と告げると、この東京砂漠の一部と化していった。
(はぁ……)
塞ぎ込んでいく気持ちに合わせて電車のドアが閉まる。車内には同じようにスーツを着たサラリーマンがいる。同じなのに、同じじゃない。彼らはどこに行くのだろうか。そして俺は家に帰るのだ。
安アパートに帰る前にスーパーで惣菜でも買って帰ろうかと考えたが、自宅に戻ったらもう酒飲んで寝てしまいそうだったので、一呼吸おく。アパート近くまできたが、これからの人生に多少なりとも危機感を感じた俺は、再就職や転職サイトなどをスマホで見ながら歩いていた。
今までは大学で事足りた就職の相談がなくなった事に気づき、ネットでもお馴染みのハローワークに頼ってみる事を考えた。
(そういえば行った事ないよな。どういう感じなんだろうか?)
スマホで調べてみるとこの駅周辺にも存在している事が分かり、アパートの前を通り過ぎそちらに向かおうとした瞬間に自身の第六感を感じ取る。
俺はいつも直感を信じるようにしている。俺らは人間でこのような科学の時代に生きているものの、元は自然界に存在する動物のように暮らしていた時もある。その名残がこういった感覚なんだと言い聞かせる。
(なんだ? 自宅のアパートに何かあるのか?)
こういった古いタイプのアパートに住むと分かるが、何せ怪しい訪問が多い。そいつに金がなくてもそいつに何がなくても、搾取しようとする奴には関係がない。俺はこれから見えるであろう自分が住むアパートの手前曲がり角から、恐る恐る顔を出して覗き込んだ。
(なんで俺が不審者のようにならねば……っ)
俺は何故か顔を出した瞬間、デジカメでその場面を保存したような感覚に陥り、それを吟味するために一度顔を元に戻した。何か感じる……違和感が。
頭の中に保存した画像を頭の中に作成してある、新しいフォルダー(3)からもう一度確認する。ダブルクリックした時のように、保存した画像がビューワーによって脳全体に展開される。
(何が……おかしいんだ? ただ車が……止まって?……!?)
ありえない……ことはない。この安アパートに車が止まる事もある。だが明らかに場違いだった黒塗りの高級車。サクセスした者しか乗れないであろうそのメーカーの車。
(もうロゴもSにしとけよ……)
そう妬む意識を金持ちに向けた瞬間全てが繋がる。それは単純明快で4ピースのジグソーパズルがピッタリと当てはまったような、当たり前の事実。
だがその事実を確認せねばなるまい。単なる俺の被害妄想であれば、自分のアパートにも帰れない、無職の若人妻好きというレッテルを近所の奥様方から植え付けられるも必死。なぜならば、いつも明るく俺に挨拶してくれる若人妻が、俺を犯罪者を見るような目つきになっている事が原因だ。
(背に腹は変えられない。そして社会派紳士の名を汚してはならない)
そして意気揚々と若人妻に挨拶をしアパートへ前進した瞬間、射抜かれるような視線を全身に感じる。
「さぁ……行こうか……まだまだ始まったばかりだからね……?」
「うぉわぁーーーーーーーっ」
(いたっ! いたぁ! いたぁーーーっ!
もう若人妻はあきらめて全力で撤退する事に注力する。生涯これほど全速力で脇目も振らず走った事があったのだろうか。
出来る事なら自分の顔を真正面から撮った動画をフルスクリーンで見たかった。これほど気持ちの悪い顔が出来る奴もそういないだろう。目の焦点はぼやけ、だが瞳孔は開き、鼻の穴から液が垂れている。口はだらしなく開き、口の両端だけでなく、いたるところから唾液が垂れ町内に舞う。
(はぁっ……はぁっ……はぁっ……)
(はぁっ……はぁっ……はぁっ……)
(はぁっ……はぁっ……はぁっ……)
警戒心は解けないが、警戒出来るほど体力も無かった。今は呼吸を整えるので精一杯だ。
(どこだ……ここは……?)
何の因果か、所望していたハローワークの目の前だった。
(これが……ここが……ハロワ……存在していたんだ……)
伝説の神殿を見つけた神官のように体が震えた。限界まで走り過ぎた体が拒否反応を起こし、吐瀉物を吐き出してしまう前兆かと予想したが完全に裏切られた。これからここに来るであろう悪魔に連行されるのであれば、吐瀉物をハローワーク入り口に塗布した方がまだマシと言える。
すると遠い向こうから、純正マフラーとは思えない排気音とタイヤを鳴かせながら走る、黒い高級車がこちらに迫ってきた。
(きっ……来たぁーーー! 車で来たぁーーー! なんで! なんでっ! 俺の居場所がっ!!!)
あらぶるサクセス。俺の居場所にアクセス。
(くだらない事考えている暇はないっ! どうすれば!? どうすればっ!?)
すると場違いに落ち着いた声が俺にかかる。
「どうかの? 特設就職説明会を開いているのじゃが話を聞いていかんか?」
何故なのか燕尾服を華麗に着こなし、山高帽とステッキを装備したモダンボーイなじいさんが目の前に現れる。あまりにも突飛な感じはしたものの、俺はそれを受け入れる事にした。
(とにかくここは身を隠すしかないっ!)
俺は迫り来る悪魔を背後にしながら、ハローワーク横の特設就職説明会場と書いてある簡易テントの中に身を潜らせた。
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