あおいろの鍵 青色的钥匙
BM所属未来if。世一の家の鍵を盗んで入り浸るカイザーと、そんなカイザーを受け入れる世一のお話。
BM 所属未来 if。偷走世一家钥匙并常驻的凯撒,以及接纳这样凯撒的世一的故事。
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1.
陽が傾いて、空が柔らかく焼けていく。僅かな寂しさを思わせる空色を見上げた世一は、食材をたっぷり詰めたエコバッグを持ち直し、帰路を急いだ。
夕阳西下,天空柔和地染上了色彩。世一抬头望着那略带寂寥的苍穹,重新提了提装满食材的环保袋,加快了回家的步伐。
今日は気分が良い。悩みが晴れた、とも言える。超越視界を使ったオフ・ザ・ボールの新しい動き、そしてシュートに繋げる脚の運び方をずっと研究、シミュレーションしていて、今日の練習試合でようやくその糸口を掴み、実現できた。チームメイトの一人が世一に固執する動きをしてくれたからこその成功だ。あとはどんな状況でも今日の動きをできるように、自分の戦法に適応させていかなければ。
今天心情很好。可以说,烦恼一扫而空。他一直在研究、模拟如何运用超越视野进行 Off-the-Ball 的新动作,以及如何将脚法与射门连接起来,终于在今天的练习赛中抓住了线索,成功实现了这一技巧。正是因为队友中有一人坚持不懈地配合世一的动作,才促成了这次成功。接下来,他必须将今天的动作融入自己的战术中,无论在何种情况下都能灵活运用。
――あー、サッカー楽しい! ——啊,足球真有趣!
今季から本格的にドイツに渡り、強豪フットボールクラブのバスタード・ミュンヘンでプロサッカー選手の道を歩み始めた世一は、憂いなくサッカーに打ち込める環境に興奮していた。もちろん仕事なので取材やミーティングなどサッカー以外にもやらなければいけないこともあるが、ずっとサッカーしていられることを考えれば苦にならない。
本季正式前往德国,加入强豪足球俱乐部巴斯塔德·慕尼黑,开始职业足球生涯的世一,对能无忧无虑专注于足球的环境感到兴奋。当然,因为是工作,除了足球还有采访和会议等必须处理的事情,但想到能一直踢球,就不觉得辛苦。
とにかく練習して、強くなって、最高のゴールを決めたい。世一はそのエゴのもと、日々練習と試合をこなしている。
总之,他想通过练习变得更强,进最好的球。世一在这个目标的驱使下,日复一日地进行训练和比赛。
そして強くなるためには、私生活の充実も欠かせない。プロになるにあたって初めて一人暮らしをするようになった世一は、特に自炊を頑張っていた。実家にいた時は食事を母に任せていたので料理の腕は初心者レベルだが、日本食が恋しくなると頼れるのは自分だけ。米を中心とした食生活に早々に戻り、醤油とだしの味を中心とした料理を作り続けている。
为了变得更强,私生活的充实也是不可或缺的。成为职业球员后首次开始独居的世一,特别努力于自己做饭。在老家时都是依赖母亲做饭,所以厨艺还处于初学者水平,但每当想念日本料理时,能依靠的只有自己。他很快回归以米饭为主食的生活,持续制作以酱油和出汁为主味的料理。
今日は良いことがあったということで、家でお好み焼きを作るつもりだった。閉店間際のアジアンショップに駆け込み、お好み焼きには欠かせないソースや鰹節、紅生姜、青のりを買い込んできた。スーパーでもキャベツと豚肉を買ったので、準備は万端だ。
今天有好事发生,打算在家做大阪烧。赶在亚洲商店打烊前冲进去,买齐了大阪烧必不可少的酱汁、鲣鱼片、红姜、海苔。还在超市买了卷心菜和猪肉,万事俱备。
浮かれた気持ちでアパートの階段を上り、二階の奥の部屋に向かう。鍵を取り出して差し込み、違和感に気付いた。
心情愉悦地爬上公寓楼梯,走向二楼最里面的房间。拿出钥匙插入,察觉到了异样。
「開いてる……?」 「开着……?」
浮かれた気持ちが一気に吹き飛び、ぞっと背筋が粟立つ。今朝、世一は鍵を閉めたはずだ。施錠した後、ドアノブが動かないことを確認しているので間違いない。それなのに開いている。つまり、誰かが鍵を開けたということだ。
兴奋的心情瞬间消失,背脊一阵发凉。今早,世一应该锁了门。锁好后,他还确认了门把手无法转动,这一点毫无疑问。然而门却开着。也就是说,有人打开了锁。
――どうしよう。 ――怎么办。
世一は息を詰めた。ミュンヘンは治安が良い町ではあるが、日本と比べれば警戒が必要な町でもある。そしてアジア人は警戒心が薄いからと狙われやすいとも聞いた。空き巣の可能性は十分にある。
世一屏住了呼吸。慕尼黑虽然治安良好,但与日本相比,仍需保持警惕。而且听说亚洲人警觉性较低,容易被盯上。入室盗窃的可能性很大。
こういう時の対応を、世一は全く知らない。知らないなりに考えてみても警察に通報する、ということしか思い当たらないが、日本では当たり前のように知っていた110番がドイツでも通じるのか、そう言えば調べたことがなかった。
这种时候该如何应对,世一完全不知道。虽然不知所措地想了想,但除了报警之外,也想不出其他办法。在日本理所当然知道的 110 号码,在德国是否也通用呢?说起来,自己从未查过。
――いや、もしかして俺が鍵をかけ忘れたのかもしれないし。
——不,或许是我忘记锁门了也说不定。
頭をぶんぶんと振って悪い考えを追い払う。息を吸って、吐いて。扉を慎重に開けた。
他用力摇摇头,驱散不好的念头。深吸一口气,再缓缓吐出。小心翼翼地打开了门。
暗い廊下に、己の影が映る。そして目下の玄関には世一の靴が並んでいた。世一は日本に住んでいた時の癖が抜けておらず、土足で自宅を歩かないようにしている。なので靴の側には部屋用のスリッパも並んでいるのだが、スリッパが一組欠けていた。そして、世一の靴の並びに知らないスニーカーが投げ捨てられていた。
昏暗的走廊上,映出自己的影子。眼下玄关处,世一的鞋子整齐排列。世一还保留着在日本生活时的习惯,不穿鞋在屋内走动。因此,鞋旁还摆放着室内拖鞋,但拖鞋少了一双。而且,世一的鞋旁还扔着一双陌生的运动鞋。
世一は扉を閉める。不審者が中にいる、明らかな証拠だった。
世一关上门。屋内有可疑人物,这是明显的证据。
携帯端末を手に取ろうとしたが、違和感に気づく。玄関にあったスニーカーはアスリート、特にサッカー選手に人気のブランドのもので、蛍光イエローが差し色になっているそのシリーズは高価なものだ。果たして、泥棒がそんなスニーカーを履いているだろうか。
他正要拿起手机,却察觉到一丝异样。玄关处的运动鞋是运动员,尤其是足球选手喜爱的品牌,那双以荧光黄为主色的系列鞋价格不菲。究竟,小偷会穿着这样的运动鞋吗?
世一はもう一度扉を開けた。謎のスニーカーは何度見ても日本円で三万円はするシリーズのものである。見た目から使い込まれ、手入れもされているのが分かった。
世一再次打开了门。那双神秘的运动鞋,无论怎么看都是价值三万日元的系列产品。从外观上可以看出,它们已经被使用过,并且得到了妥善的保养。
――誰だ……? ——是谁……?
今度は扉を閉めることなく、足音を立てないように入る。靴を脱ぎ、荷物を置き、念のため己のスニーカーをバッドのように構えながら廊下を進んだ。
这次他没有关门,而是悄无声息地走了进来。脱下鞋子,放下行李,为了以防万一,他像拿着棒子一样握着自己的运动鞋,沿着走廊前进。
浴室に続く洗面所を覗くが、人影はない。トイレも気配が無い。となると、怪しいのはリビングだ。世一は隙間を作る扉に背を這わせ、その隙間をゆっくりと除いた。
窥探通往浴室的盥洗室,不见人影。厕所也无动静。如此一来,可疑之处便是客厅了。世一背贴着留有缝隙的门,缓缓推开那道缝隙。
「……は?」 「……咦?」
思わず声が出た。隙間から見えた金髪に、一気に警戒心と緊張が解けたのだ。
不由自主地发出声音。从缝隙中看到的金发,瞬间让警戒心和紧张感消散。
世一は大きな音を立てて扉を開け、ソファーに座っている不届き者をスニーカーの踵で殴る。毛先が青く染まった金髪はぐらりと揺れた。
世一猛地推开门,发出一声巨响,用运动鞋的鞋跟踢向坐在沙发上的不速之客。染成青色的金发微微晃动。
「おいカイザー、何してんだ」 「喂,凯撒,你在干嘛?」
「……ってぇ……、随分な挨拶だな」 「……真是……,真是个粗鲁的问候啊」
「不法侵入者にはお似合いだろ」 「对入侵者来说正合适吧」
頭を押さえながらこちらを見上げた男――ミヒャエル・カイザーは悪びれる素振りすら見せず、呆れた顔をする。
按着头抬头看向这边的男人——米夏埃尔·凯撒连一丝愧疚的样子都没有,露出了无奈的表情。
「不法なんてとんでもない。俺はちゃんと玄関の扉を開けて入ったんだ」
「说什么不法,真是荒谬。我可是好好地打开了玄关的门进来的」
「はあ? 鍵閉まってただろ。どうやって」 「哈?门不是锁着的吗。你怎么进去的」
そう言うと、カイザーはにやりと嫌な笑みを浮かべた。そして服から何かを取り出し、見せつけてくる。ちゃり、と音を立てて揺れるそれは銀色の鍵だった。世一は手早くポケットから自分の鍵を取り出す。どう見ても同じものだ。
说完,凯撒露出了令人不快的笑容。然后他从衣服里掏出什么东西,展示给世一看。发出清脆声响摇晃着的是一把银色的钥匙。世一迅速从口袋里拿出自己的钥匙。怎么看都是同一把。
「お前、なんでそれを……?」 「你,为什么会有那个……?」
この家の鍵は二つ存在する。その片方は世一が入居するその日に無くしてしまったのだ。家から出していないはずだし、いつか見つかるだろうと思っていたのだが、それを何故カイザーが持っているのか。
这栋房子的钥匙有两把。其中一把在世一搬进来的那天就不见了。本以为应该没有带出家门,总有一天会找到的,但为什么凯撒会有这把钥匙呢。
カイザーは世一と同じバスタード・ミュンヘンに所属する選手だ。しかしリザーブチームで実力を磨く世一と違い、彼はひと足先にトップチームで活躍している。リザーブとトップでは利用する施設もスタジアムも違うので、彼が世一が落としたものを偶然拾う、なんていうシチュエーションはありえない。
凯撒和世一一样,都是属于巴斯塔德·慕尼黑的选手。但与在预备队磨练实力的世一不同,他早已在一线队大放异彩。预备队和一线队使用的设施和球场都不同,他偶然捡到世一丢失的东西,这种情景是不可能发生的。
訝しんでいると、カイザーが揶揄うように鍵を揺らした。
正感到疑惑时,凯撒嘲弄般地晃了晃钥匙。
「何でもいいだろ。で、世一くんはまだ気付かないのか?」
「什么都行吧。话说,世一君还没注意到吗?」
「気付く、って、何に」 「注意到,是指什么?」
カイザーは笑みを浮かべるだけで答えない。世一は彼の周りをじっと見つめて観察する。何か、変化があるのだろうか。家具は引っ越した時と同じく、テレビ、テーブル、ミニソファーのまま。あとはそれなりに散らかっていて――と視線を巡らせたことで、あ、と声を出す。
凯撒只是浮现出笑容,没有回答。世一专注地观察着他的周围。有什么变化吗?家具还是搬家时的样子,电视、桌子、迷你沙发都还在。还有些凌乱——视线扫过时,他突然发出一声「啊」。
「俺の服」 「我的衣服」
「洗濯機で回してる」 「正在洗衣机里转呢」
「えっ、ありがとう……?」 「诶,谢谢……?」
耳をすませば、確かに洗濯機の騒がしい音が聞こえてきた。今朝時間がなくてソファーに脱ぎっぱなしだったスウェットたちを入れてくれたらしい。思わぬ善行に疑問形ながらも礼を言うと、カイザーがつまらなさそうな顔をする。
侧耳倾听,确实能听到洗衣机那嘈杂的声音。似乎是帮我放进了今早因时间紧迫而随意扔在沙发上的那些运动衫。对这意外的善举,虽带着疑问的语气,我还是道了谢,凯撒却露出一副无聊的表情。
「洗剤の代わりに牛乳を入れられた、とは思わないのか」
「你难道不觉得他是用牛奶代替了洗衣剂吗?」
「今家に牛乳無いし……本当に嫌がらせしてるなら、お前わざわざ俺に言ったりしないだろ。あとで俺が自分で気づいてガッカリする、って方がお前好きそう」
「现在家里没有牛奶……如果他真的想捉弄我,就不会特意告诉我了。你更喜欢看我事后自己发现然后失望的样子吧。」
「0点。むしろマイナス百点」 「零分。不,负一百分」
「はいはいはい」 「是是是」
子供のような拗ね方をし始めたカイザーを適当に流し、世一は玄関にスニーカーを戻してからいつものルーティンに戻った。手を洗い、うがいをして、荷物を解く。買ってきた冷蔵品は一旦冷蔵庫にしまって、調味料たちはキッチンの作業台に並べた。
世一随意地应付着开始像孩子一样闹别扭的凯撒,将运动鞋放回玄关后,回到了平时的日常。洗手、漱口、解开行李。买来的冷藏品暂时放入冰箱,调味料们则排列在厨房的工作台上。
「なんだそれは」 「那是什么?」
のそりとやってきたカイザーが、調味料たちを興味深げに眺める。世一は調理の準備をしながら教えてやった。
悄悄走近的凯撒,饶有兴趣地看着调味料们。世一一边准备烹饪,一边告诉他。
「日本でお馴染みの調味料。これからお好み焼き作るんだ」
「这是日本常见的调味料。接下来我们要做大阪烧。」
「オコォ、ノミャキ」 「哦,好美味」
「お好み焼き。なんて言えばいいかな……キャベツがたっぷり入ったパンケーキみたいな感じ?」
「好美味烧。该怎么形容呢……就像满满卷心菜的煎饼?」
「クソ不味いだろ」 「真他妈难吃」
「憶測で断定すんな。そこまで言うなら食べていくか?」
「别凭猜测下定论。既然你这么说,要不要来吃?」
「はあ?」 「哈?」
「洗濯回してくれたし。あと少しの労働で食べさせてやるよ」
「你帮我洗了衣服。再稍微劳动一下,我就让你吃。」
「何をさせるつもりだ?」 「你想让我做什么?」
「これ」 「这个」
世一は日本から持ってきた泡だて器を見せてやる。カイザーは眉を顰めたが、馬鹿にしたり呆れたりすることはせずに、それを受け取った。
世一展示了从日本带来的打蛋器。凯撒皱了皱眉,但没有嘲笑或惊讶,而是接了过来。
一番疲れる作業をカイザーに任せたおかげで、スムーズにお好み焼きが出来上がる。食欲をそそるソースの匂いに腹を鳴らしながら、世一は鰹節と青のりをぱらぱらとかけた。
将繁琐的工作交给凯撒后,章鱼烧顺利完成。闻着诱人的酱汁香气,肚子咕咕作响,世一撒上了木鱼花和海苔。
「それは?」 「那是什么?」
「こっちは魚の身を削ったやつ、こっちは海苔」 「这边是削下的鱼肉,这边是海苔」
「奇妙なものだな」 「真是奇妙啊」
「これがお好み焼きの黄金レシピなんだよ」 「这就是御好烧的黄金配方哦」
最後に食べやすいように四等分して完成だ。世一はカイザーの取り皿に一切れを盛り付けて渡す。
最后为了方便食用将其四等分,完成。世一将其中一块盛到凯撒的取食盘里递给他。
「はい、お好み焼き」 「是的,大阪烧」
「……」
カイザーはやはり不可解そうな顔をしながらも、フォークを手に取った。世一も向かいの席に座り、箸で自分の分を取り分ける。
凯撒虽然依旧露出不解的表情,但还是拿起了叉子。世一也在对面坐下,用筷子分出自己的那份。
「いただきます」 「我开动了」
癖で呟くと、カイザーが一瞬こちらを見たような気がした。そういえば海外には食前や食後の挨拶をする文化が日本ほど定着していないのだったか。曖昧な文化知識を思い返しながら、湯気が立つお好み焼きを口に運ぶ。
小声嘀咕了一句,感觉凯撒似乎瞥了我一眼。这么说来,海外似乎不像日本那样有餐前或餐后问候的习惯。一边回忆着模糊的文化知识,一边将冒着热气的御好烧送入口中。
「……、ん~~!」 「……,嗯~~!」
美味い。世一は悶えたい衝動に襲われた。久しぶりに口にした馴染み深い味、というのもあるだろうが、上手く焼けたことも大きい。ふっくらと焼き上がった生地の中で歯ごたえを失っていないキャベツがシャキシャキと存在を主張してきた。
美味极了。世一被想要呻吟的冲动所袭。虽然久违地品尝到了熟悉的味道,但烤得恰到好处也是一大原因。蓬松烤制的面饼中,没有失去嚼劲的卷心菜脆生生地彰显着存在感。
勢いよく食べ進めながら、世一はちらりとカイザーを盗み見る。恐らく生粋のドイツ人である彼の口に合っただろうか。そんな不安は、彼の手の動きによって吹き飛んだ。
世一一边大口吃着,一边偷偷瞥了一眼凯撒。他大概是纯正的德国人,不知道这些食物合不合他的口味。这种不安,随着他手的动作烟消云散。
――すげぇ食べるな……。 ——吃得真猛啊……。
世一以上に速いスピードで口に運び、咀嚼し、飲み込んでいる。無表情で無言なので、そういうフードファイターのようにも見えるほどだった。
凯撒以比世一更快的速度将食物送入口中,咀嚼后吞下。他面无表情,一言不发,简直就像那种食物战斗员一样。
「腹減ってた?」 「肚子饿了吗?」
「……、別に」 「……,并没有」
減ってたらしい。しかも返事をすることより食べることに集中したいのか、帰ってきた言葉は随分と端的だ。へぇ、と世一は内心で呟く。カイザーの新しい面を知ったような気がした。
似乎是真的饿了。而且比起回答,他似乎更专注于吃东西,回来的话也相当简短。世一在心里嘀咕了一声「嘿」。他感觉自己看到了凯撒新的一面。
▼
お好み焼きのソースの匂いというのは、意外としつこく染みついているものである。
大阪烧酱汁的气味,意外地顽固且深入。
作ったのはたった一度だというのに、キッチンやダイニングは暫くの間その匂いで埋め尽くされていた。カイザーの食べっぷりに楽しくなってしまい、追加でお好み焼きを焼き上げたことも原因だろうか。嫌な匂いではないので生活に支障はないが、四六時中その強い匂いがあると気になってしまう。世一は初めてダイニング用の消臭剤を購入した。
虽然只做了一次,厨房和餐厅却长时间被那股味道所笼罩。或许是因为看到凯撒的吃相而感到愉快,又多烤了几份大阪烧的缘故吧。虽然不是难闻的气味,生活上并无不便,但整天都弥漫着那浓烈的味道,难免让人在意。世一第一次购买了餐厅专用的除臭剂。
そんな工夫のもとお好み焼きの匂いが消えた頃。二度目の不法侵入が行われた。
在这样的努力下,大阪烧的气味终于消散之时。第二次非法入侵发生了。
「なんでまたいるんだよ、お前」 「为什么你又在这里啊,你」
玄関にあったスニーカーに気付いた世一は、リビングで寛いでいる金色の頭を見てため息を吐く。タブレット端末を勝手に見ているカイザーは、悪びれることなくひらひらと手を振って応えてきた。
注意到玄关的球鞋,世一叹了口气,看向在客厅里悠闲的金发脑袋。擅自查看平板电脑的凯撒毫无愧疚地挥了挥手回应。
「お帰り世一。飯」 「欢迎回来,世一。饭」
「家で食えよ」 「在家吃吧」
「飯」 「饭」
「……はあ」 「……哈」
人は怒るという行為にものすごいエネルギーを使うものだ。世一は今日の練習で疲れており、そんなエネルギーは残されていなかった。
人发怒时会消耗巨大的能量。世一今天训练已经很累了,根本没有多余的精力去生气。
荷物を下ろしてキッチンに入ると、何故かカイザーもやってくる。
放下行李走进厨房,不知为何凯撒也跟了进来。
「クソつまらない顔をしているな。リザーブごときの練習で疲れたのか?」
「一脸无聊的样子啊。是因为练习替补这种小事累了吗?」
「そんなとこ」 「才不是那样」
試合が近づくと中々取り組めないフィジカル強化の練習に熱中したせいで、世一は文字通り疲労困憊だ。なので、夕飯は手抜きのメニューである。
随着比赛临近,世一全身心投入到难以坚持的体能强化训练中,结果真的筋疲力尽。因此,晚餐也偷懒了。
事前に炊いていた白米を皿に盛り付け、引き出しから日本語のパッケージを取り出した。
事先煮好的白米饭盛在盘子里,从抽屉里取出日语包装的食品。
「今更だけど、お前ってアレルギーある?」 「现在才问,不过你有什么过敏吗?」
「ない」 「没有」
「好き嫌いは」 「有什么不喜欢的吗?」
「牛乳」
「へぇー」 「嘿——」
意外な好き嫌いだ。世一はそんなことを思いながら、牛丼と書かれたパウチの中身を皿に流していく。それを電子レンジで軽く温め、切ったネギを振りかけた。自分の皿にはお好み焼きで余った紅生姜を添えておく。
意外的偏好。世一一边这么想着,一边将写着牛丼的袋子里的内容物倒入盘中。用微波炉稍微加热后,撒上切好的葱花。自己的盘子里则点缀了御好烧剩下的红姜。
「はい」 「是」
「説明」
「『ギュウドン』で調べろ」 「用『百科』查一下」
親切にしてやる余裕もない。皿だけは運んでやると、カイザーは大人しくついてきた。
连对他客气的时间都没有。只把盘子递给他,凯撒就乖乖跟了过来。
食事を始めても、カイザーは無言だ。だからといって気まずそうにするわけでもない。青い監獄の時のように、ここにいるのが当然のような佇まいで牛丼を食べ進めている。
开始用餐后,凯撒依旧沉默不语。但他并未显得尴尬,而是像在青之监狱时那样,理所当然地坐在这里,继续吃着牛肉盖饭。
そんな彼を見つめているうちに、世一は次第に余裕を取り戻した。空腹が満たされたのもあるだろうが、側に普段通りの男がいるのも大きいだろう。疲労で崩れていたペースが整っていく。
看着这样的他,世一逐渐找回了从容。或许是饥饿得到了满足,也可能是身边有这个平常的男人在,让他疲惫不堪的节奏逐渐调整过来。
「カイザーって、疲れたら何する?」 「凯撒,你累了会做什么?」
「食う。寝る」 「吃饭。睡觉。」
「そんなド正論は求めてねぇよ。他に何か無いのか? 好きな映画見るとか、散歩するとか」
「那种大道理我可不需要。还有什么别的吗?比如看喜欢的电影,散步之类的。」
「ない。あったとしても、俺に聞いてどうする。お前と俺で趣味が同じはずがないだろ」
「没有。就算有,你问我又能怎样。你和我的兴趣不可能相同吧」
「世間話の一環だって。……ま、でもそうか」 「不过是闲聊罢了。……嘛,不过也是」
世一は紅生姜と共に米を口に運んだ。生姜のぴりっとした感覚が堪らない。たぶん、カイザーに話を振ってしまうのもそんな感覚が欲しいからだ。緩みそうに、崩れそうになったところを、ぴんと正してくれる。
世一将米饭与红姜一同送入口中。生姜那微微的辛辣感令人难以抗拒。或许,正是因为渴望这种感觉,才会忍不住向凯撒倾诉。在即将松懈、即将崩溃的边缘,他总能及时拉回正轨。
不思議なものだ、と世一は彼を眺めながら思う。青い監獄で争っていた時は、彼とこんな時間を過ごすことになるとは考えもしなかった。
不可思议啊,世一一边看着他一边想。在青之监狱里争斗的时候,从未想过会与他共度这样的时光。
案外、付き合いやすい男なのかも。鍵を盗まれていることもすっかり忘れて、世一はそう思った。
或许意外地是个容易相处的男人。世一这样想着,连钥匙被偷的事情都完全忘记了。
2.
世一がバスタード・ミュンヘンに所属して、三年が経った。
世一在巴斯塔德·慕尼黑效力已满三年。
二年目後半からトップチームに呼ばれるようになり、ブンデスリーガ一部の試合に十数回参加。そして三年目の今はトップチームに昇格し、ハイレベルな練習と試合に日々臨んでいる。
从二年级后半段开始被召入一线队,参加了十几次德甲联赛。如今三年级已晋升至一线队,每天都在进行高水平的训练和比赛。
自宅となるアパートも契約を更新し、もうすぐ四年目だ。手狭で金銭的余裕もあるので引っ越しても良い時期に入っているが、なんとなく愛着が湧いて他の物件を探す気になれなかった。近所のベーカリーやアジアンショップが好き、というのも大きい。
居住的公寓也已续约,即将迈入第四个年头。虽然空间狭小且经济上也有余裕,是时候考虑搬家了,但不知为何对这里产生了依恋,提不起劲去寻找其他房源。喜欢附近的面包店和亚洲超市,这也是重要原因之一。
今日もアジアンショップで追加の米を買い、帰路につく。四キロの米はなかなか重いが、自転車であれば持ち運びはしやすい。
今天也在亚洲商店买了额外的米,踏上归途。四公斤的米虽然相当重,但骑自行车搬运起来还算方便。
自転車置き場にシルバーの自転車を停め、米袋を担ぐ。アパートの中に入ってから階段を駆け上がった。そして部屋の鍵を差し込み、空振りのような感触に口をへの字に曲げる。
将银色自行车停在自行车停放处,扛起米袋。进入公寓后,跑上楼梯。然后插入房间的钥匙,却感到一种空转般的触感,嘴角不由得弯成了へ字形。
「またいんのかよ……」 「又来了吗……」
世一はため息を吐いて、扉を開けた。玄関に散らばるスニーカーを踵で揃え、自分も靴を脱ぐ。土足文化のあるドイツで育った侵入者が土足禁止というルールを守ってくれるのはありがたいが、無断侵入されている時点で感謝する気も失せるというものだ。
世一叹了口气,打开了门。用脚跟将散落在玄关的球鞋整理好,自己也脱下鞋子。在有穿鞋习惯的德国长大的入侵者能遵守脱鞋的规定,虽然值得感激,但在未经允许就闯入的情况下,感激之情也荡然无存。
世一は独り身で、合鍵を渡す親しい間柄の他人もいない。では、侵入者はどうやって家に入ったのか――全ての疑問は彼が家に入ってくるようになった日から解決済みである。
世一独自一人,没有亲密到能交出备用钥匙的他人。那么,入侵者是如何进入家中的呢——所有的疑问在他开始进家门的那天起就已解决。
「おいカイザー! 家来んなら声かけろって言ってんだろ!」
「喂,凯撒!不是说了吗,要叫家臣的话就出声啊!」
廊下をずかずかと進み、強い力でリビングの扉を開けた。大きく響いた扉の悲鳴に、ソファーを陣取っていた犯人が顔を上げる。
走廊上咚咚地大步前进,用强大的力量推开了客厅的门。门发出巨大的悲鸣声,沙发上占据着的犯人抬起头来。
「クソ遅かったな、世一。飯」 「太慢了,世一。吃饭吧」
「お前が早すぎんだよ」 「你太快了」
カイザーは悪びれもせず、当然のようにそう言った。世一は怒る気にもなれず肩を落とす。
凯撒毫无愧色,理所当然地说道。世一连生气的心情都没有,肩膀垂了下来。
チームメイトの彼が世一の家に不法侵入するのは今週二回目。一回目は一昨日で、何なら週三回のペースで入られている。追い出すことはとっくの昔に諦めた。追い出したところで彼が勝手に持ち出した合鍵で入られるからだ。
队友他这周已经是第二次非法闯入世一的家了。第一次是前天,甚至可以说已经是每周三次的节奏了。赶他出去的事早就放弃了。就算赶出去,他也会用擅自拿走的备用钥匙再次进来。
世一は荷物を壁側に置いて、リビングと繋がっているキッチンに入った。手を洗い、冷蔵庫を開ける。豊富とは言えない食料のラインナップを眺めて、メニューを探った。
世一把行李放在墙边,走进了与客厅相连的厨房。洗了手,打开冰箱。看着并不算丰富的食材,思索着菜单。
「オムライスでいいかー?」 「吃蛋包饭可以吗?」
「なんでもいい」 「什么都行」
適当な返事に苛立つ。テメェの卵だけ真っ黒に焦がしてやろうか。馬鹿にされるので絶対にやらないけれど。
随便的回答让人烦躁。真想把你的蛋煎得焦黑。虽然绝对不会这么做,但被当成傻瓜的感觉真不好。
了承は得られたので、卵と野菜、ヴルストを取り出す。冷凍庫からは凍らせた白飯を取り、電子レンジで解凍する。その間に材料の調理を済ませ、フライパンに火をかけた。バターが溶けていくさまを眺めていると、背中にずしりと重みがかかる。
了承已获得,于是取出鸡蛋、蔬菜和维也纳香肠。从冷冻室拿出冻好的米饭,放入微波炉解冻。趁此间隙处理好食材,点燃了平底锅。看着黄油渐渐融化的样子,背后突然感到一股沉重的压力。
「邪魔」
「つれない男だ。クソつまらん」 「真是个无情的男人。无聊透顶。」
「お前、自分の重さ分かってる?」 「你知道自己有多重吗?」
「クソフィジカルな世一くんのためにわざと荷重をかけてやってるんだ。感謝のスクワットでもしてみせろ」
「为了你这身体素质超强的世界第一,我可是特意加重了训练量。要不要来个感谢的深蹲给我看看?」
「お前の卵布団をボロボロにしてもいいならやるけど」
「你要是不介意我把你的蛋壳被子弄得稀巴烂的话,我就干。」
「お前の技量の言い訳に俺を使うな」 「别用我来为你的技术找借口」
「别用我来为你的技术找借口」
「はぁー!? 黄金の技を見せてやる」 「哈啊!?让你见识见识黄金的技艺」
「哈啊!?让你见识见识黄金的技艺」
「あいあい」 「哎哎」
どうやっても退く気がないらしいカイザーに、わざと乗せられてやる。熱々のフライパンにほぐした卵液を流し込めば、じゅわりと耳心地の良い音が鳴った。菜箸で適度に混ぜながら、思い出したことを話す。
面对无论如何也不肯退让的凯撒,故意顺从他的意愿。将打散的蛋液倒入热气腾腾的平底锅中,顿时响起一阵悦耳的滋滋声。一边用菜筷适度搅拌,一边回忆起往事,娓娓道来。
「そういや、お前が帰った後ギルベルトが探してたぞ」
「对了,你回来后吉尔贝特一直在找你。」
「あ゛? あー……誰だそれ」 「哈?啊……那是谁啊?」
「先月レンタル移籍で来たゴールキーパーだよ! 覚えてやれよ、いい加減」
「上个月租借转会来的守门员啊!记着点儿,别这么健忘。」
「…………ああ、世一に何故か懐いてるクソガキか」 「…………啊,那个莫名其妙黏上世一的臭小鬼啊」
「歳そんなに変わんないだろ。懐かれてんのは否定しないけど」
「年龄也没差那么多吧。虽然不否认被怀念,但……」
何たって、世一がバスタード・ミュンヘンのトップチームに入って初めての年下レギュラーである。言うならば、会社で初めてできた後輩。部活に入ってきた初々しい一年生。何かと構っているうちに、慕われているのかな、と思えるくらいには声をかけてくれるようになった。そんな彼が珍しくカイザーを探していたのだ。理由はカイザーが知っていると思ったけれど、どうやら違うらしい。
毕竟,世一是巴斯塔德·慕尼黑的顶级球队中首次加入的年轻主力。可以说,是公司里新来的后辈。刚加入社团的一年级新生。在各种关照中,不知不觉间,他似乎也开始主动搭话了。这样的他,难得地在寻找凯撒。本以为凯撒会知道原因,但看来并非如此。
「明日声かけてやれよ」 「明天去打个招呼吧」
「覚えてたらな」 「要是记得的话」
「朝一番に俺が思い出させてやる」 「一大早我就帮你回忆起来」
「へぇ、世一くんは俺の家にわざわざ迎えに来てくれると。殊勝な心掛けだな」
「哦,世一君特意来接我回家啊。真是周到的心意。」
「クラブハウスで、に決まってんだろ。お前の家寄ったら遠回りじゃねぇか」
「当然是俱乐部会所了。去你家不是绕远路吗?」
「知っていると思うが、七時半に来ないと集合時間には間に合わないぞ」
「你应该知道,七点半不到的话,集合时间就来不及了。」
「俺の話聞いてる?」 "「你在听我说话吗?」
「もちろん」 「当然」
カイザーは自信に満ちた声で肯定して、世一の頭に顔を押し付けてくる。練習後にシャワーを浴びてきたとはいえ、汗臭さは残っているだろうに、何故そんなことをするのだろうか。今に始まった話ではないのでわざわざ口に出して聞いたりはしないけれど。
凯撒自信满满地回答,将脸凑近世一的头顶。虽然说是练习后洗过澡了,但汗味应该还残留着吧,为什么还要这么做呢。虽然这不是第一次了,但也没有特意开口询问的必要。
「お前の家には行かない。テメェが勝手に寝坊して遅刻しろ」
「我不去你家。你自个儿睡过头迟到吧」
「それはクソ問題ない」 「那完全没问题」
「へぇ、新しい目覚まし時計でも買ったのか?」 「哦,买了个新的闹钟吗?」
「今日はここで寝るからな」 「今天就在这儿睡了」
「今度こそ警察に突き出すぞ」 「这次一定要把他们交给警察!」
「できないくせに」 「明明做不到还逞强」
カイザーは機嫌が良いらしい。世一の怒りに満ちた声に羽が生えたような軽さで答え、顎を世一の頭頂に乗せてくる。こんなことでミヒャエル・カイザーというライバルを陥したくないだろう、という声が聞こえてくるようだった。その通りなので何も言えない。世一はむすりと唇を引き結んで、答えることなく手を動かした。
凯撒似乎心情不错。他用轻快的语气回应着世一满含怒火的声音,下巴顺势搭在世一的头顶。仿佛听到了“你不想因为这种事让米歇尔·凯撒这样的对手陷入困境吧”的声音。确实如此,世一无言以对。他抿紧嘴唇,没有回应,只是动了动手。
ミヒャエル・カイザーという男が案外気まぐれで我儘なのだと知ったのは、世一が渡独してから間もない頃だった。
得知米夏埃尔·凯撒这个男人竟然意外地任性妄为,是在世一刚到德国不久的时候。
初めての一人暮らし、初めての海外生活、初めてのプロサッカークラブ。劇的な環境変化に戸惑う世一の懐に、『合鍵を盗む』というとんでもない方法で、カイザーは入り込んできた。
第一次的独居生活,第一次的海外生活,第一次的职业足球俱乐部。面对剧烈的环境变化而感到困惑的世一,被凯撒以“偷取备用钥匙”这种荒唐的方式闯入了他的世界。
最初こそ警戒したものの、カイザーの行動は野良猫とそう変わりない。自分の都合でやってきて、くつろいで、ご飯をねだり、好きな時間に帰る。時には帰ることすら億劫になって、家主のベッドに勝手に乗り込んで眠るのだ。
起初虽有警戒,但凯撒的行为与野猫无异。它随心所欲地来访,悠闲地休息,讨要食物,然后在喜欢的时间离开。有时甚至懒得回去,便擅自爬上主人的床睡觉。
彼の気ままな行動に困らされることは多々あるが、それに助けられたことも少なくない。突然水道が止められて、電話で問い合わせようにも英語が通じず困った時。知らない人が訪問してきて、何故か怒鳴られた時。カイザーが間に入って取りなしてくれた。もちろん、こんなこともできないのか、という余計な小言付きで。
虽然他的任性行为让我困扰不少,但也有不少次是被他救了。突然停水,想打电话询问却因语言不通而束手无策时。不知名的人来访,不知为何被怒斥时。凯撒总会介入调解。当然,还会附带一句“连这种事都搞不定吗”的多余牢骚。
そんな付き合いをしている内に、世一は合鍵を取り戻すことを諦め、彼を受け入れるようになった。
在这样的相处中,世一放弃了取回备用钥匙,开始接受他的存在。
▼
その日は、激しい雨が降っていた。 那天,大雨滂沱。
「……しくった」 「……失算了」
日本から持ってきた体温計には、38.9という恐ろしい数字が並んでいる。それが事実だと告げるように、世一の体は沸騰したように熱かった。
从日本带来的体温计上,赫然显示着 38.9 这个令人心惊的数字。仿佛在宣告事实般,世一的身体热得如同沸腾一般。
頭がぐるぐるする。痛みも感じる。体が上手く動かない。ああでも、チームに連絡はしないと。
头昏脑胀的。还感到疼痛。身体也不听使唤。啊,不过,还是得跟队伍联系一下。
ぼーっとする頭でそんなことを考えていると、遠くで物音が聞こえた。隣の部屋の人だろうか、と思ったら一際大きな音で扉が開閉する。どう考えても自宅の玄関からした音だった。
恍惚的头脑中正想着这些,远处传来了物体碰撞的声音。本以为是隔壁房间的人,结果却是一声格外响亮的开门声。无论怎么想,那都是自家玄关传来的声音。
――泥棒……!?
心はそう焦るのに、体が全く言うことを聞いてくれない。攻撃されても碌な反撃はできないだろう。せめて凶器を持った犯罪者じゃありませんように。神に祈るように目を瞑っていたら、寝室の扉が開かれた。
心里焦急万分,身体却完全不听使唤。即使遭到攻击,恐怕也无法做出像样的反击。只求对方不是手持凶器的罪犯。我闭上眼睛,像祈祷般默默祈愿,卧室的门被打开了。
「…………いるなら返事しろ」 「……在的话就回个话」
黒ずくめの男が姿を現す。毛先を青く染めた金髪、という分かりやすいトレードマークが無かったら、勘違いして悲鳴を上げるところだった。
黑衣男子现身。若非那头染成青色的金发这一显眼标志,恐怕早已误认而惊叫出声了。
「返事も何も、っこほ、何も聞こえなかったし……」 「回应什么的,唔,什么也没听到……」
「耳までやられたか。ざまあみろ」 「连耳朵都被打中了啊。活该。」
「お前、何しにきたんだよ……」 「你来这儿干嘛……」
病人にかける言葉ではない。覇気が無いながらも突っ込むと、カイザーがずかずかとこちらに近づいてきた。世一の顔を覗き込んで、何やら観察するように眺めている。
这不是对病人该说的话。尽管气势不足,但还是忍不住吐槽,凯撒大步走近。他凑近世一的脸,仿佛在观察什么似的盯着看。
「発熱、喉、か。鼻と咳は無いようだな。風邪か」 「发热、喉咙,是吗。鼻塞和咳嗽似乎没有。感冒了吗?」
「……そ。だから、お前の相手はできない」 「……是啊。所以,我不能做你的对手」
「誰がお前に俺の相手をしろと言った」 「谁说让你做我的对手了」
カイザーは苛立ったようにそう言って、姿勢を起こした。そのまま部屋を出ていき、玄関の扉の開閉音を慣らしていく。マジで何しに来たんだ。世一は体に鞭打って、憂さ晴らしに空中をひと蹴りする。それだけで体力を持っていかれた世一の脚が、ばたん、とマットレスに落ちた。
凯撒烦躁地说了句,挺直了身子。他径直走出房间,留下玄关门开合的声响。他到底来干嘛的。世一鞭策着身体,一脚踢向空中以宣泄忧郁。仅此一举便耗尽体力的世一的腿,砰地一声落在了床垫上。
眠っていたらしい、と目覚めて気づいた。若干の寝苦しさを感じながら、世一は重い瞼を開ける。
似乎是睡着了,醒来时才察觉。世一一边感受到些许的睡意不适,一边睁开沉重的眼皮。
「起こしたか」 「吵醒你了吗」
視界に入ってきた顔に、あれ、と目を瞬かせた。まだ夢の途中なのだろうか。カイザーの顔が見える。
视野中映入的面孔,令我不禁眨了眨眼。难道还在梦中吗?凯撒的脸庞映入眼帘。
カイザーが澄ました顔でこちらを覗き込んできた。 凯撒摆出一副若无其事的样子,探头窥视着这边。
「痛みは」 「痛苦是」
「……っ、ぁ」 「……唔、啊」
少しだけ、と答えようとしたところで、喉がずきりと痛みを訴える。眠りに落ちる前はこんなに酷くなかったのに。
正想回答“一点点”时,喉咙突然一阵刺痛。明明入睡之前还没这么严重的。
「喉か。……世一、首の動きで答えろ。頭は痛いか」 「喉咙啊。……世一,用头的动作回答。头还疼吗?」
世一は首を横に振りかけて、縦に振り直した。それからも咳は、眩暈は、と診察のような質問が続く。眠る前よりは体が重くない。それでも日常生活を送れるかと言われたら否と答えるしかなかった。
世一先是摇头,然后又点头。接着,咳嗽、眩晕,以及类似诊察的提问接连不断。虽然比睡前身体没有更沉重,但问及是否能正常生活时,他只能无奈地回答“否”。
こんなに酷い体調不良はいつぶりだろうか。下手をすれば、幼い頃に発熱した時以来かもしれない。
这种严重的身体不适,究竟是多久未曾有过了。搞不好,可能是自幼时发烧以来头一遭。
ぼーっとそんなことを考えていると、何かを差し出された。馴染みのブランドの栄養ドリンクゼリーだ。
呆呆地想着这些事时,有人递过来一样东西。是熟悉的品牌的营养饮料果冻。
「飲め」 「喝吧」
食欲ないんだけど。そう言いたいのに、口を開いた瞬間、飲み口を唇に押し付けられた。世一は渋々ゼリーを吸い込む。甘さと塩気が混じった、人工的な味が口の中に広がった。
虽然没胃口,但话到嘴边,嘴唇却被强行贴上了吸管。世一不情不愿地吸了一口果冻。甜味与咸味交织,一股人工合成的味道在口中蔓延开来。
世一がゼリーを飲み込んでいる間、カイザーは冷たいタオルで額を拭いてくれる。その手際の良さに、世一は目を瞬かせた。声が出せていたら、手慣れてるな、と声をかけたくなるほどだ。
世一吞咽着果冻时,凯撒用冰凉的毛巾为他擦拭额头。那娴熟的动作让世一不禁眨了眨眼。如果还能出声,他几乎要赞叹一句:“真是熟练啊。”
「……視線がクソうるさい。言っておくが、チームドクターに聞いた対処法をやっているだけだ。文句は聞かねぇぞ」
「……视线真他妈烦人。先说好,我只是在照着队医教的方法做。别跟我抱怨。」
今度は目を見開いて驚きを表した。チームの専属ドクターにわざわざ連絡を取ってくれたらしい。遅れて気づいたが、今飲まされているゼリーも、額に当てられている氷嚢も、この家には無かったものだ。
这次他睁大了眼睛,流露出惊讶的神情。似乎特意联系了团队的专属医生。虽然察觉晚了,但此刻被喂下的果冻,以及额头上敷着的冰袋,都是这个家里原本没有的东西。
カイザーが、世一のために動いてくれた。その事実を認識して心が震える。苦しさが、どこかへ飛んでいく。
凯撒为了世一而行动了。意识到这一事实,内心不禁震颤。痛苦仿佛也随之消散。
「あとは寝れば治るだろ。……お前に何かあったら目覚めが悪い。家にいるから、何かあれば電話しろ」
「剩下的睡一觉就好了。……你要是出什么事,我可不想醒来。我在家,有事就打电话。」
世一の枕元に携帯端末を置き、空のパックやタオルを回収したカイザーが立ち上がった。世一は咄嗟にその裾を掴む。これだけは、言わないと。
世一将手机放在枕边,凯撒起身去收拾空袋子和毛巾。世一急忙抓住他的衣角。这件事,非说不可。
「っけほ、ごほっ、……かいざー、ありがと。お前が来てくれて、よかった」
「咳咳,谢谢你,凯撒。你能来,真是太好了。」
がらがらの声で何とかそう言うと、カイザーは苦い顔で世一を見下ろした。
用沙哑的声音勉强说出那句话后,凯撒苦着脸俯视着世一。
「…………さっさと治せ」 「……快点治好」
「ん……」 「嗯……」
手を離すと、カイザーが静かに部屋を出ていく。世一は目を閉じた。ここにいてくれ、とは、まだ言えない。
松开手,凯撒静静地离开了房间。世一闭上了眼睛。那句“留在我身边”,他还是说不出口。
4.
そういえばカイザーが来なくなった。そう気づいたのは、年が明け、ブンデスリーガが後半に突入した頃だった。
话说回来,凯撒已经很久没来了。意识到这一点时,已是新年过后,德甲联赛进入下半程的时候了。
あれだけの頻度で家に来ていた男が、全く姿を現さない。クラブで毎日のように顔を合わせているから心配は無いけれど、不思議に思ってしまう。とはいえ「なんで俺の家に来なくなったの?」と聞くのは、なんとなく癪だ。聞いたところで「寂しいのか子兎ちゃん」と鼻で笑われて終わりそうだし。
那个频繁来访的男人,突然间完全不见踪影。虽然每天在俱乐部都能见到他,所以并不担心,但总觉得有些奇怪。不过,要说“为什么不来我家了?”这种话,总觉得有点不爽。就算问了,大概也只会被他嗤之以鼻地说“你寂寞了吗,子兔酱”,然后就不了了之吧。
そんなもどかしい思いを抱えている最中、世一は彼が家に来なくなった物理的な原因を知った。玄関の引き出しの中に合鍵が入っていたのだ。引っ越したばかりの頃カイザーに盗まれ、それからずっと彼が持っていたはずの鍵。それが世一の知らない間に引き出しへ仕舞われている。これは、彼なりの返却行為なのだろう。
在怀揣着这种焦躁不安的心情时,世一得知了他不再来家里的物理原因。玄关抽屉里放着一把备用钥匙。这把钥匙应该是在刚搬家时被凯撒偷走,之后一直由他保管的。然而,在世一不知情的情况下,它被放回了抽屉里。这大概是他的某种归还方式吧。
「……今更?」
世一は鍵を摘んで持ち上げてみた。キーホルダーも何もついていない、裸の鍵。金属特有の経年劣化で、仄かに青く光る銀色は、世一の顔をぼんやりと映した。
世一摘起那把钥匙,举到眼前端详。没有挂任何钥匙扣,光秃秃的一把。因金属特有的经年变化,泛着微弱青光的银色,朦胧地映照出世一的脸庞。
「……なんだよ、あいつ」 「……搞什么啊,那家伙」
せめて返す時に一言声をかけてくれたら、返さなくていい、と突っ返せたのに。こんな返され方をしたら、もう渡せないじゃないか。
至少在归还时能打声招呼,我就能理直气壮地说不用还了。这样还回来,我怎么还能再送出去呢。
▼
合鍵が返されているのに気づいてから、一週間が経過した。
发现备用钥匙被归还后,已经过去了一周。
カイザーは相変わらずいつも通りだ。プレーの調子も悪くない。世一に対しても、たまに厳しいことを言ってくるだけで、しつこく絡んでくることもない。
凯撒依旧如常。比赛状态也不差。对世一也只是偶尔严厉几句,并没有纠缠不休。
カイザーが家に来なくなってから気づいたことが、また一つ増えた。彼はチームにいる時、世一に必要以上に絡んでこなかった。家に来ていた時は事あるごとに話しかけてきたくせに。
自从凯撒不再来家里之后,我发现的事情又多了一件。他在队里时,对世一并没有表现出过多的纠缠。可是在家里的时候,却总是动不动就找他搭话。
――俺、そういうあいつのこと、嫌いじゃなかったんだな。
――我,其实并不讨厌那样的他啊。
ピッチの上では見せない顔を向けてきて、無遠慮に接してきて、好き勝手に振る舞い、話してくる。そんな気儘な皇帝が、今は恋しい。
在球场上从未展现过的面容,毫不客气地接近,随心所欲地行动、说话。那样任性的皇帝,如今却令人怀念。
「潔、見過ぎ見過ぎ」 「洁,看得太过了」
パスの練習をしている中で、黒名に声をかけられる。世一は思わず足を止めた。ボールが遠くへ転がっていく。
在练习传球的过程中,黑名向他搭话。世一不由得停下了脚步。球滚向了远处。
「見過ぎって、何を?」 「见过头了,什么意思?」
「無自覚か? 最近、カイザーのことを見てばかりだろ」
「没自觉吗?最近,你总是盯着凯撒看吧。」
「えっ」 「诶?」
世一は自分の顔を手で挟む。自覚が全く無かった。 世一用手夹住自己的脸。完全没有意识到。
黒名が呆れたように近づいてくる。 黑名无奈地靠近过来。
「練習の最中ならまだ良いとして、前後もずっとだ。何があった? 喧嘩でもしたのか?」
「练习期间也就罢了,前后一直这样。发生什么事了?吵架了吗?」
「いや、してない。……何も、ない」 「不,没有。……什么也没有。」
何もないから、困っているのだ。 什么都没有,所以才困扰啊。
▼
やっちまった。世一はレシートを見て、頭を抱えたくなった。
搞砸了。世一看着收据,忍不住抱头懊恼。
カイザーの件で思考を飛ばしていたからだろうか。久しぶりのオフだからと出かけたスーパーで、野菜も精肉も、二人分以上の量を買い込んでしまった。彼が家に来ていた時の癖だ。最近は気をつけるようにしていたのに。
或许是因凯撒的事而思绪纷乱吧。难得的休息日去超市,蔬菜和精肉都买了一大堆,超过了两人份的量。这是他来家里时的习惯。最近明明一直在注意的。
「呼び出してやろうかな……」 「要不要召唤出来呢……」
自宅のキッチンでキャベツと肉の塊を眺めながら、世一は携帯端末を握りしめる。
世一一边凝视着自家厨房里的卷心菜和肉块,一边紧握着手机。
カイザーが来ないことについて考えすぎて、世一は最近自棄になりつつあった。彼に揶揄われるとか、一生ネタにされるとか、この際どうでもいい。調子が崩される前に彼を家に引き込んで、どうにかしてまた鍵を押し付けたい。週二で来い、夕食も食っていけ、と命じたい。どう考えても弱みを渡すような行為になってしまうが、世一は余裕を失っていた。
凯撒迟迟不来,世一最近越来越自暴自弃。被他嘲笑也好,一辈子被当作笑柄也罢,现在都无所谓了。在节奏被打乱之前,想方设法把他拉到家里,再次强行塞给他钥匙。想命令他每周来两次,吃完晚饭再走。无论怎么想,这都是暴露弱点的行为,但世一已经顾不上这些了。
いっそ胃袋掴んだ方が上手く進められるだろうか、と真面目に考えだした時。インターホンの音が響いた。
就在我认真考虑是否干脆抓住胃袋会进展得更顺利时,门铃响了。
「……え」 「……诶」
もしかして、と世一は顔を上げる。いつもより早い歩調でモニターに近寄ると、見慣れた男が立っていた。キャップを深く被っていて顔はよく見えないけれど、世一は確証を持って玄関に駆ける。
或许吧,世一抬起头。他以比平时更快的步伐走近显示器,看到一个熟悉的男人站在那里。虽然帽子戴得很低,看不清脸,但世一确信无疑地向门口跑去。
扉を開ければ、深い空色と目が合った。世一は一瞬躊躇ってから、口を開く。
推开门,便与那深邃的空色眼眸对上了视线。世一犹豫了一瞬,随即开口道。
「おかえり」 「欢迎回来」
カイザーは何も言わない。かすかに頷いたように見えたけれど、世一はそれよりも彼の顔色の悪さが気になった。昨日クラブで会った時は普段通りだったのに、目の前にいるカイザーは今にも倒れそうに見える。
凯撒什么也没说。虽然看起来像是微微点了点头,但世一更在意的是他那糟糕的脸色。昨天在俱乐部见面时还和平常一样,可眼前的凯撒看起来随时都会倒下。
世一は考えるよりも先に手を伸ばした。 世一在思考之前,手已经先伸了出去。
「どうした」 「怎么了」
頬に手を添える。春が近づいたとはいえまだ寒さが厳しい季節だからか、驚くほど冷たい。咄嗟にもう片方の手も頬に添えた。自分の手も温かいとは言い難いが、少しでも熱を分け与えてやりたかった。
将手贴在脸颊上。虽说春天已近,但仍是寒意逼人的时节,那触感冷得令人吃惊。下意识地,另一只手也贴上了脸颊。虽然自己的手也称不上温暖,但仍希望能分些许热量给她。
大人しく世一の手を受け入れたカイザーは、目を細める。しかし何も言わない。動こうともしないので、この沈黙は意図的なものなのだろう。そう考えた世一は、暫く彼を待ってやることにした。
乖乖接受世一提议的凯撒眯起了眼睛。但他什么也没说,也没有任何动作,这沉默想必是故意的。世一这么想着,决定暂时等他一会儿。
玄関先で突っ立って、数分ほど。遠くで救急車のサイレンが鳴り、聞こえなくなるほど遠ざかったところで、カイザーはようやく口を開いた。
在玄关前呆立了几分钟。远处救护车的警笛声响起,直到渐渐远去听不见时,凯撒终于开口了。
「鍵が欲しい」 「想要钥匙」
世一は目を瞬かせる。鍵、という言葉の意味が一瞬分からなかった。すぐに世一の家の合鍵だと気づく。いや、お前が置いていったんじゃん。そう言いたくなるのをぐっと堪えて、俯く。にやけた顔を見られたくなかった。
世一眨了眨眼。一时间没明白“钥匙”这个词的意思。随即意识到是自家房门的备用钥匙。不,是你自己留下的吧。他强忍着想要反驳的冲动,低下头。不想被看到那副得意的表情。
世一は身を翻し、玄関の棚の奥に隠した合鍵を取り出す。そして後ろに立つカイザーに拳ごと押し付けた。
世一翻身,从玄关柜子深处取出藏好的备用钥匙。然后,他将钥匙连同拳头一起推给了身后的凯撒。
「これは、お前の忘れもの」 「这是,你的遗失之物」
カイザーが目を瞠る。驚くんじゃねぇよ、と世一は拗ねたくなった。
凯撒瞪大了眼睛。世一差点就赌气地想,别这么惊讶啊。
「これはとっくの昔にお前のものだ、って言ってんの」
「这早就是你的了,不是吗?」
「世一……」
「次置いてったら、今度は俺がお前の家に押し掛けるからな」
「这次要是再放鸽子,下次我可就直奔你家了啊」
動かないカイザーに痺れを切らして、その手に鍵を握らせる。カイザーはじっと己の手を見つめてから、顔を上げた。目を瞑って、ゆっくりと開く。
对纹丝不动的凯撒感到焦躁,将钥匙塞入他手中。凯撒凝视着自己的手,然后抬起头。闭上眼睛,缓缓睁开。
「クソ負けた」 「真他妈输了」
「勝負した覚えはねぇよ」 「不记得有分出胜负啊」
世一は笑い交じりにカイザーの胸を叩く。するとその手を掴まれ、引き寄せられた。前のめりになったところで、唇を重ねられる。唐突な口付けに、世一の体はかちんと固まった。
世一笑着轻拍凯撒的胸膛。随即他的手被抓住,整个人被拉近。身体前倾之际,双唇便被紧紧贴上。这突如其来的亲吻让世一的身体瞬间僵硬。
――なんでキスされてんだ……? ――为什么被亲了……?
思考すらも止まる。そんな世一を他所に、カイザーは顔中にキスを繰り返してきた。ちゅ、ちゅ、というリップ音すら遠くに聞こえる。
思考都停滞了。世一的反应暂且不论,凯撒却不断在他脸上落下亲吻。啾、啾的声音仿佛从远处传来。
「カイザー……、お前」 「凯撒……,你」
どういうつもりだ、とそう続けようとしたところで、彼と視線がぶつかった。瞳の奥が揺れている。ピッチの上では見せない色に、世一はようやく彼の感情に気づいた。
你到底是什么意思,正要继续追问时,两人的视线撞在了一起。他的眼底泛起波澜。世一终于察觉到,那是在球场上从未见过的色彩,属于他的真实情感。
同じだったんだ、と口の中で呟く。同時に抱きしめられた。勢いよく腕に封じ込められたせいで、彼の胸に顔ごと突っ込んでしまう。
“原来是一样的啊。”我喃喃自语,同时被紧紧拥入怀中。由于被他有力的手臂猛然禁锢,我的脸整个埋进了他的胸膛。
「っぶ、おい!」 「喂,混蛋!」
「飯は」 「饭呢」
端的な問いが落ちてきた。間近にある体からとくとくと鼓動が聞こえてくる。それは全力疾走したような早さで、世一の小さな怒りは一瞬で吹き飛んだ。ぶわりと湧いてくる愛おしさに、心と頭が埋め尽くされる。
沉甸甸的疑问落了下来。从近在咫尺的身体里,清晰地传来扑通扑通的心跳声。那速度快得仿佛全力奔跑一般,世界第一的小小怒气瞬间烟消云散。涌上心头的怜爱之情,将心灵和头脑填得满满当当。
「……お好み焼き。お前も手伝えよ」 「……大阪烧。你也来帮忙啊」
Ja、と肯定が降ってくる。と思ったら、キスまで降ってきた。髪に何度も口づけられている感触がして、世一は首が痛くなるほど大袈裟に顔を上げる。どうせキスするなら、髪よりも先にするべきところがあるだろうが。そんな気持ちで、むっとした顔でカイザーを睨んだ。カイザーはこちらの意図をすぐに把握したらしい。上機嫌な様子で、今度は鼻先に口づけてきた。頬、額、瞼、と遠回りして、最後に唇にたどり着く。
嗯,肯定的回答传来。本以为如此,却连吻也落了下来。发间被多次亲吻的感觉传来,世一夸张地仰起头,脖子都感到酸痛。既然要亲吻,总该有比头发更应先触及的地方吧。怀着这样的心情,他气鼓鼓地瞪向凯撒。凯撒似乎立刻领会了这边的意图,心情愉悦地这次亲吻了鼻尖。接着是脸颊、额头、眼睑,绕了一圈,最终抵达了唇瓣。
皮膚を押し付けて、ゆっくりと離れていったのを追うように視線を向ける。じっとこちらを見る瞳は静かで、熱い。
目光追随着那缓缓离开皮肤的触碰,视线移向对方。那双凝视着我的眼睛,平静而炽热。
世一は無言で手を引いた。カイザーは抗わずについてくる。リビングまでの沈黙が、くすぐったくて、どこか心地良く思えた。
世一默默地牵起手。凯撒顺从地跟随着。直到客厅的沉默,既令人发痒,又莫名地感到舒适。
「お好み焼き、また作れ」 「再做一次御好烧吧。」
「『作ってください』だろ」 「『请做一下』吧」
「作れ」 「做吧」
「もー……はいはい。次はキャベツ全部お前に切らせるからな」
「真是的……好好好。下次卷心菜全让你切,记住了啊。」
がちゃがちゃと食器を洗いながら、いつも通りの会話をする。飛び出てくる言葉は変わらず嫌な言い方ばかりで、玄関での出来事が幻のようだ。ただ、そうではないと確信を持てるのは、カイザーの眼差しがほんの少しだけ柔らかいから。態度も何だか素直になったように思う。食事の片付けが終わった後、普段なら各々好きなことをするのに、今回は寝室に連れ込まれたのが良い証拠だ。
一边叮叮当当地洗着餐具,一边进行着日常的对话。蹦出来的话语依旧尽是些令人不快的说法,玄关发生的事仿佛幻影一般。然而,我能确信那并非幻觉,是因为凯撒的眼神稍稍柔和了一些。他的态度也似乎变得有些坦率。收拾完餐具后,平时各自做自己喜欢的事,这次却被带进了卧室,这便是最好的证明。
「……あのさ……」 「……那个……」
ベッドに転がされるなり、抱きしめられ、キスばかりされる。恋人同士の色のあるやり取りというよりも、ぬいぐるみになったような気分だった。とはいえ相手が相手なので、それだけで心臓がうるさくて、苦しさすら感じる。世一は降参の代わりに声を上げた。カイザーがキスの雨を中断して、こちらの顔を覗き込んでくる。どこか不思議そうな顔を近づけられ、またどくどくと心臓が跳ねた。
被推倒在床上,随即被紧紧抱住,不停地亲吻。与其说是恋人间的亲密互动,倒更像是变成了一个玩偶。尽管对方是那个人,光是这样就心跳得厉害,甚至感到一丝痛苦。世一为了投降而发出声音。凯撒中断亲吻的雨,探头看向这边。他带着某种不可思议的表情靠近,心脏又扑通扑通地跳了起来。
「その、どうしたんだよ、お前」 「那个,你怎么了,你」
「どうもしてない」 「没什么」
「嘘つけ!」 「别撒谎了!」
カイザーが不可解だと言いたげな顔をする。世一は顔が更に熱くなるのを感じながら、何とか言語化をした。
凯撒露出难以理解的表情。世一感到自己的脸更加发烫,努力组织语言解释道。
「すげぇ、き、キスしてくんじゃん」 「厉害了,这、这是要亲上来啊」
「したいと思った。お前は我慢しろって言うのか」 「我想做。你是要我忍耐吗?」
「……しなくていいです……」 「……不用了……」
「だろ」 「是吧」
カイザーは当然といった顔でキスを再開してくる。世一の顔の皮膚で口づけられていない箇所はもう無いのではないか、と思うほど隙間なくキスが落ちてきた。
凯撒理所当然地再次吻了上来。世一的脸颊上,仿佛已经没有未被亲吻过的地方了,密密麻麻的吻如雨点般落下。
「……っ、くそ!」 「……可恶!」
されっぱなしは性に合わない。世一は腹筋に力を入れ、カイザーの顔に口づけを返してやる。しかし、カイザーのようにリップ音は出せず、ただ皮膚をくっつけているだけのものになってしまった。スマートにリップ音を出そうとしても、じゅっ、と濁った音になってしまう。
被动不适合我。世一收紧腹肌,回吻凯撒的脸颊。然而,他无法像凯撒那样发出啵的一声,只是皮肤贴合在一起。即使努力想发出清脆的啵声,也只会变成沉闷的啾声。
「へたくそ」 「笨手笨脚」
「っ、黙ってキスされてろ」 「唔、别说话,让我吻你」
「あいあい」 「好的好的」
もぞり、とカイザーの腕が動いたと思ったら、腰を抱き寄せられた。より顔の距離が近づいて、キスがしやすくなる。世一はカイザーの肩を掴んで、目の前の顔に集中した。カイザーにされた口づけを思い返しながら、唇を押し付けていく。
仿佛感觉到凯撒的手臂微微一动,腰便被搂近了。脸庞的距离更近了,更容易接吻。世一抓住凯撒的肩膀,专注于眼前的面容。回想着凯撒给予的亲吻,缓缓将唇贴了上去。
「……、っ……」
数回キスしたところで、ぐり、と腹に固いものが押し付けられた。息を詰め、顔を離す。熱の籠った眼差しが世一を見つめていた。
几次亲吻之后,腹部被什么坚硬的东西顶了一下。屏住呼吸,拉开距离。那双充满热意的眼眸紧盯着世一。
「世一……」
「……っ、あ……」 「……唔、啊……」
世一も健全な男だ。求められていることは分かるし、欲も理解している。けれど、ここで流されるわけにはいかなかった。
世一也是个健全的男人。他明白被要求的是什么,也理解自己的欲望。然而,他不能就这样随波逐流。
「だ、だめだ!」 「不、不行!」
「……なぜ?」 「……为什么?」
「そういうのは、段階を踏みたい」 「这种事,我想按部就班来」
カイザーはまた理解できないというように顔を顰める。それでも譲歩することはできない。世一の想いは、生半可な覚悟で抱けるものではないのだ。
凯撒再次皱起眉头,显得无法理解。但他也不会让步。世一的感情,不是随便下个决心就能承受的。
「俺、お前のこと、好きなんだと思う。自覚したばっかでまだ曖昧だけど、お前が来なくなったのすごく寂しかったし、キスも嫌じゃなかった。……お前も、そうなんだろ」
「我,觉得是喜欢上你了。虽然才刚意识到,还不太确定,但你不在的时候我真的很寂寞,接吻也不讨厌。……你也是,对吧?」
あんな眼差しを向けておいて、否定なんかさせない。世一は断定の形で問いかけた。カイザーは珍しく目を伏せて、暫くしてから視線を合わせてくる。
既然用那样的眼神看着我,就别想否认。世一以断然的语气问道。凯撒罕见地垂下眼帘,片刻后才重新对上视线。
「よく分からない」 「不太明白」
「じゃあ、お揃いだな」 「那我们一样了。」
世一はにっと口端を上げた。 世一微微扬起了嘴角。
「初心者同士焦らず行こうぜ」 「新手们,别着急,慢慢来吧」
「…………ああ。キスは?」 「…………啊。亲吻呢?」
「そ、そのくらいならまあ……、んむっ」 「那、那点程度的话……嗯呣」
カイザーが渋々といった様子で頷いたと思ったら、ずいと距離を詰めてきた。もう少しで唇が触れてしまう距離で問われ、世一は気圧されて頷いてしまう。次の瞬間、唇が強く押し付けられた。先程のキスの雨が可愛らしく思えるほどの情熱的な口づけ。隙間に舌が捩じ込まれて、口内を舐め回すように動かれる。世一は驚きすぎて、押し返すこともできなかった。
凯撒一脸不情愿地点头,随即迅速拉近距离。眼看嘴唇就要碰上,世一被气势所迫,不由自主地点头。下一瞬间,嘴唇被猛烈地压了上来。比刚才的吻雨更加热情的亲吻。舌头趁隙钻入,在口中肆意搅动。世一太过惊讶,连推开都做不到。
なんだこれ、なんだこれ。 这是什么啊,这是什么啊。
未知の感覚に、意識全てが根こそぎ持っていかれるような気分にさせられる。落ちる危険なんかないのに、カイザーに縋らずにはいられない。
一种未知的感受,仿佛整个意识都被连根拔起。明明没有坠落的危险,却无法不紧紧抓住凯撒。
「っ、あ、んっ、あ……っ」 「唔、啊、嗯、啊……」
「……クソ固い。少しは慣れろ」 「……真硬。稍微习惯点吧」
「無理だって」 「做不到啦」
「慣らしてやる。ん」 「我会让你习惯的。嗯」
口を離したカイザーが、唾液で濡れた唇を差し出してくる。世一は熱に浮かされた頭で、その唇に自分のそれを押し付けてみた。むちゅり、と皮膚が密着し、一つになっていく。
凯撒松开嘴,伸出被唾液濡湿的嘴唇。世一昏昏沉沉的脑袋,将自己的唇贴了上去。啾的一声,肌肤紧密相贴,融为一体。
「………………、へたくそ」 「………………、笨手笨脚」
唇の皮膚をくっつけたまま、動かないからだろう。カイザーが焦れたようにそう言って、世一の唇を奪っていった。口の中に入ってきた舌が容赦なく世一の戸惑う舌を舐っていく。
因为嘴唇的皮肤紧贴在一起,没有动弹。凯撒焦急地说着,夺走了世一的唇。伸入口中的舌头毫不留情地舔舐着世一困惑的舌头。
悔しいけれど、気持ちいい。ゆっくり関係を進めたい、という気持ちは本当だけど、流されてしまいそうだ。
虽然懊悔,却也舒畅。虽然真心想慢慢推进关系,但似乎快要被冲昏头脑了。
――あー、好きだなあ。 ——啊,真是喜欢啊。
ぐらぐらと揺れる心で、世一は目の前の青を想った。
心神不宁地摇曳着,世一思念着眼前的那抹青色。