東京を去ろうと決意して一年。すったもんだの末にバンドを再開した私は、川崎のラブホで遠い田舎から来た小さなファン――そして恋人でもある――井芹仁菜を全裸のまま正座させ、説教していた。
我在东京决定离开一年,经过一番努力后,我重新组建了乐队,并在川崎的一家旅馆里,让从乡下远道而来、既是我的小粉丝也是恋人的仁菜裸体正坐,对我进行了一番教导。
「あのな、セックスってのは激しくすりゃ良いってもんじゃないんだよ」
「那家伙,性行为并非越激烈越佳」
「…………はい」 「…………是的」
不満の意を全身全霊で表現する暴れ馬を前にして、私は独り天を仰ぐ――。
面对全力展现不满的烈马,我只能抬头望天。
――――――――――
井芹仁菜のバースデーライブという、これまででも5本の指に入る大きさのイベントは無事に大成功で終わった。私たちは演奏を終えても残ったエネルギーを晴らすため、もしくは今日の成功を徹底的に祝うために、川崎駅を降りてすぐの大衆居酒屋で打ち上げと洒落込んでいる。
井芹仁菜的生日晚会,这是迄今为止我们参与的五次大型活动之一,已经圆满成功结束。在演出结束后,我们利用剩余的能量,或者彻底庆祝今天的成功,从川崎站下来后,我们就在附近的大排档举行庆祝活动。
普段ならまあまあ集まりの悪いメンバー達が打ち上げを快諾したのは、なんだかんだ今日が仁菜の誕生日ということあってなんだろう。遂にあいつも18歳となり、法的に大人として扱われることとなった。
……と、ここまでならまあまあ喜ばしいことで、それだけだと折角の飲み放題なのに私がほとんど酒に手を付けていないことを全く説明できない。いや実際アレが野に解き放たれるので十分酒を飲まない理由にはなるんだけど、それより大きな問題がアイツと私の間に横たわっていて。私はまさに今、それに頭を抱えさせられている。
『桃香さん』
『大人になりましたよ』
『だからしたいです、今日』
思わず顔が引きつった。智がうつらうつらし始めたこともあってそろそろ解散の雰囲気が漂い始めたときに、このメッセージだ。額に手をやりながら、私は若干肩に力の入った「恋人」へ目を向ける。
「――桃香さん、しないんですか」
「お前はまだ子供だろ」
その姿を見ていると、いつぞやの会話が蘇ってくる。あの後晴れて恋人となった私たちだったが、直接的な「行為」をすることは徹底的に避けていた。
向こうは頃合いがあれば私を誘ってくるから、その度にあの手この手でなんとか先送りにしていたんだけど……その方便としてよく使っていた「子供だから」って理由が、ちょうど今の私にボディーブローとなって襲いかかってきている。実際仁菜も何度か私っていう「大人」に甘えている場面があったし、あいつ自身そこに思う節があったのか、これまではそれを言うと物凄く不服そうに引き下がってくれていたんだが。
「……流石にもう無理だよなぁ」
「どうしたの?」
「あー、すばるは気にしなくて良いことだよ」
私が仁菜の誘いをのらりくらりと躱してきているのは、一度でも身体を重ねてしまえばそこからズブズブと依存してしまうんじゃないか、そういう恐怖があるからだ。それからことあるごとに仁菜と寝るようになって、最初は酷くメンタルが荒れたときだけにしていたのに些細なことでもセックスを求めるようになって、そんな情けない私に仁菜が愛想をつかして――。そうなる未来がなんとなく見える。ってか既に酒でそうなってるし……ああ、考えただけでも恐ろしい。
……恥ずかしいことを言うけれど、井芹仁菜という人間は私にとって間違いなく運命の女だ。どうやっても万が一、億が一ってことを考えてしまう。正直、怖い。これ以上、関係を前に進めることが。そして、私たちの関係に傷がついてしまうことが。
あと、現実的理由として、今のアイツとじゃどう考えても初夜が失敗するってのもある。井芹仁菜という直情がそっくりそのまま擬人化したみたいな女がセックスなんてできる筈がない。もし初夜でごたついたりしたら、あれのことだ、どうせ荒れるに決まっているし……。
『桃香さん、逃げないでください』
――なんてあれこれ言ってはいるが、客観的に見ればもう逃げられないのは確実だろう。それに私の方だって、仁菜と付き合いだしてからはご無沙汰だから……結構溜まってる、ってのもまた事実で。すばるの肩越しにトゲトゲしたオーラを振りまく仁菜の姿が目に入る。
『もう逃げないんじゃなかったんですか』
はぁ……。しょうがない、覚悟決めるか。
「ごめんすばる、私ら二次会行ってくるから」
「そうなの? じゃあ私も行くね〜」
「いや、申し訳ないんだけどさ、仁菜とサシで話したいんだよ」
な? とすばるの肩越しに仁菜へアイコンタクトを送る。が何も反応が帰って来ない。よく見るとアイツはカウンターの下で手をもじもじとすり合わせていた。だからこういうときにもうちょっと気を利かせろよ……!
期待していた援護射撃がなかったせいで、案の定すばるは微妙に首を突っ込んでこようとする。
「なんで? 私達って運命共同体じゃん! 隠し事は無しって話でしょ?」
「いつそんな話したよ。 い、い、か、ら……」
眉間をぐっと寄せて、言外の眼光をすばるに発射する。今の今まで理解できないものを見つめる顔で私たちの方を見ていた野次馬根性女は、突如何かを察したようでペコちゃんみたいな表情に移り変わった。
「……あっ、ふぅ~~~ん(笑) なるほど、なるほどぉ」
耳に障るビブラートを撒き散らしながら、アイツは優雅な動きで荷物をまとめはじめる。
「それじゃあ、ごゆっくり~」
ぶん殴りたくなるウインクと共に、ひらひら手を振ってすばるは店の外へ消えた。後でからかわれるのが確定したのは最悪だが、帰るついでにラブホに持ち込むには憚られる機材類を持っていってくれるのはなんとも評価に困るところだ。終わってる三文芝居はイラつくとしか言い様がなかったが。本当に。
「あれ、ルパ達は?」
それから残るルパと智にも席を外してもらおうと振り向いたが、2人共こつぜんとその姿を消していた。さっきまでひたすら私のことを酔い潰そうとしてきてたのに。そう思ってルパを探す私に、仁菜が声をかけてくる。
「智ちゃんたちならもう帰ってましたよ。あ、でも」
カウンターに転がっている伝票を仁菜は控えめに指差した。
「帰り際に、『智ちゃんの前でそういう雰囲気出すの、次からやめてくださいね? 今日は奢りでお願いします』って」
……野郎。
――――――――――
その夜。
私らは深夜の川崎を駆けずり回ってラブホテルを数件周り、運良く空いていたところに転がり込んだ。
「思ったより……空いてないもの……なんですね」
「これでも早く見つかった方だぞ?」
くたくたになった私らを出迎えたのは、一回り大きなダブルベッドが壁際に鎮座している、木目調のフローリングの敷かれた温かみある部屋だった。パッと見じゃ普通のビジネスホテルと勘違いしそうな内装だが、少しアメニティを漁るとスキンやらローションやらが出てくるあたりは立派なラブホテルといったところか。
「……ベッド、回らないんですか」
「ここはな」
大方、仁菜はこういう経験をしたことがないんだろう。いくらか疲れもあるだろうけど、それだけじゃベッドに腰掛けて以来地蔵みたいに固まっているのを説明できない。
「ほら、先シャワー浴びてこいよ」
親指でシャワー室の方を指したら、私の隣に居た仁菜はおずおずと腰を上げる。そのまま歩いていくものと思ったら……なぜか、私の前に仁王立ちで立ち塞がってきた。
「……桃香さん」
「なんだ」
「なんか、手慣れてません?」
「は?」
「ずっと思ってたんです。恋人とラブホに入るっていうのに緊張は全然ないし、部屋の取り方だってやけにスムーズで、何よりその余裕!」
仁菜はびしっ! と指をさす。人を指差すな。
「そーいうことしてたんですね!?」
仁菜のもう片手は青筋が浮かぶくらいに強く握りしめられていた。そんな怒ることか?
「別に悪いことじゃないだろ」
「…………悪いです!」
その間はなんだ。明らかに滅茶苦茶なことを言ってるのに仁菜には全く悪びれる様子がない。眉間に皺を寄せ、ふくれっ面で小指を立ててきた。なんなんだよ本当に。
「言ってくれたじゃないですか、『私には仁菜しか居ないー』とか、『仁菜が居なきゃ私はもうダメだ』、とか。『ここまで惹かれるのは仁菜が初めてなんだ』って」
「いつ言ったよ……」
「ベロンベロンに酔ってたときに言ってました」
……じゃあ言ったかもしれない。いや、そんなことはとにかく。
「気持ちと経験は別の話だろ。そんなこと気にしてたら誰とも付き合えないぞ」
「それでも気になるじゃないですか。桃香さんのことが好きなんですから」
あーあー、これは間違いなく爆発する流れだ。こいつの怖いところは着火してから破裂するまでどれだけかかるか分からないし、どれだけ溜め込むかも分かったもんじゃないことにある。過去のアレコレを思い返すとどんどん嫌気がさしてきた。
「好きだからって、全部思い通りにならなきゃ満足できないのは違うだろ! 人にはな、プライベートってものがあるんだよ!」
おかしいな、コイツの怒りをなんとか押し留めようとしているのに、何故か私の方までヒートアップしてる気がする。
「だから! そのプライベートじゃない部分すら話してくれないから! 気になってるんですよ、今!!」
「はぁ!? 話せることは全部話してるだろ! 恋人だろ!?」
結局あったまってしまった仁菜に止まろうという気配なんてなく。怒髪天を衝き、目の前の暴れ牛はその顔を私の額へ押し付けてきた。
「だったら、聞きます。桃香さんは、私のことが一番好きなんですよね」
「…………多分、な」
私は目を反らした。
……。
……いや。
……だって、素面じゃ言えないだろ。そんな小っ恥ずかしいこと。
――――――――――
ギターをケースに入れっぱなしにしていたのは失敗だった。これからはいつでも弾けるようにしておこう。
「自分勝手がすぎる」
「……すみません」
それはそれとして、私は仁菜をベッドの上で正座させていた。服を着せるのは面倒だったので全裸で。しわくちゃになったシーツの上に、栗色の頭が糸の切れた人形のように項垂れている。
「いくらなんでも下手すぎ。次、私がやるから。良いよな?」
「…………」
「良いよな?」
「う~……」
「私がやります」と言って譲らない仁菜に任せたらこうだ。嫌な予感こそしていたが、予想以上に下手くそすぎて話にならなかった。気持ちよくないを通り越して痛い。
ラブホで説教する羽目になったのはこういう理由である。……とはいえ、さんざんラブホを探し回って得られたものが大失敗じゃ骨折り損もいいところだろう。私は気にしないが、間違いなく仁菜は納得しない。さっきから仁菜の周りにトゲトゲしたオーラが漂い始めてるし。
「大人しくしてろよ」
痛む股ぐらを抑えながら私は仁菜を横たえる。不服ですと言わんばかりの体幹力で抵抗されたが、最終的に折れたのは仁菜の方だった。……いや、そういうことをしに来てるのになんで抵抗するんだよ。
「ほら、触るぞ――」
耳元へ囁きかけて、ふとももの辺りを撫でる。合わせて顎から頬にかけて顔のラインをなぞってやると、仁菜の身体全体が大きく跳ねた。っても、これは快感じゃなくて拒否反応だろう。想像以上に仁菜の身体は強張っている。あんな生き方してたらそりゃそうだろうとも思うが、それでも実際に行為することになって初めて実感するものがある。これは前戯に相当時間をかける必要がありそうだ。中々骨が折れる。
「っ……ん……」
ガチガチに固まった身体を時折痙攣させる仁菜。今のところくすぐったさや気持ちよさより異物感や不快感が先行しているようだ。
まあ……頭を撫でようとするだけで飛び退いて威嚇してくる常在戦場人間なんだから、ペッティングともなれば相当の嫌悪感を覚えて当たり前だよな。まずは私が危なくない人間だって理解してもらわないと。
「仁菜……」
仁菜とこうして「する」ってなって、私には1つ心に決めていたことがあった。それは……できるだけ、仁菜には気持ちよくなってほしい、ってこと。初めての経験だし、まだまだマイノリティな女同士での行為なんだ。相手をよがらせられる技術だって自信だってあるけれど、それでもできる限りは、綺麗な経験にしてやりたい。
「仁菜。肩の力抜いて」
もっと、仁菜を安心させられるように。うなじに軽く手をそえて、それから心と心をできるかぎり近づける。まつ毛の一本一本が判別できるくらいに顔を落とせば、仁菜は肩を大きく縮こませたけれど、身体全体の強張りはほんの少し解けたみたいだった。
「大丈夫だ、痛いことは絶対にしない。約束する」
「ん゛ん……」
……極限まで優しくやってる筈なのに、未だにトゲトゲしたオーラが出続けてるような感じがするんだけど。気の所為だよな?
「こっち、は……まだ触られたくないか」
水の一滴も、空気の一切れも通さないと言わんばかりに固く閉ざされた脚の間に手を当てる。せっかく緩まった緊張がまた高まったのを肌で感じたけれど、この辺りに触れるのを許してくれたのなら山場は越えたも同然だ。がっつきたい気持ちを抑え、鼠径部の周りを柔らかに撫でつけるだけの動きを繰り返す。
「大丈夫そうなら、脚開いてくれ」
仁菜が自然と感じてくれるよう、彼女が許可してくれるまでは鼠径部と胸の外側をフェザータッチするのみに留めることにした。時折啄むようなとても軽いキスも織り交ぜて、ゆっくりと、しかし徹底的に仁菜の理性を甘く蕩かしていく。
それから5分、10分、20分と経過して……。
「オイ仁菜、お前もうできるのに隠してるだろ」
「っ……そんなことありません」
30分が経った。これはいくらなんでも長過ぎる。
触っていると時折甘い吐息が漏れてくるってのに、こいつの両足は未だにピッチリとガチガチに閉じられている。いつもの悪い癖が出てきているのは間違いなかった。
「強がりすぎだ。手、入れるぞ」
「そんなことっ……ぅあ♡」
ローションを絡めて脚と脚の間に無理やり手を差し入れる。それから秘部に軽く手を当ててやると、仁菜は初めて喘ぎ声を漏らした。普段のこいつから出るとは思えない甘ったるい声を聞いて私の嗜虐心がほんの少し疼く。
「ほらみろ、やっぱり準備できてるじゃねーか」
だが、これは初めての性交だ。テクニックの差で抱き潰すような真似だけは絶対にしちゃいけない。
心機一転、気持ちを落ち着けてから、ローションでぬるぬるになった指の腹でクリトリスを軽くなぞってやる。さっきの前戯のおかげで仁菜の突起は屹立しきっていて、手の感覚だけでも探り当てることができた。
「っ、なに……っ♡ これっ!?♡」
仁菜はきっと他人からされるのも初めてだろう。さっきまではずっと私のことを睨みつけていたのに、今は慣れない刺激に目を白黒させて戸惑っている。
「仁菜、こっちはどうだ?」
「っ♡」
少し強めに押してやったり、逆にギリギリ触れないくらいに留めてやったりして、緩急を付けながら陰核の触り方をあれこれ試す。
「このくらい、か……」
「んっ……っ♡ あっ♡」
すると、反応の良い触り方が大体分かってくる。仁菜はけっこう強めに、ギターソロで弦を抑えるときの強さくらいで刺激されるのがお好みらしい。
「あっ♡ んっ♡ もも、か♡ さんっ♡」
ピンとそそり立ったクリトリスをぐっと押さえてやって、それから離して、という動きを一定の周期で繰り返すと、どんどん仁菜の息が乱れていって、口から喘ぎ声を吐き出すようになる。
「胸も触るぞ」
「……っあ♡」
手が余っているから、ついでに胸のほうも優しく揉んでやる。反応から察するにこっちも感度は良好で、これなら問題なく気持ちよくしてやれそうだ。
陰核への責めにある程度時間を取ったあと、私は仁菜の耳元に顔を近づけた。そろそろ頃合いだ。
「指、挿れるからな……」
「っ♡……へっ? え、ももかさっ……ん゛ん♡」
囁きと指の挿入、それからクリと胸の愛撫という感覚を処理しきれなかったのか、仁菜は背中を大きく仰け反らせた。間髪入れずに膣内でゆったりと指を動かして、私は仁菜が気持ちよく感じる弱点を探す。
「っ……♡ ふーっ♡ ん゛っ♡ んん゛ーっ♡!」
「あぁ、この辺か……」
膣内の弱点も拍子抜けするくらい簡単に見つかった。一度触るまでは大変だけど、触ってしまえばあっけなく弱点が見つかるあたり、こういうところも当人の性格に似るらしい。……とか口に出したら殴られそうだから黙っておくことにするが。
「この辺りが良いんだよな?」
やや手前寄り、中指の第一関節と第二関節の間辺りの天井を、指の腹で左右に撫でる。もちろん手の腹でクリトリスを刺激しつつ、片手で胸の愛撫を続けながら。
「ふーっ♡ んん♡ ん゛ーっ♡」
今、こいつがまともに口をきけるなら「全然気持ちよくないです」とか強がってみせたのだろう。けど私の下で、首をぶんぶん振りながら歯を食いしばって喘いでる姿に彼女の猛々しさは全く感じられない。
仁菜のかわいらしい抵抗をあしらいながら、私は刺激を続けた。
「気持ちいいんだな。続けるぞ」
「あ゛っ♡ もうっ……だめですっ♡ ももかさんっ、ダメっ!」
すると突然抵抗が大きく強まった。きっと絶頂が近いんだろう。がむしゃらに手足を振り回そうとするのをそれとなく妨害しつつ、私はここまでの間に見つけてきた仁菜の「好きなこと」を徹底的に行ってやった。
「ひっ♡ いやっ♡ いやですももかさん! っ♡ あ゛♡ なにかっ……♡ なにかきて……っ♡」
「大丈夫だ、身を委ねろ」
「いっ……嫌で、すっ♡ ああっ♡」
「ほら。さん、に、いち……」
「あっ♡ ひっ♡ あ゛っ♡ やめ♡」
「ゼロ」
「っ~~~~~~♡♡♡ う゛うっ♡ ん゛~~っ♡」
とどめに耳元でカウントしてやれば、仁菜はあっけなく絶頂した。
「っ♡♡ っあ♡ っく……♡」
両足をピンと張った後、いっそう激しく脚をバタつかせて、必死に喘ぎながら快感を受け止めている仁菜。そんな初々しい絶頂を眺めながら、私は自分の方まで濡れてくるのを感じていた。
……あの時。ひたすら情けない姿を晒したのに、それでも身体を張って私の前に立ち塞がって、手を取って連れ出してくれたあの時は、私なんかよりも何倍も大人びて見えたのに。やっぱりこういうところはまだまだ子供だ。なんて考えていると、途端に愛おしさが増してくる。つい空いた手で頭を撫で始めてしまい、自然と笑みが溢れてきた。
「仁菜は、本当、可愛いな――」
「――ふんっ!!!!!」
「ったぁ!!?」
急に仁菜に頭突きをかまされた。
……はぁ!? なんで!?
「痛ってぇ……! いや、仁菜!?」
「んっ、はっ……笑ってました……っよね……! 私が、未熟だからって……!」
ついさっきまでイキ散らしていたっていうのに、その抜き身の刀っぷりは全く鳴りを潜めていなかった。どころか、ホテルに着いたときから更にトゲトゲしさを増してすらいる。
「なんなんだよ……」
「私、そんな風に扱われるほど幼くありません」
「はぁ~? だから……」
「桃香さんは、私のこと、やっぱり子供としてしか見てないですよね!!」
「だから何だ! あのなぁ、時と場合をわきまえろ!」
今はセックス中だぞ。私はヒリヒリするおでこを抑えながら、もう片手で仁菜をベッドに押し戻す。どう考えたって絶対に今は憤るべき場面じゃない。
「ここはステージじゃなくてベッドの上なんだよ! 気に食わないからってキレたところで、お互い不幸になるだけだ」
「ぐぅぬぬぬ……っあ♡」
大方コイツのことだ、こうなった以上は何をしてもこのトゲトゲした怒りが静まることはないだろう。埒が明かないのは目に見えていたから、私は快楽でこのバカを静かにさせることにした。ピンと主張する乳首を指の間で転がしながら、固くなったクリトリスを強めに撫でつける。
「ほら、さっさと黙って身体渡せ」
「んっ、はっ……♡ ううっ……♡」
暴れようとする仁菜をなんとか片手で抑え込む。胸に使っていた手が取られたので、代わりに頂点を歯で軽く甘噛みしてやると、ビクンと仁菜は大きく体を震わせた。
「うっ……♡ んぎぎぎ……!」
しかしこいつは大人しくなろうとは全くしないで、あろうことか私が頭を近づけたのを良いことに首の付け根へ噛みついてきた。
「いっ……やめろバカ、噛むな!」
「んんっ、んーっ!♡」
噛みついたまま首を振ってくる。洒落になってない、歯型残るぞこのままじゃ! さっき達したばかりってのに、なんなんだよそのガッツは!
「お前は今ネコなんだよ! 大人しくし、てろ!」
「ふざけないでっ……くださいっ! んっ♡」
「ふざけてんのはそっちの方っ……痛ったい!」
「ふしゅーっ!」
背中に鋭い痛みが迸る。慌てて手を回して確認すると、指の先にほんの少し血が滲んでいた。思いっきり引っかいてきたらしい。クソッ、仁菜のバカ、本当に猫になってんじゃねぇ!
「桃香さんがっ♡ あ♡ 悪いからっ……♡ っあ゛♡ ふっ♡ へへ♡」
目の前のバカはそれで一矢報いたとでも思ったのか、喘ぎながら勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
……いくらなんでも、ふつう限度ってものがあるだろ。流石に今日の傍若無人さには……我慢できない。堪忍袋の緒が切れた私は、仁菜の二の腕を引っ掴んで思いっきりベッドに叩きつけた。
「もう加減してやらないからな……覚悟しろよ!」
お前の弱いとこは大体把握してるんだよ。そっちがその気ってんなら私だって考えがある。仁菜のためを思って優しくしてたけど、もう限界だ。徹底的に、私が知ってる全部をぶつけてやらないと。
「っ♡ うっ、いっ……♡ あっ♡ あははっ♡」
「何がおかしい……!」
「私……っ、んっ♡ 今の桃香さんが♡ すき……ですっ♡ さっきまでっ、なんかより……っ♡ ずっと!」
「はぁ!!?」
思わぬところから右フックが飛んできて私は一瞬固まってしまう。告白、なんで今? と真っ白になったところに、首筋から鈍い痛みが刺さって現実に引き戻される。慌てて見れば仁菜がまた噛みついてきていた。……さっさとコイツを分からせなきゃ、本当に身体が持たなくなりそうだ。
急いで狂犬を引き剥がして再度責めを再開しようとしたとき。仁菜が耳元で囁いた。
「……わたし、桃香さんが好きです」
だからなんだよ急に、今更。
私は突然の告白で心を動かされたなんて悟られたくなくて、反応を返さず仁菜の弱点を苛め始めた。
「そういうっ♡ 情けないところも……♡」
……うるさい。
「桃香さん、告白の答え……っ♡教えて、ください」
「もう言っただろ……」
「じゃあ嫌いなんですねっ……んっ♡」
うるさい! 私は……仁菜のこういうところは本当に嫌だ。どこまでも直情的で、曲がったことを許せなくて、どれだけ突き放されても何度も何度も何度も何度も鬱陶しく付き纏ってくるやり方が!
「…………好きだよ、私も」
「っ……ふっ♡ 顔、赤くなってますよっ♡ 目もっ……んあっ♡ 反らしてましたしっ」
「だからなんだよ、それで勝ったとか思って――」
「もっと!」
「……好き、だ」
「っあ♡ んっ……足りません! まだ!!」
「好き……」
「誰のことがっ♡ あっ、ひぎ♡ ……っ♡ あ゛っ♡」
「仁菜のことが……あぁもう!」
「っ!?」
仁菜に覆い被さって、唇を奪って言葉を封じる。
……最悪だ。技術だって、体格だって、体位だってこっちが上で、仁菜をよがらせてるのは私の方なのに、こんな必死にさせられてしまっている。まるで掌の上で踊らされてるみたいで。何より嫌なのは、それなのに私の方までヒートアップしてるってことだった。どれだけ快楽に浸してやっても、仁菜は挑発的な視線を浴びせかけてくる。
「……っぷは、もう黙ってろ……!」
「嫌……っ♡ ですっ♡!」
背中に腕が回されて、私の頭がデコルテのあたりに引きずり込まれる。こっちも負けじとバカの両足を抑えつけて膣内を蹂躙し、淫核を扱き上げてやった。仁菜は嬌声をあげたけど、全然大人しくならないうえにお返しとばかりに噛みついてくる。だからこっちは報復として、クリトリスを強めに弾いて目の前の女を強制的に絶頂へと持っていかせる。そうしたら、また仁菜が――。
それから。
それから――。
――私たちが叫んでいたのは喘ぎ声か、それとも呻き声か。見苦しい取っ組み合いが、あれからどれだけ続いただろう。
汚れのなかったベッドには巨大な染みが作られていた。私と仁菜はその上でナメクジのように密着して、お互いの舌を、何度も何度も混ぜ合わせている。私の舌を喜んで迎えてくれている仁菜は、相変わらず私の背中に爪を立てていた。
ふと、疲労が私の頭を現実に連れ戻した。慌てて時計を見ると、時刻はいつの間にやら夜の4時を回っている。
我に返った私は行為の終わりを合図するように、息も続かないほど深く、深く行っていた口付けをやめた。唇は離れたけれど、銀色の糸が私たちの間に橋を架けている。
「ん……仁菜。最後に、良いか」
「っあ……なんです?」
……私は。
ここまで、ずっと目を反らし続けてきて、やっと分かった。仁菜は――私からの「応え」を欲していたんだ、って。
目と目を合わせて、あたしは仁菜に想いを伝える。
「仁菜が好きだ。誰より、一番」
その言葉を待ってましたと言わんばかりに、汗と涙に塗れた晴れやかな顔が、笑顔を浮かべた。
「桃香さん……。私もです」
……本当、どれだけバカなんだ。
――――
「……桃香さん。ひとつ、いいですか」
「ん、なんだ?」
全部が終わった後。ベッドの汚れの酷くない部分に2人寄り集まってピロートークをしていたら、突如仁菜に改まって話を切り出された。
「その、ちょっと言いにくいことなんですけど」
「あんなことした後だろ。何言われたって気にしないよ」
「えっと…………ちょっと酒臭かったです」
「……………………」