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 科学、美術、音楽、スポーツ……。
 研鑽を積んだ者たちは、それぞれ固有の〝武器〟を持つ。
 血の滲むような努力で学び得た武器とは、その者の誇りであり、命に等しいと表現しても過言ではない。何びとも、おいそれとは模倣できぬだろう。
 それが正義の味方――悪との戦いにまつわるものであれば、なおさら真似できないはずなのだ。

 虫の囁きしか聞こえぬ郊外の深夜。
 誇りある〝武器〟を全身に秘めたひとりの少女が、さびれた公園を訪れた。
 満月の光を浴びた衣装が、蒼く照り返す。腋が全開になったジャケット、眩しい太ももが見えるミニスカート、純白の長手袋とニーハイソックス……美しさと神々しさが融合したコスチュームであった。

 それを纏いし者の名は、 フェレスティア・ショコラ 。
 天使の力を受け継ぎ、世を忍んで人外の者たちと戦う、正義の魔法少女である。
 短めのツインテールを揺らしながら公園の中を進むショコラは、不意に足を止めて遊具のひとつを睨みつけた。
 
「ガキはうちに帰る時間やで」

 ブランコのシートに小さな影が座っている。

「アンタやな? 最近ここらで悪さしとるんのは」

 夜遊びする子どもへの警告にしては、ショコラのそれには険があった。
 さもあろう。相手は人間ではない。

「ご挨拶だなぁ、おねーちゃん」

 そう言って微笑む幼女の顔と、扇情的なレオタードから覗く肌の色は、闇を塗りつけたかのように暗い。銀に輝くミディアムショートの髪からは、ねじくれた2本の角が生えていた。
 妖魔。天使の敵であり、人間に仇なす魔の者だ。

「ガキじゃなくて、わたしは イミリ 。おねーちゃんの噂は聞いたよ。最近すんごくチョーシに乗ってる、蒼いフェレスティアがいるって♥ たくさん友だちをやっつけたみたいだねぇ」

 イミリと名乗った妖魔は、闇の中でルビーを思わす瞳を煌めかせた。その不吉な輝きには、興奮と愉悦が宿っている。幼い見た目に相応しく、新しいオモチャを手に入れた子どもの様子であった。

「ほぉ、話が早いわ。そや、おチビやからってウチは悪モンに容赦せん。人間サマの世界で好き勝手暴れ回んのも今日限りやで。覚悟しいや、妖魔」

 ショコラもまたサファイアの瞳を爛々とさせる。そこに宿るのは、悪への怒りだ。危険な怪物を前にして、恐怖や不安の感情はひと欠片もない。

「ふふっ♥ 教科書でもあるのかなぁ? 天使もフェレスティアも……正義の味方って、みーんな同じこと言うんだね。それでわたしにヤられて、みーんな同じブサイクな顔でわんわん泣いちゃうの♥」

 地面を蹴りつけ、イミリがブランコを軽く漕いだ。奇妙なことに、彼女の足元は雨に降られたかのようにぬかるんでいる。
 ショコラが鼻を鳴らした。

「そら、随分と弱い者イジメばかりしとったようやな。その腐った根性、本物の正義の味方が叩き直したるっ」

 もちろん、ショコラは他の天使やフェレスティアが「弱い」なんて思っていない。生意気な妖魔の気分を害させたいだけだ。
 それにショコラは異質の存在であった。通常のフェレスティアと異なり、彼女は熾天使マヤという天界最強の力を受け継いでいる。力量の差を鑑みれば、たしかに「本物」と呼べた。

「〝本物〟の正義の味方……ね♥ んじゃ、見せてもらおうかな。本物の力ってやつを」

 イミリは怒るどころか、愉快そうに唇を吊り上げてみせる。
 鎖を掴んだ両手が闇色に輝き、魔力の波動が公園で吹き荒れた。幼女の周囲に広がる泥の沼が、沸騰したかのように無数の泡を生み出しては破裂する。それはだんだんと激しさを増し、身構えるショコラの目の高さまで噴き上がった。

 泥沼から現れたのは、人の形をした、されど人ならざる者だ。肉体は泥の流体で、熱で溶けかかったように見える。顔には目や口といったパーツは存在せず、暗黒を飲み込んだ大穴が中央に空いていた。
 その不気味な泥人形が、1体、さらに1体と生まれ落ちていく。

「泥んこ遊びでもしたいんか? 見た目通りのクソガキやな、自分」

 次に起こるであろう事態に備え、ショコラは全身の筋肉を撓めつつ目を細めた。
 これまで見たことのない魔物である。ただ、屈強なオークほど強そうには見えない。そのオークとて、ショコラの前では足元にも及ばないのだが……。

「するのは、おねーちゃんだけどね♥」

 十数体の人形を従えたイミリが、人差し指をショコラへ向ける。

「さっ、遊んであげて♥」

 それを合図に、泥人形たちが声もなく疾走した。愚鈍な見た目に似合わず俊敏で、数メートルあった間合いを一瞬にして踏破する。そのうちの1体が両腕を伸ばし、世にも美しい獲物を捕らえようとした。

 掴んだのは蒼い残影だ。
 神速で側面に回り込んだショコラが、スカートとともに下半身を旋回させる。弧を描いたブーツが、泥の肉体の脇腹辺りにめり込んだ。いったいどれほどのパワーが籠められていたのか、泥人形は冗談のようにすっ飛び、木製のベンチに激突する。

 木片と泥が宙を舞っている間に、ショコラは次の敵へ肉薄していた。首を傾げるだけで相手の拳を避け、ソックスに包まれた膝を叩き込む。胸を痛打されたそいつが地面に沈むと、口のような穴ごと頭を踏み潰し、無害な泥に還してやった。

 そこへ3体の泥人形が、別々の方向から攻撃を仕掛ける。
 ショコラは正面の1体の股下をスライディングで抜け、即座に立ち上がって後ろ蹴りを食らわせた。3体がぶつかり合って転倒するのを尻目に、飛び掛かってきた人影へ、太ももを見せつけるかのようなハイキックを放つ。顎を撃ち抜かれた泥人形は、目当ての少女ではなく、付近にいた仲間を背中で押し倒すことになった。






 蒼いブーツが地を蹴り、4本の腕が靴裏をギリギリでかすめる。新たな2体だ。
 跳躍したショコラは、真下にあった頭を蹴っ飛ばし、その反動を使って身体を一回転させる。鮮やかな空中回し蹴りが、もう1体の泥人形の首筋へ吸い込まれた。

 無事に着地するショコラに対し、泥人形は横手から暴風でも受けたかのように吹き飛ぶ。その先にいるのは、ブランコに乗ったイミリだ。そのまま命中するかと思いきや、人形の肉体が風船の如く破裂した。泥の粒が降り注ぐ。

「ナイストライ♥」

 茶色い雨越しにイミリが微笑み、人差し指を左右に振った。
 別の泥人形を蹴りつけながら、ショコラは舌打ちする。隙を見て指揮官を倒そうと思ったが、地道に兵士を倒していく他ないようだ。また1体、ショコラの美脚に打ち据えられて夜空を舞った。あまりのスピードに、泥人形たちは触れることすらできない。
 
 では、パワー勝負ならどうか。
 ずぼっっっ……。
 人形の鳩尾へ前蹴りを繰り出したショコラの動きが、不意に停止した。肉体の粘度を変化できるのか、少女の右脚が膝まで埋まってしまう。己の身体で獲物を拘束した泥人形は、すぐさま両腕で脚を掴んだ。

「おさわり厳禁やでっ」

 ショコラはニヤリと笑い、上半身を無理やり捻りつつ自由な左脚を上段へ飛ばす。捕らえられた脚を軸に少女の身体が一回転すると、ドロドロとした腹に大穴が空き、さらに腕が千切れた。次いで左脚のつま先が泥人形のこめかみを抉り、両者の身体が勢いよく反発する。
 悪の手先は、力比べですら正義の味方に勝てないというわけか。

 地面に転がるショコラは、立ち上がりざまにタックルした。いままさに腕を振り下ろそうとした泥人形はバランスを崩し、そのまま背後にあったジャングルジムまで連行される。そして背中から追突して、骨組みの格子に合わせてバラバラになった。

 ジャケットに付着した泥を払うショコラは、空気を吸い込む音を耳にする。その発生源は、数メートル横で構える泥人形の顔の穴。そいつの胸が大きく膨らむのと、ショコラが横っ飛びに離れたのは同じタイミングだ。

 次なる風の音色は鋭い。
 無数の泥の礫が射出された。ただの泥でも、それが亜音速で放たれれば銃弾になりえる。身体を低くして駆けるショコラ目掛け、泥人形は散弾をこれでもかとばら撒いた。

 トップスピードに入ったショコラの駿足は、銃撃を凌駕する。横合いからどれだけ撃ち込まれようと、一瞬前にいた空間がいたずらに貫かれるだけだった。少女の身代わりに、可愛らしい動物のオブジェやベンチが粉砕される。自動販売機が蜂の巣になり、大量の缶とペットボトルを吐き出した。

 疾走し続けるショコラは、行く手を妨害してきた泥人形をラリアットで黙らす。それから鉄棒を横切るついでに握り棒を力ずくで捥ぎ取り、射手の人形へ投げつけた。
 泥の散弾とスチール製のシャフトが交差する。
 弾丸はショコラのツインテールやスカートをかすめるだけだが、シャフトは泥人形の胸を串刺しにし、巨体をひっくり返させた。

 射手が無力化され、再び格闘戦に移行する。
 ショコラはその場で飛び上がり、大股になるほど両脚を開いた。左右から突撃してくる2体の泥人形へ、ブーツの先端が同時に打ち込まれる。
 大地に戻ってきたショコラへ向かって、後続の群れが四方から殺到した。泥の肉体は横幅があり、おまけに数も多い。逃げ場を失くして押し潰す算段だろう。

「上等やっ。――来いっ!!」

 瞳に闘志を漲らせ、正義の魔法少女が吠える。

 泥人形たちは気づいただろうか。
 自分たちが竜巻に飛び込んだことに。
 2足のブーツが乱舞した。つま先がすくい上げられ、靴裏が旋回し、踵が振り下ろされ――残像になるほどの速度でもって、両脚が矢継ぎ早に蹴りを繰り出す。

 蒼い旋風に巻き込まれた泥の肉体は、みるみるうちに削られていった。腕が飛び、脚が弾け、頭が爆ぜる。それすらも旋回するブーツに蹴散らされ、さらに細分化した。
 恐ろしい。けれど、じつに華麗な舞踏であった。
 清純なスカートが軽やかに跳ね、時折、ショーツを食い込ませた桃尻が見える。首筋や全開になった腋よりキラキラと散る汗の粒は、光の演出に思えた。

 やがて竜巻が収束する。
 2本の脚で立っているのは、汗ばんだ美しい少女のみ。その周囲では、ピクピクと痙攣する泥の残骸がそこかしこに散乱している。

 結局、敵は一度だって正義の味方にダメージを与えることができなかった。被害らしい被害といえば、ソックスやブーツなどに点々と付着する泥ぐらいである。
 ふぅ、と息をついたショコラは、遠くにいる今夜のメインディッシュに目をやった。

「やるね、おねーちゃん♥ 口だけじゃなかったんだ。ここまで動けるフェレスティアは、いままで見たことないなぁ」

 ブランコに乗ったままのイミリが笑顔を返す。部下が全滅したというのに、不気味なほど余裕であった。

「その戦い方、ただ天使の力を受け継ぐだけじゃ身につかないよね? たーくさん努力したの? 毎日毎日、いーっぱい訓練したのかなぁ♥」

 ショコラの戦いぶりに対し、本当に感心しているようだ。

「せやな。弱い者イジメと泥んこ遊びしかしとらんアンタと違って、ウチはみんなを……大切な人を守るために、ぎょうさん修行したんや」

 意図のわからない質問だが、ショコラは誇らしげに応じる。
 スポーツ万能で反射神経に優れた彼女には、戦いのセンスが備わっていた。しかし敵は、あらゆる手を使って悪事を為す危険な魔族。それだけでは不十分だ。フェレスティアのコスチュームに袖を通して以来、マヤの厳しい手ほどきを受け、訓練に明け暮れた。
 
 そうやってショコラは、天界最強のマヤの力を受け継いだことに恥じぬ、歴戦の戦士として成長したのである。

「あはぁ♥ そっかそっか♥ そうなんだ♥」

 それを聞いたイミリは、何故か嬉しそうに笑みを深めた。

「そうなんだぁぁぁ……♥」

 唇が耳まで裂け、興奮の吐息を漏らす。
 あぁ、こんなにも邪悪な表情があるだろうか。

 イミリの感情のうねりに合わせ、泥沼が沸騰し始めた。異様な魔力が高まっていく。
 それが頂点に達すると、華奢なシルエットが沼を突き破った。
 
「な、なんやそれ……」

 新たな人形を目にしたショコラが顔を強張らせる。
 驚愕を浮かべた蒼い瞳に映るのは、いましがた屠った泥人形ではない。
 イミリが可愛らしくウインクした。

「えー? なにって、見てわかるでしょ?」

 勝気そうな顔立ち、筋肉がほどよくついた芸術品のような美身、蒼いツインテール……。
 泥人形の容姿は、ショコラそのものだった。ただし、瞳とコスチュームの宝石は血を吸ったように紅い。
 そのうえ、そいつはなんと冒涜的な行為か、正義の誇りであるフェレスティアのコスチュームを纏っていた。

 ショコラのイミテーション。
 正義の味方の模造品だ。
 コピー人形は、本物なら絶対しないであろう淫猥な目つきをし、ぺろりと舌で唇を舐めた。

「ただの泥んこだと思った? ざーんねん♥ 自分を倒した相手の力をコピーする能力を持ってましたー♥」

 イミリがブランコから立ち上がり、コピー人形の隣に移動する。

「随分とまぁ、わたしの人形を可愛がってくれたよねぇ♥ 今度はこの子の番だよ♥ 自分自身に蹴られる屈辱……たっぷり味わせてあげる♥」

 悪意の乗った指が、模造品の脚を妖しく撫でた。イミリの話が本当なら、そこには凄まじい力を秘めていることになる。
 味方なら心強いが、敵であれば脅威だ。それはコピーされた本人がよく知っている。

「はっ! 見た目だけ真似しよっても、中身はどうやろな。おおかたハリボテなんやろ?」

 動揺を押し隠し、ショコラは挑戦的に笑ってみせた。

 ――ウチには、マヤから貰った大事な力があるんや。ウチの体術も、ウチのスピードも、正義の誇りだって、誰やろうと真似できひん!

 フェレスティアとしての矜持が、少女に自信と力を与えてくれる。
 負けるはずがない。そう、絶対に。

「パチモン如きが、本物に敵うワケあらへん! 大事なオモチャを壊されて、泣きベソかいても知らんで!」

 本物の正義の味方が、いつでも飛び出せるように前傾姿勢になり――

「なるほどぉ。つまり、負けたヤツが偽物ってことだね?」

 贋作家が挑むように小首を傾げ――

「さぁ、おねーちゃん。こっからが本番だよ♥」

 そして、正義の味方の偽物が疾風に変じた。



 充分にあったはずの間合いが一瞬にして失われる。

「……っっ!?」

 突然、眼前に現れた己の似姿に、ショコラは大きく目を見開いた。
 敵の右脚は既に振りかぶられている。刹那――強風を伴って、ブーツが蒼く鋭利な弧を描いた。回避する時間はない。

 ショコラは咄嗟に左腕を頭の横に掲げ、ハイキックを受け止めた。初めての防御だ。
 大砲を思わす打撃音が轟き、ショコラの身体がぐらりと傾く。

 ――重いっ!? ウチの蹴りって、こない重くて速いんかっ!?

 あたりまえだが、自分のキックを受けたのは初体験だった。
 防御したにもかかわらず、腕から全身へかけて痺れと戦慄が駆け抜ける。

 コピー人形は素早く脚を引き戻し、すかさず角度を変えてつま先を送り込んだ。
 不安定な体勢のままショコラは裏拳で蹴りを弾き、足払いを繰り出す。それはコピー人形が全身を捻りながら跳躍したことで、地面を削り取るだけに留まった。お返しに、身体の回転を使ったソバットが顔面へ向かって飛んでくる。ショコラが上半身を限界まで反らせば、鼻先をブーツが通過し、風圧で前髪が跳ね上がった。

 コピー人形が着地した瞬間、ショコラは上体を起こしながら拳を連続で叩き込む。肩や横腹に命中するが、呻きのひとつも上げない。偽物は本物と同じ顔で、ただニヤニヤと笑う。しかもすぐに対応し、2人の美少女の間で拳と脚の応酬が始まった。

 機関銃の如き速度と手数で、拳と拳が、脚と脚が、あるいは拳と脚がぶつかり合う。
 手刀を肘打ちが逸らし、前蹴りを打ち上げられた膝がブロックし、貫き手をブーツの円弧が払った。スカートが乱れ、蒼い髪がなびき、腰の黄色いリボンがはためく。

 本物と偽物の攻防は互角であった。
 だが、前者には精神的な負担がのしかかる。

 ――ちゃうっ! 絶対ちゃうっ! コイツは〝ウチ〟じゃない! 偽物やっ!

 ならば、何故いつものように瞬殺できないのだろうか?
 どうして渾身の一撃を躱され、防がれるのだろう?
 
 ――パワーも! スピードも! 技も! ぜんぶウチが鍛えて身につけたもんやっ! コイツのやないっ!

 焦りや不安といった感情は、体捌きの精度を下げる。
 偽物の鋭い蹴りが打撃の結界を抜け、露出した脇腹へ疾駆した。その寸前、ショコラは腋と腕で敵の脚をがっちりと挟み込む。これを待っていたのだ。

 チャンスと見たショコラが次のアクションを取るより速く、偽物の総身が螺旋と化す。猛スピードで逆回転したブーツの踵が、本物のこめかみを打ち据えた。

「がっ……!? ぐぅぅぅっ……!」

 苦鳴と聖なるコスチュームが吹き飛ぶ。
 2つに分離した少女たちは、片や綺麗に着地し、片や受け身も取れずに地面を転がった。純白の生地が泥や土にまみれる。

「おっとぉ、イイのがきまっちゃったねぇ♥ いまのって、おねーちゃんも使った技じゃなかった? しかも本物よりキレがよかったよね? ねっ? だよねっ?」

 白熱した戦いの観客が湧いた。
 イミリの言う通り、たったいま偽物が放った技は、ショコラが泥人形の腹に脚を埋めた時のものだ。コピー人形は相手の身体能力だけでなく、テクニックまで模倣できるらしい。懸命な努力の結晶が、ものの数分で掠め盗られたのだ。

「んなワケあるかいっ!」

 うつ伏せで倒れていたショコラが、がばっと上半身を起こした。

「ウチがどれだけ訓練したと思っとるんやっ!? そない簡単に真似できるワケないやろっ! ただのマグレやっ! そうにきまっとるっ!」

 頭痛と怒りで眩暈がするなか、火でも吐くように声を荒げる。
 己のプライドにかけて、認めるわけにはいかなかった。技術を奪われたうえに、相手の方が優れているとしたら、これまでの時間がすべて無意味になってしまう。

「もしくは簡単にコピーできるぐらい、本物がショボかったんじゃない? くふふっ♥」

 イミリは口元を手で押さえ、笑いを噛み殺した。
 コピー人形は腰を落とし、大げさなモーションで手招きして挑発する。主人も主人なら、その臣下もふざけた奴だ。それとも、これもコピーの影響か。

「うっ……くっ……! おどれらぁ……!」

 血液が沸騰するほどの憤激に、ショコラは続く言葉を詰まらせた。
 ふらつく身体に鞭を打って立ち上がり、雄叫びとともに模造品へ突進する。

 コピー人形も自ら間合いを詰め、再度2つの竜巻が重なり合った。
 4本の手足が入り乱れ、肉を打つ重苦しい響きが連続する。長手袋とブーツは輪郭を失い、影すらほとんど見えない。

 怒り狂ったショコラが果敢に攻めようと、やはり決定打に欠けた。このままやっても体力を無駄に消耗するだけだろう。
 拮抗した戦いにおいて、状況を打開する要素とは「意外性」だ。奇策ともいう。

 喉元を狙う手刀を蹴り落としたショコラの瞳が光った。敵の背後にあるものを確認する。
 大地へ向けられた手刀が息を吹き返し、巧みにフェイントをかけてから上段より飛来した。防げるタイミングだ。ところがショコラは頭を差し出し、わざわざ額で受ける。意外な行動に、コピー人形の動きが僅かに鈍った。

 針の穴の如き間隙を縫い、ショコラのブーツが偽物の股間へ伸びる。
 恐ろしいことに、コピー人形はこれにも反応してみせた。後方へ宙返りして距離を取る。その降下地点には、シーソーの座席があった。

 敵が離れるのと同時に、ショコラも跳躍していた。
 全体重と加速度を乗算したエネルギーが、反対側の座席を踏みつける。
 シーソーが勢いよく傾き、偽物の肉体が自分の意志とは関係なく上空へ射出された。コピー人形がニヤけ面を消し、イミリが片方の眉を持ち上げる。

 動きも逃げ場も制限される空中。
 そこで戦う術を、羽を持たぬ人形は知っているか?
 熾天使に鍛えられた正義の味方は知っている。

「やっぱり、しょうもないパチモンやなっ!」

 相手の高度まで飛翔したショコラが、会心の笑みを浮かべた。
 膨大な魔力が溢れ、右脚へと伝わっていく。

「正義の誓い……しかと見さらせっっ!」

 蒼いブーツがさらに輝きを増し――3つの長い影に分かたれて、コピー人形に食らいついた。
 悪者すら見惚れる空中3段蹴りが、頭部を、脇腹を、太ももを猛打する。聖なる魔力が半瞬遅れて炸裂し、白い肌に亀裂が入った。
 それは瞬く間に全身へ広がり、偽物の躯体はコスチュームごと爆発する。

「どや? 気に入ったか?」

 ひと足先に地上へ帰ったショコラは、夜空から降ってくる残骸に言い捨てた。コピー人形は破壊されると泥に戻るらしい。

「すごい、すごいっ! すごーいっ♥ まさかホントに倒しちゃったんだっ♥」

 興奮したイミリが、ぴょんぴょんとジャンプしながら拍手する。逆転されても余裕の表情は変わらない。

「これで今度こそアンタ独りや、クソガキ。覚悟はええな? 魔界までケツを蹴っ飛ばしたるで」

 脅しをかけるショコラの顔には汗が滲んでおり、手刀を食らったせいで少し赤くなった額に、数束の前髪が張り付いていた。ソックスにも汗の黒い染みができている。

「いやいや、ホントすごいよ♥ コピー人形を初見で倒されたのは、生まれて初めて♥ みんなに自慢するとイイよ♥」

 狂った贋作家はマイペースに笑い続けた。

「あー……ところで、おねーちゃん♥ わたしって――」

  拮抗した戦いを打開する要素は、「意外性」の他にもう1つある。
  そちらの方が単純明快で効果的だ。

「1体しか出せないって言ったっけ?」

 それは「援軍」である。
 泥沼が盛り上がり、新たなシルエットを吐き出した。それも1体や2体ではない。






「そっ、そんなんアリかっ……!?」

 顔を青ざめさせたショコラが唇を震わせる。
 あれだけ苦労して破ったコピー人形が6体も現われた。1体でも手一杯だったというのに、はたして正義の味方は勝てるのか。

「くすくす……♥」
「ふふふ……♥」

 同じ顔をした偽物たちが、揃って嘲笑を浮かべる。
 それが掻き消えたのもまた同時。ひと息で肉薄して、ショコラの懐に潜り込んだ。

 そこから始まったのは戦いではなく、集団による虐待だった。
 ショコラがいずれかの人形に意識を割けば、すかさず別の奴が死角から攻撃を仕掛けてくる。回避と防御が成功するのも、せいぜい2体まで。いま右脚のガードをすり抜け、鳩尾に敵の拳がぶち込まれた。

「がはぁっ……!? げっ……ぼっ……!」

 大きく開いた唇が、唾液と胃液を混ぜたものを吐く。コスチュームに包まれた美身がくの字に折れ曲がった。そこへ背後にいた人形がショコラを羽交い絞めにし、正面の人形が膝を突き出しながら跳躍する。

「ぶぐぅっっ!?」

 形のいい鼻が、純白のソックスを履いた膝頭に潰された。仰け反ったショコラの顔から、「ぴゅるるっ……!」と血の尾が曳かれる。偽物でもフェレスティアの脚力だ。常人なら頭を失ってもおかしくない。
 背後から拘束していた人形が両腕を離し、蹈鞴を踏んだショコラの尻に蹴りを入れる。

「んぎゃっ!?」

 ばっちぃぃぃぃんっっ!
 少女の悲鳴は、小気味いい音色に埋もれた。ショコラは思わず尻を片手で押さえ、背伸びでもするようにつま先立ちになる。

「ありゃ、大丈夫? わたしのお尻を蹴るんじゃなかったっけ? おねーちゃんが蹴られてどうすんの♥」

 遠方から野次を飛ばすイミリ。
 容赦せず追撃してくるコピー人形たち。

「や、やかましいわ……ボケがっ……!」

 ショコラの罵声も、機動性も精彩を欠いていた。回避と防御に専念したところで、少なからずダメージを受ける。攻撃に転じなければ、このままではジリ貧だ。
 そうこうしているうちに、コピー人形のハイキックがショコラの二の腕に命中した。続いて別の人形の拳が、苦痛に歪む少女の頬を抉る。偽物の手足が閃くたび、乙女の柔肌に痛々しい青痣が増えた。

 ――くそっ! くそっ! くそぉっっ! なんでっ!? なんで、このウチがっ!?

 身体の動きだけでなく、ショコラの心も乱れていく。
 正義の味方になってしばらく、彼女は敵に苦戦することなど考えてもみなかった。
 己の力を過信した者は、驕りのツケを支払うことになる。今回の場合、通貨は痛みと屈辱だ。

「きゃはっ……♥」

 コピー人形が深くしゃがんだ体勢で脚を旋回させ、ショコラの足元を狙った。
 正義の味方はなんとか反応でき、上空へ跳んで難を逃れる。
 いや、跳ばされたのだ。

「あっ!?」

 気づいたときには遅い。
 夜空ではノーマークだった人形が待ち構えていた。偽物のブーツは紅い魔力を帯びている。それが残像になり、美脚は4つに分裂したように見えた。

「がぁっ!? ゔぎっ!? げへぇっ! はぐっ!?」

 少女の悲鳴も4つ。
 砲撃に匹敵する蹴りが、瞬時に全身へ叩き込まれた。空中〝4〟段蹴りだ。

「……ぁぁぁぁあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っっっ!?」

 本物の技で蹴り飛ばされた肉体は、悲鳴とともに落下する。
 幸か不幸か、墜落先は滑り台の頂上だった。肩から激突して屋根と手摺を壊し、そこからスライダーを滑って砂場まで流れていく。

「ふふっ♥ どう? 気に入った?」

 砂埃に覆われたショコラに向かって、イミリが決め台詞を真似した。

「い゙ぁ……あ゙っ……! げほっ……! ごほっ……! ぐっ……がっ……!」

 もはや言い返す余裕もなく、頭まで砂をかぶったショコラは苦痛に悶える。神々しいコスチュームも、いまや脂汗と埃でグチャグチャだ。スカートがめくれ、ショーツの食い込みがズレた桃尻を豪快に晒した。

「ねぇ、あれだけ大口叩いたのに、もう終わり? ほらほら、もっと足掻いてみせてよ♥ 本物の正義の味方なんでしょ?」

 本物の正義の味方。
 その単語を耳にしたショコラは、バラバラになりそうな意識を繋ぎ止め、両手で砂場用の砂を強く握り締めた。

「なめ……る……なや……!」

 よろよろと立ち上がる少女の瞳には、まだ絶望は浮かんでいない。
 それどころか不屈の決意に満ちている。この状況で、何か策があるというのか。

「おい、クソガキ……! よう覚えとき……! 正義の味方ってのはな……とっておきってのがあるもんや……!」

 けっして諦めない正義の味方から、魔力の蒼いオーラが立ち昇った。
 強烈なプレッシャーに、コピー人形たちが近づくのを中断する。イミリが「ふぅん……♥」と感嘆の呻きを漏らした。

 フェレスティアは正義の魔法少女である。
 そう、魔法少女なのだ。此度、ショコラは一度も〝魔法〟を使っていない。

「いくで、クレスケンスッッ!!」

 ショコラがそう叫べば、菱形のペンダントに似た2つの影が天より舞い降りた。
 クレスケンス。
 これぞ彼女の固有の魔法。金属質な守護天使たち。

 少女が体術に拘っていたのは、「魔法使うまでもなく倒せる」というのが2番目の理由だった。
 1番目は、郊外とはいえ街の中で使うには、ショコラの魔法は少々〝派手〟なのだ。
 
 クレスケンスの先端がサファイア色の輝きを灯す。
 それは次第に大きくなっていき――

「出し惜しみはなしやっ! ぶちかませぇぇぇっ!」

 号令に合わせて盛大に弾けた。
 無数の蒼いビームが光速で乱舞し、公園を縦横無尽に駆け回る。

 光より速く動けないコピー人形には為す術もない。
 飛びずさろうとした1体の頭が貫かれ、その隣にいた人形の腰から上が消し飛んだ。別の人形は両脚を切断され、次の一撃で首を刈られる。頭から股間にかけて両断されたり、穴だらけになって爆散した人形もいた。

 クレスケンスは容赦なく、区別なく、正義の敵へ裁きの光を浴びせる。
 後方に控えていたイミリも神罰の対象だった。

「やっ、やばっ!? ぐっ……ぶっ……!?」

 幼い身体の胸と腹に大穴が空く。
 生意気な表情を驚愕に変え、イミリはその場に跪いた。明らかな致命傷である。

 クレスケンスの掃射が終わった頃には、すべてのコピー人形が砕かれていた。
 大量の魔力を消費したため、ショコラの呼吸は肩が上下するほど荒くなる。体力も枯渇寸前。けれど、ようやく強敵に勝利できたのだ。
 生命力の高い妖魔も、あの傷では止めを刺すまでもなく滅するだろう。
 
「お゙ねぇ……ぢゃ……ん゙っ……! ぎっ……い゙っ……い゙っ……」

 幼い唇が血塊を吐き出し――

「い゙っ……いひひひひひひひっっ♥」

 不気味な哄笑を上げた。
 ありえない事態にショコラが愕然とする。

 小さな身体がずるりと溶け、泥沼の一部と化した。
 それと同時に、別の場所から五体満足のイミリが浮き上がる。途中からか、最初からなのか、ショコラと話していたのはダミーだったのだ。

「たいしたものだよ、おねーちゃん。わたし、ホントのホントに感心しちゃったぁ♥」

 こうやって両手を組んで首を傾ける姿だって、本体かどうか定かではない。
 ショコラは始めから遊ばれていたのである。

「だから、ちょーっとだけ本気だしてあげる♥」

 イミリが指を鳴らせば、新たなコピー人形が生み出された。
 その数、12体。
 さらには――

「あっ……あっ……あっ……! あぁっ……!?」

 悪夢と呼ぶ他ない光景を前に、ショコラは眩暈を起こしたように尻もちをつく。
 人形の〝数〟が彼女を絶望させた……わけではない。

「説明したよね? この子たちは、自分を倒した相手の力をコピーする能力を持ってるって♥ なんでもコピーできるんだよ♥」

 イミリがコピー人形たちの〝頭上〟へ視線を送った。

「そう、なーんでもね♥」

 そこにはクレスケンスが列を成して浮かんでいた。まるで銃殺隊のように。
 イミリの魔法は、天使の力すら模倣できるというのか。

「そ、そんな……そんな……ウソや……! ウソやぁ……! こっ、こっ、こんなっっ……!」

 ショコラはカチカチと歯を鳴らし、尻もちをついたまま後退しようとする。膝が笑って立ち上がれない。
 これは何かの間違いだ。
 正義の味方の必殺技が奪われるなんて、絶対にあってはならない。ショコラの魔法は、マヤとの絆でもある。そんな唯一無二のものが、いとも簡単に模倣された。

「これが、わたしのとっておき♥ クレスケンス……だっけ? 残念だけど、もう〝おねーちゃんだけのモノ〟じゃないね♥ 大事なオモチャを取られて、泣きベソかいちゃう? わたしは知らないけど♥」

 哀れなフェレスティアを見下ろし、贋作家は再び唇を耳まで裂く。

「うっ……わぁあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っっ!?」

 恐怖に耐えかね、ショコラは無様な悲鳴を上げた。
 主人の恐慌に呼応し、クレスケンスがビームを乱射させる。残る魔力を使った最後の足掻きだ。

 それも虚しく、射撃のクセを〝知っている〟コピー人形たちには通用しなかった。
 偽物たちは忙しなくステップを踏み、光線の群れを回避する。重機関銃の如き連射が、ただの1発も当たらない。

「やけくそだね♥ だっっっさ♥」

 イミリも首を傾げるだけで流れ弾を避けた。

「処刑の時間だよ。――みんな、ぶちかましちゃえ♥」

 無情なる宣告に従い、コピー人形たちのクレスケンスが紅く輝く。
 次の瞬間、世界は爆発した。
 ルビー色のビームが一斉に放たれ、青ざめたショコラへ押し寄せる。

「ガァアアアアアアアア゙ア゙ア゙ッッッッ!?」

 紅と青の融合。
 途切れなき爆裂音の凄まじさたるや、少女の悲痛な絶叫を遮るほどであった。
 クレスケンスの破壊力はキックのそれを遥かに超え、全神経を熱するかのような激痛でもって正義の精神を砕く。コスチュームのあちこちが破け、肌の露出が増えていった。その肌にも光線が命中し、さらなる痛みと痣をプレゼントする。

「ギャアアア゙ア゙ッッ! ヒギャッッ!? ングァアアアアアア゙ア゙ア゙ア゙ッッ!!」

 決着がついても銃殺隊は射撃を繰り返した。
 無情なる光の雨は、ショコラとコスチュームを完全に飲み込む。濛々とした土埃のカーテンが公園に降りた。

 数分間に渡る処刑の末、ようやくクレスケンスたちが照射を停止する。
 壮絶な攻撃の残滓が、白煙となってしばらく漂っていた。それが晴れると、正義の味方の末路を月光の下に晒す。






「ぐっ……あ゙っ……がっ……! げっ……へっ……! お゙っ……ぐっ……!」

 無数の魔族を撃退してきた最強のフェレスティアが、仰向けになって白眼を剥いていた。
 陥没した地面に沈むコスチュームはボロ雑巾のようで、以前のような神々しさは影も形もない。破損した長手袋とソックスを装着した手足は、潰れたカエルよろしく広がり、「びくっ……びくっ……」と断続的に痙攣している。

「あ゙っ……ゔっ……! ゔぅ……! お゙ぶっ……!」

 だらしなく開脚してショーツを丸出しにする――そんな姿を見て、いったい誰が彼女を正義の味方だと思うだろう?

「天使の力を貰ったからって、自分が強いとか勘違いしちゃった? 弱っちい人間のくせに♥」

 嘲笑を浮かべたイミリが、敗北したフェレスティアの傍らに寄った。撃墜されたクレスケンスの1つを手に取る。

「あーあ、負けちゃったね♥ でも、これで終わりじゃないよ? わたしをさんざんバカにしたり、お人形をいっぱい壊してくれたんだもん♥」

 正義の守護天使は、軽く握っただけでグシャリと圧壊した。
 これ以上の悪夢が待ち受けているというのに、ショコラは応えられない。その代わりとばかりに、ボロボロになった身体がビクビクと震えて返答した。

「その腐った根性、本物のわたしが叩き直してあげる♥ 覚悟してよね、偽物のおねーちゃん♥ きゃははははっ♥」

 戦いが終結した公園で、幼女の勝ち誇った哄笑が木霊する。
 そしてコピー人形たちがゆっくりと歩み寄り、大の字になった少女の躯体に手を伸ばした……。



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