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ねじこ
失恋の痛手には次の恋を見つけるのが良いって言うよね - ねじこの小説 - pixiv
失恋の痛手には次の恋を見つけるのが良いって言うよね - ねじこの小説 - pixiv
9,161字 
失恋の痛手には次の恋を見つけるのが良いって言うよね 
あれはプロポーズですよね。(ねごと) 
ミスルン相手だといつもの確信犯じゃなく無自覚たらしやるカブルーが見たい。恋愛絡みで迷宮の主になっちゃった隊長ってそもそもが割と恋愛体質なんでは?ておもったりなど。 
閱讀後續  
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2024年3月27日 03:18


※※※ 

「短命種の方が、欲望が強いんだってさあ」 

「……はあ、」 
酒というより酒の場の雰囲気に酔っていつもより上機嫌なフレキがそんな話をするのを、ミスルンは話半分に聞いていた。 
何せ知りうる限り迷宮の主になった者は自分を含めて大体がエルフかドワーフだったので。 
「お前らまたそんな与太話を……」 
呆れ顔のパッタドルが雑な相槌を打つのを聞きつつ、シスヒスが隊長、こちらもと皿を寄せてくれるのを受けとる。渡された葡萄酒に口をつけると、強い酒精で胃袋がかっと熱くなった。 
「えー?何、そんな話あんの?」 
「ウン。ほら、アイツらって寿命が短いじゃんか。何するにも時間が足りないからさ。短い時間でなんかしなきゃなんないぶん、欲が強いってハナシ」 
明らかに信じていません、と怪訝な顔をしたリシオンに、フレキが串焼きを頬張りながら得意げに指を立てた。 

さもありなん、と葡萄酒を舐めながらミスルンは独りごちる。 
確かに、限られた時間の中で急速に発展していくのは短命種の文化の特徴と言えた。何を研究するにしろ極めるにしろ、そこには寿命という枷がついて回る。たかだか数十年かそこらしかない時間の中、彼らが前に進むための推進力はまさしく強く果てのない欲望だろう。 
彼らは種族としての寿命が長命であるエルフなどからすると信じられないような無茶をすることもあるが、その勢いは最早爆発力といってもいい。 
だから彼らの方が欲が強いという話も、まあ一理あるのかもしれなかった。 
「えっ何々。短命種の話?短命種はいいよ?」 
「ギェ〜、出たよショタコン」 
目をキラキラさせながら身を乗り出すオッタに、フレキが大袈裟に顔を顰めて、シッシッ、と手を振り払うような真似をする。 
「生き方がさあ、こう…いいんだよねえ。ひたむきでぇ、キラキラしてるっていうか……」 
そのまま楽しそうに語り始めたオッタを無視して、フレキはミスルンの方に身を乗り出した。 

「まあ、オッタの野郎のことはいいんですよ。だからほら、ここで短命種に混ざってたら、隊長にも欲が戻ったりするんじゃないすかねぇ」 

……なるほど、急に何の話をするのかと思えば慰めてくれていたらしい。 

メリニは他民族国家だ。なんせ迷宮の底に沈んでいたので国の興りが普通の国家とは少し違うというのもあるが、王はトールマンだし宮廷付きの魔導士はハーフエルフだし、トールマンの他に正式な民として迎え入れているオーク、使節として常駐しているノームにドワーフ、エルフやらで多種多様な民族が暮らしている。元々はトールマンだけの国家だったようだが、元々の民たちは王権に然程の執着もなく、前王の遺言のままに自分たちを悪魔から解き放ってくれたライオスをやんややんやと王に担ぎ上げてしまった。 

島の迷宮をめぐるかの騒動からは既に数年が経過している。最初はどうなることかと行く末を案じられていたメリニだが、最近はようやく国としてのかたちも整い、なんとなく様になってきたようだ。 
建国されたはじめのうちはもう、国全体が古代魔術の貴重な史料みたいなものなので、色んな思惑を持った各国の者たちがこぞって押し掛け上へ下への大騒ぎだった。 
そんな騒動の最中、ミスルンはカナリア隊を辞め、そのままメリニに残った。 
悪魔は消えたが、魔物が消えるわけではない。それまでの唯一の生き甲斐であった悪魔への復讐が失われたとき、今後はそういうものを調査して解き明かしていくことが自分の使命であるように思われたのだ。丁度メリニに楔を打っておきたい女王からも常駐使節の話があったので、渡りに船とばかりにそのままその席に収まった形だ。 
「隊長の欲探しねえ。どうです?なんか見つかりました?あっ、ほらこの前言ってた蕎麦打ちとかは」 
「蕎麦はもう打った」 
「本当に打ったんですか!?」 
「うん。思ったより難しかった」 
目を丸くするパッタドルを他所に、ツボに入ったらしいフレキはマジかウケる、と息も絶え絶えに笑っている。紹介してもらった東方の職人に教わったのだが、これが意外と難しい。センシの作る食事も趣向が凝らされていて美味かったが、やはり食の世界は奥が深いようだ。エルフはあまり食にこだわりがない者が多いのだが、作るという工程に関しては凝り性な者には意外と合うかもしれない。 
ミスルンはとりあえず一度試したぐらいでは自分がこれに興味があるのかもよくわからなかったので、とりあえずまたやってみるか、ぐらいに思っている。 
「そっかあ、蕎麦打ったんだぁ、隊長……」 
「次なんかやるときは俺たちも呼んでくださいよ。ね」 
「わかった。機会があればそうしよう」 
付き合いますよというリシオンの言葉にこくりと頷く。空になった杯にすかさず酒が注がれたので、また勧められるままに口をつけた。 

「うわ、盛り上がってる」 

ちょうどそんな話をしているときだ。酒場の少し建て付けの悪い扉を開けて、ひょい、と見知った顔が顔を覗かせた。 
「おっ、カブルー!」 
「どうも。ご一緒しても?」 
「来な来な!ほらたいちょ〜。世話役がきたよ世話役が」 
「お疲れ様で…ってお前ら、あんまり騒ぐんじゃない!もう!」 
ギャハハ、と下卑た笑い声が上がる。 
やってきたのはカブルーという短命種の男で、メリニで宰相補佐をしている。色々あってこの隊の面々とは不思議な縁があるので、種族は違うもののなんとなく気安い関係の顔見知りだ。 
カブルーはトールマンだが、養母がエルフで、ある程度の年まで西方で育ったという経歴の持ち主だった。 
そんなこともあって、西方とのやり取りは往々にしてこの男が駆り出されがちだ。気が合う、というよりは単純に慣れの問題で、他の短命種たちよりはエルフという種族の勝手がわかっているぶんなんとなく馴染むのかもしれなかった。 
女王の命でメリニに留まっているミスルンは、この国からすれば賓客だ。拠点をメリニに置いている以上、何かあったら国際問題になりかねない。 
そんな大人の事情に加えて迷宮をめぐるあれそれの際に行動を共にしたというよしみもあり、その後もなんとなくカブルーがミスルンの様子を見る羽目になっていたのだった。 

「久しぶり〜、元気〜?」 
「おかげさまで忙しくしてますよ。皆さんも。相変わらず、お元気そうで」 
はいはいと酒と料理を寄せてくれるのを受け取りながら、カブルーはリシオンが詰めて空けてくれた席に座った。 
短期間とはいえ、一時は行動を共にした面々だ。今回も全員が五体満足で帰ってきてくれたことに、カブルーは人知れずホッとする。 
メリニに拠点を置くミスルンと外交官としてこの地を訪れることが多いパッタドルは別として、カブルーがそのまま西方に戻った囚人連中と顔を合わせるのは久々だった。 
近況を聞けば、恩赦でいくぶんか刑期は短縮されたものの、相変わらず迷宮探索に駆り出されているらしい。今回も他所の迷宮跡地を探索してきた帰りに褒美として幾らかの休暇を許されたようで、わざわざパッタドルの付き添いのもと元上司の顔を見にきたという。 
ミスルンが魔物や迷宮跡地を調査する折には流石に単独というわけにはいかないので、エルフの世話役が同行者を工面している。その際も勝手知ったるこの古巣の仲間達がよく呼ばれているらしいから、隊を離れたとはいえ結構な頻度で顔を合わせているようだ。 
それでも何かにつけ顔を見にくるので、彼らもそれまでの唯一の生きる意味を失って絶賛欲探し中の元上司を何かと心配しているらしかった。 
……慕われているものだ。 
なんだか微笑ましい思いを抱きながら、カブルーはさっきから会話に入らずぼやっとしているミスルンのそばに寄った。 
「大丈夫ですか?顔赤いですけど飲みすぎてません?あなたすぐ容量超えて無茶するんですから……」 
「うん」 
普段は青白い肌が、酒精で赤く染まっている。体質的に肌が白いので赤くなりやすいのだろう。手の甲を頬に当てると、ほてった頬に冷たくて気持ちが良かったのか目を細める。欲望がないとはいえ、感情がないわけではないのだ。隠す気がないぶんかえって素直に出るので、よく見れば存外わかりやすいとカブルーは思っていた。 
こうやって久々に仲間達の顔を見られたことが、たぶん嬉しいのだろう。普段よりも酒が進んでいるようだった。欲がないぶん勧められると勧められるままに口にしてしまう傾向があるのだが、まあパッタドルとシスヒスがいれば、そこまでの無茶はされてはいまい。 
冷たい手がお気に召したようなので何度か手を離して当ててやると、撫でられる猫のようにおとなしく受け入れている。普段よりも反応が少ないのは、体調が悪いわけではなく単純に酔いのためだろうと思えた。 

「…………」 
「………?」 

しばらくそんなやり取りをしていると、知らぬ間に静かになった皆がすっかり食事の手を止めて、何か言いたげな顔をしながらじっと二人の方を見ている。カブルーはぱちぱちと瞬きをした。 
「どうしました?」 
「……なんか、距離近くない?」 
「え?そうですかね……前からこんなもんだったかと思いますけど……」 

ミスルンとの付き合いは、迷宮で二人になった時に世話役を仰せつかってからの話だ。あれからもうかれこれ何年も経つので、世話を焼くのにも年季が入っている。 
ミスルンのために用意された簡易の屋敷には一応使用人もいるのだが、あのとき燃え尽きていたミスルンを焚き付けた手前、カブルーもなんとなく心配でその後もちょくちょく様子を見に行くのが癖になっていた。元々あまり生活能力がある方ではなかったのだが、ミスルンの世話をしているうちに自然と色々覚え、今では料理洗濯炊事ほか一通りのことが出来るようになった。お前にはむしろ良かったんじゃないの、とは昔馴染みの仲間たちの談だ。 

「ま、あなたが隊長に火をつけたようなものだしね。面倒見るのも当然かしら。何だっけ?……"あなたに復讐以外の人生を送ってほしい"?ふふ、情熱的だったわぁ」 

ーー悪魔がいなくなって、すっかり生きる力をなくしていたミスルンにかけた言葉。 
普段のカブルーは打算的なことや人の欲しがっている言葉を意図的に使うことが多々あるが、あれはそういう計算じゃなく、心からの本心だった。 
悪魔に喰われてなお生き残った、迷宮の主。廃人同然の状態から復讐心だけをよすがにして這い上がるのは、きっと並大抵の努力ではなかったはずだ。 
研ぎ澄まされた、鋼のような人。 
その背中は強くうつくしかったけれど、カブルーにはなんだか、無性に痛ましく思えた。 
このひとが、復讐以外のーーたとえば楽しいとか、嬉しいとか。そういう思いになれるものを、彼自身の意思で大事にしたいと思える人たちとのつながりを。 

……そんな新しい人生を、見つけられたらいいのに。 

人の一生は、ただ飯を食って寝て、目的のためだけに機械のように動くだけじゃないはずなのだ。カブルーが興味を惹かれてやまない人間という生きものは、強欲で、醜悪で……それでいて、いつだって生命のかがやきに溢れている。 
欲を食われても生きることを諦めなかった人が、ただ復讐だけに囚われて一生を終えるなんてーーそんなのは、あまりに悲しすぎると思ったのだ。 

だから別に変なことを言ったつもりはないのだが、まあ改めて言われるとなんだかちょっと、恥ずかしいことを言った気もする。 
今更気恥ずかしくなって「揶揄わないでください、」と恨めしげな目を向けるが、シスヒスはまったく気にしていない様子でうふふ、と小首を傾げて見せた。 
……まったく、長命種はすぐ子ども扱いしてくるのでいけない。 
気恥ずかしさを誤魔化すようにふぅ、とため息をついて隣を見やれば、支えていたはずの体がいつの間にやらくったりしている。どうやら限界を超えたらしい。こうなる前はそれなりに酒も嗜んでいたようだが、そもそも体質的に大して強くもないのだ。 
「あれ。隊長寝てんじゃん」 
「寝ちゃいましたね」 
昔は魔力切れで気絶するか薬か魔術を使うかくらいでしか寝ない人だったのだが、ここ数年の生活で入眠については随分ハードルが下がったようだ。安心したようにカブルーの方に体を預けて、ぐぅ、とのんきに寝息を立てている。 
「少しお酒が過ぎたようね。カブルー、あなた、送ってあげてくれる?」
「え?ああ、それは構いませんが」
「いや、ここは私が責任を持って……ングゥ」
「よろしくー!」

***

……そのままやんややんやと送り出されて、連れ立って屋敷までの道を歩く。
責任感の強いパッタドルが身を乗り出したところににっこりと口元に弧を描いたシスヒスがすかさず肘鉄を入れたのは見なかったことにした。

最初は気持ちよく眠り込んでいたのでカブルーが背負ってやっていたが、途中で目を覚ました本人が自分で歩けるというので酔い覚ましがてら歩かせることにした。

この辺りはメリニの中でも城に近い治安がいいエリアで、夜に歩いていてもまあひとまず突然襲われるような心配はないだろう。
飲食店が立ち並ぶ区画の賑やかな喧騒は、ここまでは届かない。家々からはちらほらとあたたかな色合いの灯りが漏れ、遠く鳥の声が聞こえてくる。冴え冴えとした月の明かりは石畳を青く照らし、建物の黒い影を落としている。メリニは比較的温暖な気候だが、冬はそれなりに冷える。今はそろそろ春が訪れようという時期で、さすがにこの時間になると上着がなければすこし肌寒い。花冷えの空気が音を吸い込むような、しずかな夜だった。

「まったく……あの人たちは本当にあなたが好きですね」
「……」
「あ、照れてる」
欲求のないミスルンは、言葉を取り繕うことができない。ゆえにいつもならすぐに帰ってくる応えがないので、彼の中ですこし葛藤があったんだろうと判断する。たぶん、目が覚めたら自分よりずいぶん年下のトールマンのカブルーに背負われていたのも少しばつが悪かったのだろう。
最近はこういう、ある種の人間くさい反応をすることが増えた。いい傾向だとカブルーは思っている。
「まあ、皆さん元気そうで良かったですね。ずいぶん盛り上がってましたけどどんな話したんです?」
「欲探しの話だ、私の。その後調子はどうかと」
「ああ、」
合点がいった、というようにカブルーは目を瞬かせた。
「迷宮の調査してるじゃないですか。あれなんか色んなとこですごい役に立ってそうですけど。実際、ウチも助かってますしね。お土産の魔物にライオスが喜んでて…いやそれはいいんですけど」
「あれは……。確かに調査をしたいと思ったのは事実だが。結局、今でも悪魔に囚われているだけなのかもしれない」
「そうかなあ。俺は迷宮を解き明かしたい、も立派な欲望だと思いますけど」

騒動がひと段落した後、これからの身の振り方を考えた時に迷宮や魔物の調査をしたいと願ったのはミスルン自身の希望だったが、それが自分の欲望かと言われると少し薄寒い気がしていた。

食べ残されたひとかけら。
自分を食べてほしかった、と願う執着。

……結局、そこから離れられていない気がして。

「まあ、別に欲はひとつじゃなくていいんですから。いくつあったっていいんですよ。まだまだ先は長いですし」
暗い過去を思い出して少し気を落とした様子のミスルンを見て、カブルーは明るい調子で声を上げた。
「難しいですよね。欲求なんて当たり前に持っているものだから、いざ探そうと思うとどこを探せばいいのやら」
そういえば蕎麦打ちはどうなったんですと何処かで聞いたような話をするので「それはもうやった」と答えると、本当に打ったんですか!とカブルーはけらけらと笑った。
フレキも随分笑っていたが、自分が蕎麦を打つ姿はそんなにおかしいだろうか。少しばかりむむっとした様子のミスルンがじっと見ると、何やら責められている雰囲気を察したカブルーがすみません、と咳払いをした。
「いや、ミスルンさんって結構まじめですよね。言われたことちゃんと試して。楽しかったですか?」
「わからない」
「わからないかあ……」
うん、と頷く。
「わからなかったから、ひとまずまたやってみることにした」
「ああ、いいんじゃないですか。何度かやってるうちに楽しくなることもよくありますよ」
楽しい、とか悪くない、とか。まずはそういう風に思えたものから探してみるのもいいんじゃないかと過去にカブルーが言っていたから、最近はそれを試してみることにしていた。どのみち出口の見えない長期戦だ。しばらくやっているうちに欲が芽生えるかもしれないし、糸口になりそうなものはとりあえず試しておこう、という心づもりだった。
「お前の……」
「はい?」
「お前の欲求はどういうものだ?」
「俺?うーん…メリニがもっと豊かになって、長く栄える国になってほしい、とか?あとは明日の会食絶対魔物食出す気だから誰か代わってくれないかな、とか……」
問いかけられたカブルーは頭の中を探るように宙を見ながら、指をひとつふたつと折って心の中に浮かんだ欲求を挙げていく。それから思い当たったように「あ、」と声をあげてミスルンの方を見た。


「これは変わってませんよ。
……"あなたに、復讐以外の人生を送ってほしい"」


ふ、と眼差しを和らげる。
その表情に、ミスルンは目を奪われた。
短命種の時はひかりのようだ。ミスルンからすればまばたきをする間のような時間なのに、確かに経験を重ねて出会った時より少しばかり精悍さを増した短命種の男は、それでも笑うと出会った頃の面影のまま、すこし幼く見えた。

「……大丈夫です、きっと。聞いたでしょ?俺の欲求だってあんなもんです。明日これ食べたいなーとか、これやりたくないなーとか。大それたことなんてたいして考えちゃいない」

すこし目を伏せたカブルーはミスルンの手をとって、骨ばった細い指をあたためるように自分の手のひらに閉じ込めた。自律神経がおかしくなっているミスルンの手足はすぐ氷のように冷えてしまうから、気がついたときに擦ってあたためてやるのだ。はじめて迷宮で二人きりになったとき、眠れないミスルンの足を摩ってあたためてくれたのと同じように。
ーーこれは、二人の間でここ最近生まれた習慣だった。

ミスルンは蕎麦を打ってみたし、カブルーはこのまえ宰相補佐になった。
眠れなかったミスルンは薬無しでも眠れるようになったし、カブルーはすこし料理がうまくなった。

変わらないものなんてない。
時間はずっと前を向いて走り続けていて、変化しているのだから。

「生きていたら、何かしら生まれてくるもんです。もしかしたら……気がついたら、知らないうちに持っているものなのかも」
ぎゅう、とあたたかな手のひらに力を込められて、ミスルンの冷えきった指先にカブルーの少し高い体温がじんわりとうつっていく。

……あたたかい。

遠い、記憶の中の春の日。
まだ兄のことを嫌いだとも思わなかったぐらいに幼い頃の、自分の手を引いてくれた手の温もり。
木漏れ日の下でこちらを見てそっと微笑んでくれた想い人の、柔らかいまなざし。
長いこと忘れていた記憶が、胸の中で微かに扉を叩く。
けれどミスルンは、溢れるようにせりあがってきたその衝動に、つける名前を知らない。

ーー否、きっと知っているのだ。思い出せないだけで、ずっと。

あたたかい。胸がいたい。くるしい。
生まれたがっていることばが、喉元まで出かかっている気がするのに。
ぐ、と胸が詰まるような思いで、ミスルンはおもわず、目を閉じた。

「あんまり気負わず、気長に簡単なやつから試していきましょうよ。……そうだな、次は陶芸とか?」
あの人たちに言ったら、多分喜んでつきあってくれるんじゃないですかね、とカブルーはあっけらかんと笑った。
もしかしたらどんなに探しても新しい欲求なんて見つからないのかも、なんてミスルンがすこしだけ気になっていることは考えてもみないような顔で。

ーーこいつは、じぶんに欲が芽生えることを、心底疑っていないのだ。

ミスルンは拍子抜けした。
それは短命種特有の時間というものへの信頼感なのかもしれなかったし、欲を失ったことのない人間の楽観なのかもしれなかった。それでも確かに、ミスルンはいつのまにか重くのしかかっていた肩の荷が、少し降りたような気がした。

変なトールマンだ。
彼自身はよくライオスのことを言っているけれど、ミスルンから言わせれば、カブルーも十分変わり者だった。
迷宮から生まれた奇妙な縁だったが、迷宮が崩れた今も、絶えることなく続いている。
寿命も違う、価値観も違う。
エルフを養母としてなお長命種とは分かり合えない、とか常から言っているくせに。
そのくせ暇さえあれば甲斐甲斐しく世話を焼きに来て、なんとなく、そばにいることが当たり前になってしまった。


指先を包んでくれる手のひらのあたたかさが、あんまり心地良かったから。
だからもう少し。



……もう少しだけ、こうしていたいなとおもった。



それは、ぽこん、と水底から浮き上がってきた泡つぶが弾けるみたいだった。


ーーなるほど、欲望というやつは、こうやって生きていると自然と生まれてくるものなのか。
身の丈に抱えきれぬほどの欲望を抱え、一度は生への執着さえ失い、それでもこうして。


……まるで、水底からひかりに向かって手を伸ばすように。



「好きだ」
「えっ」


ぽろんと溢れて出た言葉に、カブルーが目を丸くする。
いつもは猫みたいにきゅんと吊り上がった異国の海の色をしたあおい瞳がまんまるになっているのを、ミスルンは綺麗だと思いながら見つめていた。

……自分が何を口走ったかは、まだよくわかっていないまま。



***



そのあと。


一拍おいて言葉の意味を理解したカブルーがいまなんて、と頬をじわじわと赤く染める。

自分が何を言ったか自覚のないミスルンが、何かおかしいことを言ったか、と小首を傾げるのがその三十秒後。

「カブルーに好きだと言った」とミスルンからしれっと報告されてパッタドルが悲鳴をあげるのが、翌日の話。

パッタドルから連絡を受けたカナリア隊が乗り込んでくるのはその数時間後。


それから、それから…………。



そう。
ものがたりはまだまだ、はじまったばかり。

いとしい人生、愛すべき日々。


何せ時間は、たくさんあるのだから!

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ミスルン相手だといつもの確信犯じゃなく無自覚たらしやるカブルーが見たい。恋愛絡みで迷宮の主になっちゃった隊長ってそもそもが割と恋愛体質なんでは?ておもったりなど。
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1431813,068
2024年3月27日 03:18
ねじこ
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