
何かあったのかと問われれば特に何も、と返すだろう。大通りに面した店内からスタッフにドアを開けてもらい、瑞希は大きく足を踏み出す。瞬間、首元に感じる冷たい風に数刻前の自分の選択を後悔しかけたけれど、ほとんど衝動的に口をついて出てしまったのだから仕方がない。今年の冬は新しいマフラーが必要だ、それもとびきり暖かいものが。そんなことを考えながらいつもの癖で肩のあたりに上げた左手にいつもの感触はなく、虚しく空を切ったその手を瑞希はただ、無造作にポケットに突っ込んだ。
如果有人问她发生了什么事,她大概会回答没什么特别的。瑞希让店员为她打开临街店铺的门,大步迈了出去。瞬间,颈间感受到的冷风让她几乎后悔起几分钟前自己的选择,但那几乎是冲动之下脱口而出的,也无可奈何。今年冬天需要一条新围巾,而且得是特别暖和的那种。她一边想着这些,一边习惯性地将左手抬到肩膀附近,却未感受到熟悉的触感。那只徒然划过空中的手,瑞希只是随意地插进了口袋。
気分を変えて買い物でもして帰ろうとショッピングモールに立ち寄ったのが間違いだったことに気がついたのは、いつもの店の前で足を止めた時だった。今の自分の姿では、いつも見てまわるショップに入って行くことは憚られた。そぐわない。そして、そうすることを遠ざけるための決断だったはずだと、瑞希はそのまま踵を返す。自分ときらびやかな世界とを隔てるガラスのショーウィンドウに映る見慣れない自分の姿に、瑞希は思わず眉を顰めた。
瑞希意识到,为了转换心情而顺道去购物中心购物是个错误,是在她停在常去的店前时。以自己现在的模样,走进平时逛的店铺实在令人难堪,显得格格不入。于是,她决定转身离开,这原本就是为了避免这种情况而做出的选择。在分隔自己与那个璀璨世界的玻璃橱窗中,映出了自己陌生的身影,瑞希不由得皱起了眉头。
結局、入り口近くにあるカフェが併設されている店でふたつ、ケーキを買って帰路についた。気分的にはそのまま帰ってしまっても良かったけれど、手ぶらで帰ったときの同居人の反応を想像すると、手っ取り早く別の話題を振れるほうがいい。こんな打算的な心持ちでケーキを選んだのは、もしかしたら初めてかもしれないな、なんて。
最终,我在入口附近设有咖啡馆的店里买了两块蛋糕,踏上了归途。心情上,其实直接回家也无妨,但想象着空手而归时室友的反应,还是觉得找个轻松的话题转移注意力更为妥当。如此盘算着挑选蛋糕,或许还是头一回呢。
瑞希の足取りは、重くも軽くもなかった。無くなってしまったものはもう無いし、ただあの子がどんな反応をするのか、それだけが気がかりでならない。だって、説明できるような理由が特に無い。無いと、思っている。
瑞希的步伐既不沉重也不轻快。已经失去的东西再也无法挽回,唯一让她牵挂的,就是那个孩子会有什么样的反应。毕竟,她找不到什么特别的理由来解释。或者说,她认为自己找不到。
一週間前に降った大雨は、この世界から夏を消し去ってしまった。吹く風はもう肌寒くて、街路樹はどんどんその色を変えていく。タイミング、間違えたかな。そんな考えがよぎった頭を、瑞希はふるりと振った。いつ、というのはあまり問題ではない。きっとあの子はなぜ、を気にするだろうから。なぜ。なぜだろう。あの時、なぜ自分があんなことを言ったのか、瑞希は未だに知らないふりを続ける。
一周前的那场大雨,仿佛将夏天从这个世界彻底抹去。吹来的风已带着丝丝凉意,街道两旁的树木正迅速变换着颜色。是不是时机选错了呢?这样的念头在瑞希脑海中一闪而过,她轻轻摇了摇头。什么时候,其实并不那么重要。她确信,那个孩子更在意的会是“为什么”。为什么?究竟为什么呢?直到现在,瑞希仍在假装不明白,当时自己为何会说出那样的话。
いつも行く店だった。いつも担当してくれている人だった。だから瑞希の口から出たいつもと違う言葉に、目を丸くしていた。その人に対しても、瑞希は鏡越しに曖昧に笑うことしかできなかった。
那是我常去的店,也是常为我服务的人。因此,当瑞希口中说出与往常不同的话语时,我不禁瞪大了眼睛。对于那个人,瑞希也只能透过镜子,报以一抹模糊的微笑。
――バッサリいきたいです。短くしてください。 ――我想干脆利落地剪短。请帮我剪短一些。
そんな言葉だった。ひどく落ち着いた声色で言ったようにも思う。シャキシャキと鋏が淡い桃色を切り落としていく音を、瑞希はどこか他人事のように聞いていた。
那是她的话语。听起来像是用极其平静的语调说出的。瑞希仿佛置身事外般,听着剪刀咔嚓咔嚓地剪下淡粉色的发丝的声音。
家に帰ると、休憩していたのだろう同居人が、リビングのソファでスマホをいじりながら間延びした声で「おかえり」と言った。ただいま、と返した瑞希の手元にあるケーキの箱が入った袋ががさりと音を立てたのを合図に、彼女は瑞希を振り向いた。そうして大きな目をさらに大きく見開いて、たっぷり3秒は沈黙した。
回到家时,或许是在休息的室友,在客厅沙发上摆弄着手机,用拖长的声音说了声“你回来啦”。随着瑞希回应“我回来了”,手中装有蛋糕盒的袋子发出沙沙声响,她转过头来看向瑞希。接着,那双大眼睛瞪得更大了,足足沉默了有三秒钟。
「……切ったの?髪」 「……剪了?头发」
「うん、ちょっとイメチェン」 「嗯,稍微换个形象」
なんで、とかすれた彼女の声には、聞こえないふりをした。わざとらしく大きな動きで手にあるケーキの箱を見せて、瑞希はにぃっと笑ってみせる。そうすると、決めていた。
为何剪发,她那沙哑的声音里藏着未说出口的理由,我假装没听见。瑞希故意大幅度地晃了晃手中的蛋糕盒,露出灿烂的笑容。这样一来,就决定了。
「ね、絵名。ケーキ買ってきたんだ、モンブランとチョコ。どっちがいい?」
「喂,绘名。我买了蛋糕回来,有蒙布朗和巧克力味的。你要哪个?」
「……チョコ」 「……巧克力」
「おっけー、冷蔵庫に入れておくね。絵名の仕事が終わったら、一緒に食べよう」
「好的,我放冰箱里了。等绘名工作完了,我们一起吃吧」
ぱたぱたとキッチンに入って冷蔵庫にケーキを入れる。背を向けてしまえば瑞希から絵名の顔はもう見えない。ご機嫌に鼻歌なんか歌って、ついでに夕飯の食材を見繕ったりして。隠したい本音も聞かれたくない事実も、ごまかし方はいつまでたっても変わらないし、レパートリーは増えないままだ。
啪嗒啪嗒地走进厨房,把蛋糕放进冰箱。一转身,瑞希就看不到绘名的脸了。她心情愉快地哼着小曲,顺便挑选晚餐的食材。想要隐藏的心声和不愿被知晓的事实,掩饰的方法始终如一,花样也从未增加。
「ねぇ、瑞希」 「喂,瑞希」
「ん〜?」 「嗯〜?」
このラインナップなら今日は肉じゃがかな、なんて冷蔵庫の中身に夢中なふりをして振り返らない瑞希の、昨日から随分と変わった後ろ姿を絵名はじっと見つめる。そうして、ため息をひとつ。
面对这样的食材搭配,今天大概要做土豆炖肉吧。瑞希假装专注于冰箱里的东西,没有回头。从昨天开始,她的背影就发生了很大的变化,绘名凝视着这一切,然后轻轻地叹了一口气。
「なんでもない。私、仕事戻るから」 「没什么。我回去工作了。」
「うん、夕飯できたら呼ぶよ」 「嗯,晚饭做好了就叫你。」
そんな当たり障りのないやりとりをしてやることが今の瑞希の救いになることを、絵名はもう知っていた。
绘名已经知道,现在对瑞希来说,这种无关痛痒的交流是一种救赎。
**********
海に行こうよと絵名が言ったのは、瑞希が髪を切った数日後のことだった。
绘名提议去海边,是在瑞希剪了头发几天后的事。
「仕事がひと段落したの。ちょっと気分転換したくて」
「工作告一段落了。想稍微转换一下心情。」
海に行くくらい、別にどうってことはない。ただ瑞希が驚いたのは、それが真夜中で、わざわざ寝ているところを起こされての提案だったことだ。絵名の作業が深夜に終わることは珍しくない。案件が一つ片付いたそのままのテンションで来ちゃったのかなと、次の休日のお誘いだと思っていた瑞希は、早速準備を始めた絵名に目を白黒させた。
去海边这件事本身并没有什么特别的。只是让瑞希感到惊讶的是,这提议发生在深夜,而且特意把她从睡梦中叫醒。绘名的工作常常到深夜才结束,这并不稀奇。瑞希原以为这是绘名在完成一项工作后,顺势发出的下个休息日的邀请,于是她立刻开始准备,却看到绘名已经整装待发,让她不禁目瞪口呆。
「え、えな、今から?」 「诶,诶,现在吗?」
「うん」 「嗯」
当たり前のようにそう返事をして、絵名は淡々と準備を進める。これはもう何も突っ込まないほうが良さそうだと、まだ半分寝ている重たい頭を起こして瑞希もベッドから降りた。遠めの散歩みたいなものだから、そこまで気合いの入った服は選ばなくていい。クローゼットを開けて右の棚にまず手を伸ばしてしまうのはもう癖のようなもので、そこに埋まっているたくさんのカワイイに、瑞希は自嘲気味に笑みを浮かべて反対側の棚からゆるめのズボンを取り出した。その様子を、絵名が見ていたことには気づかなかった。
理所当然地这样回答后,绘名平淡地继续准备着。瑞希觉得还是不要再多问什么为好,于是从沉重的半睡半醒中挣扎着起身,下了床。因为只是远距离的散步,所以不需要挑选太正式的衣服。打开衣柜,她习惯性地先伸手去摸右边的架子,面对那里堆积的众多可爱衣物,瑞希自嘲地笑了笑,从对面的架子上取出一条宽松的裤子。她并未察觉,绘名正注视着这一切。
「ん、いこっか」 「嗯,走吧」
薄く化粧をし終えて先に準備を終えた絵名に声をかけると、スマホから顔を上げた彼女がゆっくりと立ち上がった。当然、電車などない時間なので玄関先の車のキーに指をかける。そこにぶら下がっていた薄いピンクのキーホルダーは、数日前仕事に行く際に取り外してしまっていた。代わりに何か別のものをつけようかとも思ったけれど、なかなかピンとくるものもなくてそのままになっている。
薄妆初罢,我向已准备就绪的绘名打了声招呼。她缓缓从手机屏幕上抬起头,站起身来。这个时间自然没有电车,我便将手指搭在门口车钥匙上。那上面曾挂着的淡粉色钥匙扣,几天前上班时已被我取下。虽曾想过换个别的东西挂上,却始终没找到合心意的,便一直空着。
運転は、瑞希の役目だった。絵名はもっぱらのペーパードライバーで、あまりにも自分で運転したがらないものだから、ずいぶん高い身分証明書だねと笑ったら怒られたこともあった。瑞希がいるんだからいいでしょと、それに続いた言葉を思い出して瑞希はまた、小さく笑った。
驾驶是瑞希的任务。绘名则是个十足的“纸上司机”,几乎不愿意自己开车,瑞希曾开玩笑说她那张驾照真是价值不菲,结果惹得她生气了。瑞希记得她随后说:“有你在不就好了嘛。”想到这里,瑞希又轻轻地笑了。
「なに?」 「什么?」
助手席から訝しげな声が聞こえる。君のことだよと言えるはずもなく、けれど何も言わずに彼女の機嫌を損ねてしまうのも本意ではないので、瑞希は婉曲的に伝えることにした。
从副驾驶座传来疑惑的声音。虽然无法直言“说的就是你”,但若一言不发惹她不快也非本意,瑞希决定委婉地传达。
「ううん、やっぱり絵名は運転しないのかなって」 “嗯,果然绘名还是不会开车吧。”
「いいじゃん、瑞希がいるし」 「不是挺好的嘛,有瑞希在呢。」
返ってきた同じ言葉に、今度は声を出して笑ってしまった。まだ絵名は、変わらずそんなふうに思ってくれていたんだ。笑ってしまったことで結果的に少し不機嫌にしてしまうかと思ったけれど、そんな瑞希のようすを見て絵名は静かに笑うだけだった。
听到同样的回答,这次我忍不住笑出了声。看来绘名依然保持着那样的想法。本以为笑出来可能会让她有点不高兴,但看到瑞希那副模样,绘名只是静静地笑了笑。
絵名の案内する通りに車を走らせ、一時間ほどしたところで海沿いの道に出た。太陽はまだまだ顔を出しそうになく、窓に映るのは黒の世界だった。海に行きたいと言っていたわりに絵名の反応は薄く、彼女はただぼんやりと窓の外を眺めている。
按照绘名的指引驾驶着车辆,大约一小时后,我们驶上了沿海的道路。太阳似乎还远未露脸,车窗上映照出的是一片漆黑的世界。尽管之前说想去海边,但绘名的反应却显得冷淡,她只是茫然地望着窗外。
一緒に住むようになって、五年になる。つまりは社会に出て五年目。沈黙が苦になるような間柄では、もうない。ラジオの電波も届かないこんな道で、わざわざ音楽を流そうという話にもならなかった。柔らかな沈黙がふたりを包み、車は一定のスピードで目的の場所へと進んでいく。
一起生活已经五年了。也就是说,踏入社会第五年。我们之间早已不再因沉默而感到尴尬。在这条连无线电波都难以触及的路上,也未曾想过特意播放音乐。柔和的沉默包裹着我们,车子以恒定的速度驶向目的地。
途中からもしやと思ってはいたが、絵名が指し示したのは以前一度だけふたりで来たことのある場所だった。あの時はどうしてここに来たんだっけ。私が行きたいって言ったのよ。ゆるゆると頭のまわらない会話を続けながら、ふたりは闇夜を散歩する。
途中,我虽有所预感,但绘名所指的,正是我们曾仅一次共同踏足之地。那时为何会来这儿呢?是我说想来的吧。我们一边继续着漫不经心、思绪不接的对话,一边在夜色中漫步。
「……変わらないね」 “……一点都没变呢”
言った言葉に、瑞希は少し後悔した。変わらないことなど、あるはずがないのに。
说出的话让瑞希有些后悔。明明不可能有不变的事物存在。
「変わらないわよ」 「不会变的」
けれどそんな瑞希の後悔も、絵名はすくい上げて、救いあげる。
然而,瑞希的这份悔意,也被绘名轻轻拾起,温柔地拯救。
ぽつぽつと等間隔に空に浮かぶ街灯だけでは、近くにいてもお互いの表情はよく見えない。じゃり、と砂浜を歩く音がふたつ分、黒に爆ぜては消えていく。
点点等距悬浮于空中的街灯,即便近在咫尺,彼此的面容也难以辨认。沙沙作响,两道脚步声在沙滩上响起,随即融入黑暗,消失无踪。
暗い気分というわけではないが、こうも視界を遮られるとどうしても思考も一緒に闇に沈んでいってしまう。海から吹き付ける風が瑞希の短くなった髪をなびかせて、首筋にあたるひやりとした感覚は嫌でもその事実を思い起こさせた。
并非心情黯淡,但视线被如此遮蔽,思绪也不由自主地沉入黑暗之中。海风拂过瑞希剪短的头发,颈后那抹凉意,无论如何都让她想起了那个事实。
別に嫌になったわけではない。自分の好きが変わったわけでもない。普通も当たり前も、全てをひっくるめて、それでもボクたちはボクたちだよねって、そう言い続けていたいのに。そこにあるのはただの現実で、幸いにも周りの人たちはこんな自分を受け入れてくれているのに。
并非因为厌倦了,也不是因为自己的喜好改变了。只是想把“普通”和“理所当然”都包含在内,依然坚持说我们还是我们。然而,眼前只有赤裸裸的现实,幸运的是,周围的人接纳了这样的自己。
変えてしまったのは、自分なのに。 改变的,却是自己。
ぐるぐると、思考は回る。波の音が瑞希を取り巻いて、深海に引きずり込もうとする。
思绪如漩涡般旋转。海浪声环绕着瑞希,试图将她拖入深海。
ふいに絵名が立ち止まるから、瑞希は少しつんのめりながら彼女にぶつからないように足を止めた。
突然,绘名停下脚步,瑞希稍显踉跄,赶紧收住脚步以免撞上她。
海を眺める絵名の横顔が、その瞳がきらきらと眩しくて、ようやく瑞希は太陽が昇りはじめたことに気がついた。彼女の隣で水平線に目を向ける。赤く染まった空が、夜と朝の境目が、ふたりと対峙する。
望着大海的绘名侧脸,那双眼睛闪烁着令人目眩的光芒,瑞希这才意识到太阳开始升起。在她身旁,目光投向地平线。染红的天空,夜与晨的交界,正与两人对峙。
ゆるりと、絵名の指が瑞希のそれに絡められた。 缓缓地,绘名的手指与瑞希的交织在一起。
「私は、瑞希がすきだよ」 “我,喜欢瑞希哦。”
そう言った絵名があまりに優しくきれいに笑うので、思わず瑞希は泣きそうになる。彼女自身が絵画のようだと思った。この瞬間を、美しい彼女を、切り取ってしまえやしないだろうか。
绘名说出这话时,笑得如此温柔美丽,令瑞希几乎要落下泪来。她觉得自己仿佛成了一幅画。这一刹那,这美丽的她,能否被永远定格呢?
「変わらないものなんてきっとないけど、変わるから、変わっても。私は瑞希がすきだよ」
「虽然肯定没有不变的事物,但正因为会变,即使改变了。我还是喜欢瑞希你哦」
瑞希の想いに寄り添って、絵名は最上の言葉をくれる。どうして絵名は、わかってしまうんだろう。
瑞希的心意得到了絵名的共鸣,她给予了最真挚的回应。为何絵名总能如此理解我呢。
「……怖かったんだ」 「……我那时真的很害怕」
怖かった。変わってしまう周りが、自分が、何よりも君が。もう自分を必要としてくれなくなるんじゃないかと、だって自分はどうしたって普通も当たり前も君にあげることはできないから。だからせめて。
我害怕极了。周围的一切都在改变,我自己也是,尤其是你。我害怕你不再需要我了,因为无论我怎样努力,都无法给你所谓的普通和平凡。所以至少...
胸に詰まっていた想いを、ぼろぼろと堪えきれない涙を流しながら瑞希は吐き出した。
瑞希一边流着无法抑制的泪水,一边将心中积压的情感倾泻而出。
「ほんと、ばかだよね、瑞希って」 “真是的,瑞希,你真是个傻瓜。”
繋いだ手とは反対の手で絵名はポケットを探り、瑞希に差し出した。ちゃり、と鳴った彼女の手にあったのは、薄いピンクのキーホルダー。不要なものだと、瑞希が車のキーから外したもの。
絵名用与瑞希相握的另一只手摸索着口袋,然后递给了瑞希。随着一声清脆的“咔嚓”,她手中出现的是一个淡粉色的钥匙扣。那是瑞希从车钥匙上取下的,认为不再需要的东西。
「別に、無理に変えようとしなくていいよ」 “其实,不用勉强自己去改变也没关系的。”
瑞希は瑞希でしょ。ひどく甘い声で、甘い笑顔で彼女は言う。その音は、波に遮られることなくまっすぐ瑞希に届いた。震える手でそれを受け取り、瑞希は堪えきれなくなって嗚咽を漏らす。きっといま、酷い顔をしている。けれどそうして俯いてしまった涙でぐちゃぐちゃな顔を、それでも絵名はいとおしそうに撫でてくれるから。どうしてもいま、伝えなければいけないと思った。
瑞希就是瑞希。她用极其甜美的声音,带着温柔的笑容说道。那声音,毫无阻碍地直抵瑞希心底。瑞希颤抖着手接过钥匙扣,再也抑制不住,呜咽出声。此刻,她的表情一定很难看。但即便如此,絵名依然怜爱地抚摸着那张因低头而泪流满面的脸庞。瑞希觉得,此时此刻,必须传达些什么。
「……ボク、も。ボクも、えながすき。ずっと、変わっても、変わんない」
「……我、也是。我也,喜欢绘名。无论怎样改变,这份心意都不会变。」
喉が震えて、霞んでしまった声に、絵名は笑った。 喉咙颤抖着,声音模糊不清,绘名却笑了。
「知ってる」 “我知道。”
朝日に照らされてまぶしい絵名の頬にひとつ、走った雫があんまりにも綺麗で。きっとこの先同じ気持ちになってしまう時、この日のことを何度だって思い出すんだろうと、瑞希は思った。
朝阳照耀下,绘名脸颊上滑落的一滴泪珠美得令人眩目。瑞希心想,未来每当自己再次感受到同样的心情时,一定会无数次回想起今天的这一幕吧。
帰り道、陽に照らされて明るい車内で、言うの忘れてたけど、と切り出した絵名の声に、瑞希は運転しながら耳を傾ける。
归途上,阳光洒满明亮的车厢,绘名忽然开口,瑞希一边驾驶,一边侧耳倾听。
「髪、似合ってるよ」 “你的新发型,很合适呢。”
その言葉に瑞希はまた、静かに涙を零す。ポケットの中で、車のキーについた薄いピンクのキーホルダーが、ちゃり、と鳴った。
听到这句话,瑞希再次悄然落泪。口袋中,车钥匙上挂着的淡粉色钥匙扣,轻轻发出“咔嚓”一声。
END. 结束。
暁山瑞希と東雲絵名の、 晓山瑞希与东云绘名的,
ありふれた出来事となんでもないような非日常のはなし。
平凡日常与看似微不足道的非日常故事。