这是用户在 2024-5-15 2:03 为 https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21649241 保存的双语快照页面,由 沉浸式翻译 提供双语支持。了解如何保存?

夕景

お願いだからそばにいて 请跟紧我

お願いだからそばにいて - 夕景の小説 - pixiv
お願いだからそばにいて - 夕景の小説 - pixiv
23,447字 23 447 个字符。
ひめこは♀Don/Subユニバース   姬子是♀Don/子宇宙。
お願いだからそばにいて  请跟紧我
ひめこは♀Dom/Sub ユニバース設定の話。 Himeko 是一个 ♀ Dom/Sub Universe 设置。
6/30のひめこはオンリーで本にする予定の話です。
6 月 30 日的姬子》是唯一一个将被制作成书的故事。

燐音→Dom(女体化) 林恩 → 多姆(女性化)。
HiMERU→Sub HiMERU → Sub。
こはく→Dom(女体化) 琥珀 → 唐(女性化)。
ニキ→Normal 尼基 → 正常。
作中に燐音とHiMERUのプレイが含まれますが性的な接触はありませんしCPでもありません。
作品包括 Rinne 和 HiMERU 之间的游戏,但没有性接触,也不是 CP。

HiMERUの年齢捏造してます。 HiMERU 的年龄是伪造的。
若干のニキ燐♀要素があります。(CP未満) 有轻微的尼奎宁阴道成分。(CP下)
Sub×Domなので逆カプっぽい表現が含まれます。挿入方向はひめこは固定です。
Sub×Dom,因此它包含反向捕捉表达式。姬子的插入方向是固定的。

いずれR-18になりますがこの話は全年齢です。 这个故事老少皆宜,不过最终会被定为 R-18。

出会いから書いていたら長くなりました。次は年齢操作の話になります。
如果我把这次遭遇写出来,篇幅会更长。故事的下一部分是关于年龄操纵的。
查看后续
2935943
2024年2月24日晚上6点55分 2024 年 2 月 24 日,当晚 6 点 55 分。

 忘れもしない。初夏の会議室に集められ、ユニットを組めと言われた時の事は今でも鮮明に思い出せる。話には聞いていたものの、ソロ活動を希望していたHiMERUとしては不本意だったし、そのメンバーも不満だった。リーダーとされた天城燐音は美しい顔立ちをした女だったが、いかんせん態度が不遜すぎた。その相方だったらしい椎名ニキという男は、説明を聞いている間ずっと菓子を食べていたし、顔合わせが終わるやいなやバイトがどうこう言って飛び出して行ってしまった。アイドルをやる気がないのだろう。とんだメンバーと組まされたものだと、HiMERUはため息を吐いた。
我永远不会忘记。我还清楚地记得,初夏时节,我们被召集到会议室,要求成立一个小组。虽然早有耳闻,但作为想以个人身份工作的 HiMERU,我并不情愿,而且成员们也不乐意。组长天木凛是个面容姣好的女子,但她的态度过于不敬。她的搭档,一个叫椎名仁树的男人,一边吃着甜点,一边听着解释,会议一结束,他就冲了出去,说什么兼职。他大概不想做偶像了吧。HiMERU 叹了一口气,觉得自己和一个糟糕的成员配对了。

 唯一まともそうに見えたのは、桜河こはくという名の少女だった。十五だという年齢の割に大人びた顔付きをして独特の雰囲気があり、まだ素朴な面差しだが磨けば光るだろうと思わせた。真面目な顔で説明を聞き、何やら思案している様子を垣間見て、一先ず安堵する。全員が関わりたくないタイプだったら流石に嫌だ。夏が終わるまでは少なくとも行動を共にしなければならないのだから、少なくとも一人はまともそうなメンバーがいた事にほっと胸を撫で下ろした。
唯一看起来像模像样的是一个名叫樱川琥珀的女孩。15岁的她有着成熟的面容和独特的气质,虽然面容还很淳朴,但仿佛一经打磨就能熠熠生辉。当我瞥见她一脸严肃地听着讲解并思考着什么时,我松了一口气。如果他们都是那种你不想与之交往的人,你也不想成为一个怪人。我松了一口气,至少还有一个成员看起来是正派的,因为我们至少要一起工作到暑假结束。

 それにしても。桜河というのはあの『桜河』だろうか。汚れ仕事専門の一族の噂を思い出しながら、こはくの様子を伺う。見た目の特徴と喋り方で、大方そうなのだろうとは思った。何故アイドルをやっているのかは謎だけれど、様々きな臭い者たちが入り込んでいる様子のESの事なのできっと桜河こはくもその類なのだろう。
尽管如此。樱川是那个 "樱川 "吗?回想起关于一个家族专门从事脏活累活的传言,我问起了安珀的外貌。从她的长相和言谈举止,我知道她很有可能就是那样的人。琥珀的 "奸商 "身份,在我的印象中,是一个 "奸商",她的 "奸商 "身份,是一个 "奸商"。

 すると、こはくがふと目を上げてHiMERUを見た。ばちりと目が合う。小さく息が止まった。
这时,Amber 突然抬起眼睛,看着 HiMERU。他们的目光相遇了。一阵轻微的喘息声停止了。

「なんか用? えーっと、ひめるはん、やったな」 你想要什么? 嗯,希梅鲁汉,对吧。"
「……いえ、なにも」 "......,不,没什么。"
「さよけ」 "游向远方"
 向こうも気付いただろう。だのに、言葉が命令の形を取っていないのは、よくよく教育されているのかもしれない。目が合っただけでわかってしまった。ほぼ確実に、こはくはDomだ。端的に、DomはSubを支配し服従させる性質を持つ者の事を言う。対してHiMERUはSubだ。昔は Subに対する差別などもあったようだが、今はそんな事はほとんどなくなっている。当事者なら見てわかる物とはいえ不躾にDom/Sub性を暴く事はしてはいけない事とされているし、DomがSubを無理に従えようとするのは罪に問われる物だ。とはいえHiMERUは度々この性を忌まわしく思っていたし、今回もそうだった。まさか、ユニットメンバーにDomが居るなんて不測の事態も良い所だ。そう簡単に偽れる物でも無く、要もSubだった事もあり茨には自分のSub性を報告していた。HiMERUは先が思いやられると頭を抱えたくなったが、平静を装った。Domに隙を見せて主導権を握られたくない。今まで出会ったDomの者たちは一様に傲慢で、Subの扱いも酷いものだった。そのような界隈にいたと言えばそれまでだし、DomをDomだからと一括りに出来るような物でもないのはわかってはいるが、警戒するに越したことはないだろう。
对方会注意到的。但这些话并不是命令式的,也许他们受过良好的教育。我可以从我们的眼神交流中看出。几乎可以肯定,Amber 是 Dom。简单地说,Dom 就是有支配和征服 Sub 倾向的人。相比之下,HiMERU 就是 Sub。在过去,Sub 会受到歧视,但现在这种情况几乎消失了。不经意地暴露 Dom/Sub 的特征被认为是错误的,即使当事人可以看到;Dom 试图强迫 Sub 服从自己也是一种犯罪。然而,HiMERU 常常对这种本性深恶痛绝,这次也不例外。单位成员中有 Dom 是一个很好的意外情况。在这一点上,Dom's(女主人)们的表现是非常出色的。迄今为止,我们所遇到的Dom都是一律的傲慢,对待Sub的态度也很恶劣。要记住,"多姆 "并不是一个单一的东西,不能因为是 "多姆 "就把它们混为一谈,最好对它们保持警惕。

 こはくはふっと目を伏せて、手元の資料を読み始めた。書き込みが入れられたそれは彼女の真面目さを示すようで、ほんの少しだけ好感度が上がる。とりあえず、上手くやらねばならない。相手はDomだが、まだ若い。世間知らずだと自分で言っていたが、それなら尚更こちらもやりやすいだろう。やるしかない、もう後はないのだ。
微光哼了一声,开始阅读手中的文件。上面的字迹似乎表明了她的认真态度,这让她更讨人喜欢了一些。现在,我必须让它发挥作用。对方是唐,但还很年轻。她自己说她很天真,但这样我们就更容易了。我们必须这么做,没什么可做的了。


 その年の夏は散々だったが、それでもCrazy:Bという運命共同体を得てHiMERUはそれなりに活動を続けていた。燐音はDomらしく威圧感のある女だったが、妙に冷静な部分があり、無闇やたらに威圧などをしてこないタイプだったからHiMERUも上手くやれていた。自分の力の使い方をわかっているのだろう。その点に関してはHiMERUも燐音を評価していたし、そうでなければとっくに脱退をしていただろう。
 那一年的夏天是一场灾难,但在 Crazy:B 集体的帮助下,HiMERU 仍能以自己的方式继续开展活动。凛是一个像多姆一样令人生畏的女人,但她也有奇怪的冷静的一面,并不是那种盛气凌人的人,所以 HiMERU 能和她相处得很好。她大概知道如何使用自己的力量。在这一点上,HiMERU 也很看重林恩,否则她早就离开了。

 ニキはDomでもSubでもなく、燐音というヒモを飼っているただの男だった。てっきり二人は恋人同士だと思っていたのだが、そうではないらしい。深く突っ込むと藪蛇になりそうなので聞くつもりもなかったが、燐音がニキを構いつけ、ニキもまんざらではない様子なのを見れば性から解放された良い関係なのだろうとも思う。
 尼基既不是 "主人 "也不是 "仆人",他只是养了一个叫林内的皮条客。我以为他们是恋人,但事实似乎并非如此。我本不想问,因为我觉得如果深究下去,会有点蛇鼠一窝的感觉,但 Rinne 对 Niki 无所不用其极,而且看到 Niki 似乎也不太高兴,我想这一定是一种很好的关系,没有性欲的关系。

 そして、こはくだ。座敷牢に住んでいた頃とは対人関係が大きく変わり、最初は戸惑っていたようだったが、持ち前の人懐こさでなんとかやっているようだった。燐音の他に、斑という同性のユニットメンバーが出来たのも大きいのかもしれない。斑もいかにもDomらしい女だったし、そんな燐音や斑を間近で見てなにか得る物もあったのかもしれない。こはくはSubであるHiMERUと相対する時には決して威圧的な行動を取らなかったし、柔らかい言葉を使うことを意識しているようだった。もしかしたらそれは桜河の教育の賜物なのかもしれないが、どちらにしてもHiMERUにとって都合が良かった。Domのすぐそばでこれほど安らげるとは思わなかったが、Crazy:Bという共同体はHiMERUにとって安らげる場所となっていた。
 还有琥珀。与住在榻榻米房间的时候相比,她的人际关系发生了很大的变化,虽然一开始显得有些迷茫,但她似乎正在用自己天生的友善来处理。除了凛音,另一位同性成员伊卡拉也加入了这个小组,这可能也是一个重要因素。在面对 HiMERU(潜艇)时,小光从不表现出威吓的样子,似乎有意识地使用柔和的语言。也许这是樱川教育的结果,但无论如何,这都给 HiMERU 带来了方便,他没想到离 Dom 这么近还能感到如此自在,但 Crazy:B 社区已成为 HiMERU 感到自在的地方。

 だから、そう。完全に気が抜けていたのだ。『HiMERU』らしくも、『俺』らしくもない失態だった。
所以,是的。我完全不在状态。这既不像 "HiMERU",也不像 "我"。

 SSを無事乗り越え、年越しをしてからはかなり忙しい日々を送っていた。夏頃には干されていた事を思えば忙しいのは御の字ではあるのだが、それでも身体には限界というものがある。普通のアイドルとしての仕事に加え、COMPとやらが入って来たのも最悪だった。ただでさえ忙しいのに、仕事のたびにメンタルを削られていては世話はない。日々の疲れのせいで調子が悪かったのは自覚していたし、らしくないミスも増えた。Sub特有の症状で、日々受けるストレスに対し、日常生活で満たされるSub性の欲求が上回ってストレスが過剰になっているのだ。頭がぼんやりと重く、一度言われた事が頭に入らない。身体もどこか重い気がして、いつもよりカフェインの量が増えていた。メンバーは心配してくれたし自分でもどうにかしなければと思い、次の休みにはカウンセリングの予約を入れていた。軽度なプレイを行い、体調を整えてくれるSub専門のクリニックだ。こういう不調はプレイをすれば解消するため、そこに頼めばいつも持ち直したし、だからあと少しの辛抱だと思っていた。
成功熬过党卫军之后,新年以来我一直很忙。考虑到我在夏天已经干涸了,忙碌是件好事,但即便如此,身体也是有极限的。除了常规的偶像剧工作,COMP 出现在我的生活中已经够糟了。我很忙,但如果每次工作都让我精神疲惫,我就无法照顾好自己。我意识到,每天的疲劳让我感觉很糟糕,我犯了越来越多的异常错误,这是 Sub 特有的症状,日常生活的压力超过了 Sub 需要满足的需求,压力变得太大了。我的脑袋迷迷糊糊、沉甸甸的,想不起来曾经说过什么。我的身体也感觉有些沉重,咖啡因摄入量也比平时多。成员们都很担心,我知道我自己必须做点什么,所以我预约了下一个假期的咨询。这是一家 Sub 专家诊所,他们会做一些轻微的游戏,帮助你感觉好一些。如果我在那里寻求帮助,我总是会好起来,因为这些病痛会在玩耍中消失,所以我知道我还有一点耐心。

 その日はテレビ局で収録の仕事があり、Crazy:B全員で赴いていた。音楽番組の歌唱パートとトークパートの収録で、Crazy:Bとしても慣れた仕事のはずだった。しかし、その日は様子がおかしかった。機材トラブルが続き、収録が大幅に押していた。当然現場はピリピリするし、それが更にミスを呼ぶのだろう。挨拶周りを終えたあとはしばらく楽屋で待ち、リハーサルをするからとスタジオに呼ばれたが、その時の空気は最悪だった。責任者らしい男がピリピリしているのがわかる。嫌な予感がして身構えて、燐音にそれとなく目配せをしておく。こはくもどこか落ち着かない様子だった。ニキですら、どこか不穏な物を感じるのか気遣わしげにHiMERUをちらりと見た。何もないかもしれない、心配し過ぎかもしれない。けれど用心するに越したことはない。幸い燐音はHiMERUの合図の意味を正しく受け取ってくれたようだった。小さく頷いたのを見て、少しだけ安心する。メンバーの協力があれば、きっと大丈夫だろう、と。
那天,电视台有一个录音工作,所有 Crazy:B 都去了。录制的是一个音乐节目的唱歌和说话部分,这本来是 Crazy:B 习惯的工作。然而,那天的情况很奇怪。设备出现了一系列问题,录制时间被大大推迟。现场气氛自然很紧张,这可能导致了更多的失误。见面会结束后,我在化妆间等了一会儿,然后被叫到录音室排练,但当时的气氛很糟糕。我看得出,似乎是负责人的那个人很紧张。我有一种不祥的预感,于是我做好了心理准备,向凛音看了一眼。小光也显得有些不自在。就连妮琪也关切地看了一眼 HiMERU,似乎感觉到了什么不安。也许没什么好担心的,也许是我太担心了。但现在是谨慎行事的最好时机。幸运的是,凛音似乎正确地领会了 HiMERU 的暗示。看到她微微点了点头,我稍稍松了口气。有了成员们的合作,我相信我们会没事的。

「Crazy:B入ります! よろしくお願いしまァす!」
'Crazy:B,我加入! 我期待着与你们合作!"

 燐音が声を張ると、スタッフたちは緊張した面持ちながら忙しなく動き出した。立ち位置、カメラワーク、照明、音響、それらの確認が慌ただしく行われる。こちらにまで緊張が伝わってきて、心臓が嫌な音を立てる。いけない、『HiMERU』はいつも笑顔でいなければ。回らない頭をフル回転させて確認をし、通しのリハーサルをする。立ち位置も振り付けも歌詞も完璧に入っている何度も歌った曲だ、大丈夫だ。頭の中でそう言い聞かせ、踊る。曲を聞けば手足が勝手に動いた。歌声も出てくる。リハーサルとはいえ手を抜く訳にはいかないが、本調子でないのはわかっているから、本番よりは気力を節約する。一曲歌い終え、オッケーです、の声がかかり安堵した、その時。
当 Rinne 的声音响起时,工作人员开始忙碌地行动起来,他们的表情都很紧张。工作人员匆匆忙忙地确认站位、摄像、灯光和音响。我能感受到空气中弥漫的紧张气氛,我的心怦怦直跳。HiMERU "必须始终面带微笑。彩排是一次全面的思维转动,是对整个表演的检查和排练。这首歌我已经唱过很多次了,我知道该站在哪里,舞美和歌词都很完美,我不会有问题的。我在脑海中这样告诉自己,然后跳了起来。当我听到这首歌时,我的胳膊和腿自己动了起来。我甚至会唱歌了。虽然是彩排,我也不能偷工减料,但我知道自己还没有达到最佳状态,所以我把精力留给了真正的表演。唱完一首歌后,听到声音说 "OK",我才松了一口气。

 何か衝撃のような物が来て、HiMERUは立っていられなくなった。足が震えて、その場に崩れ落ちた。
一种类似于休克的感觉袭来,HiMERU 站不住了。他双腿颤抖,当场倒下。


 リハーサル終了直後に響いた怒鳴り声を知覚した次の瞬間、HiMERUが倒れた。丁度すぐ隣に居たニキが支えたおかげで床に転倒せずには済んだが、ニキに抱え込まれずるずると床に座り込んだHiMERUが完全に何か異変を来しているのは明らかだった。心臓がどくんと嫌な音を立てた。慌てて駆け寄り顔を除き込めば、顔色は真っ青で異様に呼吸が早く、金色の瞳が落ち着きを無くし、ギョロギョロと忙しなく揺れている。Subに関する勉強をした時に本で読んだ症状のうちの一つと符号して、燐音はパニックを起こしかけていると結論付けた。それならば対処は一つだと、燐音は着ていたジャケットをHiMERUに頭から被せて顔を隠した。
在感受到排练结束后立即响起的呼喊声的下一刻,HiMERU 倒下了。多亏了旁边的 Niki 的搀扶,他才没有倒在地上,但被 Niki 扶着坐在地上的 HiMERU 显然完全出了问题。他的心脏发出了令人作呕的 "砰砰 "声。凛音看了看被妮姬抱着坐在地上的 "HiMERU",很明显,"HiMERU "完全不对劲。凛音知道只有一个办法,于是她把外套盖在 HiMERU 的头上,把脸藏了起来。

「貧血だな。ニキ、メルメルを楽屋まで運べ。こはくちゃんはスタッフさんに後のこと聞いといて。事務所にも連絡頼んだ」
贫血尼基,带梅尔默去后台安布尔,问问工作人员接下来会发生什么。我已经让办公室也知道了。"

「HiMERUはん……」 'HiMERUはん......'
「大丈夫だから。おらニキ急げ!」 没事的奥拉-尼基,快点!"
 こはくの顔まで真っ青で、心配そうに唇が震えていた。しかし燐音が頼めばぐっと引き締まった面持ちになった。そして、何事かと寄ってきたスタッフに事情を説明しに行った。頼もしい事だと燐音は安堵する。よくよく言い含めてあるので、きっとHiMERUは貧血と疲労で倒れたことになる。実際、疲労が溜まっていた事は間違いないのだろう。
就连 Amber 也脸色苍白,嘴唇因担心而颤抖。然而,当林恩要求她这样做时,她的脸色变得紧张了许多。随后,她向来查看情况的工作人员说明了情况。凛音松了一口气,认为这是一件可靠的事情。正如所解释的那样,HiMERU 一定是由于贫血和疲劳而倒下的。事实上,他毫无疑问是疲劳过度。

「よいしょ、ちょっと揺れるっすよ」 很好,有点颠簸。"
 ニキがHiMERUを抱き上げるのを手伝って、燐音のジャケットと掛け直してやる。無意識にか、HiMERUは燐音のジャケットをぎゅうと握りしめていた。こんな顔を見られたくないだろうとの配慮からだったが、正解だったかもしれない。
尼姬帮 HiMERU 把他抱起来,重新挂上凛音的外套。不自觉地,HiMERU 捏紧了 Rinne 的外套。虽然是出于不想让人看到他这副模样的考虑,但这也许是个正确的决定。

「すんません! 通してくださーい!」 "对不起,请让我过去! 请让我过去!"
 ニキが大声を張り上げて、顔を隠したHiMERUを抱き上げてテレビ局の廊下を走った。そしてその後を燐音は追いかける。ヒールはこういう時に走りにくくてかなわない。あの時近くにいたのがニキで良かった。鍛えているとはいえ、自分より上背のある男がいきなり倒れ込んできたら、ヒールの足元では共倒れになったかもしれない。こはくも同様だろう。貰い事故になるのが一番怖いし、足を挫いたりすれば今日の収録にも影響が出る。少なくともニキが支えてくれたおかげで助かった。
尼姬大声喊着,抱起遮住脸的 HiMERU,跑到电视台的走廊上。凛音在后面紧追不舍。在这种时候,高跟鞋让人很难跑动。唯一重要的是,当时在附近的人是尼姬。小光也是一样。小乐也会发生同样的事情。最坏的结果就是发生意外,如果他扭伤了腿,就会影响今天的录制。至少尼姬支持我,救了我一命。

 すぐに楽屋に着いて、HiMERUをそっと椅子に座らせた。ひっ、ひっ、と苦しげに息をするHiMERUは普段の冷静さの影もなく、ただひたすら哀れだった。過呼吸を起こしかけているのかもしれない。助けてやらねばならない。Crazy:Bを預かる君主として、HiMERUとの約束を果たさねばならない。燐音はふぅっと息を吐いて、気合を入れた。
我很快来到后台,轻轻地让 HiMERU 坐在椅子上。HiMERU 痛苦地喘息着,丝毫没有往日的平静,简直可怜极了。他可能已经快喘不过气来了。作为掌管 Crazy:B 的君主,我必须履行对 HiMERU 的承诺。林恩哼出一口气,撑起身体。

「ニキ、ちっとむこう向いてて」 尼基 看一下那边
「はぁい」 是的。"
 ニキもHiMERUを気遣って水などを飲ませようとしていたが、大人しく下がってくるりと扉の方を向いた。出来る事は何も無いと知っているからだろう。燐音は椅子を向かい合わせにして座り、HiMERUの顔を覗き込んだ。
尼基也很担心 HiMERU,试图让她喝水和做其他事情,但她成熟地退到了一边,转身面对着门。大概是知道自己无能为力吧。凛凛面对着椅子坐下,看着 HiMERU 的脸。

「HiMERU、こっち、見て」
「ッ、は、ぁ、ッ、ひ……、っ」
 変わらず上手く息が出来ていない。目がうつろで、何かに怯えるように顔を背けようとする。そんなHiMERUの顔を無理矢理覗き込んだ。
「HiMERU、『こちらを見ろ』」
 プレイのつもりで、DomとしてHiMERUに呼び掛ける。すると、HiMERUの忙しなかった瞳が燐音を真っ直ぐに見た。まだ怯えたようにブレているが、上出来だ。燐音は笑顔を作って、HiMERUの手を握った。凍えるように冷たく、震えている手を温めるようにさすってやる。
「『良い子だ』。じゃあ、ゆっくり、『息を吐いて』」
 HiMERUの目が少しだけ光を取り戻す。HiMERUは燐音の言葉通り、すーっと音を立てて息を吐き始めた。
「よし、『良く出来た』。『止めて』、ゆっくり『息を吸って』」
 ゆっくり、呼吸をさせる。手をさするのは辞めない。上手く出来たと褒める度、HiMERUのパニックは収まっていくようだった。
 先程、リハーサル直後の怒鳴り声はスタッフを叱りつけた声だった。恐らく叱った方がDomで、無意識にグレアを使ったのだろう。その余波を受けて、元々体調の悪かったHiMERUがぶっ倒れたというわけだ。迷惑な事この上ない。己を律してこそのDomだと教育をされてきた燐音にとって、今日のような事はあってはならない事だった。このように、己の言動一つでどうとでも出来てしまう相手が身近にいるのなら尚更。この性を、燐音は恐ろしく思っている。
「HiMERU、『良い子』だ。気分は?」
 だいぶ呼吸が落ち着いて、顔色が戻ってきた。指先にも温もりが戻って来ていて、燐音はその手をぎゅうと握った。まだ青白い顔をしているが、先程よりはよほどマシだ。言え、と命令はしない。ケアのためのプレイは最小限に留めるという約束だった。
「ッ……、は、……だいぶ、落ち着きました」
 HiMERUはほっと息を吐いて言う。先程は喋る事も出来なかったから、その言葉に嘘はなさそうだった。燐音はほっとしてHiMERUの手を離した。
「良かった。少し休んでった方がいいな。こはくちゃんが貧血っつっといてくれただろうし、本番はまだ先っしょ」
「ええ……天城、ありがとうございます。椎名も」
「いいっすよ〜気にしないで。ていうかHiMERUくんまた痩せました?」
「痩せてはいないはずですが……」
「うーん、でも今日は消化に良いものが良いと思うんでぇ、中華粥でも作るっすかねぇ」
 ニキの呑気な声が有り難かった。燐音も緊張していたのだ。バレないように小さく息を吐く。こんな風にHiMERUにプレイをしたのは初めてだった。

 スケジュールの都合でカウンセリングに行けない時や、今回のような緊急時にプレイをして体調管理をしてほしい、と頼んで来たのは、Crazy:Bが解散の危機から免れてしばらくした頃の話だった。ホットリミットでの成功例からポツポツと仕事が来るようになり、元々ソロで活動していたHiMERUは知名度の分ソロでの仕事も多く受けていた。となると、体調面が気になるのだろう。
 HiMERUはSubとはいえ、常日頃プレイをせねばならないわけではないらしい。普段は日常のなんていうことのない頼まれ事をやって褒められたり感謝されたり、そういう些細なことで満たされるものらしい。しかし、今回のような事故は別だ。パートナーの居ないSubは、Domのグレアに当てられた場合、成すすべも無く怯えるしかない。当然、放っておかれる訳ではなく、それ専門の対応機関があるので緊急対応はしてくれるが、身体が危険に晒されることには間違いないのだ。とすれば、身近で信頼の置けるDomに緊急対応を頼むのはそれなりに良いリスクヘッジになるのだろう。
「良いぜェ、可愛いメルメルのためならやってやろうじゃねェの」
「その言い方は誤解を招くのでやめていただいて良いですか」
「キャハハ、まァそうだな。しっかし意外だな、こはくちゃんもいるっしょ」
 そう、その時は意外に思ったのだ。燐音はHiMERUに好かれている自覚は無かった。一定の信頼は得ているようだが、燐音よりも余程、こはくの方がHiMERUの信頼を勝ち得ていると思っていたのだ。しかし、HiMERUは言いづらそうに目を伏せた。
「桜河は幼すぎて。あなたは成人しているでしょう。自分の行動に責任も持てる歳だと自覚もあるようですし」
「こはくちゃんが無闇にプレイすることはないっしょ」
「違います。桜河のことは、そういう意味では信頼しているのです。しかし、『俺』が桜河とプレイをするのは、子供に相手をさせるようで、許せなくて」
 成る程、と燐音は思う。そしてHiMERUの実年齢をぼんやりと思い出した。確か、燐音よりも二歳ほど上だったはずだ。それなら、こはくのことは子供にしか見えないだろう。子供の判断で「良い」と思ったところで、それは子供を良いように利用し搾取する大人と何が違うのだと、HiMERUが言いたいのはそういう事だろう。実際、こはくは大人びてはいるが、燐音がその気になれば簡単に言いくるめられてしまう程度には子供だった。
「成る程な。お前が案外まともで安心したっしょ。こはくちゃんの気持ちに気付いてねェ訳でもあるまいし?」
 そう言うと、HiMERUは目を伏せた。らしくなくてよく見れば耳が赤くなっていた。
「まぁ……ええ。それも、あります。桜河の好意を利用したくない」
「へェ……案外脈アリなんだァ?」
「天城」
 HiMERUはじろりと燐音を睨んだ。心底軽蔑したというような目で、逆に燐音は安心してしまった。
「桜河がどんな気持ちだろうと、彼女が成人するまではどうなる気もありません」
 そう言って、HiMERUはふいと目をそらしてしまう。これは本気だ。同じユニットのメンバーでそうなる事を想定していなかった訳では無いが、気になって仕方がない。突いてからかってもいいが、燐音はこの提案を交換条件にしたかった。機嫌を損ねると話がこじれそうだから、話を戻した。
「まァ、その方がいいっしょ。ならこっちもメルメルにやってほしいことあンだけど」
「なんですか」
「接待の席の一緒に来てほしいンだよね」
「は? HiMERUは未成年ですよ」
「わかってるよ。燐音ちゃんか弱い女の子だからさァ、隣にお前みたいなデカい男が居ると何かと都合が良いワケ」
「虫除けですか」
「んなとこ。ま、都合つく時だけで良いっしょ。お前が酒出されても飲んでやるよ」
「それなら、交換条件ということで良いでしょう。あなたに借りを作るのはHiMERUとしてもあまり気が進みませんし」
「キャハハ、言うねェ」
 飲み込みが良くて助かった。実際燐音は、酒の席でベタベタと触ってきたりする男どもに辟易していた。実際、ソロ時代の純朴な少女だった頃に散々嫌な思いをしていた。今はその頃よりも世の中を知っているし純粋ぶるつもりもないが、嫌なものは嫌だ。未だに誰にも許していない肌に触れるのは、添い遂げる覚悟をした男だけだと決めているのだ。いくら飲みの席が仕事に繋がるとはいえ、仕事のために触らせるなんて絶対にしたくなかった。そういう男どもは、燐音の隣に睨みを効かせてくれる男がいると手を出してこなくなったから、HiMERUは丁度いい人材だった。普段は人当たりも良いが、たまに酷く冷淡な目をする。恐ろしく整った顔立ちはそうすると威圧感があり、抑止力は充分だろうと踏んでいた。しかも、Crazy:Bのダブルセンターとして燐音と並んでいるので、接待に顔を出してもおかしくはない。対外的には未成年なことがネックだが、そこは自己管理もするだろうし、こちらに関しては燐音が目を配ってやればいい。借りを作りたくないというのも本音だろうし、散々な言われようだがまあ良しとする。お互いにメリットがある取引なら、お互いにちゃんと全うしようと思うだろう。
「じゃあ決まりな」
「ええ。頼みましたよ、天城」
「おーよ、任せな」
 そんなふうにして笑いあったのが、今に繋がっているのだ。HiMERUは糸が切れた様に机に突っ伏して眠ってしまった。こはくから、終わった? というメッセージが来ていて、ニキが様子を見てくると言って出て行った。
 難儀な男だ。自分に明かせない秘密がある癖に、こはくを好きになって、大切にしたいから踏み込めない。燐音から見て、HiMERUはそんな風に見えていた。こはくの方はどうしているだろうか。HiMERUが燐音とプレイをしていると知りながら、何も出来ずに見ているしかないというのはきっと悔しいだろう。だからこはくは楽屋に入ってこなかったのた。今行ったら嫉妬心が抑えきれないとわかっているのだろう。そしてそれがHiMERUに対して悪影響を与える事も。難儀だ。早くくっついちまえばいいのに、と燐音は思う。明らかに両片思いをしている二人を、もどかしい気持ちで見ているこちらの身にもなってほしい。燐音も早くこんな役割からは開放されたい。HiMERUのため、大切なメンバーのためならやる覚悟はあるが、こんな事はパートナーとして認めたSubとだけしていたいのだ。あと二年、と燐音は小さく呟いた。


 こはくは、楽屋のすぐそばの休憩スペースにぽつんと座っていた。細く小さい身体が余計に縮こまって見えて可哀想になるくらいだった。ニキは自販機でホットココアを二つ買って、こはくの前にしゃがみ込んだ。そして、はい、と声をかけて一つをこはくに握らせた。
「こはくちゃん、大丈夫?」
 隣に腰を下ろしながら聞くと、こはくはニキを見上げた。大きな瞳が不安げにゆらゆらと揺れていた。
「うん……HiMERUはんは?」
「落ち着いたっすよ、今は楽屋で寝てるっす」
「さよか……はぁ……」
 こはくはうなだれて、缶を手のひらで包み込んだ。あったかい、と小さく呟いて、缶を開ける。テレビ局は暖房が効いているけれど、足元は冷える。ミニ丈のスカートでは余計だろう。燐音が冷え性のくせによく素足でだらだらしているのを思い出しながら、ニキは上着を脱いでこはくの膝にかけてやった。
「寒ないの?」
「大丈夫っすよ〜。それよりも女の子が冷やす方が良くないっす」
「ん……ありがと」
 関西訛りの柔らかな声は、それでも細く震えていた。寒さからではないだろうことは、ニキもなんとなくわかる。でもSubだのDomだのという事の難しさや、彼ら特有の感情の機微は今いちぴんとこない。だからニキはこはくの言葉を待った。
「情けないわ、なんも出来んかった」
 そして絞り出されたのがそんな言葉だったから少し驚いてしまった。そんな事はない、とニキは思うが、とりあえずこはくの話を聞くことにする。ココアは甘く、暖かく、こはくは一口飲んでほうっと息を吐いた。
「HiMERUはんが大変なんに……わしが助けたりたかった」
「ん、僕としては、こはくちゃんが連絡係やってくれて助かったっすけどね」
「そんなん誰でも出来るやん。燐音はんやニキはんみたいに、直接助けた訳とちゃう……」
「僕だったらパニックになっちゃって連絡とか指示とか受けられないっすよ。それに、僕はHiMERUくん運んだだけっすから。色々したのは燐音ちゃんっす」
 実際、こはくの行動はスムーズだった。テレビ局のスタッフにHiMERUは貧血で倒れたので少し休ませると連絡をし、リハーサルを終えてからの本番への指示を漏らさず聞いてきた。そしてそれをホールハンズのCrazy:Bのグループチャットに書き残してくれていた。コズプロにも連絡を入れてくれて、そちらからも指示を受けて連絡をしてくれていたのだ。こはくだって気が動転していただろうに、大したものだと思う。ニキが十六のときはこうはいかなかっただろう。

 ニキは、HiMERUがSubだということは本人から聞いていた。万が一の事があるかもしれないからと、Crazy:Bの面々は自分のDom/Sub性について共有していて、緊急対応についても打ち合わせをしていた。その話し合いで燐音が緊急対応としてプレイをすると宣言した時、こはくは小さく息を呑んで燐音を睨んだ。ニキがわかる程ピリピリした空気がこはくからして、HiMERUは落ち着きなく目を伏せて、燐音はこはくを睨み返した。
「グレア漏れてんぞ、こはくちゃん、メルメルから頼まれたんだわ、緊急時は頼むって」
「なんで、わしじゃあかんの」
 こはくは絞り出すように言った。極力感情を抑えようとしているような低い声だった。ピリピリした空気は酷くなるばかりで、HiMERUを一旦避難させるべきか迷いながらニキは様子を伺っていた。燐音は冷たい目をして、それから鼻で笑った。
「お前がグレアも調節出来ないガキだからだ。自分のケツ自分で拭けるようになってから物言いなァ」
「ッ……! 馬鹿にしくさって!」
「……、ッ……」
「ちょっと二人とも! HiMERUくん大丈夫っすか?」
 小さく呻き声を上げたHiMERUの顔を覗きこめば真っ青な顔色をしていて、こはくは口をつぐんだ。何もそんな言い方しなくても、とニキは燐音を睨んだが、事実それも一因なのだろう。こはくは普段は落ち着いているが、気が短い。まだ幼いからか、感情に乗って威圧が漏れてしまうこともあった。燐音はああ見えて物事を冷静に見ているし度胸も据わっているので緊急対応というなら、燐音の方が安心出来るだろう。
 それに、HiMERUはこはくに優しいから、だからこそそんな負担をさせたくないのではないか。なにせ、こはくはまだ幼い。年に似合わず大人びている所と、びっくりするくらい幼い所が混ざり合っていて、そこが可愛いところでもあったけれど、見ていて心が苦しくなる時もあった。HiMERUがこはくに頼んだとしても、こはくは頑張ってくれるだろう。でも、こはくの過剰に幼い面を見てしまうと、そんな事を背負わせるのは心苦しい気持ちはわかる気がした。
「……大丈夫です。桜河、決してあなたを侮っているわけではないのです」
 HiMERUはこはくを真正面から見つめた。こはくは動揺したのか大きな目でぱちぱちと瞬きをした。HiMERUの顔色はそのくらい酷くて、こはくは更に顔を歪める。なんだか泣きそうに見えた。
「桜河が大切だから……あなたの気持ちを利用したくない。桜河が自分の行動に責任を持てる年齢になったら、その時はお願いします」
「今じゃ責任持てんっちいうの?」
「はい。あなたはまだ子供ですから」
「もう働いとるのに?」
「十五歳は、通常なら親に庇護されているべき年齢です」
 HiMERUだって、こはくと同い年の頃には玲明学園で寮暮らしをしてアイドルとしてデビューしていたはずで、ニキは燐音と二人暮しをしていて、燐音だって次期君主としての役割を果たしていたらしい。多分、こはくの年齢で子供として親元で守られていた人なんてこの場には居ない。だからこそ、特殊な育ちをして世間知らずなこはくのことは守ってやりたいと思う。ニキだってそれは同じで、だからHiMERUの言葉に口を挟まなかった。燐音だって、そういう風に言えばこはくから睨まれることも無いだろうに。
「そんなもん……そんなもん要らん! 座敷牢に閉じ込められるのと一緒じゃ、そんなもん!」
 しかしこはくは喚いて、逃げ出すように部屋から出て行った。ニキは追おうとしたが、燐音にほっとけと言われて迷った一瞬でタイミングを見失った。気が強いこはくには、少し酷な話なのかもしれない。Domだからなのかもしれない。燐音もそうだけれど、どうもDomは自分の好いているものを守ってやりたいという傾向があるようだとニキは肌で感じていた。こはくだって、HiMERUの事をなんとも思って居なかったらあそこまで反応しなかっただろう。こはくがHiMERUに片思いをしていて、HiMERUも満更ではなさそうなのは、ニキだって気付いていた。
 守りたいのは縛り付けたかったり、閉じ込めたりしたいわけじゃない。ただ、こはくが伸び伸びと成長出来るように、重石になる物は取り除いてやりたいだけだ。まだ、少し理解するのは難しいのかもしれない。重石を背負うのは、もう少し大人になってからでも遅くないのだと、ほんの少しだけど人生の先輩として思う。
「こはくちゃん大丈夫っすかねぇ……」
 見ればHiMERUは俯いていて、燐音も面白くなそうにスマートフォンを弄っていた。
「まだガキだなこはくちゃんも」
「仕方ないんじゃないっすか? 背伸びしたい年頃なのかもしれないし」
「まァそうだろォな」
「ていうか、HiMERUくんとプレイするって、燐音ちゃんは大丈夫なんすか?」
「何がァ?」
「だって……燐音ちゃんそういうのすごい潔癖なイメージあるし……」
「プレイったってエロいことする訳じゃねェんだから大丈夫っしょ」
「まぁそうっすけど……」
 なんとなく面白くない気分だ。でも、当の本人たちがけろっとしてるから何も言えなくて、ニキは口をつぐんだ。HiMERUも燐音も、プロ意識が高いから、こんなことは体調管理の一環だと言ってしまえるのだろうか。エロいことをするわけじゃないと言ったって、魂の内側に触れるような行為だと、そう聞いている。だから燐音はSubのパートナーを作らないのだという。でも、そういう行為をHiMERUとするのだ。いくら緊急対応とはいえ、ぼんやりと面白くない。こはくもきっと、こういう気持ちだったのだろう。これじゃあ、ニキが燐音の事を好きみたいだ。ニキはその時、苦くひっそりと笑った。

 きっとこはくは、今もその気持ちを心の中でくすぶらせているのだろう。ニキは燐音とHiMERUがプレイをするのを聞いていたけれど、燐音が優しい声でHiMERUを気遣って、良い子だと褒めて、HiMERUの呼吸が徐々に穏やかになって、落ち着いて深く息を吐いて。HiMERUの匂いは刻々と変化して、別人のようだったものからいつものHiMERUになっていった。燐音だって、嗅いだことのない匂いがした。なんだか胸がもやもやして、甘いココアを一気に飲む。
「こういうとこが子供やっち言われるんやろな……大事にならんかったなら喜ばんといかんのに」
 こはくはため息を吐いて、ぽつりと呟いた。ニキも苦く笑って返す。
「僕もなんかもやもやしちゃうし、仕方ないっすよ」
「ニキはんも? ちうか、ぬしらほんまに付き合うてないのが不思議やわ」
「まぁ、そうっすね。よく言われるっす」
 ニキはあはは、と笑う。なんだか寒々しく感じて、冷たくなり始めたココアを握った。
「早く大人になりたい」
 こはくは独り言のように言う。ニキは聞き流しながら、せわしなく人が通っていくのを眺めていた。



 今から一年近く前のことだ。Crazy:Bとしていよいよ初めてのライブ、という時になってこはくは困り果てていた。衣装だと手渡された布たちを如何にすべきかわからなかったのだ。ジャケットにハイネックのカットソー、ミニ丈のスカートにアクセサリー。流石にカットソーの上にジャケットをはおればいいのはわかる。けれど、そんな丈のスカートなど履いたことがなく、衣装ではないような黒い布も渡されたので困ってしまった。
「なんやのこれ……」
 そう呟けば、HiMERUが怪訝な顔をした。彼は控室の鏡の前で念入りに化粧とケアセットをしていて、既にステージ衣装に着替えた後だった。HiMERUと対になっているらしい黒のカットソーと、紫の差し色があしらわれたジャケット。しかし布の量が全く違っていてこはくは驚いてしまった。HiMERUの長い脚は全て布で覆われているのに、こはくは脚を出さなければならないのだ。
「着替えないのですか?」
「いや……なんなんこれ、ようわからん……この黒いの何?」
「それは……スカートの下に履くものでは」
 HiMERUはこはくがつまみ上げた薄手の黒い短パンを見て気まずそうな顔をする。
「スカートの下にズボン履くん?」
「……下着が見えないように、ですよ」
「あ、さよか……」
 さすがにこはくも気まずい。洋服は着慣れていないから、着方がいまいちわからない。けれど近くに女性のスタッフも居ないから手伝ってもらうことも出来なかった。同性のメンバーである燐音はどこかに行ってしまったし、ニキに至ってはまだ来ていない。HiMERUが声をかけてくれたのは助かったが、まさかHiMERUに着せてもらうわけにもいかない。そんなこはくを見て、HiMERUは怪訝な顔をした。
「桜河、着替えないのですか? 更衣室はこの部屋の向かいにありますが」
「あー、あんな、着方が、わからん、くて……」
「は?」
「手伝ってくれへん……?」
「女性の着替えを手伝うのはちょっと。着方がわからないとはどういうことですか」
「わし、実家では着物着とったから、洋服着慣れてへんのや。普段着は流石に着れるようになったけど、衣装は間違えたらあかんし」
「なるほど……?」
 実際、普段着も同室のジュンに何度も指摘してもらってやっと一人で着れるようになったのだ。Tシャツに羽織り物という簡単な服装でも、きちんと着れているかわからずに落ち着かない気持ちになることは多々あった。普段着なら自分が恥ずかしい思いをするだけだが、ライブ衣装はそうもいかないだろう。困り果ててHiMERUを見れば、彼は困惑しながらもこはくの衣装を机の上に広げた。
「これはジャケットなので全て身につけてから羽織ります。中はTシャツですね。柄がある方が前です。ここまでは大丈夫ですよね?」
「おん。それはわかるでさすがに」
「良かった。スカートはここがファスナーになっているので、これを下げて緩めて履いてください。その下に先程のスパッツを」
「これは?」
「ああ……ニーハイですね。靴下です」
「こんな長い靴下あんの!?」
「膝上まであるものなので、たるませたりせず上まで上げてくださいね」
「ほぉ……難しいなぁ……」
「あとはアクセサリーですが……今日は時間も迫っているのでHiMERUが着けましょう。一人で着られますか?」
「おん。頑張ってみるわ」
「無理そうならスタッフを呼ぶのですぐに言ってくださいね」
「ありがとなぁ、HiMERUはん」
 そう言うと、HiMERUは少し優しい顔をした。いえ、と小さく言って、鏡の前に戻っていく。その姿を少しだけ見て、こはくは更衣室へ向かった。
 HiMERUはダンスの練習も一人で黙々と鏡の前で踊っていた。ふざける燐音やニキに軽蔑の視線を送り苦言を呈していたが、彼らのダンスや歌のセンスには一目置いているようだった。こはくが苦手な所を何度も練習していると、さり気なくアドバイスをくれる。酷く真面目な男だと思った。どこか張り詰めた雰囲気で、全てを偽って生きているらしい、とか、それも大切な物のためらしい、とか。そんな事を知識として知ったところで画面を隔てた情報と同じでしかないと思っている。しかし、彼が見せるさりげない優しさは、彼の偽らざる心から来るものだと思っていた。
 だから、こはくはHiMERUの優しさに触れると嬉しくなる。まるで彼の心に触れたようだと思った。
 なんとか衣装に着替えて控室に戻ると、HiMERUはステージの準備を終えていた。普段から恐ろしいくらいの美形ではあるが、メイクによって彫りの深さが強調され、照明に合わせてラメが光って目を引いた。普段アイドルと接していても、ステージの上に居る人達を間近で見る機会はまだほとんど無い。だからこはくは、アイドルという物を今初めて間近で見た。アイドルの顔になったHiMERU自身には滴るような色気があり、視線を遣るだけで見た者を狂わせるような、そんな目をしていた。これがアイドルか、とこはくはしみじみ思い、自分がその一員になるという事実に震えた。今まで積んできた鍛錬を思い出し、平気だと言い聞かせていると、HiMERUはこはくを手招きした。
「アクセサリーを着けましょう。メイクは自分で出来ますよね?」
「おん。部屋でしてきたわ」
「……え?」
 HiMERUがこはくの顔をまじまじと覗き込む。実家で一通り教わったやり方でメイクを施してきたが、そんなにおかしかっただろうか。するとHiMERUは、こはくを椅子に座らせて机の上に置いてあったHiMERUのメイク道具を引き寄せた。
「薄過ぎます。衣装と照明に負けますし、桜河の魅力を引き出せているとは思えません。HiMERUが今からしてあげます」
「ええの?」
「今は手持ちしかないので、HiMERUの化粧品を使用する事になりますが、気にならなければ」
「うん、大丈夫。悪いな、HiMERUはん、世話かけて」
「いえ、HiMERUの隣に立つのですから、それなりに見目良くあってもらわねば困ります。アイドルなのですから」
 あくまで自分のためだと言うけれど、HiMERUは優しい目でこはくを見た。やっぱり、HiMERUは優しい。そして、そんな優しさを注がれるとこそばゆく、面映い気持ちにもなった。思案顔でHiMERUがこはくの顔を覗き込み、メイク道具をあれこれと漁っている。そのうち方向性が決まったのか、机の上に道具が並べられていく。やたら大きいポーチだとは思ったが、こんなに色々入っていたのかと驚いている間にも、こはくの顔は手際良く彩られていった。間近で見るHiMERUの顔は驚くくらい隙が無い。本当に、この顔が作られた物だとは思えないくらいだったが、ほんの僅かに作られたが故の歪さも感じる。完璧過ぎるのだ。それが良いか悪いかは別として、アイドルという職業に就いている身からすれば良い物なのかもしれない。HiMERUは完璧なアイドル、らしいので。
「出来ましたよ」
 リップは念入りに先端を拭って、触れる事を断ってから指先で塗ってくれた。そんな細かな気遣いがじわりと嬉しい。鏡を見れば、先ほどよりもだいぶ華やかになった自分自身が居た。
「おわ……すごいな、アイドルっち感じや」
 自分がアイドルなど出来るのだろうか、と思っていた不安がほんの少し溶けていくようだった。何も全く出来ないと思っていた訳では無い。幼い頃から知っている司が今や人気アイドルとして活動している事、自分自身も厳しい稽古を耐えてきた事、それらは出来なくはないだろうと思わせる事実ではあった。しかしながら、圧倒的に華がある燐音やHiMERUを目の前にするとどうしても見劣りしないだろうかと不安にはなったし、ニキのような愛嬌がある訳でもない。けれど、HiMERUによってメイクを施されたこはくの顔は、我ながら悪くはないのでは、これならアイドルと名乗っても受け入れてもらえるのではと思わせるくらいには、可愛く思えた。
「アイドルですからね。桜河、これからHiMERUが教えてあげますので、自分で出来るようになってください。HiMERUが毎回やってあげるわけにもいきませんので」
「おん、わかった。ありがとうな、HiMERUはん。教えてもらえると助かるわぁ」
 こはくなりに感謝を込めて、そう言った。するとHiMERUは微笑んだ。その笑みが、どことなく心から嬉しいのだというように見えて、こはくも嬉しくなる。
「桜河は肌が綺麗ですね。目の大きさを活かすようにラインで強調しました。ユニットのイメージもありますし、可愛くなり過ぎないように、格好いいに寄せています」
 HiMERUはこはくのアクセサリーを手に取り、首に着けてくれた。指輪を適当に合う指にはめる。桜河こはくというアイドルが完成した瞬間だった。
「そうなん? 奥が深いんやなぁ」
「ええ、楽しいですよ、メイクも」
 そんな事を話していると、控え室のドアが開いた。燐音と、彼女に首ねっこを掴まれたニキがドヤドヤと入ってきて、一気に騒がしくなった。
「おらニキ、ちゃっちゃと準備しやがれ!」
「ええ〜僕アイドルやりたくないっす!」
「うるせェ!」
 燐音にごちゃごちゃと言われ、ニキは渋々といった体で衣装に着替え始める。HiMERUが女性の前で着替えるなと咎めたが、時間が無いから今日の段取りを説明すると言われて仕方なくそのままになった。知らないユニットに喧嘩を売って、毒針で刺しにいく。そんなライブになるらしい。結局どこへ行っても汚れ仕事だが、それはもうこはくが生まれた時から決まっている事だった。仕方のない事なのだ。だから、せめて前を向いて堂々としていようと思う。そう思えたのは、HiMERUが綺麗にメイクをしてくれた、その好意を無駄にしたくないからだった。
「あれ、こはくちゃん、やったら美人になったんじゃねェ? 自分でやった?」
 燐音がこはくの顔を覗き込んで笑う。燐音もこう見えて緊張しているのだろう、どこか張り詰めた雰囲気があった。燐音の瞼はキツいラインと派手なアイシャドウで彩られ、普段より長いまつ毛が瞬きをするたびに踊るようだった。
「HiMERUはんがやってくれはったんよ」
「へェ、案外優しいトコあんじゃん。燐音ちゃんにもやってェ?」
「お断りします」
 その言葉に、キャハハ、と姦しい声で笑う。うるさ、とこはくは少し顔をしかめた。しかし、燐音は居るだけでその場がパッと明るくなるような、そういう華がある。大急ぎで顔に何かを塗りたくっているニキだって、見ているだけで笑顔になれるような明るさがあった。Crazy:Bという運命共同体がいずれ沈む泥舟だろうと、一回縁で結ばれたからには死ぬまで一緒だ。そうこはくは心に決めた。
「じゃあ、そろそろ本番だ。気合い入れて行くぜ!」
 燐音が先陣を切る。人を貶めるためのステージだが、それでもこはくは楽しみで、不安で、心がぎゅうとなった。こんなこと、今までの人生で起こり得なかった。隣に立っているHiMERUを見れば何やら難しげな顔をしている。そんな顔でも息を呑むくらい美しくて、そっと目を伏せた。大丈夫、頑張れる、だってHiMERUがアイドルの顔にしてくれたから。今まで頑張ってきたのだから。そう思いながら、暗転したステージへと一歩踏み出した。

 楽屋に戻ると、HiMERUは目を覚ましていた。燐音がこちらを見もせず遅かったなと言い、ニキは非常食の袋を開け始めた。本番まではまだ少し時間がある。こはくはHiMERUの様子をそれとなく盗み見た。幾分顔色も良くなって、気分も落ち着いたようだった。本当なら、自分がしてあげたい事だったけれど、自分では力不足だと言われてしまえば何も言えなくなってしまった。
 パニックを起こしたHiMERUを見て、こはくだってパニックになりそうだった。燐音の指示が無かったらうろたえるだけだったかもしれない。そう思えば、Domとしても人としても燐音はこはくより格上だということを認めることになった。ガキ、と言われた悔しさは忘れられなかった。守られるばかりの子供ではない、早く大人になりたい。それはずっと思い続けている事だった。
「桜河、心配をかけましたね。連絡係ありがとうございます」
「ん、HiMERUはんがよくなったんなら良かったわ」
 HiMERUはふわりと微笑む。こはくはその笑顔に胸が締め付けられた。不調を完璧に隠して笑う、アイドルの顔だった。愛情だなんだと言ったところで、子供だからと輪に入れて貰えないのはなかなか堪える。そしてそれが、想い人の事なら尚更だ。

 HiMERUと初めて会ったのはCrazy:Bの顔合わせの場だった。桜河家の人間以外のSubを初めて見てこはくは少しばかり緊張したし、HiMERUのこちらの出方を伺うような目には警戒した。しかし、Subに無理に威圧してはいけないと家で叩き込まれていたから、出来るだけ平熱の物言いを心がけた。桜河の「仕事」の場ではDomの力を使ったりもするが、世間に紛れて生きていく時はそうではない。素人に無闇に手を出すな、というのはよくよく言い聞かされていた、その内の一つだった。
 しかしながら、HiMERUはこはくに優しかった。知識として知っているHiMERUの個人情報と照らし合わせると、大方幼い子供のように思われているのだろう。気にかけてくれるのは嬉しいが、子供だと思われるのは癪だった。でも、優しくされる度に胸が高鳴った。顔に出さないように注意しても、耳は熱くなって思わず俯いた。きっとHiMERUにはバレている。この感情がおそらく恋だということは、ジュンが貸してくれた漫画を読んで気付いて、そして絶望した。
 恋なんて出来る身分じゃない。司の目付役として外へ出る事を許されたこはくは、どこまでいっても汚れ仕事専門の桜河の家の者だった。それを思い知るには、SSでの出来事や、Double Faceの顛末は十分だった。いつまでアイドルをやれるか、陽の当たる世界で生きていられるかわからない。そもそもこの命さえ、いつまで存在を許されるかわからない。れっきとした事実としてこはくの心臓を締め付け、どんなに熱狂していても心を冷水に漬けさせる。この楽しさもいつまで手に出来るかわからない。この恋だって、いつまで許されるかわからない。それでも、この場所が愛しくて、大好きだから守りたかった。それに、こはくは自分の心に正直になる事の大切さを彼らから教わったのだ。だから、諦めたくなかった。
「HiMERUはん」
 まだ少しぼんやりしているらしいHiMERUは、こはくが呼びかけると緩慢に目を向けた。
「メイク、どんな感じがええやろ。今日はちっと元気な感じにしたいねん」
「ふむ……」
「Double Faceの事でファンのみんなに心配かけとるやろ、せやからせめて元気にやっとるで、ってファンに伝えたいんや」
 HiMERUは頷くと、メイクセットを漁り始めた。メイク担当が付いてくれる時もあれば、自分たちでメイクをせねばならない時もある。今日は自前のメイクの日で、そんな時こはくはHiMERUによく相談をしていた。実家で一通りの化粧は習ったとはいえ、アイドルとして舞台の上に立つためのメイクはまた違った技術が必要だった。流石にだいぶ慣れたが、まだ色の合わせ方や流行の取り入れ方は難しい。HiMERUはこはくの相談に親身になって乗ってくれ、なにくれなくアドバイスをし、時には化粧品を提供してくれた。今日HiMERUが選んだのは、発色の良くラメが目立つアイシャドウと、淡い色の口紅だった。
「元気のいい感じ、でしたか。曲のイメージもそうですし、まぁ我々の曲で大人しい曲はあまりありませんしね。ラメを思いっきり使いましょうか」
「ええな、キラキラしとるの、テンション上がるわ」
「その分リップは控えめにしましょう」
「引き算、ちやつやね」
「ええ。桜河の初々しさを損ねてはなりませんからね」
 あれこれと考えているうちに、HiMERUはだいぶ調子を取り戻して来たようだった。こはくがねだれば、HiMERUは少し笑ってメイクをしてくれる。肌を優しく化粧筆が撫でて、鏡の中の自分の顔が段々と華やいでいく。リクエストした通り、溌剌とした明るい顔色になっていった。こういう時のHiMERUは至極真剣な顔をしてこはくの顔を覗き込む。そして、満足げに笑うのだ。どこか、世話を焼けることが嬉しくて仕方ないというような顔で、これがSubかとこはくは肌で納得している。
「出来ました」
 口紅を取ったスパチュラをティッシュで拭いて、HiMERUは微笑んだ。こはくは瞼の上のアイシャドウがきらきらと輝いたのが嬉しくて、何度か首を横に振って輝きを確かめた。
「ほんまHiMERUはんはメイク上手やねぇ、ありがとうな、我ながら可愛えっち思うわ」
「ふふ、こちらこそ。桜河にメイクをするのはHiMERUの楽しみなのです」
「そうなん?」
「肌が綺麗でファンデーションを塗る必要が無いくらいですからね。土台が美しければ上に乗せるものも映えるのですよ」
 HiMERUはそういいながら、自分のメイクをし始めた。顔色はだいぶ良くはなっていたが、メイクをしてしまえばもう不調など無かったかのような顔色になった。きっと、HiMERUは世話を焼くことで精神を安定させるSubなのだろうとこはくはなんとなく察している。こはくがこうしてねだるのも、自分のためだけではなくHiMERUに穏やかに暮らしてほしいという気持ちからでもあった。きっと、こはくの気遣いも気持ちもHiMERUはわかっているだろう。あの時、HiMERUの緊急対応について話あった時と同じように、子供扱いされて甘やかされているのだとわかっている。でも、あんまりにも優しく笑うから、勘違いしそうになる。自惚れていいのだろうか、と自問して、そんな甘い事があるわけないと自答する。うっかり吐いたため息を気付かれていないように祈り、スマートフォンの画面に目を落とした。


 本番はつつがなく終わった。HiMERUが倒れたのは伝わっていたから、トーク部分では司会の芸人もHiMERUにはあまり話を振らず、燐音やニキに話を振った。幸い、新曲が初披露された『ナンバーエイト』の話題はテレビ局的にも歓迎してくれたし、燐音はそれを面白おかしく話してみせた。旅の途中で体調を崩したとは思えない話ぶりで、それをニキにつつかれ、燐音がニキを怒ってみせ、こはくがなだめ、それを見てHiMERUが他人事のように笑う。いつものCrazy:Bを見せる事が出来たと思う。ニキの現地のグルメの話はどこででも鉄板ネタであったし、いつも以上によく喋った。きっとニキも本調子でないHiMERUを気遣ったのだろう。そして、歌唱パートではHiMERUはダブルセンターの片割れとしていつもと変わらないパフォーマンスをしてみせた。その時は安心したし、楽屋に戻っても元気そうだったので、ほとんど調子を取り戻したのだろう。Sub性起因の不調は心因性のものが多いので、適切なケアをすれば比較的早く回復するものなのだ。
 とはいえ、テレビ局も気を回してくれて早めに帰されたので、予定より早く四人は家路に着いた。ESに帰って、今回のトラブルの報告を済ませた。こはくが既に電話口で説明していた事の事実確認程度で、それもすぐに終わってしまった。初めての対応にしては上出来だと褒められたので、皆の取った緊急対応は間違っていなかったらしい。こはくはそれを聞いてほっとした。
「じゃー、解散っつーことで。メルメル、明日は大丈夫そ?」
「ええ。大事をとって今日は早めに休みますが、ほぼ回復していますので」
「オッケー。じゃあ明日な。ちっとニキん家寄ってくからニキはこっちな」
「ええっ、今実家なんも無いっすよ?」
「服取りに行くだけだっつーの。飯は星奏館で食うから帰ったら作れ」
「横暴!」
 そんないつも通りのやりとりをしているのを見送り、こはくはHiMERUを見上げた。頭一つ分大きいHiMERUは、呆れたように笑ったままこはくを見下ろした。
「我々も帰りますか」
「せやね。一緒に帰ろ」
 一緒に、の言葉を否定しなかったHiMERUに、また自惚れたくなってしまった。けれど何かするわけでもない。ただ、同じユニットのメンバーとして、他愛のない話をしながら帰るこの時間がなにより楽しいのだ。多くを望んではいけないけれど、多くを望みたくなってしまう。そんなこはくの葛藤を知ってか知らずか、HiMERUはいつも通り優しくこはくの他愛のない話を聞いてくれた。
 日が長くなったとはいえもう暗く、こはくはHiMERUの街灯に照らされた横顔をちらちらと見ながら歩いた。恐ろしいくらいに整った高い鼻の稜線も、穏やかな金色の瞳も、薄く形のいい唇も、艶やかな髪も、文句なく美しくて少し見惚れた。しかしどこか作り物めいていて、その実作り物なのかもしれない。だからこはくはHiMERUの本当の姿が見たいと思う。姿形などどうでもいい、HiMERUの魂の形が見たい。嘘偽りない気持ちが知りたい。HiMERUがそっと明かしてくれたらいいと思っているけれど、それはいつになるのだろうか。自分に許された自由時間のうちに明かしてくれるのだろうか。冷たくなった手をぎゅっと握りしめた。そう思ったらたまらなく苦しくなってしまった。残された時間はどのくらいなのだろう。生き延びる自信はあるけれど、それでも時に、自分ではどうにもならない事情でこの幸福が壊される事があるのだと、こはくはもう十分すぎるくらい知っていた。
「なぁ、HiMERUはん」
 呼んだ声は少し震えていた気がする。HiMERUはなにかを察したのか、強張った顔でこはくを見た。この心地良い時間を壊したくない。でも、今言うしかない気がした。自己満足だろうか、それでも、HiMERUだってこはくのことを憎からず思ってくれているであろうことは察していた。
「ぬしはんが、好きなんよ。ぬしはんがなんぞ抱えとるのはわかっとるけど、それでも」
 しかし、HiMERUは小さく首を横に振った。こはくはショックだったが、それでも平静を装った。
「桜河」
「おん」
「だめです、あなたがそんな……」
「なんで?」
 HiMERUは立ち止まる。影になって表情は見えなかった。いつも背筋をしゃんと伸ばしているHiMERUの俯いた姿は珍しくて、自分のせいでそんな顔をさせていると思うと苦しかった。
「HiMERUは、恋などしません」
「それは、『HiMERU』はんは、やろ。ほんとのほんとはどうなん。わしかて恋なんか出来る身分とちゃう、けどHiMERUはんが好きで、どうしたらええかわからんくて」
「それはHiMERUだって……『俺』だってそうです」
 HiMERUは珍しく、溢れ出したこはくの言葉を遮るように言った。俺、と言い直したHiMERUは、震えているようにも見えた。
「『俺』は、恋などに現を抜かせる身分ではないのです。それに、仮に恋が出来る身分だとしても、桜河の気持ちには応えられません」
「……なんで」
「桜河はまだ子供でしょう」
 その言葉に、また! と叫び出したい気持ちだった。子供だから危険から遠ざけられ、蚊帳の外にされる。子供だから、告白の言葉も受け入れてもらえない。悔しくて地団駄を踏みたくて、でもそんな事をしたら余計に子供っぽく見えそうだから堪えた。
「子供やない」
「子供です。『俺』は、そうやって大人に利用される子供をたくさん見てきました。大人は、簡単に子供を言いくるめて自分のために利用する事だって出来てしまう。『俺』は、桜河にそんな事をしたくない」
 その言葉にHiMERUの実年齢をぼんやり思い出して、自分との年齢差に絶望的な気持ちになった。二桁はいかないが、片手では足りない。どう考えても、子供としか見られていないのだ。小さく息をはいて、HiMERUが顔を上げる。苦虫を噛んだような、苦しそうな顔だった。まるで、「見てきた」のではないような、自分の苦しみを語ったような顔だった。HiMERUの過去に何があったのかは知らない。けれどきっと、自分がそんな経験をしたのだろう。だったらこちらの気持ちを押し付けるのは酷なのではないか、とこはくは思った。けれど、それでもこはくは引けなかった。
「でも、でも、わしはいつまでお外におれるかわからん、この気持ちを、無かったことにしたくない」
「桜河」
「どうしてもあかん? なぁ、HiMERUはんは、ぬしはんは、わしのこと」
 追い縋れば、HiMERUは顔を背けた。
「やめてください、もう、『俺』を苦しめないで」
 そして、その言葉にこはくは拳をぎゅっと握るしかなかった。
「そんな風に言われたら、ぬしはんがわしのこと好きみたいやわ」
「ッ……!」
 はっと目を見開いてHiMERUはこはくを見た。その行動が、HiMERUの気持ちを裏付けていて、こはくは泣きたくなった。
「両思いなんに、なんであかんの」
「だめなものはだめです、桜河にあんな思いはさせたくない」
「じゃあどうしたらええの、わしは諦めんからな」
「桜河……」
 HiMERUはぐっと顔を歪めた。今まで見た中で、一番人間らしい表情だった。
「あと二年、十八になるまで、待ってください、その時、まだ好いてくれていたら、その時は」
「待てん」
「待って」
「いやや、待てん、そん時はもう座敷牢に逆戻りしとるかもしれん、もうこの世おらんかもしれん」
「そうならないように、桜河を守ります」
「ぬしはんに何が出来るんじゃ」
「出来ます、命懸けで守るから、だから」
「じゃあ、じゃあ、ぬしはんは地獄までついてきてくれるん」
 知らず、涙が溢れていた。HiMERUは、こはくの目をじっと見つめ、頷いた。
「はい。だから、待っていて」
 その言葉がじんわりと胸に沁みていく。嬉しいのだと、こはくは少し遅れて理解した。
「っ、は、正気なん」
「ええ。桜河、あなたが大切だから、言うのです。待っていて、お願い」
 その声が震えていて、HiMERUの金色の瞳が揺れて、瞬きをした。長いまつ毛が少しだけ濡れていて、だからこはくは折れてやる気になった。
「……わかった。けど、諦めんから」
「ありがとうございます」
「諦めんから!」
「はい」
「あと二年やな」
「ええ」
「あと二年」
 そう呟いたらなんだかまた込み上げてきて、こはくは声を殺して泣いた。HiMERUは鼻を啜って、鞄からティッシュを出して差し出してくれて、そんな優しさが胸に刺さって苦しかった。早く大人になりたい。また強くそう思った。あと二年、本当にこの人の隣で居られるだろうか。いや、生き延びなければならない。HiMERUの金色の瞳がこはくを見て甘く揺れるのを、勘違いではないとわかったのだから。堂々と隣に居る権利を得るまで、彼の手を取る時が来るまで、なんとしてでも。こはくはそう思って、溢れ出す涙を拭い去った。



夹书签
お願いだからそばにいて
ひめこは♀Dom/Sub ユニバース設定の話。
6/30のひめこはオンリーで本にする予定の話です。
燐音→Dom(女体化)
HiMERU→Sub
こはく→Dom(女体化)
ニキ→Normal
作中に燐音とHiMERUのプレイが含まれますが性的な接触はありませんしCPでもありません。
HiMERUの年齢捏造してます。
若干のニキ燐♀要素があります。(CP未満)
Sub×Domなので逆カプっぽい表現が含まれます。挿入方向はひめこは固定です。
いずれR-18になりますがこの話は全年齢です。

出会いから書いていたら長くなりました。次は年齢操作の話になります。
查看后续
2935943
2024年2月24日晚上6点55分
夕景
评论
Nanaho Haginoya
传达您的感想给作者吧

相关作品


同时推荐


发现