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空の色は斯くも美しく
天空的颜色如此美丽

空の色は斯くも美しく
天空的颜色如此美丽

珍しく雪深い年だった。
那是个罕见的积雪很深的年份。

暗い灰色の空からは延々と雪が吐き出され続け、屋根や地面を真白に覆い尽くしていく。
暗灰色的天空不断倾泻着雪花,将屋顶和地面彻底染成纯白。

降り続ける雪を、都市に住まう人々は少しだけ気にしたが、常とは違う景色を楽しむ余裕があった。
都市居民对持续飘落的雪花稍加留意,却仍有闲情欣赏这与平日不同的景致。

ただ、生活の基礎となる道路や運河にある桟橋の確保には酷く手を焼き、踏み固まつてしまった雪を処理する人間で、生活路はいつもよりも賑やかだった。
只是保障生活命脉的道路与运河码头的通畅让他们伤透脑筋,负责处理压实积雪的人群让生活通道比往常热闹许多。

中心街より、ほど遠く。その丘には古くからの孤児院が一つある。白い壁に紺碧色の高い三角屋根は、中心街からもよく目立った。その三角屋根の隣の鐘楼には都市から寄進された三代目になる銀の鐘がある。
远离中央大街的山丘上,矗立着一座历史悠久的孤儿院。雪白的墙壁与蔚蓝的高耸三角屋顶,即便从市中心也清晰可见。紧邻三角屋顶的钟楼里,悬挂着由都市捐赠的第三代银钟。

正午と午後六時に澄んだ音を響かせ、都市の職人達は一度目の音で食事を摂り、二度目の音で手を止めた。それが、都市の日常であった。
每当正午与傍晚六点,清越的钟声准时响起。都市的工匠们闻第一声钟响便放下工具用餐,第二声钟响则结束劳作。这便是都市的日常韵律。

その日も午後の鐘の音が済んだ。当番のシスター·サガが鐘楼から降り、孤児院に併設されている修道院へ戻ろうとした、その時である。
那日午后钟声余韵未散。当值的萨伽修女正从钟楼拾级而下,欲返回与孤儿院毗邻的修道院——变故就在此刻发生。

小さな小さな泣き声がした。赤子のようである。サガは驚いて辺りを見回した。施設の前には広い庭がある。夕刻頃まで子供たちがはしゃぎ立てて遊んでいた。今皆は院に入って、そして今はちようど夕餉時のはず。こんな極寒の中で取り残されていたら大変だ。
微弱的啼哭声传来,如同婴儿一般。撒加惊讶地环顾四周。设施前方是一片宽阔的庭院。直到傍晚时分,孩子们还在那里嬉戏玩耍。现在所有人都已回到院内,此刻正是晚餐时间。若有人被遗留在如此严寒中可就糟了。

しかし庭には分厚く雪が積もつて、入り乱れていた足跡一つない。振り返ってみても、今先ほどサガが歩いてきた足跡しかなかった。
但庭院里积雪深厚,连一个交错的脚印都没有。回头望去,只有撒加方才走过的足迹孤零零地留在雪地上。

はて、では先ほどの泣き声は気のせいだったのか。そうだ、院の中から漏れ聞こえて来たものかもしれない、とサガは思い直す。
奇怪,难道刚才的哭声是错觉吗?或许是从院里隐约传来的吧,撒加转念一想。

思い直して、歩を進めた瞬間にまた泣き声が聞こえた。ハッとしてサガは庭先にある門を見た。赤銅色の門の先、フードを被った細い姿が見えた。
正欲重新迈步时,又听见了呜咽声。萨迦猛然一惊,望向庭院前的门扉。赤铜色大门另一端,站着个戴兜帽的瘦削身影。

フードには雪が積もり、元の色も分からない。サガがその姿を見止めた時、その身が、何かを抱いたままゆっくりと頭を下げた。
兜帽上积雪皑皑,辨不出原本颜色。当萨迦凝视那道身影时,对方正抱着某物缓缓垂首。

サガは慌てて庭を走った。ブーツを履いてきて良かったと心の底から思う。足首以上にまで積もった雪は、革のブーツ越しでも冷たい。
萨迦慌忙穿过庭院奔跑。他打心底庆幸自己穿了靴子。没过脚踝的积雪,即使隔着皮革靴面也寒意刺骨。

中々進まない歩に歯嚙みしながら、やつとのことで門まで辿り着いた。息を切らして、頭を上げようとした。だが、途中でそれも止まってしまう。
他一边咬牙切齿地拖着迟迟不前的步伐,总算和那家伙一起抵达了大门。气喘吁吁地试图抬起头来,却在半途又僵住了。

フードは、その着ている人間の脹脛近くまである。しかし、その先は裸足だった。
兜帽长及穿着者的小腿附近,但再往下却是赤裸的双足。

雪が多量に降る中、裸足で此処まで来たというのだろうか。青い目を暫く瞬いて、現実のものかどうか確かめた後、サガは深呼吸して頭を上げた。
难道是在大雪纷飞中赤足走到这里的吗?那双蓝眼睛眨了又眨,确认眼前景象是否真实后,萨迦深深吸了口气抬起头来。

女性だった。フードの中で、金色の目が確かに自身を見ていた。だが、生命力などとうに失ったかのように落ち窪んでいる。溢れる栗色の髪も酷く荒れていた。
那是个女性。兜帽之下,金色的眼眸确实正注视着自己。但那双眼却如同早已失去生命力般深陷着。满溢的栗色长发也凌乱不堪。

「助けが必要なのですね」
"「你需要帮助对吧」"

サガは性急に問うた。彼女は少し、驚いたよらに瞬く。そして、小さく頷いた。
萨迦急切地发问。她像是受了惊似地眨了眨眼,随后微微点头。

「寒かったでしょう。どうぞ、中ヘ。今ちようど夕餉時です。何か温かいものでも」
"「外面很冷吧。请进,现在正好是晚饭时间。来点热乎的东西如何?」"

「·······いいえ、シスター」
"「······不,修女」"

枯れた、ほんの少し訛った声が聞こえて、とって返そうとしていた足が止まる。いいえ、と今言わなかったか。
听到一声干涩、略带口音的回应,正要转身离去的脚步停住了。刚才是不是有人说了「不」?

「この子を、」
"「这个孩子,」"

改めて彼女に向き直った瞬間、女性は腕に抱いていた布の塊を差し出した。何を、とサガが戸惑った瞬間、破裂するかのように布の塊が泣いた。先の赤子の泣き声の主は、この子だ。
当他再次转向她时,女人递出了怀中紧抱的布团。就在萨迦困惑于这是何物的瞬间,布团突然爆发出啼哭声。原来先前婴儿啼哭的源头,正是这个孩子。

母親は、泣き続ける子供を惜しむ様に一度抱きしめた。そして、意を決したように再度サガへ差し出して来る。サガは慌てて、彼女の腕に子を押し留めた。こんなにも凍えているのに、母親の腕はあまりにも熱い。
母亲依依不舍地再次紧抱住持续哭泣的孩子。随后,她像下定决心般重新将孩子推向萨迦。萨迦慌忙将婴儿推回她的臂弯。尽管周遭如此寒冷,母亲的怀抱却炽热得惊人。

「この子と一緒に貴女も来なさい。このままでは」
"「带上这孩子,你也一起来吧。再这样下去的话」"

「いいえ、·······いいえ、シスター」
"「不,······不,修女」"

母はもう一度言う。金色の、決意を抱いた瞳がサガをしっかりと見据えた。
母亲再次说道。那双金色的、充满决意的眼眸牢牢注视着萨迦。

「この子を、お願いします」
"「请收下这个孩子」"

私は、良いのです、と母は笑った。驚くほどに晴れやかな笑みだった。「この子が助かれば、私は良い。······私はもう、行かなくては」
「我没关系的」母亲笑着说道。那笑容明媚得令人吃惊。「只要这孩子能得救,我就满足了。······我必须得走了」

お願いします、と母は言葉を区切り、啞然としているサガの腕に赤子を乗せた。赤子は泣き続けている。布からいたのは、母と同じ栗色の髪の毛と少し瘦せた顏だった。
拜托了,母亲说完这句话,将婴儿放在愣怔的萨迦臂弯里。婴儿仍在啼哭。从襁褓中露出与母亲相同的栗色头发和略显消瘦的小脸。

サガは慌てて抱え直す。その様子を見て、母はもう一度笑みを深くした。そして、踵を返して歩み出してしまう。
萨加慌忙重新抱好。看到他那副模样,母亲再次加深了笑意。随后转身迈步离去。

「ま、待って下さい!」
"「请、请等一下!」"

駆け出そうとしたサガの肩を大きな手が止めた。びくりと身を固め、振り仰いだ先には長であるョゼフが常と変わりなく、柔らかな表情で立っていた。
一只大手按住了正要跑出去的萨加的肩膀。他浑身一僵,抬头望去,站在面前的仍是首领约瑟夫,与平常无异的柔和表情。

「院長、あの御方を止めて下さい!あのままでは」
"「院长,请您阻止那位大人!再这样下去的话」"

「此処まで、彼女は来たのだろう」
"「她应该就是一路来到此处的吧」"

ヨゼフは屈んで、サガが抱く赤子へと皺の目立つ指を伸ばした。赤子は泣きながらその指をしつかりと握る。
约瑟夫弯下腰,向萨迦怀中的婴儿伸出布满皱纹的手指。婴儿一边哭泣,一边紧紧握住了那根手指。

「彼女は此処を選んで、我々に託した。その命は果たさなくてはいけない」強い子だ、とヨゼフは笑った。サガは何も言えず、母が去った石畳を見る。点々と
"「她选择了这里,将一切托付给我们。这条命必须有个交代。」约瑟夫笑着说真是个坚强的孩子。萨迦无言以对,只是望着母亲离去的石板路。斑驳的"

残る足跡はあっという間に雪に埋もれていき、もう既に薄らいでいた。
脚印转眼间就被大雪掩埋,已然模糊不清。

「その先は彼女が決める。我々が無理強いをしてはいけない」
"「接下来的路该由她自己决定。我们不该强求。」"

戻ろう、とヨゼフは言った。頷くしかなく、サガは赤子を抱え直す。抱え直して、わかった。赤子が纏纒っているのは洋服で、随分と色褪せていた。母が、彼女が身を包むすべてをこの子に与えていたのだと把握した。
回去吧,约瑟夫说道。萨迦只能点头,重新抱紧怀中的婴儿。调整姿势时,她突然明白——裹住婴孩的褪色衣物,原是母亲将自己所有的衣裳都给了这个孩子。

ヨゼフの背を追いながら赤子をあやし続けて、サガは院へと辿り着いた。賑やかな夕餉の盛り、子らが一斉にサガを向く。そして抱えているものを見、湧いた。
萨迦追随着约瑟夫的背影,一路轻摇哄着婴儿回到修道院。正值喧闹的晚餐时分,孩子们齐刷刷望向她。当目光触及她怀中之物时,惊呼声如沸水般炸开。

他のシスターが叱りつけるのも構わずに子らは駆け寄り新たな兄弟を迎え入れた。そんな中を苦労しながら搔き分けてやつて来た先輩シスター·ロジェに連れられ、サガは赤子を連れて静かな奥間ヘと移る。丁寧に身を濯がれて清潔な産着を着せられ、粉ミルクで腹を満たされた赤子はやっと泣き止んだ。
孩子们不顾修女们的呵斥,蜂拥而上迎接新来的小兄弟。萨迦费力拨开人群,跟着前辈修女罗杰来到僻静内室。洗净身子的婴儿换上洁净襁褓,喝完奶粉后终于止住啼哭。

ようやくそこで、赤子が男の子であることが分かった。
终于在那里,人们发现婴儿是个男孩。

揺り籠の中でぱっちりと開いた目は母親と同じ綺麗な金色だつた。そして、彼の白い喉には驚くほどに目立つ赤黒い痣があった。
摇篮中那双睁得大大的眼睛,和母亲一样是漂亮的金色。而他那白皙的喉咙上,有一块显眼得惊人的红黑色胎记。

「······これは、虐待の痕でしようか」
"「……这是虐待的痕迹吗?」"

そっと触れてみても子は特に痛がるそぶりもない。ロジェも慎重に触れた後で「どうやら違うようです」と言った。
即便轻轻触碰,孩子也并未显出疼痛的模样。罗杰也谨慎地检查后说道:‘看来不是这个原因。’

「これが本当の傷ならこの子はあんなに大きな泣き声もあげられないはず···生まれ付いたものなのでしようね」
"‘若这是真正的伤口,这孩子不可能发出如此洪亮的哭声…想必是与生俱来的吧’"

心配そうに言う傍から、赤子は大きな欠伸をした。吞気なものだとサガとロジェは顏を見合わせて笑う。
就在他们忧心忡忡交谈时,婴儿打了个大大的哈欠。见状,萨迦和罗杰相视一笑,感叹这小家伙可真够悠哉的。

ロジェが去った後、後片付けをしていたサガの手元にあの母親が残した布があった。今此処で捨てるには、あまりにも忍びなく思い何処かヘ片付けておこうと持ち上げた瞬間、ひらりと一枚の紙のようなものが落ちて来た。
罗杰离开后,正在收拾残局的撒加手边出现了那块母亲留下的布。此刻若就此丢弃,实在于心不忍,正想找个地方收好时,忽然轻飘飘地落下一张纸片般的东西。

何かと思い、拾い上げる。そしてサガはアッと声を上げた。これは、名前だ。細く、たどたどしい筆跡ではあるが珍しい赤インクのペンでしつ
他疑惑地拾起来,随即发出啊的一声惊呼。这是名字。虽然笔迹纤细稚拙,却用罕见的红色墨水钢笔

かりと書かれている。その紙片を握って、サガは急ぎヨゼフの元ヘ向かった。今しがた、院長はこの子に神より賜った名を授けようと老眼鏡をかけて分厚い聖典を繰っているところだろう。
工整书写着。撒加攥紧那张纸片,匆忙赶往约瑟夫处。方才院长应该正戴着老花镜翻阅厚重的圣典,准备为这孩子授予神明赐予的名字。

記された名前は随分と古めかしいが、未だに英雄の名として語られるものだつた。サガも昔都市にある大図書館の本でよく読んだ。そしてそれに憧れたものだつた。
被记载的名字虽显得相当古旧,却至今仍作为英雄之名被传颂。萨迦也曾经常在昔日都市的大图书馆书籍中读到。并对此心生向往。

「院長、あの子の名は、ジークフリートです。彼女が、そう、残していました」ドアを開けてそう告げると、ヨゼフが視線を上げた。おや、とサガは思う。自分が思っていたより、ヨゼフの翡翠の目が驚いたように見開かれていたからだ。
"「院长,那孩子的名字是齐格弗里德。她...是的,这是她留下的。」推开门如此禀报时,约瑟夫抬起了视线。哎呀,萨迦心想。因为约瑟夫翡翠般的眼睛瞪得比预想中更圆,显得十分惊讶。"

「ああ、そうか」
"「啊,这样啊」"

院長は立ち上がってサガの傍にやって来た。紙片に記された名を指で辿って、にっこりと笑む。
院长站起身来到萨迦身旁,用手指描摹着纸片上记录的名字,露出了微笑。

「それは、良い名だ」
"“这是个好名字。”"

何度もヨゼフはそう言つて、頷いた。
约瑟夫反复这样说着,点了点头。

ジークフリートの母が遺体で見つかったのは、それから一週間後のことだった。ヨゼフは多くを語らず、彼女を引き取って院の裏手にある共同墓地ヘと葬った。
齐格弗里德的母亲被发现时已是一具尸体,那是在一周之后的事了。约瑟夫没有多说什么,只是领回她的遗体,将她安葬在院后方的公共墓地里。

それから五年の後、隣国のウェールズ家に赤い髪の末子が産まれた。
五年后,邻国威尔士家诞下了一名红发幼子。

末子は幼い頃より利発で、聡く、字を解するのも早かった。それでいて明るく、よく手伝いもするのだから兄弟両親によく愛された。名を、パーシヴァルという。パーシヴァルは字を解するようになってから、すぐに色々な本に手を出した。解せぬ言葉があれば兄に尋ね、父に尋ね、まるで乾いた砂が水を吸い上げるように知識を蓄えていった。
这孩子自幼聪颖过人,识字也早。加之性格开朗又常帮忙家务,深受父母兄弟的疼爱。其名为珀西瓦尔。自识字起,珀西瓦尔便如饥似渴地涉猎各类书籍。遇到不懂的词句就问兄长、问父亲,宛如干涸的沙粒汲取水分般不断积累知识。

何かを手繰り寄せるように、それこそ何でも読んだ。
仿佛要将什么拉近一般,他几乎什么都读。

特に熱を入れて読んでいたのが空の冒険譚である。子供向けの空想語りであったが、大人用に改訂されたものもあり、全世界で人気を集めていた。
尤其热衷阅读的是关于天空的冒险故事。虽说是面向孩童的幻想读物,但也有为成人改编的版本,风靡全球。

最初はただの興味であったのに、パーシヴァルはその本からずっと、目が離せなくなつていた。ある章の中で記された名前を長い事指で辿り、記憶に刻み付けるように昡く。
起初只是出于单纯的好奇,但帕西瓦尔却再也无法从那本书上移开视线。他久久用手指追随着某一章节记载的名字,如同要将它镌刻进记忆般反复凝视。

-これは、知つている名前だ。
——这是个熟悉的名字。

何度も読んだ末の勘違いではない。ずっと、知っている名前だったと確信した。無論、両親には言わなかった。そして、長じた後でも誰にも告げなかった。
并非反复阅读后的错觉。我确信,自己一直都知道这个名字。当然,我没有告诉父母。即便长大成人后,也未曾向任何人提起。

二十年と少し先、パーシヴァルは職を得て隣国へと飛んだ。故郷でも職があったのに、隣国で職を得たことは、親兄弟皆不思議がった。理由は、最後まで話さなかった。
二十多年后,珀西瓦尔找到工作飞往邻国。明明故乡也有职位可选,他却选择在邻国就职,令所有亲人都感到不解。个中缘由,他至终未曾透露。

飛行機の窓から眺め下ろした都市の背後には大きな森がある。そして、都市には青い運河が血脈のように広がっていた。白を基調とした壁に色取り取りの屋根は甚く賑やかである。
从飞机舷窗俯瞰的城市背后有一片广袤森林。蓝色运河如血脉般在城市中蜿蜒伸展。以白色为主调的墙壁与五彩斑斓的屋顶交相辉映,显得格外热闹。

知らない景色に、ふと、寸時の不安に取りつかれる。家族からも、故郷からも離れるのもこれが初めてだった。寂しさというものはこのようなものかと苦笑する。持ち込んだビジネスバッグから本を一冊取り出した。よく読み過ぎた所為で布で出来た表紙は傷みに傷んでいる。置いてくるかと悩んだが、持ってきてしまつた。これは、身の内にある「違う」記憶の相棒だ。
面对陌生风景,突然被转瞬即逝的不安攫住。这也是他第一次远离家人与故乡。他苦笑着想,原来这就是寂寞的滋味。从随身公文包里抽出一本书。因常年翻阅,布质封面早已破损不堪。虽犹豫过是否该留下,最终还是带来了。这是藏在他身体里『另一个』记忆的伙伴。

結局誰にも吐露できなかったが、パーシヴァルは特段後悔もしていない。これから先も、誰にも言えるわけがない。「自分の中に違う人間の記憶がある」なんて。きつく目を閉じた。ゆっくりと開いて記憶を押し込め、パーシヴァルは改めて窓の外を眺める。そこには真っ青な空が痛いほどに輝いていた。
终究未能向任何人倾诉,但珀西瓦尔并不特别后悔。今后也不可能告诉任何人——『自己体内存在着另一个人的记忆』这种事。他紧紧闭上双眼。待缓缓睁开时已将记忆压回心底,珀西瓦尔重新望向窗外。那里有片湛蓝得刺眼的晴空正灼灼闪耀。

一 春、青く
一 春天,青翠

 「パーシヴァルさん……すみません重いのに」
"「珀西瓦尔先生……对不起,虽然很重」"

「構わんから前を見てくれ、セン」
"「没关系,你往前看吧,森」"

 振り返った砂色の髪が申し訳なさそうに何度もお辞儀したように見えた。
那回眸的沙色发丝仿佛在歉意地频频鞠躬。

 見えた、というのもパーシヴァルの眼前は半分が積み重ねられた分厚い辞典で覆われているので、彼女の一挙一動が不確かにしか確認できないのである。
之所以说「仿佛」,是因为珀西瓦尔的视线有一半被堆叠的厚重辞典遮挡,只能模糊地捕捉到她的一举一动。

 センを先頭にパーシヴァルが続き、入り組んだ高書架の間を歩む。「大図書館」にはこうした利用者を迷子にさせる箇所が至る所にあった。パーシヴァルも此処に勤め始めた頃は迷いに迷い、夕刻近くまで出てこられなくなったことが数度あった。
森走在前面,珀西瓦尔紧随其后,穿行于错综高耸的书架之间。「大图书馆」里遍布这种会让访客迷失方向的区域。珀西瓦尔刚来此处工作时也曾屡屡迷路,有几次甚至直到日暮时分才脱身。

 センは今年入ったばかりの新人である。
森是今年刚入职的新人。

 そんな彼女が積み重ね上げられた辞典類を頭より高く抱えあげて、あっちにふらふら、こっちにふらふらしているところを偶然発見し、手を貸したというのが、現況の発端である。
她正摇摇晃晃地抱着高过头顶的一摞辞典,东倒西歪地走着,偶然被我撞见后伸手相助,这便是现状的开端。

 どうやら今回は使用後の辞典を返そうとしていたらしい。持ち上げたが最後、手元が見えなくなった所為でどこにも置けなくなったのだ、と先ほど聞いた。
似乎这次是想归还使用过的辞典。刚才听说,一旦举起来就看不见手边,结果哪儿都放不下了。

 センは懸命に書架を見上げている。頭上を見上げ続けている所為で足元が疎かになって、左右にまたふらふらと移動した。
千正拼命仰头望着书架。由于一直抬头看上方,脚下变得不稳,身体左右摇晃着移动。

 危ないと声を掛けようとした瞬間にセンは「あ!」と大きな声を上げた。そして慌てて口を閉じる。そろりそろりとこちらを振り返ってすみません、と表情で謝って来た。此処は静謐極まりない書架空間である。パーシヴァルは頷いて、何だと小声で返答した。
就在珀西瓦尔想出声提醒危险时,千突然「啊!」地大叫一声。然后慌忙捂住嘴。她轻手轻脚地转过头,用表情无声地道着歉。这里是极度静谧的书架空间。珀西瓦尔点点头,用气音回应怎么了。

「ありました」
"「找到了」"

 センの視線の先、更にその上。二階の書架の端に彼女が一抱えにしている自然科学系のサインがあった。ぽっかりと空間が空いているところがあるから、きっと利用者は其処から取ったのだろう。
千视线的前方,更往上的地方。二楼书架边缘处,她正环抱着一摞自然科学类的书籍。那里空出了一块位置,想必使用者是从那里取走的吧。

「あの近辺で全て済ませられそうです。植物が好きな方だったんですねぇ」
"「看来在那附近就能全部解决了呢。您很喜欢植物啊」"

 にこにこ笑いとセンは辞典らを抱え直した。そしてきょろきょろと周りを見る。
千笑眯眯地重新抱好辞典,然后滴溜溜地环顾四周。

 階上の書架に本を上げる時は本専用の簡素な昇降機を使う。まず本を昇降機に積んで、運び手が階上に上がってから滑車式のそれを運び上げる。旧態依然の手動ではあるが、きちんと丁寧に手入れされているおかげか、長年使われているにも関わらずどの機体も軋む音も立てない。
将书籍搬上阶梯书架时,会使用专为书本设计的简易升降机。首先把书堆放在升降台上,待搬运者登上楼层后,再通过滑轮装置将其吊运上去。虽是老式手动操作,但因保养得当,即便经年使用,所有设备都未曾发出过吱呀声响。

 それを探しているのかと思い、パーシヴァルもまた視線を彷徨わせた。ちょうど手近に一機ある。センに知らせようと、改めて彼女の方に向き直った。
帕西瓦尔以为她在寻找那台升降机,目光也不由自主地游移起来。恰巧附近就有一台。他正想转身通知森,便再次朝她的方向望去。

「……セン?」
"「……森?」"

 もうそこにはセンの姿はない。はた、と固まったままパーシヴァルが視線を上にやると、彼女はあろうことか梯子も使わずに、負うた本と一緒に二階に躍り込んでいた。
仙的身影已不在原地。帕西瓦尔僵在原地,抬头望去,只见她竟未借助梯子,背着书便纵身跃上了二楼。

 何をどうやったのか、全く見ていなかったパーシヴァルには把握のしようがない。  
究竟如何做到的,全程没留意的帕西瓦尔完全无从得知。

 ぱたぱた、と遅れて本が重なり落ちる音がして、やっと我に返った。
啪嗒啪嗒,书本接连坠地的声响迟一步传来,这才让他猛然回神。

「セン!」
"「仙!」"

「はっ! またやってしまいましたぁ……」
"「啊!又搞砸了啦……」"

 パーシヴァルの一喝にセンが申し訳なさそうな顔で階上から顔を覗かせた。彼女の特性は内勤の多い司書らしからぬ空間の把握力と運動能力である。
珀西瓦尔一声喝斥,仙从楼上探出脸来,神情满是歉意。她作为文职居多的图书管理员,却拥有与之不符的空间感知能力和运动神经。

 キシキシと小さく小さく揺れているキックステップと木製ブックトラックが虚しい。恐らくはあれを蹴り台にして昇り上がったのだろうと思われる。彼女は昇れそうな所なら梯子も使わず、こうしてひょいひょいと昇ってしまう。
咯吱作响微微摇晃的踢脚凳与木质书挡显得徒劳。想必她是将其当作踏台攀爬上去的吧。但凡有能攀登之处,她连梯子都不用,就这样轻巧地一跃而上。

 怪我をするから、危ないからと他の司書も止めているおかげで最近は鳴りを潜めていたが、時々何も考えていないとやってしまうということだった。
其他司书也常以会受伤、太危险为由劝阻,近来确实收敛不少,但据说偶尔脑子放空时仍会下意识这么做。

 今回はその例なのだろう。重い荷を持ってどうやって上がったか、それを説明されても分かるまいと諦めてパーシヴァルは小さく溜息を吐いた。
这次想必也是这种情况。帕西瓦尔轻叹一声,放弃了追问她究竟如何负重登高的解释——即便听了也未必能理解。

「分かっているなら良い。それを戻したら俺が持っているものも階上に上げる。昇降機のところに行ってくれ」
"「既然明白就好。把那个放回去后,我也会把手上的东西搬到楼上。去升降机那边吧」"

「はい」
"「好的」"

 こくこくと頷いてセンの姿が視界から消えた。改めてパーシヴァルは昇降機へ荷積みする。程なくして音もなく滑車が動き、昇降機は階上へ吸い込まれていった。
森连连点头,身影从视野中消失。帕西瓦尔重新将货物堆放进升降机。不久后滑轮无声转动,升降机被吞入上层空间。

「……変わらないものだな」
"「……真是一点都没变呢」"

 呟いた声は無意識の物だった。彼女の天性の運動能力は、「前」の姿と、全く相違ない。この「前」の姿のことなど、センに対しても、誰に対しても口に出来るわけがなかった。
这声低语是无意识发出的。她与生俱来的运动能力,与「从前」的姿态毫无二致。关于这个「从前」的姿态,无论是面对千还是其他人,她都绝不可能说出口。

 「大図書館」はこの都市、この国において最大規模の図書館である。
"「大图书馆」是这座城市、这个国家规模最大的图书馆。"

 知識の宝庫であり、保管庫として名高かった。集まる図書は古来の物から最新の雑誌まで多種多様で、特に美術書を多く蓄えていた。重厚なバロック様式の建築で、兎も角巨大。外見もまるで大聖堂のようであるから、外から訪れる観光客は好んで見学に訪れた。
作为知识的宝库与著名藏书馆,这里汇聚了从古籍到最新杂志的各类书籍,尤以丰富的美术藏书著称。巴洛克风格的建筑厚重恢弘,规模极其庞大。外观宛如大教堂般壮丽,因此吸引众多游客专程前来参观。

 入るにも閲覧するにも一部を除いて全て自由であるが、貸出は一切を行っていない。
除特定区域外,入馆阅览完全自由,但概不外借任何书籍。

 代わりに講堂のような大きな閲覧室を設けており、長時間開館しているということもあって利用者は思い思いの席について心行くまで図書を読み耽ることが出来た。
馆内设有讲堂般的宽敞阅览室,配合超长开放时间,访客可随心选择座位,尽情沉浸在书海之中。

 私語は慎むように等といった野暮な張り紙はない。まるで聖堂のような雰囲気に利用者は自然と口を噤むため、時には人の呼吸すら聞こえる程の静かな環境にもなる。
无需张贴‘请保持安静’这类煞风景的告示。宛如圣堂般的氛围让访客们自然而然地噤声,有时甚至能听见他人的呼吸声,环境静谧至此。

 大図書館に職を得た時、パーシヴァルは静かに期待した。此処でなら、自分の「違う記憶」の手がかりを掴めるのではないかと。
当帕西瓦尔在大图书馆谋得职位时,他暗自期待着。或许在这里,能找到关于自己‘另一段记忆’的线索。

 

 「違う記憶」、それは空の世界の記憶だった。
"‘另一段记忆’,那是关于天空世界的记忆。"

 長じた今、幼い頃よりも手に取るように思い出すことが出来る。
如今长大成人,比起幼时更能清晰忆起往事。

 地は空にあり、それが理だった。
大地悬于天际,此乃常理。

 パーシヴァルはその中で騎士として身を立て、豪奢な炎を思わせる鎧を着て、炎纏うフランヴェルジュを振るっていた。
珀西瓦尔在其中以骑士之姿崛起,身披如奢华烈焰的铠甲,挥舞缠绕火焰的烈焰之剑弗拉姆贝尔格。

 騎士を辞した後は空を駆る艇に乗り、年若い少年を団長に据え、多くの仲間と共に空に浮く世界を旅した。
卸下骑士身份后,他乘上翱翔天际的飞艇,拥立年轻少年为团长,与众多伙伴一同遨游悬浮于空中的世界。

 一人流浪していた身では到底得られない経験を重ね、最後には信じられないことではあるがパーシヴァル自身の国を立てた。
作为独行流浪者本不可能获得的经历不断累积,最终——虽难以置信——珀西瓦尔竟建立了属于自己的国度。

 そこまでは、鮮烈な色と共に思い出せる。空気の在り方すらも。街の喧騒も。何もかもが鮮やかな世界だった。ただ、その後、大切な人間と、例えようのない酷い別れをした。彼の最期は酷く記憶に残っているのに、そこからの記憶は曖昧で、自身の最期は思い出せない。
直至那时的一切,都仍能伴着鲜明色彩忆起。连空气的流动方式、城镇的喧嚣也不例外。那是个万物都绚烂夺目的世界。只是后来,他与重要之人经历了难以言喻的惨痛诀别。虽然对方临终的场景深深烙印在记忆中,但之后的记忆却模糊不清,连自己生命终结的时刻都无法回想起来。

 妙であるのが、先のその記憶が文字となって今、この生きる世にあるということだった。
奇妙的是,那段过往记忆如今化作文字,存在于这个活生生的世界里。

 それが、パーシヴァルが幼少の頃に出会った本、空の冒険譚である。
那正是珀西瓦尔幼年时邂逅的书籍——关于天空的冒险传奇。

幾らかの相違点はあったが、描かれる世界はまさしく記憶のそれと合致した。子供の頃は曖昧であったが、今では強烈なまでに己と共鳴する。空の世界での軽快で、鮮やかな冒険譚は文字を指で追うたびに一抹の切なさを齎した。
虽有些许差异,但书中描绘的世界与他记忆中的景象完美重合。儿时觉得模糊的细节,如今却引发强烈共鸣。每当指尖划过那些描述天空世界里轻盈绚烂冒险的文字,总会带来一丝揪心的怅惘。

 そこにも、「記憶の中」のパーシヴァル自身の最期は、書かれてはいなかったのだが。
然而,那里也并未记载「记忆中」珀西瓦尔自身的临终时刻。

 さて、こんなことを誰に口に出来ようか。吐露すれば気が狂っているとしか思われないだろう。パーシヴァル自身だってこんなことを言われたら少々頭の心配をしてしまう。
那么,这种事又能向谁倾诉呢?说出口只会被当作疯子吧。即便是珀西瓦尔本人听到这种话,恐怕也会担心对方是否精神失常。

 幼少の頃から黙っていようと心に決めて、そのまま長じた。気づけば、記憶の中にいる仲間たちとよく似た連中が「ただの人間として」其処かしらで生活していた。
自幼便暗自决定保持沉默,就这样长大成人。回过神来才发现,与记忆中那些伙伴极为相似的人们,正以「普通人类」的身份散落在各处生活着。

 長兄アグロヴァルも次兄ラモラックも、そして何より自らが名を違えずに現代に生きている。
长兄阿格罗瓦尔与次兄拉莫拉克,尤其是他自己,都未改其名地活在现代。

 ならば、とパーシヴァルは心の奥底で期待した。「記憶の中」で鮮烈に生きるあの男が、この世のどこかで生きているのではないかと。空の冒険譚の中でも英雄として描かれ、今ですら子どもらにとって人気である存在。――ジークフリート、その人が。
于是,帕西瓦尔在心底暗自期盼着。那个在『记忆之中』鲜明活着的男人,或许正存在于这世间的某处。在天空冒险谭中也被描绘为英雄,至今仍是孩子们心中的人气存在。——齐格弗里德,那个人。

 冒険譚を重ねて読んだ時、色味のない記憶が油彩を塗り重ねるように鮮やかになっていったことを、今でも思い出せる。
至今仍能忆起,反复阅读冒险谭时,那些褪色的记忆如同被层层油彩覆盖般逐渐鲜艳起来的情景。

 「記憶の中」のパーシヴァルにとって、彼は強く、美しく、そして何処までも愛しい存在だった。生きている間に交わした言葉も蜜のような経験も思い出せる。
"对「记忆之中」的珀西瓦尔而言,他是那般强大、美丽,且永远令人怜爱的存在。生前交换的言语与蜜糖般的经历都历历在目。"

 そして、彼の最期も。
以及,他的临终时刻。

 執着するのは、その彼の最期が関与していた。その真意を問い質したい、その一心である、と思われる。パーシヴァル自身にも、よくわかっていなかった。
之所以执着,是因为牵涉到他的临终。想必是一心想要质问那背后的真意吧。就连珀西瓦尔自己,也未能完全理解。

 この世に生まれ受けた生に対して何ら後悔はない。ただジークフリート、その人を探すという大きな目的が胸を占めているのは確かだった。
对于降生于世的这条生命,我毫无悔恨。只是胸膛确实被寻找齐格弗里德——那个人的宏大目标所占据。

 はじめはあてどなく探した。ジークフリートという名のものがいれば会いに行き、彼といは違う他者であるということを確認し、落胆する。そんなことを、十五を過ぎたころから繰り返し続けていた。それでも、パーシヴァル自信が探す「ジークフリート」は結局見つからず。何しろ思うものが自分の記憶と空の物語が刻まれた本のみなのだから、どう考えても無謀としか言えない。
最初只是漫无目的地寻找。只要听闻名叫齐格弗里德的人就去会面,确认对方并非记忆中的他后黯然离去。自十五岁起,便不断重复着这样的循环。即便如此,帕西瓦尔所追寻的『齐格弗里德』始终未能得见。毕竟线索仅是自己模糊的记忆与记载天空物语的书籍,任谁看来都只能说是痴心妄想。

 自分が勝手に現世に彼もいると思っているだけで、生きているのかすら、わからないのだから。
这不过是我一厢情愿地认为他也存在于现世,甚至连他是否尚在人世都无从知晓。

 少し年を重ねて、パーシヴァルは立ち止った。このまま当てもなく彼を探すよりは智が集結する此処で手がかりを掴むほうが良いと、選んだのがこの大図書館である。
年岁渐长后,珀西瓦尔停下了脚步。与其漫无目的地继续寻找他,不如在这智慧汇聚之地抓住线索,于是选择了这座大图书馆。

 隣国においてもこの図書館の知名は高く、叡智が募る場所として知られていた。司書を募っているという運よく噂を耳にした時、迷わずに応募し、何百倍という倍率を勝ち抜いてパーシヴァルは大図書館の司書となった。
即便在邻国,这座图书馆也声名显赫,以智慧云集之所著称。当幸运地听闻馆方正在招募司书时,他毫不犹豫地应征,从数百倍的竞争中脱颖而出,成为了大图书馆的司书。

 機嫌良さげに先を歩むセンを眺めながら、パーシヴァルは頭上を振り仰いだ。
望着前方心情愉悦领路的仙,珀西瓦尔仰头望向穹顶。

 照度が控えられた電灯が数点、各書棚より離してウォールライトが等間隔に数個ある。その薄い明りにぼんやりと照らされる形で、天井一面にフレスコ画が描かれていた。
几盏调暗的壁灯,与书架保持距离,等距排列着数个壁灯。在那微弱光线的朦胧映照下,天花板上绘满了湿壁画。

 天上の世界そのものを描いたものらしく、この大図書館の改築当初からあるのだから相応に古いはずだが、控えめな照明の甲斐あってか傷みもそれほどない。作者は著名らしいが館長は「さぁて、誰じゃったかのう……」ととぼけた顔をして教えてくれなかった。
似乎是描绘天界本身的画作,自这座大图书馆改建之初便存在,理应相当古老,但或许得益于柔和的照明,损毁并不严重。作者似乎颇有名气,但馆长却装糊涂道'哎呀,是谁来着……',并未告知详情。

 絵に興味があればあれも分かったのだろうか、と独りごちる。生憎前の世界でも教養程度にしか身に着けなかった。
若对绘画有兴趣,或许也能看懂那些吧,他自言自语道。可惜在前世也只学到些皮毛修养而已。

 高書架の隙間を抜けて、センとパーシヴァルはようやく書庫の間を出た。ぱたぱたと子供たちが駆けてくるのが見えて、足を止めた。通り過ぎようとする子どもの前にわざと出る。
从高大书架间的缝隙穿过,森与珀西瓦尔终于离开了藏书区。看到孩子们啪嗒啪嗒地跑过来,他们停下了脚步。故意挡在正要经过的孩子面前。

 びっくりしたのか、子どもは寸でのところ止まった。背後から追って来た子も同様に止まって、恐る恐るといった体でこちらを見上げて来る。
或许是受了惊吓,那孩子在几乎撞上的瞬间刹住了脚步。后面追赶的孩子也同样停下,战战兢兢地抬头望过来。

「書架間は狭い。人にでも本にでもぶつかれば怪我をするだろう。分かるな?」
"「书架之间很窄。无论是撞到人还是书都可能受伤。明白吗?」"

 パーシヴァル自身、険しい顔をして、怒鳴りつけたつもりはない。だが子どもらはみるみる内に涙をためて、親らしき人影の元に去って行った。
珀西瓦尔本人并没有打算摆出凶神恶煞的表情大声呵斥。但孩子们转眼间就噙满泪水,躲回了疑似父母的人影身边。

「……」
"「……」"

「パーシヴァルさんは目が怖いので」
"「因为珀西瓦尔先生的眼神很吓人」"

 ひょっこりとセンが背後から顔を出す。センは柔和な声と人好きのする表情をしているおかげで子どもらによく好かれ懐かれた。対してパーシヴァル自身が子どもに好かれる顔をしているかと言われれば否としか言えず、嘆息する他ない。
仙突然从背后探出头来。得益于温和的嗓音和讨人喜欢的表情,仙向来深受孩子们欢迎与亲近。至于珀西瓦尔本人是否长了张招孩子喜欢的脸,只能说绝非如此,他除了叹息别无他法。

 小声で励ましてくるセンを伴い、パーシヴァルはメインカウンターに続く通路へ歩んだ。
珀西瓦尔带着小声鼓励他的仙,朝通往主服务台的通道走去。

 人通りが一挙に増え、閲覧室と比べると賑やかさも一入である。急激にまた天井が高くなった。当然フレスコ画が施されていて、排架されている本が少ないこともあって太陽光が存分に取り入れられていることからどれも柔らかに見える。
人流量骤然增多,比起阅览室更显热闹非凡。天花板陡然又高了许多。这里自然装饰着湿壁画,由于藏书较少且阳光能充分照射进来,所有壁画都显得格外柔和。

 大勢の利用者からの問い合わせに応じている司書の背後を通り、事務室へと入る。昔は書写室だったと噂されるその部屋もまた天井が高いが、光は薄らかにしか入って来ない。代わりに現代の蛍光灯が煌々と光っている。
穿过正忙于应对大量读者咨询的图书管理员身后,走进办公室。传闻这里曾是抄写室,房间同样挑高,但光线只能微弱地渗入。取而代之的是现代荧光灯明晃晃地照耀着。

 皆は此処で個人の机を持ち、収書や資料管理の書類と睨み合いを繰り広げる。パーシヴァルの席は運の良いことに珈琲メーカーの傍にあり、隣も物静かなザザという男だったので職場としては気に入っていた。
众人在这里拥有各自的办公桌,整日与藏书登记和资料管理的文件大眼瞪小眼。帕西瓦尔的工位幸运地位于咖啡机旁,邻座又是性格安静的扎扎,作为工作环境倒让他颇为满意。

 頭上で軽やかな鐘の音がした。丘上の修道院が示す正午の時である。
头顶传来清越的钟声。那是山顶修道院昭示正午时分的报时。

 音を耳にした瞬間、センの目がきらりとしたように見えた。
听到声音的瞬间,仙的眼睛似乎闪烁了一下。

「パーシヴァルさん、小舟屋ってご存知ですか」
"「珀西瓦尔先生,您知道小舟屋吗?」"

 小舟屋。小舟屋とパーシヴァルは頭の中で反芻する。そういえば最近名を高めたパン屋があったことを思い出した。
小舟屋。小舟屋和珀西瓦尔在脑海中反复咀嚼着这个名字。这时他想起来最近确实有家声名鹊起的面包店。

「名だけは知っている。大層美味いそうだな」
"「只是听说过名字。听起来相当美味啊」"

「そうなんです、そうなんです! 小舟屋さんは小舟で移動販売してらっしゃるんですよ。あの鐘が鳴ったということは今図書館に一番近いところに来てらっしゃるはず!サンドイッチが絶品なんですって」
"「是的,没错!小舟屋是划着小船移动贩卖的。钟声响起就意味着现在应该停在离图书馆最近的地方!据说三明治堪称一绝呢」"

 センは早速自分の机に向かってぱたぱたと走って行った。隣席のアルルメイヤが何事かという顔でセンを見、あぁ、と呟いた。
森立刻啪嗒啪嗒地跑向自己的座位。邻座的阿尔梅亚露出疑惑的表情看着森,轻轻「啊」了一声。

「小舟屋か」
"「是小舟屋啊」"

「そうなんです! えへへ、やっと買いに行けます」
"「是的呢!嘿嘿,终于可以去买了」"

「楽しみにしていたものね、センは。最近読み聞かせが正午にあったから縁がないと嘆いていたね」
"「你一直很期待这个吧,小千。最近还因为午间朗读会没缘分而叹气呢」"

「そうなんです! お二人の分も良かったら買ってきますよ」
"“没错!如果两位不介意的话,我也帮你们买一份吧。”"

 取って返し、事務室から出ようとしたところでセンの足と言葉が止まった。
转身正要离开办公室时,千的脚步和话语突然停住了。

 その背がしおしおとしょげていくのを、パーシヴァルは珈琲メーカーの前から眺める。漏れ聞こえたワードは「代わりに」「朗読室」「これから」。アルルメイヤがパソコンから目をはなさずに「可哀想に」と独りごちたのが聞こえた。
帕西瓦尔站在咖啡机前,望着那道背影无精打采地耷拉下去。隐约飘来的词句是“代替”、“朗读室”、“待会儿”。阿尔梅莉亚盯着电脑头也不抬地喃喃道“真可怜”,这话恰好落进他耳中。

 実にしょんぼりとした様子でセンが席に戻っていく。ごそごそと猫柄の財布を仕舞い直して、代わりに取り出したのは付箋が沢山ついた書類だった。
千垂头丧气地回到座位上。窸窸窣窣地收好猫咪图案的钱包后,取而代之拿出的是一沓贴满便签的文件。

「……俺が代わりに行こう」
"「……让我替你去吧」"

 あまりもあまりの様子にパーシヴァルがそう言ってやるとセンが「ほんとう、ですか?」とパッと顔を上げた。
见千这副前所未有的模样,珀西瓦尔刚说完这句话,千就猛然抬头问道「真的、可以吗?」

 午後からの仕事は事務仕事であり、自分の昼食も今から調達に行かねばならない。
下午的工作是文书处理,现在还得去解决自己的午餐。

 声をかけるや否や、センの大きな目が一層きらめいて、いそいそと何かをメモする。ついでにアルルメイヤが何事か言って、それも書き連ねているようだった。
刚一出声,森的大眼睛就更加闪亮起来,兴冲冲地记着什么。顺便阿尔梅娅也说了些什么,似乎也一并记录了下来。

「小舟屋さんは八番通りを出たところにある桟橋にいらっしゃるはずです」
"小舟屋先生应该就在离开八番街的栈桥那边。"

 ずいと差し出されたメモには呪文のようなサンドイッチの名前が、何度も修正されて書かれている。随分と迷ったらしい。
递过来的便签上,像咒语般反复修改着三明治的名字。看来相当犹豫不决。

 それに桟橋と言ったか。本当に小舟で移動販売しているということを、その時初めて知った。辿り着けるか、若干不安になる。
说是栈桥来着。那时才第一次知道,原来真的有小船在做移动贩卖。能否顺利到达,心里略感不安。

「お気をつけて!」
"“请小心!”"

 勢いの良いお辞儀と、ちゃっかり自分の分も書いたアルルメイヤの「任せたよ」という声に送られながら、パーシヴァルは事務室を後にした。
在阿尔尔梅娅充满活力的鞠躬以及她那句'交给你啦'的嘱托声中——她还机灵地把自己那份文件也塞了过来——珀西瓦尔离开了办公室。

 財布のみを手にし、制服代わりのベストもロッカーに置いてパーシヴァルは大通りに出た。
珀西瓦尔只拿了钱包,将作为制服替代品的马甲也留在储物柜里,走上了主街道。

 大図書館の前は大きな広場になっており、常に露店が出ていることからも人でごった返していた。あまりの喧騒具合にパーシヴァルはすぐに閲覧室の静謐さが懐かしくなる。
大图书馆前是一片开阔的广场,由于常年设有露天摊位,总是人声鼎沸。面对如此喧嚣的场景,珀西瓦尔立刻怀念起阅览室里的宁静。

 それでもあのしょげかえっていた後輩のためである。何とかして八番通りを目指さなくてはならない。小舟はいつ移動するかもわからない。携帯をタップしてみても、口コミが数件出てくる程度で何の役にも立たなかった。意図してそうさせているのかもしれない。
即便如此,那也是为了那位垂头丧气的前辈。无论如何都必须以第八大道为目标。小船何时会移动也不得而知。试着点击手机,也只能看到几条口碑评价,毫无用处。或许是有人故意为之。

 主軸となる大通りこと一番通りは広場の前を真っ直ぐに通っている。つまりそれを七本超えた先が八番通りであるのだが、観光シーズンであるためか見える通りには人が大勢いた。パーシヴァルはうんざりした気持ちをなんとか抑え込んで、歩を進め始めた。
作为主干道的第一大道笔直穿过广场前方。也就是说,越过七条大道后便是第八大道,但或许因为是旅游旺季,目之所及的大道上挤满了人群。帕西瓦尔勉强压下烦躁的心情,开始迈步前行。

 そもそも、この都市は硝子細工と広大な麦園から生み出される産物を運河を通し、海を介すことによって隆盛した商業都市である。
原本,这座城市是通过运河将玻璃工艺品和广袤麦田的产物经由海洋运输而繁荣起来的商业都市。

 財源が豊かである分、芸術と知識方面に大きく力を注いだ。都立の巨大な図書館がある上、それに負けぬくらいに大きな美術館もある。全てが都市の資金を基にしており、そういったものに金銭を使うことを人はそれを誇りにしていると聞いた。
财力雄厚之余,这座城市将大量资源倾注于艺术与知识领域。不仅拥有庞大的公立图书馆,美术馆的规模也毫不逊色。这一切都建立在市政资金基础上,据说人们以能为这类事业慷慨解囊为荣。

 それでいて景観を壊すことを是とせず、幾ら国が車のために道路を広げろといっても首を縦に振らなかった。その頑固で商魂たくましい人々をパーシヴァルは好ましくさえ思う。
即便如此,他们也不愿破坏城市景观,无论国家如何要求拓宽道路以适应车辆通行,都始终拒绝妥协。帕西瓦尔甚至颇为欣赏这群既固执又充满商业魄力的人们。

 だがこの人通りは流石に辟易せざるを得ない。
但面对如此密集的人流,终究难免感到困扰。

 細い通りをすり抜けて、裏へと抜けた。
穿过狭窄的小巷,绕到了后街。

 少し暗くなった裏通りを進めば横手にコバルトブルーの運河が見えた。果物を過剰とも言える程に積載した小舟が、その重さをものともせずに進んでいくのが見える。
沿着略显昏暗的后巷前行,侧面可见钴蓝色的运河。一艘装载着多到几乎要溢出来的水果的小舟,正毫不费力地向前驶去。

 今でも小舟は荷の運搬に精を出していた。この国、この都市に降り立った時と変わらず今でも運河は血管のように張り巡らされ、生活路として機能している。都市の人々が守ったものの一つだ。おかげで歩道は狭く、車が通ることが出来る道はメインの通りの他、数えるほどしかない。
至今小舟仍在辛勤地运送货物。与初到这个国家、这座城市时一样,运河依旧如血管般纵横交错,作为生活的脉络发挥着作用。这是都市居民守护的事物之一。正因如此,人行道变得狭窄,能通车的道路除了主干道外屈指可数。

 前方に向き直った先、パーシヴァルは頭上に見慣れない青のロートアイアン状の看板を見つけた。ガレリアという綴りの下に『ギミックダガー』と不思議な書体で象られている。
珀西瓦尔转身向前,在头顶发现了一块陌生的蓝色铸铁招牌。拼写为'Galleria'的下方,用奇特的字体刻着'Gimmick Dagger'。

 ガレリア、つまりは絵を展示しているということだ。
Galleria,也就是说这里展示着画作。

 見ればギミックダガーの他にも同じような青銅の看板を出しているガレリアが多数ある。薄暗い通りは絵を売るに適した環境と言うことらしい。そこで初めてこの通りを通ったのかとパーシヴァルは確信した。何しろこの都市は運河も細かいが、細い通りも多数ある。全てを網羅することはなど、不可能に等しい。
环顾四周,除了 Gimmick Dagger 外,还有许多挂着类似青铜招牌的 Galleria。昏暗的街道似乎很适合售卖画作。珀西瓦尔这才确信自己是第一次走过这条街。毕竟这座城市不仅有错综复杂的运河,还有无数狭窄的巷道。想要全部走遍几乎是不可能的。

 ちらほらとガレリアのガラスを覗き込んでいる人々の姿も見えた。皆真剣に見入っているのか動かず、口数も少なく静かなもので表通りと比べると大層大人しい。
零星可见有人正窥视着加雷利亚的玻璃橱窗。大家都看得入神,一动不动,言语稀少,安静得出奇,与外面大街上的喧嚣相比显得格外乖巧。

 この都市にしては何とも珍しい光景であると思いながら、パーシヴァルはギミックダガーの前を通り過ぎようとした。そして、思わず歩を止めた。
帕西瓦尔一边想着对这座都市而言实属稀罕的景象,一边准备从机关匕首店前走过。却不由自主地停下了脚步。

 空がある。
天空出现了。

 真っ青な空がそこにはあった。
一片湛蓝的天空就在那里。

 天に向かって伸びる一筋の雲と、どこまでも青い空の巨大な絵が展示されていた。
一条直冲天际的云彩,与无边无际的蓝天巨幅画作一同展示着。

 油彩なのだろうか、重厚な風体をしているが青はひどく透明度が高く見える。触れればその空の青に飲み込まれそうなほどに、澄んでいた。
或许是油画吧,虽显得厚重,但那蓝色却透出异常高的透明度。清澈得仿佛一触碰就会被那片天空的蓝吞噬一般。

 それよりもパーシヴァルの目を釘付けにしたのは、金の額縁の下にある絵の名前と、作者の名である。絵の名前は純青。作者の名前は――。
比起那个,更让珀西瓦尔目不转睛的是金色画框下方标注的画作名称与作者姓名。画作名为《纯青》。而作者的名字则是——

「ジークフリート……?」
"「齐格弗里德……?」"

 思わず口から洩れたのはずっと追い続けている者の名前だった。ジークフリート、とプレートには刻印されている。苗字はない。下方を見れば絵の隅にも白い画材で乱暴ともいえる筆跡でジークフリートと書かれていた。その字は、記憶の中の、彼の字そのものだった。
不经意脱口而出的,正是他长久以来追寻之人的名字。铭牌上镌刻着「齐格弗里德」,没有姓氏。低头细看,画作角落还用白色颜料以近乎潦草的笔迹写着齐格弗里德。那字迹,与记忆中他的笔触如出一辙。

 半ば逸る気持ちを抑えながらギミックダガーの扉を押し開けていた。カランカランと頭上で鐘の音が響く。
他强压着近乎焦躁的心情推开机关匕首的门扉,头顶传来叮叮当当的钟声回响。

 ガレリアの中は静かで、一見誰もいないように見える。白い壁には点々と等間隔で絵が展示されていた。それぞれの額縁の下には価格も書かれていてどうやらガレリア内での販売も行っているようである。
画廊内静谧无声,乍看之下似乎空无一人。雪白的墙壁上等距悬挂着若干画作,每幅画框下方都标注着售价,看来这里也兼营艺术品销售。

 奥に数点、飲まれるような青の絵があった。青のみ、建物などの影もない空の絵のみである。額の下の名は、パーシヴァルが想像した通り『ジークフリート』とあった。価格はない。非売品なのだろうか。
最深处挂着几幅仿佛要将人吞噬的蓝色画作。纯粹的蓝,没有建筑阴影的纯粹天空之画。画框下方的署名正如帕西瓦尔所料——『齐格弗里德』,没有标价。或许是非卖品吧。

 パーシヴァルは、しばらくその絵の前に立っていた。絵心などない。
珀西瓦尔在那幅画前伫立良久。他并无绘画天赋。

 だが、この絵が素晴らしいものであるということは分かる。それに、とても見覚えのある青だと、確信していた。
但他能看出这幅画的精妙之处。而且,他确信那片蓝色似曾相识。

――これはグランサイファーから眺めた、あの青空だ。それが何故、目の前にある。
——这是从格兰赛法眺望过的那片蓝天。为何此刻会出现在眼前。

 言葉もない。パーシヴァルはじわりじわりと胸が痛み始めたのが分かった。
无言以对。珀西瓦尔感到胸口开始隐隐作痛。

 どうせ、途方もない時間をかけて彼を探すのだろうとパーシヴァルは長い間思っていた。それこそ、一生をかけても見つけ出すことが出来ないかもしれない、と。智慧の場である大図書館でも、結局手がかりのようなものは手に入れられなかった。それは半ば当然のことと、諦めてはいたのだが。
珀西瓦尔长久以来都认为,自己注定要耗费漫长时间去寻找他。甚至可能穷尽一生也找不到。即便是在作为智慧殿堂的大图书馆里,最终也没能获得任何线索。虽然对此他早已半放弃地接受了现实。

 それなのにどうしたことか。後輩の頼みで外に出て、偶然裏通りに入って、いつもは興味もないギミックダガーという名のガレリアに出会った。
可不知为何。因后辈的请求外出时,偶然拐进小巷,遇见了家平时毫无兴趣、名为'机关匕首'的艺廊。

 そして、見知った空の絵を描く、ずっと探していた者の名があった。
于是,描绘着熟悉天空的画作上,出现了那个一直寻找之人的名字。

「あれぇ、お客さんっすか。すいません、ちょっとお花摘んでてぇ」
"“哎呀,是客人吗?不好意思,我刚才在摘花呢。”"

 ハッとしてパーシヴァルは声がした方向を見た。ちょうど人影らしきものが奥間から姿を現したのだが、その姿を見てしばし瞠目した。ガレリアには入ったことがないからスタッフがどのような格好をしているのかなどは知らない。
帕西瓦尔猛然惊醒,朝声音传来的方向望去。恰好有个人影从深处现身,看清那身影的瞬间,他不由得瞪大了眼睛。他从未进过加莱里亚,自然不知道那里的工作人员是什么打扮。

 だが少なくともパーシヴァルの目の前にいる男は、花柄シャツにチノパンというラフな格好をしていた。そして、その口調。金の髪は下りてはいて、獣の耳もないが顔には随分と見覚えがあった。
但至少站在珀西瓦尔眼前的这个男人,穿着花衬衫配卡其裤的休闲装扮。而且那说话方式。虽然金色头发垂落着,也没有兽耳,那张脸却令人倍感熟悉。

「俺ぇ、此処の店長。ローアインって者です。宜しく」
"“我是这儿的店长,名叫罗亚因。请多指教。”"

「あぁ……すまないな、勝手に入って」
"“啊……抱歉,擅自进来了。”"

「いいんすよいいんすよ。店だし。それに、外してた俺が悪いんすから」
"「没事没事,毕竟是店里嘛。而且,是我自己摘下来的错」"

 この性分は変わっていないらしい。少し懐かしく思いながら、パーシヴァルは再度空の絵に目を向けた。額縁の下の名前を確かめてから、ローアインの方を見、口を開く。
这性格似乎一点没变。帕西瓦尔略带怀念地想着,再次将目光投向那幅天空画作。确认画框下方的署名后,他看向罗亚茵,开口道。

「この絵と作者について知りたいのだが」
"「我想了解这幅画和作者的事情」"

「あぁ、これっすか。いやーお目が高いっすね、お客さん……えーと」
"「啊,是这个吗。哎呀客人您眼光真准……呃」"

「パーシヴァルだ」
"「珀西瓦尔」"

「パーシヴァルさん。うん、この絵、好きなんすか?」
"「珀西瓦尔先生。嗯,喜欢这幅画吗?」"

 ローアインは嬉しさを隠そうともせず声に交え、パーシヴァルの隣に立った。
罗亚因毫不掩饰喜悦之情,声音里都带着笑意,站到了珀西瓦尔身旁。

「この絵、ジークフリート先生って人が描いたんす。……って言ってもかなり初期の頃に描いたって言ってた、所謂習作で……まぁ、だから非売品なんすけどね」
"“这幅画是齐格弗里德老师画的。……不过他说这是很早以前的作品了,算是所谓的习作吧……嘛,所以是非卖品啦。”"

「言っていた、ということは存命か」
"“既然用‘说过’这种说法,说明他还健在吗?”"

「はぁ。そうっすよ」
"「唉。是啊」"

 不思議なことを訊くものだと言わんばかりにローアインがパーシヴァルを見る。どう受けたものかと悩んで、パーシヴァルは少し視線を彷徨わせた。
罗亚因看向珀西瓦尔的眼神仿佛在说他问了个奇怪的问题。珀西瓦尔不知该如何回应,目光游移了片刻。

「すまん、俺は絵に疎くて。表に在った、あの絵に惹かれて入っただけだ」
"「抱歉,我对画作不太了解。只是被外面那幅画吸引才进来的」"

「そうなんすかぁ。へへ、ジークフリート先生、最近になって有名になったんすよ」
"「真的吗?嘿嘿,齐格飞老师最近可是出名了呢」"

 特に不審がることはなかったらしい。内心で息を吐きながら、パーシヴァルは違う意味でも安堵した。すれ違うことなく、ジークフリートはこの世に生きているらしい。 ――まだ、本人と定まったわけではないが。
似乎并未引起什么特别的怀疑。帕西瓦尔暗自松了口气,同时也因另一层意义感到安心。至少没有错过,齐格飞似乎还活在这个世上。——当然,目前还不能完全确定那就是本人。

「有名になった作品……名前、なんつってたっけなぁ……でもこれを基にした絵は「蒼穹」ってつけたんす」
"「那部成名的作品……名字叫啥来着……不过根据它画的图倒是起了个标题叫《苍穹》」"

「付けた……ローアイン殿が?」
"「点燃了……是罗亚因大人?」"

「あぁ、いいっす。呼び捨てでぇ。そうなんすよ。俺、これでもジークフリート先生のマネージャーっす」
"「啊,可以啊。直接叫我名字就行。没错,别看这样,我可是齐格弗里德老师的经纪人呢」"

 胸を張るようにローアインは笑う。パーシヴァルは唖然としながらその自慢げな顔を見ることしか出来なかった。ただの売り主ではなく、彼はジークフリートと縁深いと、今そう言ったように思えたが。
罗亚因挺起胸膛笑着。帕西瓦尔只能哑然望着那张自豪的面孔。此刻他言下之意,仿佛在说自己并非普通商贩,而是与齐格弗里德渊源颇深之人。

「マネージャー……?」
"「经理……?」"

「そうっす。マネージャーっす」
"「是的。是经理」"

「なら、連絡先も、」
"「那,联系方式也,」"

 そう、言いかけてパーシヴァルは言葉を止めた。まだ初対面の相手に一体何を言おうとしているのか。
是啊,话到嘴边帕西瓦尔又咽了回去。对初次见面的人究竟想说什么呢。

「連絡先っすか……うーん」
"「联系方式吗……唔——」"

 ローアインは特に不審にも思わなかったらしい。だが彼のこの逡巡する様子は何なのか。
罗亚因似乎并未起疑。但他这般踌躇不定的模样又是为何。

 急きそうになる内心を必死に抑え込みながらパーシヴァルは再度問うた。
帕西瓦尔拼命按捺住内心即将爆发的焦躁,再次开口询问。

「すまない。昔の、知り合いの名と同じで。彼の消息を心配していた。教えてくれないか」
"“抱歉,因为和一位旧识同名。我一直在担心他的下落。能告诉我吗?”"

「あ、そうなんすかぁ! よかった、ジークフリート先生にもダチいたんすねぇ」
"“啊,原来是这样啊!太好了,齐格弗里德老师也有朋友呢!”"

「……」
"「……」"

 過去の、それも前の世界での、なんて付けられるはずもなくパーシヴァルは黙る。この世界でのジークフリートは、交友関係はあまり広くないらしい。
关于过去,或者说前一个世界的事,帕西瓦尔自然无法给出答案,只能沉默。这个世界的齐格弗里德,似乎交际圈并不广阔。

「いやぁ、それならマジ力になりたいんすけどね……」
"「哎呀,要是那样的话真想开挂啊……」"

 困ったようにローアインは眉を下げた。
罗亚因困扰似地垂下眉毛。

「俺も今、ちょっぱやで連絡を取る方法は持ってないんすよ」
"「我现在也没有能立刻联系上的方法啊。」"

「……それは、どういう」
"「……那是,什么意思?」"

 遠まわしに断られているのだろうか、とパーシヴァルは思った。そうされる理由も当然わかる。だがローアインは心底困ったように溜息を吐きながら項垂れて見せた。
珀西瓦尔心想,自己这是被婉拒了吧。他当然明白其中缘由。但罗温却摆出一副真心困扰的模样,垂首长叹。

「あの人、このご時世に携帯電話も、メアドも、なーんも持ってないんすよ! 連絡を取る手段といえば、住所はわかってるんでレターっす。アナログのレター。あとは直談判っすね」
"“那位啊,这年头连手机、邮箱啥都没有!要说联系方式嘛,只知道住址所以得寄信。纸质信件。再不然就是直接上门谈判了。”"

 ぽかんとした後で、パーシヴァルは噴き出してしまった。アナログの極みということか。何ともジークフリートらしい。
愣怔片刻后,珀西瓦尔噗嗤笑出了声。这可真是复古到极致了。不愧是齐格飞。

「笑いごとじゃないんすよ~。困ってるんす。依頼届けるのも全部手紙か直談判で。しかも家にいないこともあるから俺もうどう捕まえていいか」
"「这可不是开玩笑的事~。我真的很困扰啊。提交委托要么靠写信要么亲自上门。而且他经常不在家,我都不知道该怎么逮住他了」"

「そうか、なら無理強いはすまい。すまなかったな……生きているだけ、それだけわかればよかった」
"「是吗,那我就不勉强了。抱歉……只要知道你还活着,这就够了」"

「そうっすか……? ああ、さすがに住所とかは教えられないんすけど、伝言とかあれば受けちゃいますよ」
"「这样啊……?啊,具体住址确实不能透露,不过要是有口信的话我可以帮忙转达哦」"

「いや、構わない」
"「不,没关系」"

 まだ見ぬ彼に対して何を残せというのか。生きているのなら、そしてこの絵がこの都市に散っているのなら会える機会も確かめる機会もあるだろう。
对于尚未谋面的他,究竟该留下什么呢。只要还活着,只要这幅画还散落在这座城市里,总会有相见的机会、确认的机会吧。

 パーシヴァルは軽く手を振って断り、そのついでに腕時計を見て一瞬硬直した。
珀西瓦尔轻轻摆手拒绝,顺势瞥了眼腕表,瞬间僵住了。

 そういえばセンと便乗していたアルルメイヤから昼食の願いを聞いていた。
说起来,从跟着凑热闹的阿尔鲁梅雅那里听到了午餐的请求。

「……尋ねてばかりですまないが、小舟屋を知っているか」
"“……一直问东问西真是抱歉,你知道小舟屋吗?”"

「あ、知ってます知ってます。俺のダチ公がやってるとこです。つーか俺の店っす」
"“啊,知道知道。是我哥们的店。不对,应该说就是我的店。”"

「……そうか」
"「……这样啊」"

「小舟屋ならそこ、店から出た先にある曲がり角を右に曲がって、二辻目の細通りを運河の方に行けばすぐっす。今から行くなら、俺、ちょっとステイしとけって連絡しときますよ」
"“要找小舟屋的话,从店里出来右转第一个拐角,然后在第二个岔路口沿着小巷往运河方向走就到了。您现在过去的话,我联系他们稍等一会儿吧。”"

「すまない。そうしてくれると大変助かる」
"“抱歉。能这样帮忙真是太好了。”"

 言われた通りの道筋を頭の中に叩き込んでパーシヴァルはガレリアのドアに手をかけた。
帕西瓦尔将被告知的路线牢记于心,伸手推开了加莱利亚的门。

「また、時間のある時に話を聞かせてくれ」
"“下次有空时,再跟我讲讲吧。”"

「はい、いつでも。あざっしたー」
"“好的,随时都可以。谢啦——”"

 凡そ絵を売買する店で聞かない文言を背に受けながらパーシヴァルは路地を走った。各店にチラホラと展示されている絵は、やはり心を打たない。
背负着在画作买卖店里闻所未闻的言辞,珀西瓦尔奔跑在小巷中。零星展示在各家店铺的画作,终究未能打动他的心。

 あの鮮烈な青と空は、あの空の世界を体験した彼だからこそ描けるものなのだと、そう願わずにはいられなかった。
那抹鲜明的蓝与天空,唯有亲历过那片天际世界的他才能描绘得出——这个念头令他无法不如此祈愿。

「わぁ、パーシヴァルさん沢山買ってきてくださったんですねぇ!」
"“哇,珀西瓦尔先生您买了好多回来呀!”"

 センが小舟が印刷された紙袋を開封して歓喜の声を上げる。あの後ローアインに教えられた通りの道筋を辿った結果、きちんと小舟屋に到着することができた。店長の言に従って時間が過ぎても待っていてくれたらしい。息を切らすパーシヴァルに二人組の店員、エルセムとトモイは「そんなに急がなくても良かったのに」「いい人か」と謎の励ましをくれた。
拆开印着小船的纸袋时,セン发出欣喜的叫声。按照后来ローアイン指点的路线,他们顺利抵达了小船屋。看来店主遵守承诺,即使过了时间也依然等着他们。气喘吁吁的パーシヴァル得到了店员二人组——エルセム和トモイ谜一般的鼓励:“不用这么着急也行的啦”“是好人呢”。

 たった今、それもほんの少ししか話さなかったのにローアインの知り合いというだけで二人は大層サンドイッチの具を盛ってくれて、頼んでもいないサイドメニューまでつけてくれた。料金も想定していたよりも随分と安く、後で店長から怒られやしないかと心配になってしまう。
仅仅因为是ローアイン的熟人,尽管才刚见面且交谈甚少,两人却给三明治加足了料,还附赠了并未点选的配菜。价格也比预想的便宜许多,反倒让人担心事后店主会不会责备他们。

「色々あってな……」
"「发生了很多事啊……」"

 そう返答するとセンは少し心配そうに「ごめんなさい、遠出させてしまって」としゅんとする。「気にするな。俺も相伴に預かれる」と言って、パーシヴァルもまた席に着いた。
听到这样的回答,仙略显担忧地垂下眼帘道歉道'对不起,让你跑这么远'。'别在意,我也能沾光呢'帕西瓦尔说着也重新落座。

 それでもまだ少し気遣わし気だったセンだが、アルルメイヤが事務室の扉を閉めると同時に卓上に鎮座したサンドイッチと向き合い、きらきらと目を輝かせながら個装のフィルムを開け始めた。途端に事務室内にスモークサーモンとライムの豊潤な香りが満ちる。
虽然仙仍带着几分顾虑,但当阿尔露梅娅关上办公室门的瞬间,她立刻被桌上摆放的三明治吸引了目光,双眼闪闪发亮地开始拆解独立包装薄膜。刹那间,烟熏三文鱼与青柠的馥郁香气便充盈了整个办公室。

「うん、閉じて正解だったね」
"'嗯,关上门果然是对的'"

 よしよしと頷いて、アルルメイヤもまた席に着いて自分のサンドイッチに手をかけている。言葉もなくサンドイッチに食らいついているセンを見守りながら、ザザの席にも彼のために調達してきたものを置き、パーシヴァルは自分のためにと買ってきたバゲットサンドを開封した。
阿尔尔梅娅也点点头坐回座位,开始享用她的三明治。她默默注视着狼吞虎咽的森,同时在扎扎的座位上放好为他准备的食物,帕西瓦尔则打开了自己买的长棍三明治。

 蒸した鶏と洗い立てのようなレタス、クルミのペーストに少しの岩塩。ぱらぱらと黒く見えるのは黒胡椒か。薄くスライスされたトマトが目に鮮やかで、それも何か拵えがしてある。
蒸鸡肉、鲜嫩生菜、核桃酱与少许岩盐。那些零星的黑点大概是黑胡椒吧。薄切的番茄片色泽鲜艳,似乎还经过特别处理。

さて、このボリュームをどう食べたものか、と何の気なしに常は上品に食物を口にするアルルメイヤの席に目を向けた。彼女は見られていることに気が付いたのか、こちらを見てにっこりと笑う。
正想着该如何解决这份量,目光不经意间落向平日用餐优雅的阿尔尔梅娅。她似乎察觉到视线,转头对我嫣然一笑。

「食べ物というものはそれに相応しい食べ方をしなければ美味しくないものだ。知っているだろうパーシヴァル殿。中にはナイフで切って一口ずつ食べるのが作法という者もいるが……成り立ちを考えるなら、サンドイッチはこうするに限る」
"「食物这东西,若不采用与之相配的吃法便不美味。您应该明白吧,珀西瓦尔大人。虽说有些人认为用刀切成小块细嚼慢咽方显礼仪……但若追溯本源,三明治就该这么吃」"

 ざくりという音と共にサンドイッチが咀嚼されていく。あとはセン同様言葉もない。大口で遠慮なく食べて、時折うんうんと頷いている。
随着咔嚓声响,三明治被大口咀嚼起来。之后便和森一样再无言语。毫不客气地大快朵颐,偶尔还发出嗯嗯的赞同声。

 ありがたい高説を聞いて、パーシヴァルも吹っ切れた。大きめに一口入れてみて、その美味に驚く。事務室内はパンや野菜が齧り取られる音が響くのみとなり、途中で入室してきたザザがこの異様な光景に驚く羽目となった。
聆听着这番高见,珀西瓦尔也豁然开朗。试着咬下一大口,顿时为其中的美味所震惊。办公室里只剩下啃咬面包与蔬菜的声音回荡,中途进门的扎扎目睹这异常景象,不禁愕然。

 各人がカウンターや書架に散って、数刻。ふと小さな窓を見上げれば随分と夜半に近づいているらしく、黒に近い色合いをしていることが分かった。
众人分散在柜台和书架间,过了几个时辰。偶然抬头望向小窗,发现夜色已深近午夜,窗外的颜色近乎漆黑。

「パーシヴァルさん、お先に失礼します」
"「珀西瓦尔先生,我先告辞了」"

 帰り支度を済ませたセンが駆け寄ってくる。
收拾好随身物品准备离开的森小跑着过来。

 午後からの彼女は大変元気で、元気が有り余った結果、朗読会で読みきかせをするはずだった穏やかな絵本の内容が活気あふれる冒険譚になってしまったと、彼女の相方を務めていたアルシャから聞いた。
午后她精神格外饱满,以至于精力过剩,原本该在朗读会上温柔讲述的绘本内容,竟被她演绎成了充满活力的冒险故事——这是从她搭档阿尔夏那里听来的。

「今日はありがとうございました。明日はお休みでしたっけ」
"“今天非常感谢。明天您应该是休息日吧?”"

「あぁ」
"“啊。”"

 週一回の閉館日を除いて長時間開館している大図書館の司書たちは、順繰りに休みを取っている。偶然か、パーシヴァルは明日と明後日に連日で休みを得ていた。
除每周一天的闭馆日外,这座长时间开放的大图书馆里,管理员们轮流休假。不知是巧合还是有意安排,珀西瓦尔获得了明后两天的连续假期。

「わからないことがあればアルルメイヤかザザに訊くと良い」
"「有不明白的事可以请教阿尔梅亚或扎扎」"

「はい! あ、パーシヴァルさん、明日アート市があるの、ご存じですか」
"「好的!啊,珀西瓦尔先生,您知道明天有艺术市集吗?」"

「アート市……?」
"「艺术市……?」"

「はい。六番街にずらっとお店が並ぶんです。アート市って言いますけど、食べ物のお店もたーくさんあって! パーシヴァルさんワインが好きだとアルルメイヤさんから聞きましたので!」
"「是的。第六大街会排满店铺。虽然叫艺术市,但也有很多食品摊位!我听阿尔梅娅小姐说帕西瓦尔先生喜欢葡萄酒!」"

「そうか……行ったことがないな。良いことを聞いた」
"「这样啊……我还没去过。真是听到了好消息」"

「私の下宿先の奥さんもお店を出すんです。よかったら!」
"「我寄宿处的老板娘也要开店。有兴趣的话就来吧!」"

 一枚の果物屋のチラシを託してセンは大手を振って帰っていった。それを見送った後、パーシヴァルは少し思案する。
森递来一张水果店的传单后,便挥着手大步离开了。目送他走后,帕西瓦尔稍作思忖。

 アート市、というくらいだから恐らくは芸術関係の店も多く出店するのだろう。今まで芸術関連のジャンルに食指を伸ばしたことがなかったため、どのようなものかは想像することしかできない。
既然是艺术市集,想必会有许多与艺术相关的店铺参展吧。由于此前从未涉足过艺术相关领域,他只能凭空想象那会是怎样的场景。

 しかし、絵画に関与する店があるのであれば、それらに連なる画材を販売する店も出店すると踏んで間違いはなさそうだった。チラシの下方には、パーシヴァルでも知っている画材販売の大手の名が、市の協賛社として記載されていた。
既然有参与绘画的店铺,那么那些与之相关的画材店也来参展应该不会错。传单下方还列出了珀西瓦尔也熟知的几家大型画材供应商的名字,作为市政府的赞助商。

 チラと脳裏をよぎったのは、あの鮮烈な青の絵だった。
脑海中一闪而过的,是那幅鲜艳的蓝色画作。

――安直だろうか。ジークフリートがここに現れやしないかと思うのは。
——会不会太想当然了?想着齐格弗里德会不会出现在这里。

 可能性は、ないわけではない。彼はよく家を空けるとローアインは言っていた。画材を調達するためとみても良いのではないか。
并非完全没有可能。罗亚因曾说他经常不在家。或许可以认为他是去采购绘画材料了。

 そのまま頭を振る。急いては何事も上手くいかない。
就这样摇了摇头。欲速则不达。

 少なくとも、彼に連なる何かは得られるだろうと、少しだけ期待してパーシヴァルは眼前の画面を閉じた。明日も明後日も平日である。アート市、というものはこの国で職を得てから行ったことはなかったが、人通りもそこまで多いということはないだろう。
至少,珀西瓦尔带着些许期待,认为能从与他相关的事物中有所收获,于是关闭了眼前的屏幕。明天和后天都是工作日。虽然在这个国家找到工作后从未去过所谓的艺术市集,但那里的人流量应该不会太大。

二 蒼く、降る
二 苍茫飘落

 晴れてはいるが、まだ春先であるし、うす寒かろうと薄いトレンチコートを着ていたのだがパーシヴァルはすぐさまそれを脱いだ。
虽然天气晴朗,但毕竟还是初春时节,料想仍有些微寒,帕西瓦尔便穿了件薄风衣,但很快又脱了下来。

 六番通りは普段おとなしい生活路である。
第六大道平日里是条安静的生活小路。

 市場に連なる道が数本あるだけで、あとは一般人が住む住宅街となっている。パーシヴァルが住まうアパルトメントは七番通りであり、帰りにも幾度か通ったことがあった。極々おとなしい、日の当たるよい通りであると、そう思ってはいたのだが眼前には人の群れしかない。そういえばこの都市は芸術と商業の街であった。商魂逞しい人々が何とも活気良く通りゆく人々に声をかけて道に引き込み、その人込みを見た観光客が吸い込まれていく。
仅有几条道路通向市场,其余皆是普通居民区。珀西瓦尔所住的公寓位于第七大道,回家时也曾多次途经。本以为是条极为安静、阳光充沛的好街道,可眼前只见人潮涌动。说起来这座城市本就是艺术与商业之都。那些商贩们精神抖擞地向过往行人吆喝揽客,而目睹这熙攘景象的游客们也不由自主被吸引过去。

 人の熱でムッとした空間は普段であれば避けたいと思えるものではある。
这种因人群而闷热的空间,平日里定是避之不及的。

 一瞬引き返そうかとパーシヴァルは思った。だが、引き返したとて、結局なぜ引き返したのだと後悔ついでに思うのが関の山である。覚悟を決めて、パーシヴァルは通りへ足を踏み入れた。
珀西瓦尔曾闪过折返的念头。但即便回头,到头来也不过落得个为何要回头的懊恼罢了。他下定决心,迈步走进了街道。

 センが言っていた言は確かだった。殆ど隙間なく露店が連なり、果実や魚なども販売されている。観光客のみではなく、この都市に居を構える主婦らも大勢訪れているようだった。提示されている価格は安すぎるくらいで、生鮮食品を取り扱う店の前には大声で歓談する逞しい女性であふれている。近寄らないほうが賢明であろうと足早に通り過ぎようとした時、不意に、ずいっと眼前にオレンジが差し出された。
千说过的话果然没错。摊位密密麻麻地排列着,几乎不留空隙,贩卖着水果和鱼等商品。不仅有游客,似乎还有许多在这个城市安家的主妇前来光顾。标出的价格便宜得过分,生鲜食品店前挤满了高声谈笑的健壮女性。正当我快步走过,心想还是别靠近为妙时,突然,一个橙子冷不丁被递到了眼前。

「お兄さん男前だねぇ。あげちゃうよ」
"“小哥长得真帅啊。送给你啦。”"

「は? いや、俺は……」
"“哈?不,我……”"

「遠慮は要らないって。ねぇ! まったくそんなに細いと後が大変よ!」
"「都说不用客气啦。喂!这么瘦的话以后可要吃苦头的!」"

 褐色の肌をした大柄な女性が次々にパーシヴァルの手元に果物を積んでいく。断ろうにも、積まれたものを落とすまいと懸命になってしまって声がかけられない。
褐色皮肤的高大女性不断往珀西瓦尔手边堆水果。他连拒绝的空隙都没有,光是忙着不让堆成小山的食物掉落就够呛。

「有難いのだがご婦人、せめて対価を」
"「感激不尽夫人,但至少让我付钱」"

「やっだぁー! ご婦人だなんて! もっと持ってって!」
"「哎呀呀!说什么夫人嘛!再多拿点过来!」"

「アリアたら浮気? 旦那どうすんのよ! ちょっとお兄さん、こっちも来てよ!」
"「阿莉亚这是要出轨?你老公怎么办呀!喂小哥,这边也过来啦!」"

「いや、その、待ってくれないか」
"「不,那个,能不能等一下」"

 パーシヴァルの断りの言葉などお構いなくである。結局山のように果物やら野菜、何故か乾燥パスタまで乗せられて、おざなりに料金を支払い、解放された。
帕西瓦尔那套推辞的说辞根本没人理会。最终他被塞了堆积如山的水果蔬菜,甚至还有莫名其妙的干意面,草草付完钱才得以脱身。

 トレンチコートを置いてくるべきであったと心底悔やみながら、パーシヴァルは巨大な紙袋を抱え直す。抱え直して、途方に暮れた。これではジークフリートを探すどころではない。その前に腕が疲労で力尽きそうだった。
帕西瓦尔一边懊悔着真该把风衣留下,一边重新抱稳那个巨型纸袋。刚调整好姿势就陷入了茫然——抱着这堆东西别说寻找齐格飞了,现在双臂都快因疲劳而失去知觉。

 よろよろと青果露店を抜けた。抜けた先は本命というべきか、画材や絵画を中心とした露店がずらりと並んでいる。活気はあるが静かなもので、皆一様に真剣であることからもあのガレリアの通りを思い出した。それでもあの通りとは比べ物にならないくらいに人が多い。果たして、こんな中で、こんな荷物を抱えて、人や情報が探せるものだろうか、と歩みも遅く東へ向かう。
他踉跄着穿过蔬果摊。前方才是重头戏:画材与绘画主题的摊位鳞次栉比。虽热闹却透着静谧,众人专注的神情让他想起那条画廊街。但这里的人流量远超当年。拖着这副累赘身躯,真能在汹涌人潮中打探消息吗?他抱着货物,步履迟缓地向东挪动。

「あ、パーシヴァルさ、うっわすげぇ! モッテモテじゃないすか!」
"「啊,珀西瓦尔大人,哇塞太厉害了!这不是超受欢迎吗!」"

 聞き覚えのある声に驚く。見れば画材店の手前、準備中の看板を出している店にローアインとエルセム、トモイがいた。準備中であるにも関わらず、店の近くには沢山の客がおり、皆開店を今か今かと待っているように見えた。
熟悉的声音让我吃了一惊。循声望去,在美术用品店门前,正在摆放准备中招牌的店铺旁站着罗亚因、埃尔瑟姆和托莫伊。尽管还未营业,店周围已聚集了大量顾客,所有人都翘首以盼等着开张。

「好きでこうしているわけではないのだが……今日はガレリアは休みか?」
"「虽然并非出于本意……但今天画廊休息吗?」"

「いや開けてますよ。アート市の日は儲かり方が半端ないんで、俺も店長としてこっちに助っ人しちゃってる的な? あっちはバイトちゃんに任せてます」
"「哎呀开着呢。艺术集市那天赚得盆满钵满,我作为店长也来这边帮忙了嘛?那边就交给打工的小妹负责啦」"

「うわぁすげぇ荷物! 青果んとこ、すげぇっしょ。いやぁ俺らもめっちゃ持たされるんすけど……そこまでにはならなかったわ~」
"「哇靠好夸张的货量!蔬菜摊那边超厉害的吧。虽然我们也被塞了好多货...但也没到那种程度啦~」"

「男前って得よね~」
"「帅哥就是占便宜呢~」"

 ねー? と顔を見合わせるエルセムとトモイ。こいつら……と言葉もなく彼らを睨むとローアインが「まぁまぁ」と声をかけてきた。
“呐?”埃尔瑟姆和托莫伊面面相觑。这两个家伙……罗亚因无言地瞪了他们一眼,这时劳恩插话道:“好啦好啦。”

「それ、俺んとこで預かりますよ。パーシヴァルさん、こっから先に用があるんしょ?」
"“那个就由我这边保管吧。珀西瓦尔先生,你接下来还有事要办对吧?”"

「それはそうだが……悪いだろう」
"“话是这么说……但太麻烦你了”"

「いいんすよ! あ、でも事故って間違えて使っちゃうかも知れないっすけど」
"“没关系啦!啊,不过可能会不小心用错出事故呢!”"

「あぁ、それは構わん。場所代として、好きに使ってくれ」
"“啊,那无所谓。就当场地费,随便用吧。”"

 女将たちには悪いが、と思いながらパーシヴァルは紙袋をローアインに渡す。「ちょ、マジヘビーなんすけど!」 と悲鳴を上げながらローアインは大切そうに引き取ってくれた。
虽然对老板娘们有些过意不去,帕西瓦尔边想边把纸袋递给罗亚因。“呜哇,这也太重了吧!”罗亚因发出哀嚎,却还是小心翼翼地接了过去。

「俺ら、五時までは此処にいるんでぇ。好きな時間に引き取っちゃってください……あ、ジークフリート先生見かけたら、俺がいい加減連絡寄越せっつってたって言ってもらってもいいっすか」
"「我们五点前都会在这儿。您随时方便来接都行……啊,要是见到齐格弗里德老师,麻烦转告他我催他好歹回个信儿」"

 パーシヴァルは、何か、心中を言い当てられたような心地になって寸時、息が止まりそうになった。ローアインに他意はないのだろう。その証拠に「今日来てっかわかんないすけど……神出鬼没なんすよねぇ」と顎に手を当て難しそうな顔をする。
珀西瓦尔顿时有种被说中心事的感觉,刹那间几乎窒息。罗阿因应该并无恶意——证据就是他摸着下巴为难地嘟囔着「今天会不会来完全没准儿……神出鬼没的真是」

「……あぁ、見かけたら声をかけておこう」
"「……好吧,见到他的话我会打招呼的」"

「頼んました! じゃ、アート市楽しんで!」
"「拜托了!那么,祝你在艺术市玩得开心!」"

 ウェーイ! と元気よく見送られて戸惑う。奇異の目が自身に向けられる前に、パーシヴァルは足を速めた。
被元气十足地挥手送别时有些不知所措。在异样目光聚焦到自己身上前,珀西瓦尔加快了脚步。

 身が軽くなったのは幸いだった。まだ重い腕を励ましながら、露店を進む。
身体变轻是件好事。一边鼓励着仍感沉重的手臂,一边穿过露天摊位。

 素人が手掛けたものからコピー画、本格的な油彩まで数多くが売られている。店側から客に声をかけて、会話を楽しみながら商売をするのが主流らしい。中には絵ではなく椅子や小さな机といった家具を取り扱うものもあった。
从业余爱好者创作的作品到复制画、专业油画,这里售卖着各式各样的艺术品。店家主动与顾客搭话,边聊天边做生意似乎是主流做法。其中也有些店铺不卖画作,而是经营椅子、小桌子之类的家具。

 価格については、学がないので何とも言えない。昨晩、ほんの少しパソコンで情報を探ってみたが、素人がこういった市で買い物をするとカモにされるしかないということがよく分かった。浅慮なものは正統派から排斥されるため、そういったことはこの都市では少ないとは聞いているが、眼前の価格が果たして適正なものかは終、ぞわからなかった。
关于价格,由于缺乏专业知识,我实在无法评判。昨晚稍微用电脑查了查资料,才明白业余爱好者在这种集市购物很容易被宰。听说因为轻率之人会被正统派排斥,这类情况在这座城市并不多见,但眼前的价格究竟是否合理,终究还是无从知晓。

 流し見する者、立ち止まってじっくりと作品や画材を見る者。そういった者たちの服装や、髪の色、姿をよく見てはみるものの、ジークフリートらしき人物は見当たらない。
有人走马观花地浏览,也有人驻足细细观赏作品和画材。我虽然仔细打量着这些人的衣着、发色和样貌,却始终没找到疑似齐格弗里德的身影。

 名と体をそのまま次いで、現代に生きている者は多いが全ての者がそうか? と言われればパーシヴァルもわからないとしか答えられない。
继承名字与躯体在现代生活的人虽多,但果真尽皆如此吗?若被这样问起,珀西瓦尔也只能回答不知道。

 ジークフリートも同様で、彼が自身の記憶の中にある姿をしているかどうかは、分からない。今までも散々探し回っていたのだ。今更ながら、随分と雲を掴むようなことをしているものだと思った。気落ちしかけた心を奮って、歩を進めようとしたその時だった。
齐格飞亦是如此,他是否保持着记忆中自己的模样,无人知晓。至今为止已苦苦寻觅许久。此刻才惊觉,自己竟一直追逐着如此虚无缥缈之物。正当他振作几近消沉的心绪,准备继续前行时——

 ポツ、と手の甲に雫が落ちた。何事かと上を見上げると、真っ青に晴れているにも関わらず大粒の雨粒がぼたぼたと盛大に落ちてきた。
啪嗒,一滴水珠落在手背上。诧异地抬头望去,明明晴空万里如洗,豆大的雨点却噼里啪啦倾盆而下。

 慌てたのは、露店の者達である。テントの屋根からはみ出している商品に慌ててビニールカバーをかけて防護する。手近にいた客たちも自身が濡れることなど厭わずに手をかしていた。パーシヴァルも同様で、近くの老夫婦を助けて、彼らの屋根下を借りて雨をやり過ごしていた。
慌张的是那些摊贩们。他们手忙脚乱地为伸出帐篷顶的商品盖上塑料布遮挡,连附近的顾客也不顾自己被淋湿,纷纷伸手帮忙。珀西瓦尔同样如此,他帮助了一对老夫妇,借他们的屋檐躲雨。

 人が一気に消えた。白むほどに雨は降り注ぎ、石畳をしとどに濡らしていく。排水管から透明な水が吐き出されて、昔構築された古い溝を通じて、運河へ流れ込んでいく様が見える。
人群骤然消散。暴雨倾盆而下,将石板路浸得透湿。排水管吐出透明的水流,沿着古老沟渠汇入运河的景象清晰可见。

 何とも不思議な天気だと老夫婦に借りたタオルで髪をぬぐいながら、パーシヴァルは空を見、煙るような雨が降る道を、再度、見た。音が、止まったように思えた。
真是奇怪的天气啊。珀西瓦尔用向老夫妇借来的毛巾擦着头发,仰头望天,又看向烟雨朦胧的街道。四周仿佛突然陷入了寂静。

 一人、男が通り過ぎて行った。傘も何も差さず、ずぶ濡れになりながら、それでも急ぐ様子もなく、長身の、鳶色の髪をした男性が通り過ぎた。
一个男人独自走过。没有撑伞,任凭雨水浸透全身,却也不见匆忙之态,那高挑的身影,顶着茶褐色头发的男子就这样穿行而过。

 髪が長いせいで顔色などはわからない。それでも異様な様子に、パーシヴァルは不審に思いながらその背を見送って、瞠目した。
因长发遮掩而看不清面容。即便如此,那异常的姿态仍令珀西瓦尔心生疑虑,目送其背影时,他猛然瞪大了双眼。

 ジークフリート、と勝手に口から声が漏れる。
齐格飞,这个名字擅自从他唇间漏了出来。

 雨音で誰にも聞こえない程度であろう声量となってしまったが、声は漏れて、目は勝手に先ほどの男性を追っていた。慌てて、テントから身を出す。老夫婦が「まだ降っているからいたほうが良い」と引き留めてきたが、パーシヴァルは足を止めることができなかった。
雨声掩盖下,音量微弱到几乎无人能闻,但话语还是漏了出来,视线却不由自主追随着方才那名男子。慌忙从帐篷探出身去。老夫妇劝说着'雨还没停,最好别走',但珀西瓦尔已无法停下脚步。

 男は急いでいるわけでもなさそうで、歩みも決して早いようには見えなかったが、何故かもう姿はない。何故だという焦燥感がパーシヴァルの心中を満たした。
男子似乎并不匆忙,步伐也看不出急促,可不知为何转眼就消失了踪影。莫名的焦躁感在珀西瓦尔胸腔里翻涌。

 トレンチコートを傘代わりに、走る。石畳を跳ね回る雨粒が革靴を濡らすが、そんなことは構っていられなかった。六番通りを通り抜けて、息を切らしながらパーシヴァルは周囲を見回した。雨降るばかりで、人はいない。皆、軒先で雨宿りしている。
将风衣当作雨伞,奔跑。飞溅在石板路上的雨滴打湿了皮鞋,但此刻已无暇顾及。穿过第六大道,气喘吁吁的珀西瓦尔环顾四周。唯有雨幕倾泻,人影全无。人们都在屋檐下避雨。

 距離は開いていなかったように思えるが、それでも、彼を見失ってしまった。
距离似乎并未拉开,可我还是跟丢了他。

――幻覚だった? そんな、まさか。
——是幻觉吗?不,怎么可能。

 濡れて下がった髪が鬱陶しい。掻き上げて、ふと、細通りを見た。
湿漉漉垂下的头发令人烦躁。我将其撩起,忽然瞥见一条小巷。

 運河の桟橋に連なる道で、建物の陰に隠れる形で屋根が見える。定刻船に乗るための場所であり、他の都市でいうバス停のようなものだ。
沿着运河栈桥延伸的道路上,建筑物的阴影里隐约可见屋顶。那是搭乘定时船只的场所,相当于其他城市的公交车站。

 このまま濡れて奇異の目に晒されることは癪である。短慮な自身を少しばかり恥じながらパーシヴァルは少し走り、建物の角を曲がって桟橋駅に足を踏み入れた。
就这样淋湿暴露在众人异样的目光下实在令人不快。帕西瓦尔一边暗自懊恼自己的轻率,一边小跑着转过建筑拐角,踏入了栈桥车站。

 トレンチコートを取り去って、屋根の外を見、少しだけではあるが雨脚が弱まったことを確認する。ぽたりぽたりと髪から滴る滴を他人事のように見て、そこで漸く桟橋駅に人の気配があることに気が付いた。
他脱下风衣,望向屋顶外,确认雨势确实稍有减弱。发梢滴落的水珠啪嗒作响,他事不关己般地看着,这才终于注意到栈桥车站里还有他人的气息。

 呼吸音がする。自分が滴らせている滴以外の音が、した。
有呼吸声。除了自己滴落的水滴声外,还有其他声音响起。

 恐る恐る振り向いて、存外強く光る琥珀色とぶつかる。
战战兢兢地回过头,意外撞进一双格外明亮的琥珀色眼眸。

 その琥珀色の目を持つ男は、己と同様にびっしょりと濡れたまま自身を凝視するパーシヴァルに対して、座ったまま緩く首を傾げて見せた。彼は黒いタートルネックのセーターを着ており、何故か青い絵の具がセーターのあちこちに付着している。
那个拥有琥珀色眼睛的男人,同样浑身湿透地凝视着珀西瓦尔,只是坐着微微偏了偏头。他穿着黑色高领毛衣,不知为何毛衣各处都沾着蓝色颜料。

「ジーク、フリート……」
"「齐格、弗利特……」"

 パーシヴァルは声を止めることが出来なかった。呼ばれた男は目を見開いて、そして、僅かに笑った。
帕西瓦尔无法抑制自己的声音。被呼唤的男人睁大了眼睛,随后微微笑了。

「何だ、バレてしまったか」
"「怎么,暴露了吗」"

 今生の生を別れた際、人はまず最初に相手の声を忘れるものだというが、パーシヴァルは決してそんなことはないと確信した。何しろ彼の声は、前の記憶で飽きるほどに聞き、聞けぬことを生涯後悔したあの低く、甘い声と同一だったからだ。
人们常说,当与今生的挚爱分别时,最先遗忘的便是对方的声音。但珀西瓦尔确信绝非如此。毕竟那个人的嗓音,与他在前世记忆中听到厌烦、又因余生无法再闻而悔恨终生的低沉甜蜜声线如出一辙。

「ジーク、フリート……ずっと探していた」
"「齐格,弗里德……我一直在寻找你们」"

 聞きたいことが、山のようにある。途切れそうになる言葉を必死に正し、パーシヴァルは何とか言葉を継ぐ。
想问的事情堆积如山。珀西瓦尔拼命矫正几欲中断的话语,竭力将对话延续下去。

 だが、ジークフリートは困ったように眉を下げながら尚も笑っている。
然而,齐格弗里德仍困扰似地垂下眉梢,却还在笑着。

「雨の中で俺を捕まえるのは大変だったろう。……それにしてもあいつもしつこいな」
"「在雨中逮住我可真够呛吧……话说那家伙也真是难缠」"

「……?」
"「……?」"

 何の話をしているのか。
在说什么呢。

「あいつ……とは?」
"「那家伙……是指?」"

 ジークフリートを探している。追われている? まさかこの世でも? 
正在寻找齐格弗里德。被追捕?难道在这个世界也是?

 しかし、一体誰に。
然而,究竟是谁。

「誰に追われていると?」
"“被谁追着?”"

「うん……? お前は……えぇと、何商会だったかな……そこの使いではないのか」
"“嗯……?你是……那个,叫什么商会来着……不是那边派来的吗”"

 話が噛み合わない。否、彼から見れば噛み合っているのか。雨の中でも己を追って、桟橋に隠れているところを見つけて「バレてしまった」。
对话驴唇不对马嘴。不,或许在他看来正对得上。即便雨中仍紧追不舍,发现我藏在栈桥时还说了句‘被发现了’。

パーシヴァルは何を言っていいのか判断も出来ず、ジークフリートを見つめることしかできない。
珀西瓦尔根本不知该说什么,只能怔怔望着齐格飞。

 ただ、これから先、聞きたくもない言葉が彼の口から述べられるのだろうということはどこかで予想がついていた。
只是内心深处早已隐约预感到,接下来他将说出那些我根本不愿听到的话。

「なら、話は別だ。この雨の中でまた逃げ回らなくてはならないのかと思った……いや、それなら何で俺の名前を知っているんだ」
"「那就另当别论了。我还以为又得在这大雨中四处逃窜……不对,既然如此为何你会知道我的名字」"

 初対面だろう。
我们应该是初次见面吧。

 そう言って、パーシヴァルの出方を伺うように、口を閉ざした。
说完便闭口不言,仿佛在观察帕西瓦尔会如何应对。

 パーシヴァルは立ち尽くしたまま、必死に脳内を整理しようとしていた。ジークフリートの見目は、何故か絵の具まみれなのと細身になっていることを覗けば記憶の彼そのものである。しかし、彼は、初対面だと言った。商会の使いだと、パーシヴァルを見て述べた。
珀西瓦尔呆立原地,拼命试图理清混乱的思绪。齐格弗里德的容貌,除了莫名沾满颜料和身形消瘦之外,与记忆中分毫不差。然而他却声称初次见面,说是商会派来的使者,如此评价着珀西瓦尔。

――そもそも、何故彼が記憶を持ち合わせたままであると確信していたのだろう。
——说到底,为何自己会坚信他仍保有记忆呢?

 自分がそうだから? そうであるなら、思い上がりも、甚だしい。だって周りの誰一人も、空の記憶何て持ってやいなかったのに。
因为自己是这样?若真如此,这份傲慢简直荒谬至极。毕竟周围没有任何人,拥有关于天空的记忆啊。

「……そう、だな、いや……すまない。知り合いと、似ていたものだから……」
"“……是啊,不……抱歉。因为你和我的一个熟人,长得很像……”"

「あぁ、なんだ、そうだったのか……そこにいると川風が当たって寒いだろう。こっちに来ないか」
"“啊,原来如此……站在那里会被河风吹得很冷吧。要不要过来这边?”"

 席を譲るようにジークフリートが身を浮かせた。その際に油紙で包まれた何かが落ちそうになって、パーシヴァルは慌ててそれを受け止める。
齐格飞像是要让座般微微起身。这时一个油纸包裹的东西眼看就要掉落,珀西瓦尔慌忙伸手接住。

 紙で包まれているから中身は分からないが、木の棒のようなものが数本入っていることは分かった。
虽然被纸包裹着看不清里面,但能感觉到有几根像是木棒的东西。

「おっと、すまない……そうそう、こいつを守ろうとして屋根を探していたんだ。いくつか雨宿りできそうなところは見つけたんだが、もう俺はずぶ濡れだったし迷惑だろうと思って……それに追われていることに気が付いたから」
"“哎呀,抱歉……对了对了,我是为了保护这家伙在找屋顶。虽然找到了几个能躲雨的地方,但自己已经湿透了觉得会给人添麻烦……而且发现被追上了。”"

 パーシヴァルから荷を受け取ってジークフリートは笑った。油紙を少しだけ寛げて見せてくれる。絵筆のようだった。
齐格弗里德从帕西瓦尔手中接过行李笑了起来。他稍微掀开油纸展示了一下,看起来像是画笔。

「これが欲しくて、外に出たんだ。こんなに青空なのに雨だなんて……お前も災難だったな」
"「我就是为了这个才出门的。明明天空这么蓝却下起雨来……你也真是倒霉啊」"

「いや……」
"「不……」"

 今一つ、言葉が上手く出てこない。パーシヴァルは迷った挙句、ジークフリートの隣に座った。ジークフリートは絵筆が濡れていないか確かめている。その隙に、彼の顔をよく見てみた。
一时之间,话语哽在喉头。帕西瓦尔犹豫再三,最终坐到了齐格弗里德身旁。齐格弗里德正检查画笔是否被雨水打湿。趁这间隙,他好好端详了一番对方的脸。

 琥珀色の目は変わらない。緩く癖のある鳶色の髪も変わらない。顔のつくりも、変わらずに美しいままであると感じる。
琥珀色的眼眸未曾改变。略带自然卷的鸢色头发也依旧如初。面容轮廓也依然美丽如昔。

 違うといえば、記憶の中の彼よりも随分と表情が豊かで口数も多いように思われた。そして先に見た通り、体格が痩せ型とも言えるほど細くなっていた。絵筆を使うということは、かつてのような大剣を振るうような筋力必要ではない。
若要说不同,便是他的表情比记忆中丰富了许多,话也多了起来。而正如先前所见,体格消瘦得几乎可称纤细。执画笔的营生,毕竟不需要像当年挥舞大剑那般强健的臂力。

 パーシヴァルとて、分厚い辞書を運ぶこと以外には筋力を要しない事務仕事についているので油断しない程度に鍛えてはいるが、かつての程の筋力は当然ない。
珀西瓦尔也不例外,除了搬运厚重辞典外,从事文职工作并不需要多大力气,所以虽保持着不至于懈怠的锻炼,但自然无法恢复当年的体魄。

 パーシヴァルがじっと見ていることに気が付いたのか、ジークフリートが不意に顔を上げて目があった。驚くほどに澄んだ琥珀色が、ぱちぱちと瞬きして、笑んだ。
珀西瓦尔是否察觉到了那凝视的目光,齐格飞突然抬起头来,四目相对。那双清澈得惊人的琥珀色眼睛眨了眨,笑了起来。

「綺麗な目をしている。炎のようだ」
"「你的眼睛真美,像火焰一样。」"

「何を……」
"「什么……」"

「あぁ、すまない」
"「啊,抱歉」"

 無遠慮だと思ったのかジークフリートが身を引いた。よく知った色が遠のく。
齐格弗里德以为这是冒昧之举而退开。熟悉的色彩渐渐远去。

「色鮮やかなものに心惹かれる癖があるらしい。炎は好きなんだが……色が今一つ表せなくて。お前の目は、良い色だと思った」
"「我似乎天生容易被鲜艳色彩吸引。虽然喜欢火焰……但总觉得颜色表现力还差些。你的眼睛,是我中意的颜色」"

 微笑みながらジークフリートは言う。穏やかな、静かな声が、懐かしかった。ただこの懐かしさはパーシヴァル一人しか感じていないもので、ジークフリートはあくまで初対面の人間と話している。途轍もない乖離感を感じ、パーシヴァルは密かに溜息を吐いた。
齐格弗里德微笑着说道。那温和而平静的声音,令人怀念。只是这份怀念唯有帕西瓦尔一人能体会,对齐格弗里德而言,他不过是在与初次见面的人交谈。感受到巨大的疏离感,帕西瓦尔暗自叹了口气。

「そうだ……お前、お前と言うのも失礼だったな。名は?」
"「对了……一直用‘你’来称呼未免失礼。你的名字是?」"

「いや、気にするな……俺はパーシヴァルだ」
"「不,不必在意……我叫帕西瓦尔。」"

「パーシヴァル……良い名前だ。奇遇だな、お互い冒険譚に出てくる人名とは」
"「珀西瓦尔……好名字。真是巧合啊,我们俩的名字都出自冒险故事呢」"

 胸がずきりと痛むのをパーシヴァルは確かに感じたが、押し殺して笑む。
珀西瓦尔确实感到胸口一阵刺痛,却强压下来露出微笑。

「俺もそう思っていた……ジークフリート。竜殺しの英雄の名だな」
"「我也这么觉得……齐格弗里德。屠龙英雄的名字啊」"

「ふふ、そうらしい。でも俺はあんな風に大剣を振ったり、ましてや竜を討伐出来たりしない。ただの絵描きだ」
"「呵呵,好像是呢。但我可没法像那样挥舞大剑,更别说屠龙了。只是个画画的罢了」"

 それしかできない、と次いでジークフリートは再度運河に目をやる。
除此之外别无他能——齐格弗里德说着,目光再次落回运河上。

「あぁ、そうだ……ギミックダガーという名を知っているか」
"「啊,对了……你知道『机关匕首』这个名字吗」"

 先のローアインの言葉を思い出した。絵筆を持って、自ら絵描きだと名乗って、はじめは気づかなかったがあの鮮烈な青に似た色の油彩を服に着けている。
我想起了罗亚因先前的话。他手持画笔,自称画家,起初我并未察觉,但他衣服上沾染着与那种鲜明青色相似的油画颜料。

恐らくローアインが言う「ジークフリート」に間違いはないのだろう。予想通り、彼は運河を見たままこくりと頷いた。
恐怕罗亚因所说的'齐格弗里德'不会有错。不出所料,他望着运河,轻轻点了点头。

「ギミックダガー……あぁ、ローアインの店だな。知っている。彼と知り合いなのか」
"「机关匕首……啊,是罗亚因的店铺吧。我知道。你和他认识吗?」"

「あぁ、言伝を得ている。顔を出せと」
"「啊,有口信传来。说是要你露面。」"

「そうだったのか…それは、ローアインにもパーシヴァルにも悪いことをしたな」
"「原来如此…那对洛特王和珀西瓦尔都做了过分的事啊。」"

 返答を聞いて苦笑しながら、パーシヴァルは一つ瞬いた。ジークフリートの肩が少しだけ震えていることに気が付いたからだ。春先で急な降雨ということもあり、確かに気温が下がっていてパーシヴァルも薄ら寒く感じていた。
听着回答苦笑的同时,珀西瓦尔眨了一下眼。因为他注意到齐格弗里德的肩膀正微微颤抖。时值初春又骤降大雨,气温确实骤降,连珀西瓦尔也感到丝丝寒意。

「どうした。寒いのか」
"「怎么了。冷吗」"

「あぁ、少し……しまったな、上着を持ってくるんだった」
"「啊,有点……糟了,该带件外套来的」"

 震える身を叱咤するようにジークフリートが身を摩る。
齐格弗里德像是要驱散颤抖的身体般搓了搓身子。

「家は? どこにある」
"「家呢?在哪里」"

「四番通りの……四辻のあたりの細通りだ。参ったな…」
"「四号大街……四条交叉路口附近的小巷。真是麻烦啊…」"

 困り果てたように言うジークフリートをパーシヴァルは暫し見つめ、ふっと息を吐いた。
帕西瓦尔凝视着满脸困扰的齐格飞片刻,轻轻叹了口气。

 桟橋駅の屋根から出て、上部を仰ぎ見る。通りの名を示す看板を確認し、また屋根の下へと帰った。
从栈桥站的屋顶走出,仰头望向高处。确认了标有街道名称的招牌后,又回到了屋檐下。

「ここからなら俺の家の方が近い。着替えもある。……何かの縁だ、家に来ないか」
"“从这里走的话,我家更近些。还有换洗衣物。……也算是有缘,要不要来我家?”"

 そう言えばジークフリートは驚いたように目を見開いた。
听我这么一说,齐格弗里德惊讶地瞪大了眼睛。

「いや、悪いだろう。会ったばかりなのに」
"「不,这样不太好吧。明明才刚见面」"

「構わん。どうせ俺も濡れているから風呂に入りたい。なら二人入るのも同じだ」
"「无所谓。反正我也淋湿了想洗澡。那两个人一起洗也一样」"

「そういう……問題なのだろうか」
"「这种……算是问题吗」"

 まだ躊躇するジークフリートの手を取った。ひんやりとして、節くれだった指が目立つ。
我牵起仍犹豫不决的齐格弗里德的手。冰凉粗糙的指节格外醒目。

「俺も寒いんだ。行くぞ」
"「我也冷。走吧」"

「お、おい」
"“喂,喂。”"

 体格が勝っていてよかった、とパーシヴァルは思った。
帕西瓦尔暗自庆幸自己体格更胜一筹。

 否、本当に拒否したいのであればこの手を振り払って逃げることも出来ただろう。半ば誘拐じみていると自身で自覚していた。
若他真心想要拒绝,本可以甩开这只手逃走的。他自己也心知肚明,这行为近乎诱拐。

 それでもジークフリートは困ったように眉を下げたまま着いてきた。
即便如此,齐格弗里德仍蹙着眉头,一脸困扰地跟了上来。

小雨の中、手を連ねて走る成人男性二人をこの通りの人々はどんな目でみているのだろう。あまり、想像はしたくなかった。
细雨中,两个成年男子手拉手奔跑在这条街上,不知路人会投以怎样的目光。实在不愿细想。

 七番通りは一番通りから数えて七つ目、ということではあるのだが幾筋にも跨り、その通りを全て含めて七番通りと呼ばれている。七はゲン担ぎが大好きな商業者にとって幸福の数字でしかない。はじめは当然一本だったらしいが、自らが住んでいるところも七番にしてほしいという滅茶苦茶な要望が通ってとてつもなく増えた、というわけだった。
第七大道虽说是从第一大道数起的第七条街道,实则横跨数条道路,整片区域都被统称为第七大道。对于热衷讨彩头的商人们而言,七不过是象征幸福的数字罢了。据说最初本只有一条主街,但因居民们荒唐地要求将自己住所也划入第七大道,最终导致街道数量激增。

 七の一だの、七の二だの、他の通りには見られない看板があちらこちらに据えられている。慣れていなければ同じ名前の通りばかりで迷うのだが、その組みに組まれた構造が逆に防犯に役立っていると、パーシヴァルはどこかで聞き及んでいた。
诸如第七大道一区、第七大道二区之类的标牌在街头巷尾随处可见,这在其他街道实属罕见。不熟悉的人会在这片同名街道中迷失方向,但帕西瓦尔曾听闻,这种迷宫般的构造反倒成了天然的防盗系统。

 自らが住まうアパルトメントのメインフロアを通り過ぎ、頑丈な樫の木で拵えられた階段を上がる。木製なのに軋みもせず、傷みもしていない。
他走过公寓的主楼层,踏上以坚实橡木打造的阶梯。虽是木质结构,却既不吱呀作响,也未见丝毫磨损痕迹。

 さすがにもう手は繋いでいなかった。ジークフリートは不思議そうに周りを見ながらもきちんと着いてきている。ウォールライトで照らされた彼の髪から雫が一定の間隔で落ちて、階段に水滴を残しているのが見えた。不意にジークフリートが視線を変えて上を見上げてきたので、慌てて目をそらした。
他们早已松开了牵着的手。齐格弗里德虽然一脸困惑地环顾四周,但仍乖乖跟在后面。壁灯照亮他的发丝,水珠以固定间隔滴落,在台阶上留下点点湿痕。他突然改变视线抬头望来,我慌忙别开目光。

 真鍮のカギを挿してドアを押し開ける。自身にとっては慣れた光景であるが、やはりジークフリートは所在なさげに玄関に立ち尽くしていた。
将黄铜钥匙插入门锁推开。这景象对我而言早已熟悉,但齐格弗里德仍不知所措地呆立在玄关。

 パーシヴァルはその様子をどこか懐かしく思いながらも表情には出さず、黙って脱衣所に入り、分厚いバスタオルを彼に放った。驚いたように受け止めて「ありがとう」と笑んでくる。
帕西瓦尔望着他这副模样,心中泛起某种怀念之情,却未显露在脸上,只是沉默地走进更衣室,朝他抛去一条厚实的浴巾。他慌忙接住,绽开笑容道了声「谢谢」。

「ともかく服を脱いで体を拭いて湯が溜まるまで待っていてくれ。服は洗濯するから、そこの籠に」
"总之先把衣服脱了擦干身体,等水放好。衣服要洗,扔那边的筐里。"

「あぁ……あの、パーシヴァル。タオルを貸してくれただけでもありがたいんだが」
"啊……那个,珀西瓦尔。借我毛巾已经很感谢了。"

「帰ってくる途中くしゃみばかりしていた人間が何を言う。ともかく脱げ」
"一路上喷嚏打个不停的人还说什么。总之快脱。"

 顔色も若干悪いように思われた。春になってからは一度も動かしたことのない暖房のスイッチを入れ、彼を追い立てるように脱衣所に追い込む。
他的脸色看起来也有些差。自入春以来从未动过的暖气开关被按下,像是驱赶他一般将他逼进了更衣室。

 居心地悪そうにおずおずと脱ぎ始めたことを確認し、先んじて風呂場に入りシャワーコックの上にある湯沸かし器をつけると機嫌悪そうに一瞬だけ唸って、仕方なさそうに湯を吐きはじめた。広くもない風呂場に一気に蒸気が満ちる。
确认到他局促不安地开始脱衣服后,我抢先一步进入浴室,拧开淋浴龙头上的热水器开关。热水器不情不愿地嗡鸣一声,随即无可奈何地吐出热水。狭小的浴室瞬间被蒸汽充满。

「……これでいいだろう。石鹸や、シャンプーの類は好きに使え」
"“……这样就行了吧。肥皂啊洗发水之类的随便用。”"

「あぁ。ありがとう」
"「啊。谢谢」"

 湯が満たされ始めた浴槽を確認し、風呂場から出るとジークフリートはもう下着一枚になっていた。
确认浴缸开始注满热水后,齐格弗里德走出浴室,身上只剩一件内衣。

 何もまとわない身は、服がなくなった分さらに細く見える。じろじろと見るのもなんだかおかしい気がして「風呂場の方が温かいから早く入れ」と心にもないことを言いながらパーシヴァルは脱衣所から退出した。
未着寸缕的身体因失去衣物遮掩更显纤细。直勾勾盯着看总觉得有些奇怪,帕西瓦尔说着违心的话「浴室更暖和,你快进去吧」,随即离开了更衣室。

 自身の濡れた服は脱衣所の籠に放り込み、乾いた室内着を身にまとう。ついでに彼の分の着替えを洗濯機の上に積んで、風呂場から湯の流れる音を聞きながら再度リビングへと出た。あの凍えようであれば、湯のみではなく何か胃に入れさせた方が良かろうとパーシヴァルは冷蔵庫に向かった。
将身上湿透的衣服扔进更衣室的篮子,换上干燥的室内服。顺便把他的换洗衣物叠放在洗衣机上,听着浴室传来的水流声再次走向客厅。帕西瓦尔想着,那人若冻成那样,除了热茶最好再往胃里塞点东西,便朝冰箱走去。

食材を用意する間に、パーシヴァルは一つ思い出す。
准备食材的间隙,帕西瓦尔突然想起一件事。

 そういえば、ローアインのところにあの一抱え分もある食材を預けっぱなしにしていた。
说起来,还有一整筐食材一直寄放在罗亚因那里没取回。

 ちらと時計を見上げるともう五時を通り過ぎている。
抬眼瞥见时钟,指针早已划过五点。

あれらが順当に調理されていれば良いのだが、却って荷物になってやしないか、否、なっているだろうと確信する。明日、またサンドイッチを買いに行くついでに詫びを入れに行こうと決める。ついでに、ジークフリートと会えたことも報告しなくてはならない。
若那些食材能顺利烹煮倒好,但反而会变成累赘吧——不,我确信已经成了负担。明天去买三明治时顺道去赔个不是吧。顺便还得汇报遇见齐格飞的事。

三 降りゆく、記憶を
三 飘零而下的记忆

「パーシヴァル。風呂、ありがとう。助かった」
"「珀西瓦尔。谢谢你准备的洗澡水,帮大忙了」"

 調理が終わった頃に出てきたジークフリートの姿を見、パーシヴァルは眉を上げた。
看到料理完成时才现身的齐格飞,珀西瓦尔挑了挑眉。

タオルを首から下げてはいるが、濡れたままの長髪からぽたぽたとフローリングに水が垂れている。せっかく与えた替えの服がゆっくりと濡れていくのが分かった。
虽然脖子上挂着毛巾,但湿漉漉的长发仍不断往地板上滴水。他眼睁睁看着刚借出的替换衣物正被慢慢浸湿。

「貴様、風呂に入った意味がないだろうが」
"「你这家伙,洗澡都白洗了吧」"

「う、ん? すまない……お、おいパーシヴァル……」
"「呜、嗯?抱歉……喂、喂珀西瓦尔……」"

 彼が首掛けているタオルを強引に奪って髪を拭いてやる。水を浴びせられた犬のように俯き、大人しく拭かれ、何だか申し訳なさそうにしている。
我一把夺过他挂在脖子上的毛巾,替他擦起头发来。他像被泼了水的狗一样低着头,乖乖任我擦拭,不知为何显得很愧疚。

 座れ、と視線で促しソファへ腰を落とさせ、タオルから解放してやった。暖房のおかげか、多少は乾いたものの、このままではまたくしゃみをされかねない。
用眼神示意对方坐下,让他坐进沙发后,终于从毛巾中解放出来。或许是暖气的缘故,头发多少干了点,但这样下去难保不会又打喷嚏。

「それだけ髪が長いのならドライヤーくらい使ったことがあるだろう」
"「既然头发这么长,总该用过吹风机吧」"

 パーシヴァルがそう言えども、ジークフリートは「いや……」と、困ったように首を傾げるのみ。嘆息して脱衣所からドライヤーを引っ張り出して髪に熱風を浴びせてやると、言葉もなく、より一層申し訳なさそうに背を丸めた。
尽管帕西瓦尔这么说,齐格飞却只是为难地歪着头回答「不……」。叹息着从更衣室取出吹风机给他吹头发时,他沉默着把背弓得更低了,显得愈发愧疚。

 湯浴みを終え、脱衣所からパーシヴァルが出ると、リビングのソファにジークフリートは身を沈めていた。かけてやった毛布をしっかりと肩まで引きずり上げて、何かを手に取り書いているように見える。
泡完澡后,珀西瓦尔从更衣室出来时,看见齐格弗里德正深陷在客厅的沙发里。他把自己给他披的毯子严严实实拉到肩膀处,手里似乎拿着什么在写写画画。

「何を描いている」
"「在画什么呢」"

 その手元を覗き込んで、パーシヴァルは目を見張った。
珀西瓦尔探头看向他手中的东西,不由得瞪大了眼睛。

 彼の手元には、先までいたアート市の風景が表れていた。恐らくはサイドテーブルにあったメモ帳とその傍にあったボールペンで描いたのだろうと思われる。さすがにモノクロの世界ではあったが、緻密なまでに描き込まれた街並みはひどく現実味がある。小さいが、人々の表情は穏やかで、明るい。
他手边浮现出刚才所在的艺博会的街景。大概是用放在茶几上的记事本和旁边的圆珠笔画的吧。虽然终究是黑白的世界,但细致入微描绘出的街道却异常真实。虽小,但人们的表情安详而明亮。

「あぁ、パーシヴァル……すまない、手持ち無沙汰で、描いてしまった」
"「啊,珀西瓦尔……抱歉,闲着没事就画了起来」"

 描いてしまった、と言えるレベルのものではないように思われた。パーシヴァルが湯浴みをしていたのは精々三十分かそこらである。その間にこのようなものが描けるのか、と唖然としながら手渡されたメモを眺めた。
这绝非能用「随便画画」来形容的水平。珀西瓦尔泡澡最多不过三十分钟左右。在这期间竟能画出这样的作品?我愕然凝视着递来的记事本。

「絵描き……だったんだな」
"「原来你是个画家啊……」"

「そうなんだ、絵描きなんだ。俺にはそれしか能がなくて……まぁそれも落書きなんだが」
"「是啊,我是个画家。除了这个我一无是处……虽然也只是涂鸦罢了」"

 照れたように笑うジークフリートを見ながら、パーシヴァルは内心で深い深い溜息を吐いていた。こいつは、どの世界でも生きる道を一つと決めると突き詰めるらしい。
看着齐格弗里德腼腆的笑容,珀西瓦尔在心底深深叹了口气。这家伙似乎无论身处哪个世界,都会选定一条路执着到底。

「俺は……絵はわからんが……素晴らしいものであることはわかる」
"「我虽然不懂画……但能看出这是杰作」"

「ふふ、そうか。パーシヴァルに褒められると、なんだかうれしいな」
"「呵呵,是吗。被珀西瓦尔夸奖,不知怎的有点开心呢」"

 にこにこと機嫌よさげなジークフリートの手にメモを返そうとすると「邪魔では無ければお前にやる」と言う。逆に困惑したパーシヴァルが財布を出そうとすると慌てて押しとどめられた。
正要将便签递还给笑眯眯心情大好的齐格飞时,他却说「不介意的话就送你了」。反倒是困惑的珀西瓦尔刚要掏出钱包,就被慌忙拦了下来。

「落書きだからいいんだ。捨ててくれても構わない」
"「因为是涂鸦所以没关系。就算你扔掉也无所谓」"

「誰が捨てるか。もっと生み出したものを大切にしろ」
"「谁会扔啊。给我更珍惜自己创造的东西」"

「いや、だから落書きだと」
"「不,所以说只是涂鸦而已」"

 謎の押し問答が始まった瞬間、ジークフリートの腹部から「くぅ」という間抜けな音がした。ぽかんと口を開けて、パーシヴァルが凝視すると急速にジークフリートの顔面が赤くなっていく。
当这场谜之问答开始的瞬间,齐格弗里德腹部突然发出「咕~」的愚蠢声响。帕西瓦尔张着嘴呆呆望去,只见他的脸庞以惊人速度涨红起来。

「す、まん……さっきからその……あちらから良い匂いがして……空腹をごまかすために描いていたようなもので」
"「对、对不起……其实从刚才就……那边飘来很香的味道……我是为了转移空腹感才画那些的」"

 毛布に埋もれるように小さくなっていく彼を目で追う。赤い顔をしたジークフリートのその表情は、ひどく新鮮ではあった。
目光追随着那个几乎要缩进毛毯里的身影。满脸通红的齐格弗里德此刻的表情,着实令人感到新鲜。

「何だ。先に食べれば良かったろう」
"「什么啊。你先吃不就好了」"

「いや、さすがにそれは」
"「不,那样也太」"

「……はぁ、待っていろ」
"「……唉,等着吧」"

 結局貰ったままになっていたアート市の描かれたメモを家族が写る写真立ての隣に置き、パーシヴァルは再度キッチンへ向かった。
珀西瓦尔将艺术集市上收到的、一直搁置未动的绘有图案的便签放在家人合影的相框旁,再次转身走向厨房。

 赤いマグカップに作ったもの、簡単なミネストローネを注いで、バゲットを二つほど切ってソファへ戻った。
他将自制的简易蔬菜汤倒入红色马克杯,切了两片法棍面包,端着它们回到沙发。

 ジークフリートがパーシヴァルの一挙一動を見ている。逆に居心地が悪い。
齐格弗里德紧盯着珀西瓦尔的一举一动。这种被注视的感觉反而让他浑身不自在。

「……すまない、食事まで」
"「……抱歉,连吃饭都……」"

「良い。俺も食うのだから、そのついでだ」
"「没关系。反正我也要吃,顺便而已」"

 ジークフリートの隣に腰掛け、彼がミネストローネを口に含むところまでを見守る。ぱっと目が輝いたように見えた。何度か咀嚼し、飲み込んで、ほうっと息をついている。
在齐格弗里德身旁坐下,看着他舀起一勺蔬菜浓汤送入口中。他的眼睛似乎瞬间亮了起来。咀嚼数次,吞咽下去后,轻轻呼出一口气。

「……旨いなぁ」
"“……真好吃啊。”"

「そこまで感嘆されるほど、手をかけたとは思わんのだが」
"“我倒不觉得有费多少工夫,值得你这么赞叹。”"

「何を言う。温かい食事を用意出来るだけでも大したものだ」
"“说什么呢。光是能准备热腾腾的饭菜就很了不起了。”"

 機嫌よさげにジークフリートはミネストローネを飲んでいる。作ったものは実に簡単なもので、脂身の多いベーコンから染み出た油でズッキーニやらジャガイモやらキャベツやらを炒めてホールトマトとブイヨンと煮込んだだけのものだ。せめて何か手料理を、と母に仕込まれたものでもある。特段、特別な調理方法をしたわけでもない。バゲットも切って焼いただけで、何もしていない。
齐格弗里德心情愉悦地喝着蔬菜浓汤。这道菜其实非常简单,只用肥培根渗出的油脂炒些西葫芦、土豆和卷心菜,再加入整颗番茄和高汤炖煮而已。至少得亲手做点什么——这也是母亲灌输给他的理念。并没有什么特别的烹饪技巧。法棍面包也只是切好烤一下,根本没费什么功夫。

「……貴様は普段何を口にしているんだ」
"「……你平时到底都吃些什么」"

 自らも黒のマグカップに口をつけながらパーシヴァルは問う。ジークフリートはぴたりと硬直して、空になりかけているマグカップをじっと見つめた。無言でそれを取って、新しく入れ直してまた彼に渡す。嬉しそうに受け取られた。
珀西瓦尔啜饮着自己那只黑色马克杯里的饮品问道。齐格弗里德顿时僵住,直勾勾盯着快见底的杯子。沉默地接过杯子重新斟满,又递还给他。对方欢天喜地地接了过去。

「普段は……うーん、そうだな」
"「平时的话……嗯,让我想想」"

 じっと思い出すようにまた彼は赤いマグカップを見つめた。食事の内容を思い出せないことはままある。そんなことだろうとパーシヴァルは思っていたが、甘かった。
他再次凝视着那只红色马克杯,仿佛要仔细回忆起什么。记不清吃了什么这种事时有发生。珀西瓦尔原以为不过如此,却发现自己想得太简单了。

「昨日は……昨日の朝だな、シェロ社のボイルドビーンズを食べたな」
"「昨天……对,昨天早上,我吃了谢洛社的罐焖豆子」"

「ボイルドビーンズ……その豆の水煮を使って何を作ったんだ」
"「水煮豆……你用那些煮熟的豆子做了什么」"

「いや、そのまま」
"「没,直接吃了」"

「は?」
"「哈?」"

「そのまま食した。いつも、そうしているが」
"「就这样直接吃了。一直都是这么做的。」"

 さも当然のように言われてパーシヴァルは戸惑う。おかしいことを言うものだという顔をされているがおかしいのは貴様の方だと言いたい。
帕西瓦尔被对方理所当然的口吻弄得不知所措。虽然对方摆出一副'你在说什么怪话'的表情,但他真想回敬'你才奇怪'。

「シェロ社といえば缶詰を始め保存食品の大手だろう。あくまで売っているのは食材であって料理ではなかったように思うのだが」
"「说到谢洛社,应该是以罐头为首的保存食品巨头吧。我记得他们出售的终究只是食材而非成品料理。」"

「あぁ、今言ったのも缶詰だ」
"「啊,刚才说的也是罐头」"

「……」
"「……」"

 頭痛がしてきた。パーシヴァルが額を抑える間にもジークフリートは着々とミネストローネを食し、満足そうな顔をしている。
头痛开始发作。帕西瓦尔按住额头的间隙,齐格弗里德正有条不紊地享用着蔬菜浓汤,一脸满足。

「他には……? 貴様の家には他に何がある」
"「还有别的吗……?你家里还有什么」"

「他に……他にか。確か……」
"「其他……其他的啊。我想想……」"

 そこから述べられたものは先ほどパーシヴァルが調理に使ったホールトマト、マッシュルーム、ひよこ豆の水煮、オイルサーディン等々の缶詰。最後に述べられたのは辛うじてそのまま口にできるものではあるが、
接下来列举出的物品包括帕西瓦尔刚才烹饪时用到的整颗番茄罐头、蘑菇罐头、鹰嘴豆水煮罐头、油浸沙丁鱼罐头等等。最后提到的虽勉强算得上是可以直接入口的东西,

 ただそれだけで食事を終わらせるものではない。他においてはただの食材である。
仅凭这一点并不能结束用餐。在其他场合,它不过是普通食材罢了。

 パーシヴァルが唖然としているのも気にせずにジークフリートは笑んだ。
齐格弗里德毫不在意珀西瓦尔的愕然,自顾自地笑了。

「缶詰は良い。俺は食えて、それで動ければ良いから保存が利いて腐らないものが一番ありがたいんだ」
"「罐头不错。我能吃,吃了能活动就行,所以最感激那些能长期保存不易腐坏的东西。」"

「痩せている理由はそれか」
"「原来这就是你瘦的原因」"

「そうかもしれない。基本的に、肉は食わないから……ベーコンも一年ぶりくらいか」
"「或许吧。基本上,我不吃肉……培根也有一年没碰了」"

 意図せずにベジタリアンになっていたらしい。大切そうにベーコンを口に含んでいる姿を見、パーシヴァルは今度は隠さずに大きな溜息を吐いた。
看来他不知不觉间成了素食主义者。帕西瓦尔望着他小心翼翼将培根送入口中的模样,这次毫不掩饰地长叹了一口气。

「おぉ……? どうした」
"「哦……?怎么了」"

 ため息に驚いたのかジークフリートが心配そうにパーシヴァルを見つめる。
齐格弗里德似乎被那声叹息惊动,担忧地望向珀西瓦尔。

「いや……よく栄養失調にならずに済んでいるな、貴様」
"「不……我是在想你这家伙居然没营养不良真是奇迹」"

「基本的に……室内で動かないからな。動かすのは脳と、腕だけだ。大きなものを描くときは梯子を上ったりもするが……そういう時はローアインが食事を届けてくれる」
"「基本上……因为我在室内不怎么活动。动的只有大脑和手臂。画大幅作品时也会爬梯子……那种时候罗亚茵会给我送饭来」"

 今、彼が生きて息をしているのはそのローアインのおかげだということをよく思い知った。
他深刻体会到,如今自己还能活着呼吸全仰仗那位罗亚茵。

 三杯目のミネストローネを汲みながらパーシヴァルは再度長く溜息をついた。
帕西瓦尔舀起第三碗蔬菜浓汤时,又长长叹了一口气。

空にいたころの彼も、サバイバル精神が強く、食べられれば味の良し悪しに関わらずに何でも食べたし、特に食物に頓着をしなかったが、何もこんなところが現在の彼と似通う必要はない。食を手に入れられる手段がある意味で限られてしまっている現代の方が、質が悪い。
当年在天空时的他,生存意志极强,只要能果腹便不论味道好坏什么都吃,对食物并不特别讲究。但实在没必要与现在的他在这一点上如此相似。某种意义上获取食物手段受限的现代,反而质量更糟。

「その……怒ったか」
"「那个……你生气了吗?」"

 難しい顔をしていることが分かったらしい。申し訳なさそうにマグカップを受け取りながらジークフリートは言う。少しは自覚があるのかと思った、が。
他似乎察觉到我神色凝重。齐格飞接过马克杯时歉疚地说道。我原以为他多少有些自知之明——然而。

「俺ばかり食べてしまって」
"「就我一个人吃掉了」"

「いや、そこではない」
"「不,不是那里」"

 冷静に言って、そこは別段気にしなくていい。好きなだけ食え、と残し、パーシヴァルは再度ジークフリートの隣に座った。
冷静地说,那里并不需要特别在意。想吃多少就吃多少吧,帕西瓦尔留下这句话,再次坐到了齐格弗里德身旁。

「食事の世話をしてくれているのは、ローアインだけか」
"「负责照顾你饮食起居的,只有罗亚因吗?」"

「あぁ。しかし彼も忙しいから……週に一回か二回」
"「嗯。但他也很忙……每周大概一两次吧」"

「パートナー……伴侶は?」
"「伴侣……你的另一半呢?」"

「うん? 独り身だが」
"「嗯?我是单身来着」"

「……そうか」
"「……这样啊」"

 何気なく、聞いたつもりだったが今の質問は実に勇気が必要だった。内心で安堵はしたが、それは結局彼が常に食の危機に瀕しているという事実でもある。三杯目のミネストローネが赤いマグカップから消えたのを確認してからパーシヴァルは未だ一杯目のマグカップを眺めおろし、無言で画策した。
原本只是随口一问,但刚才那个问题确实需要莫大的勇气。虽然内心松了口气,但这终究意味着他始终面临着断粮危机。确认第三杯蔬菜浓汤从红色马克杯中消失后,珀西瓦尔低头凝视着自己那杯仍满着的马克杯,沉默地打起了算盘。

「……雨、凄いな」
"「……雨下得真大啊」"

 つらつらと話すうちに九時と少しを過ぎた。ジークフリートがリビングの窓から外を見、そう呟く。隣に並んで見上げ、驚いた。空は真っ青に晴れていたそれが一変して、すっかり鈍色に曇っている。そこから流れ落ちる大粒の雨が防犯用の鉄格子が嵌められた窓に叩きつけられていた。
漫谈间不知不觉已过九点。齐格飞从客厅窗户望向外头,轻声嘀咕道。我并肩而立抬头望去,不由吃了一惊。原本晴朗湛蓝的天空骤然剧变,彻底蒙上了铅灰色阴云。豆大的雨点从云层倾泻而下,重重砸在装有防盗铁栅的玻璃窗上。

 此処まで大降りになると天気予報士は言っていただろうか。手元の携帯を探ってみると朝の予報と打って変わって大雨である、運河に近づかないように、と警告が出ていた。春の天気は移り気なものであるが、此処まで変わることも珍しい。
气象预报员是否曾预警过会下这么大的雨?摸索手边的手机查看,发现早间预报已更新为暴雨警报,提醒人们不要靠近运河。虽说春季天气本就多变,但如此剧烈的转变仍属罕见。

「最早嵐だな」
"「真是场突如其来的暴风雨啊」"

 格子の間から見える街路樹が風で傾いでいる。ちらほらと人の姿が見えるが、傘をさして尚濡れそぼった人々が足早に歩いている。
从格栅间望见的行道树被风吹得倾斜。零星可见人影,撑着伞仍被淋透的人们正快步疾行。

「……このまま帰るのは無謀だろう。泊っていけ」
"「……就这样回去太鲁莽了。留下来过夜吧」"

「それは……ありがたいが……偶々会ったばかりの者を泊めても良いのか」
"「这……虽然感激不尽……但让一个刚巧遇见的人留宿真的合适吗」"

「構わん。このまま外に出して濡れて帰られて結局風邪を引かれる身にもなれ」
"「无妨。若就这样让你淋雨回去,最终害你感冒,我也于心不安」"

 カーテンを閉めてジークフリートを見る。どうしたものか思案しているようだったが、たっぷり悩んだ後で「構わないか?」と告げてきた。
拉上窗帘后望向齐格飞。他似乎正犹豫不决,经过一番深思熟虑后开口道:「可以吗?」

「言ったろうが。俺のベッドを使えばいい」
"「我说过的吧。用我的床就行」"

「床でいいぞ」
"「地板就行」"

「客を床で寝かせられるか」
"「怎么能让客人睡地板」"

 さっさと行けと背を押して寝室の戸を開けた。ベッドとデスクと、付随の椅子。それに天井まである備え付けの本棚一つにクローゼット。それのみのシンプルな部屋であるが、ジークフリートは珍し気に部屋を見ている。
我推着他的背催促他快进去,打开了卧室的门。一张床、一张书桌、配套的椅子,外加一个直达天花板的嵌入式书架和衣柜。仅此而已的简约房间,齐格飞却新奇地打量着。

「何か珍しいものでも?」
"“有什么稀罕东西吗?”"

「いや……なんでも。それにしても本当に良いのか? 俺は床で一向に構わない」
"“不……没什么。不过你真的没关系吗?我睡地板完全没问题”"

「俺が構う。……特に何もない部屋だが、別にデスクも椅子も使って構わん。絵を描く道具はないが」
"「我来照顾。……虽然房间简陋,但桌椅请随意使用。只是没有绘画工具」"

「はは、それはもうしない。……パーシヴァルは優しいな。心配になる」
"「哈哈,不会再那样了。……珀西瓦尔真是温柔啊。让人不禁担心起来」"

 くすくすと笑いながらジークフリートは言う。ふと立ち返ってみればそうだ。初対面では、ないのだが、傍から見れば初対面の人間を連れ込んで風呂に入れて食事を提供して、ベッドまで進呈した。こんなことは、ジークフリートには絶対にしないだろうと思う。彼だからこそ、したのだ。
齐格弗里德边哧哧笑着边说道。回头一想确实如此。虽非初次见面,但在旁人眼中,他收留了一个形同陌路的人,让其沐浴更衣、提供餐食,甚至让出了自己的床铺。这种事,齐格弗里德绝对不会做。正因是他,才会如此。

「貴様に心配されては己の身が悲しくなるな」
"「被你这家伙担心,反倒让我觉得自己可悲」"

「なんだそれは……」
"「这算什么……」"

「不摂生の極みのような男に言われたくはないということだ」
"「意思是不想被一个生活极度不规律的男人说教」"

「言い返せないのが何だか悔しいな……あぁ、すまない、タオルを返そう」
"「无法反驳的感觉真让人不甘心啊……啊,抱歉,毛巾还给你」"

 苦笑したジークフリートが、その肩から掛けたままだったタオルを外した。覆うように隠されていた喉が晒される。あまり明るくない部屋で、その白い喉に走ったものを見つけて、パーシヴァルは表情を凍らせた。
苦笑着的齐格飞从肩上取下一直挂着的毛巾。被遮掩的脖颈暴露在视线中。在光线昏暗的房间里,帕西瓦尔发现那道横亘在白皙颈部的痕迹,表情瞬间凝固。

「……それは」
"「……这是」"

「ん……? あ、あぁ……すまん、驚かせたか」
"「嗯……?啊、啊啊……抱歉,吓到你了吗」"

 ジークフリートの喉には波打った刃で一閃されたような、色の濃い赤い痣があった。まるで、生々しい傷跡のようでパーシヴァルは無意識に息を呑む。
齐格弗里德的喉间有一道如波浪状刀刃斩过的深红色瘀痕,鲜活如新伤,帕西瓦尔不自觉地屏住了呼吸。

――あの傷跡を、俺は見たことが……ある。
——那道伤痕,我似乎……曾在哪里见过。

 ずきりと痛んだ胸を押さえそうになるのを堪えて、パーシヴァルは唇を噛む。
帕西瓦尔强忍住想要按住阵阵作痛的胸口,咬紧了嘴唇。

「これは生まれた時からあったらしくて……らしい、というのは俺を育ててくれたシスターから聞いたもので、詳細はわからないんだが。でもただの痣なんだ。傷跡ではない……驚かれるから、いつも隠してはいるのだが」
"「据说这是打出生时就有的……说是据说,是因为抚养我的修女这么告诉我的,详细情况我也不清楚。但这只是普通的胎记,并非伤疤……因为总会吓到别人,所以一直藏着。」"

 ほら、とジークフリートは立ち尽くしているパーシヴァルの手を取って、己の喉に触れさせた。赤黒い跡は確かにただの痣のようで、触れたところで皮膚の感触しかしない。タートルネックを着ていた意味をパーシヴァルはその時、合点した。
看,齐格飞拉起僵立原地的帕西瓦尔的手,让他触碰自己的咽喉。那暗红色的痕迹确实像是普通胎记,触摸时只能感受到皮肤的触感。帕西瓦尔这才明白他总穿着高领毛衣的缘由。

「シスター……とは」
"「修女……是指」"

「言い損ねていたな。俺はあの丘陵の上の、聖ヨゼフ修道院育ちなんだ」
"「刚才忘记说了。我是在那座山丘上的圣约瑟修道院长大的」"

 孤児でな、と言ってジークフリートは口を閉ざした。今、何という名を口にした。
是个孤儿呢,齐格飞说着便闭上了嘴。刚才,他提到了什么名字。

 感情を殺して、謝罪の言葉を口にする。
扼杀情感,道出歉语。

「そうか……不躾なことを聞いてしまった。すまない」
"「这样啊……问了失礼的问题。抱歉」"

「いや、良いんだ。別段、気にもしていない……それよりも顔色が悪いぞ。大丈夫か」
"「不,没关系。我并没特别在意……倒是你脸色很差。没事吧」"

 パーシヴァルの手を掴んでいた手が、今度は頬に延ばされる。瞬時、脳裏に血みどろの手が映り、ハッとして身を引いた。今度はジークフリートが驚いたらしく、目を見開いている。
原本紧握着帕西瓦尔的手,此刻却伸向了他的脸颊。刹那间,脑海中浮现出血淋淋的手掌,他猛然一惊,抽身后退。这次反倒是齐格飞露出了惊讶的神色,瞪大了双眼。

「すまん……無遠慮だった」
"“抱歉……是我冒失了。”"

「いや……っ……すまん、もう休め」
"“不……呃……对不起,让我歇会儿。”"

 手を解き、踵を返す。ジークフリートがひどく気遣わし気に視線を向けているのは気が付いていた。しかし、今のパーシヴァルにはそれを振りほどくことしか、出来なかった。
松开手,转身离去。帕西瓦尔当然注意到了齐格飞投来的那充满忧虑的目光。但此刻的他,除了挣脱这份关切别无他法。

 ぼんやりとした視界で、徐々に焦点が合っていく。何故リビングの電灯が見えているのかパーシヴァルは、寸時、分からなかった。
模糊的视野里,焦距正逐渐对准。为何会看见客厅的灯光——帕西瓦尔一时没能反应过来。

――そうだ、ジークフリートを泊めたんだ。彼にベッドを譲って、自分はリビングに寝た。
——对了,是让齐格飞留宿了。把床让给他,自己睡在了客厅。

 

 そう思い至り、身を起こす。夢のせいで、未だ鼻腔内が血生臭く感じる。若干頭痛もした。
想到这里,我撑起身子。由于梦境的关系,鼻腔里仍残留着血腥味。头也还有些疼。

 一旦息を吐いて頭を振り、室内靴を履いて窓辺に寄る。
我长出一口气,摇了摇头,穿上室内拖鞋走向窗边。

 カーテンを開くと、薄らかな日光が目に入った。鍵を開けて、窓を開放するとまだほんの少し寒いが春の陽気が部屋に流れ込んでくる。鉄格子の隙間から空を見上げた。グレーの雲は色を随分と薄めている。隙間から青空が沢山覗いていた。対して石畳は昨晩の降雨のせいで水溜まりを大量に作っていた。人通りは、少ない。
拉开窗帘,淡淡的阳光映入眼帘。打开锁推开窗户,虽然仍有一丝寒意,但春天的气息已涌入房间。从铁栅栏的缝隙间仰望天空,灰云的色泽淡了许多。缝隙中透出大片的蓝天。而石砖路面因昨晚的降雨形成了许多水洼。行人稀少。

 テレビの上の掛け時計は六時を示していた。寝室から物音はしない。ジークフリートはまだ眠っているのだろう。
电视机上的挂钟指向六点。卧室里没有声响,齐格弗里德大概还在睡梦中。

 起きるにはまだ早かったが、眠ったとてあまり良い夢を見られるとは思えなかった。何より今もう一度眠れば客が先に起きてしまう事態になりかねない。幸いにして欠伸一つも出ない。体も頭も覚醒してしまったらしい。
起床尚嫌过早,但即便再睡也未必能得美梦。更重要的是,若此刻再度入眠,恐怕客人会先醒来。所幸连个哈欠都没打,身体与头脑似乎都已彻底清醒。

 冷たい水で顔を洗い、キッチンへ戻る。いつも通り珈琲メーカーをセットして、昨日の残りが入った鍋に視線を移した。一杯分はある。夕食と同様になって申し訳ないが、これで我慢してもらうとする。幾片かチーズと乾燥ハーブを放り込み、熱して蓋を閉じた。
用冷水洗过脸后回到厨房。如常设置好咖啡机,目光转向装有昨日剩汤的锅子。还够盛一碗。虽与晚餐相同未免失礼,但只能请客人将就了。扔进几片奶酪和干香草,加热后盖上锅盖。

 二杯分の珈琲と一杯分の食事が完成した。珈琲だけ手に取って、再度ソファへ戻る。
两杯咖啡和一份餐点已经准备就绪。只拿起咖啡,再次回到沙发。

 夢の中、一人、静謐な空間にいた。朝靄がかかる、静かな静かな庭園ではあったが、対して自身の胸中は全く穏やかでなく、必死に、自分が愛しく思う男を探し続けていた。
梦境中,独自一人置身于静谧的空间。晨雾笼罩的、极其安静的庭园里,与之相对的,内心却全然无法平静,拼命地寻找着心中所爱的那个男人。

 手中には、昨晩彼に渡したはずの柔らかい金色を湛えたリングがある。石などはなく、ただ裏に「永久、愛しき者へ」とだけが刻まれたシンプルなものだ。
手中握着昨晚本该交给他的那枚泛着柔和金色的戒指。没有镶嵌宝石,只是在内侧刻着“致永恒的爱人”这样简单的一行字。

 何故これが、昨晩身を交わしたはずの寝台に置き去りになっていたのか、分からなかった。
为何这件东西会被遗留在昨夜理应共枕的床榻上,他全然不解。

 本来ならば、この身一つで国外に出ることなど、もう叶わなくなっている。きっと今頃、自国では家臣たちが青褪めながら国中を探し回っていることだろう。
按常理而言,仅凭这副身躯便想踏出国境,已是痴心妄想。此刻故国想必正有家臣们面色铁青地四处搜寻他的踪迹吧。

 それを済まなく思う気持ちなど、今、一切なかった。ただ、何かに導かれるように自身は隣国にいて、墓標ばかりが立ち並ぶ冷たい丘陵にいた。
对此他心中毫无愧疚之意。此刻他只是如同受到某种指引般置身邻国,站在墓碑林立的冰冷丘陵之上。

『ジーク! 何処にいる!』
『齐格!你在哪里!』

 叫ぶ声は空しく木霊して、結局何も返ってこなかった。足が速まる。半ば、もう走っていた。それでも息は切れず、叫ぶ声の大きさも変わらない。
呼喊声徒然回荡在树林间,最终没有得到任何回应。脚步不自觉地加快,几乎已经是在奔跑。即便如此,呼吸并未紊乱,呼喊的音量也丝毫未减。

 足は勝手に、一番大きな墓標に向かっていた。真白く、聖なる石で組まれた墓標は、ただ一人、この国先代のヨゼフ王の墓場である。
双腿不由自主地朝着最大的那座墓碑奔去。纯白而神圣的石块垒砌的墓碑下,长眠着这个国家唯一的先王——约瑟夫。

その墓へ続く道の正面に立った時、パーシヴァルの息は止まった。
当帕西瓦尔站在通往那座坟墓的道路正前方时,他的呼吸停滞了。

 墓標の前に、真っ赤な何かが落ちていた。
墓碑前,掉落着某种鲜红的物体。

 血溜まりは深く広がって、倒れ伏したそれを染め上げていく。未だ血は広がり続け、道へ踏み入ったパーシヴァルの靴を濡らした。
血泊深深蔓延,浸染着倒伏其上的它。鲜血仍在不断扩散,濡湿了踏入道路的帕西瓦尔的靴子。

『ジーク……』
『齐格……』

 愛しい男は、懐中に己の愛剣を抱き、その愛剣を以て喉を割き、力尽きていた。
心爱之人怀抱着自己的爱剑,以那柄爱剑割喉而亡。

 パーシヴァルは目をきつく閉じる。幸い、そこで目が覚めた。
帕西瓦尔紧紧闭上双眼。所幸,他随即从梦中惊醒。

 何度も見た夢であり、過去の、自身の事実である。忘れたくもあり、忘れたくはない事実であった。ジークフリートは自刃し、死場をヨゼフ王の墓前とした。
这是多次梦见的场景,也是过去的、自己的事实。既是想要忘却,又是不愿忘却的事实。齐格弗里德选择了自刎,将生命的终点定在了约瑟夫王的墓前。

 パーシヴァルが永久の愛を誓い、贈った指輪を置いて。それが意図することなど、二つに一つとない。
帕西瓦尔留下那枚象征永恒之爱的誓约戒指。其中深意,无非二者择一。

 今でもあの血生臭い惨状が瞼の裏にある。見つけた時、彼は力尽きたばかりだった。まだ生暖かい肌と血が身を染めるのも厭わずに、彼を抱いて、そして。
至今那血腥惨状仍在眼帘深处挥之不去。发现他时,他刚耗尽最后一丝气力。我不顾那尚带余温的肌肤与浸透衣衫的鲜血,将他拥入怀中,而后——

「パーシヴァル」
"「珀西瓦尔」"

 唐突に眼前から声をかけられ、パーシヴァルは肩を揺らした。目を開けた先には寝間着を身に着けたジークフリートが、心配そうな顔をしながら自身を見つめている。
突然被眼前的呼唤声惊扰,珀西瓦尔肩膀轻颤。睁开眼时,只见身着睡衣的齐格飞正满脸忧色地注视着自己。

「すまん、眠っていたか……? 何だか顔色が良くなさそうだったから……」
"“抱歉,你睡着了吗……?看你脸色似乎不太好……”"

「いや……大丈夫だ。驚かせた」
"「不……我没事。吓到你了吧」"

「俺は大事無い」
"「我没什么大碍」"

 ジークフリートは微笑む。その顔を、パーシヴァルは黙ったまま見つめた。今、目の前の彼は生きていて、言葉を発していて、笑顔すら見せている。
齐格飞微笑着。帕西瓦尔沉默地凝视着他的脸。此刻,眼前的他活着,能说话,甚至露出了笑容。

 それを記憶の中の彼と混同することは果たして正しいことなのだろうか。
将记忆中的他与之混淆,这究竟是否正确呢?

――否、答えなど、分かっている。パーシヴァルは悪夢を打ち消すように息を強く吐き、ソファから立ち上がった。
——不,答案早已心知肚明。帕西瓦尔像是要驱散噩梦般重重吐出一口气,从沙发上站起身来。

「もう洗濯物も乾いているだろう。今用意する。朝食は……昨晩と同じで申し訳ないがキッチンにある。バゲットも好きなだけ切って食べてくれて構わない」
"「衣物应该已经晾干了。我现在就去准备。早餐的话……很抱歉和昨晚一样在厨房里。法棍面包可以随意切来吃,不必客气」"

「あ、あぁ。すまない、何から何まで……」
"「啊、啊啊。抱歉,方方面面都……」"

「構わん。俺がそうしたいだけだ」
"「无妨。只是我自己想这么做罢了」"

 ジークフリートの分の服を乾燥機から取り出す。黒に近いタートルネックはすっかり乾いてはいたが、あの青い絵の具だけは取れていない。
从烘干机里取出齐格飞的那份衣物。近乎黑色的高领毛衣已经完全干了,唯独那片蓝色颜料依然残留着。

 「これを着させて帰してよいものか……」とパーシヴァルは考える。畳みついでに首元のタグを見て、固まった。田舎者でも知っているようなハイブランドのタグがそこにあった。値段など想像したくもないくらい、高価な代物である。こんな服を絵の具で汚すなど、考えただけで眩暈がした。
"「让他穿着这个回去真的好吗……」帕西瓦尔思索着。顺手翻看衣领标签时,他僵住了。那里印着连乡下人都认识的奢侈品牌标志。光是想象价格就令人眩晕,这绝对是件昂贵至极的衣物。想到可能用颜料弄脏这样的衣服,他顿时眼前发黑。"

 そんなところも、記憶の中の彼と変わらない。だが、こんなことを口にしたとて意味のないことだ。幾枚かの下着とズボンを畳み、パーシヴァルは脱力しながら脱衣所から出た。
这种地方,和记忆中的他一模一样。但即便把这些话说出口也毫无意义。叠好几件内衣和长裤后,帕西瓦尔浑身脱力地走出更衣室。

「おぉ、何だかいつもより生地が柔らかい気がする……良い香りがするな」
"「噢,总觉得面料比平时柔软……还有股好闻的香味」"

 昨日同様、服を絵の具で汚した男が出来上がった。機嫌は良さそうであるが、パーシヴァルの心境は複雑そのものだった。
和昨天一样,衣服被颜料弄脏的男人又出现了。虽然看起来心情不错,但珀西瓦尔的心情却复杂至极。

「今着ている下着は……もうくれてやる。今脱いで返されても困るからな」
"「现在穿的内衣……就送给你了。现在脱下来还给我反而麻烦」"

「そうか? ありがとう。申し訳ないな」
"「是吗?谢谢。真是过意不去」"

 ジークフリートはまたソファに腰掛けて、準備したミネストローネを口にしていた。少し目を輝かせたところをみるとチーズにはきちんと気づいたらしい。
齐格弗里德再次坐在沙发上,品尝着准备好的意式蔬菜汤。从他微微发亮的眼神来看,显然已经注意到了精心准备的奶酪。

 彼が食を摂っている間にパーシヴァルも自室で着替えを済ませた。その傍ら、自分のデスクの上に例の冒険譚が出しっぱなしになっていたことに気が付く。
在他用餐期间,珀西瓦尔也在自己的房间里换好了衣服。与此同时,他注意到自己的书桌上还摊开着那本冒险故事集。

 革張りの初版本は、昔は父のものであったらしい。あまりにもパーシヴァルが気に入ったものだから「お前にふさわしい」としてプレゼントしてくれた。柔らかい表紙をなぞって、もうすっかり開き癖のついてしまった頁を捲った。
这本皮革装帧的初版书,据说曾经属于他的父亲。因为珀西瓦尔实在太喜欢它,父亲便以‘与你相配’为由赠予了他。他抚过柔软的封面,翻开了那些早已习惯被展开的书页。

 空の冒険譚の主人公は少年である。少年は百を超える仲間を得、彼らと共に広大な空の世界を旅した。輝かんばかりの物語が多く書き連ねられていて、どれを読んでも心が躍る。
《天空冒险谭》的主人公是一名少年。少年结识了超过百位伙伴,与他们一同遨游广阔的苍穹世界。书中记载着众多闪耀夺目的故事,每一篇都令人心潮澎湃。

 その項目の一つに、炎の王、パーシヴァルの話があった。賢王として語り継がれ、立国した国を大きく育て上げた王の話を、幼少の頃はとても気に入っていた。
其中有一个篇章,讲述了炎之王帕西瓦尔的故事。这位被后世传颂为贤明君主的王者,将所建立的国度发展壮大。年幼时的我,对这个故事尤为喜爱。

 描かれていた物語が空気や感情を伴って蘇るなんて、その頃は思ってもいなかった。
那时的我从未想过,那些被描绘的故事竟会带着当时的空气与情感,在记忆中鲜活复苏。

 ほんのり薄く日焼けした頁を指で辿る。読みすぎてすり切れた頁は柔らかくなっており、よく手になじんだ。戯れに捲っていると、その先、一枚、紙片が挟まっていることに気づいた。驚いて手を止める。紙片には何かが書き込まれていた。
指尖轻抚微微泛黄的书页。因反复翻阅而磨损的页边已变得柔软,与掌心无比契合。正漫不经心地翻动着,忽然发现前方夹着一片纸页。惊讶地停住动作。纸片上写着些什么。

「なんだ……これは?」
"「什么……这是?」"

 手に取ろうとしたところで、キィ、と小さな音が聞こえた。驚いてドアの方を見れば、ジークフリートが顔を覗かせていた。
刚要伸手去取时,听见吱呀一声轻响。惊惶地望向门口,齐格弗里德正探进半个脑袋。

「どうか、したか」
"「发生什么事了吗」"

 平静を装って問う。紙は片手間に適当に本に挟み込んだ。
故作平静地问道。纸张被随手夹进了书里。

「あぁ、もう暇しようかと……朝食も御馳走様。美味かった」
"「啊,反正闲着也是闲着……早餐也多谢款待。很美味」"

「そうか……」
"「这样啊……」"

「あまりいても邪魔だろう。本当に世話になった。ありがとう」
"「我在这儿也只会碍事吧。真的受你照顾了。谢谢」"

「いや……無理やり連れ込んだようなものだ」
"「不……倒不如说是我硬把你拉来的」"

「そんなことは。パーシヴァルが助けてくれなかったら今頃ひどい風邪をひいていた」
"「怎么会呢。要不是珀西瓦尔帮忙,我现在肯定已经得了重感冒」"

 笑みながらジークフリートは何かメモを差し出してきた。絵のサインで見た、あまり字体の宜しくないそれが意味を成して書き連ねられている。
齐格弗里德边笑边递来一张便条。那上面歪歪扭扭的字迹拼凑成句,正是我曾在他画作签名处见过的潦草笔迹。

「今日は、その手持ちもないから何の礼も出来ないが。改めて後日礼をしたい。これは俺の住所だ」
"「今天手头拮据,实在无以为谢。改日定当正式登门致谢。这是我的住址」"

 いらなかったら破り捨てても構わない、とジークフリートは言ってのけてしまう。捨てるものか、と苦笑しながら受け取った。
齐格弗里德满不在乎地说,不需要的话撕掉扔掉也无所谓。苦笑着接过时心想,怎么可能丢掉呢。

「時々画材の買い出しに出ているから留守にしているが……そうだ、お前がいつ来るかわかっていれば自宅で待機している。どうだ? 歓迎するが」
"“虽然偶尔会出门采购画材不在家……对了,如果知道你什么时候来,我会在家等着的。怎么样?很欢迎哦。”"

「ん……? あぁ、なら……今週末にでも」
"“嗯……?啊,那……就这周末吧。”"

 勢いで言った後、なぜこうも急いているのか恥じたがジークフリートは特段気にしなかったらしい。笑顔で頷いた。
一时冲动说出口后,齐格弗里德似乎并未在意我为何如此匆忙而感到羞愧。他微笑着点了点头。

「今週末だな、承知した」
"「就定在这周末吧,明白了」"

 手には油紙で包まれた絵筆と、先ほど渡した彼自身の下着が入ったビニールバッグ。忘れるようなものもないのか、特に何の確認もせずに玄関に向かっていく彼に、何か声をかけねばと慌てて口を開いた。
他手里拿着油纸包裹的画笔和装有刚交还给他本人内衣的塑料袋。看来没什么会遗忘的东西,他径直朝玄关走去未作任何确认。我慌忙开口,觉得必须说点什么。

「帰り道はわかるか?」
"「认得回去的路吗?」"

 何とも、間抜けな質問である。
真是个愚蠢的问题。

「はは、流石にわかる。此処から北に戻れば簡単に俺の家に着く。お前が来るときも、そうすればいい」
"「哈哈,当然认得。从这里往北走就能轻松回到我家。你来的时候也这么走就行」"

 ジークフリートがいったん振り返って、手を差し出す。それを握って、離した。笑顔を残して去っていく彼の背を見送る。何度見ても、その背は細くなっていたが、どうしても空の世界の彼の広い背と、被って見えた。
齐格弗里德曾一度回首,伸出手来。握住那只手,又松开。目送他留下笑容离去的背影。无论看多少次,那背影都显得纤细,却总与天空世界中他宽阔的背影重叠在一起。

「何だね、パーシヴァル。難しい顔をして」
"“怎么了,珀西瓦尔。一脸愁容的”"

 ぼうっとしたまま、事務室で何も映っていないパソコンを眺めていた。眼前の黒い画面には若干目の下に隈を作った男がいて、どうやらそれと睨みあっていたらしい。
恍惚间,他呆坐在办公室里,盯着没有显示任何内容的电脑屏幕。眼前漆黑的屏幕上,映着一个眼下略带青黑的男人,似乎正与那影像大眼瞪小眼。

 そこに声をかけくれたのがアルルメイヤだった。手には自身の紫紺のマグカップと、赤いマグカップが握られている。どうぞ、と卓上に置かれたそれにはたっぷりとミルクが入っているらしい珈琲が注がれていた。
向我搭话的是阿尔梅娅。她手里握着自己深蓝色的马克杯和一个红色马克杯。请用吧——被放在桌上的那只红杯里,注满了似乎加了很多牛奶的咖啡。

「すまん……考え事を」
"“抱歉……我在想事情。”"

「おや、何か難しい質問でもされたか」
"“哎呀,是被问到什么难题了吗?”"

「似たようなものだ」
"「差不多吧」"

「……利用者からではないようだね。珍しい。私情か」
"「……看来不是来自用户呢。真罕见。是私情吗」"

 何やら興味津々といった様子で椅子を引き、やってきた。カウンター交代までまだ少し時間がある。パーシヴァルはちらと時計に目をやって、続いてアルルメイヤに目をやった。
他一副兴致勃勃的样子拉过椅子凑近。距离换班还有一会儿。帕西瓦尔瞥了眼时钟,又将目光转向阿尔梅亚。

「珍しい、とは」
"「所谓罕见」"

「そうとも。君はあまり私情を職場に持ち込まないだろう。利用者に的確に助言を与えて、指導を行い、子どもに怯えられる。素晴らしいことだ」
"「正是如此。你很少将个人情感带入职场,能给予用户精准建议,开展指导工作,连孩子都会对你心生敬畏。实属难得」"

「後半は……ほめているのか、それは」
"「后半段……是在夸我吗,那个」"

「勿論さ」
"「当然啦」"

 揶揄も含んでいるがね、と彼女は笑う。アルルメイヤは勤務年数も長いが見た目は年齢不詳。口調は古風だが衰えなど一切見せず、知識の深さと見解の明瞭さもあって利用者にとても好かれていた。
她笑着补充道,话里还带着揶揄。阿尔露梅娅工龄虽长,外貌却看不出年龄。谈吐古雅却毫无暮气,加之学识渊博、见解明晰,深受用户喜爱。

「そうであるからこそ、気になるというもの。センが心配していたぞ」
"「正因如此,才更让人在意。小千可是担心得很呢」"

「うぐ……そうか」
"「呜……这样啊」"

 遠巻きに彼女が心配していたことはよくわかっていた。気にするなと何度か言ってはいたのだがやはり気にしているらしい。今は書架整理に行っているが、行く直前までちらちらと懸命にパーシヴァルの様子を窺っていた。
我清楚地知道她远远地在担心着什么。虽然说过好几次别在意,但她似乎还是放不下。现在她去整理书架了,但直到刚才还时不时地拼命观察帕西瓦尔的情况。

「別段詮索するつもりはないがね。先輩として、意見を聞こうじゃないか。この前のサンドイッチの礼もある。そしてまたお願いするかもしれないという未来の借りも込めて」
"「我本无意深究。但作为前辈,想听听你的意见。上次三明治的人情也算上。再加上未来可能还要麻烦你的预支人情」"

「大層なものだ」
"「真是夸张啊」"

 苦笑して、パーシヴァルは思案した。当然、アルルメイヤにも空の記憶はない。性格は、どうやら引き継いでいるようだが何処まで悩みを打ち明けたものかと思う。
帕西瓦尔苦笑着陷入沉思。显然,阿尔梅莉娅也没有关于天空的记忆。虽然性格似乎有所继承,但该向她倾诉多少烦恼才好呢。

「アルルメイヤに、大切な人間はいるか」
"「阿尔梅莉娅,你有重要的人吗」"

「うん……? なんだ、そっち方面のお話か意外だな。大切な人間……そりゃいるさ」
"「嗯……?什么嘛,没想到会是这方面的话题呢。重要的人……当然有啊」"

 いるとも、とアルルメイヤは「うんうん」と頷く。
「当然有」,阿尔鲁梅亚连连点头应和着。

「例えの話になるが……もし、その人間が、自分に関する知り得ぬものを持っていたら、言って欲しいと、願うか」
"「打个比方……如果那个人掌握着关于自己无法知晓的事情,你会希望他告诉你吗?」"

「それは君自身の話かね」
"「那是你自己的故事吗」"

「さてな」
"「谁知道呢」"

 そう言うとアルルメイヤは、むむ、と眉間に皺を寄せた。そして、考え込むように事務室の電灯を見上げる。眺めて、数秒。ふむ、と一言言ってからパーシヴァルに向き直った。
阿尔梅娅说着,眉头紧锁发出“嗯”的沉吟。随后,她若有所思地抬头望向办公室的灯光。凝视数秒后,轻喃一声“原来如此”,便重新转向珀西瓦尔。

「自分に知り得ぬものなのであれば、言われてもそう意に介すことはない」
"「若是自己无从知晓之事,即便被告知也不会放在心上」"

 言い切って、ただし、とアルルメイヤは続ける。
阿尔梅亚断言道,却又补充了一句。

「知り得ぬものを知ったが故に相手が何か心に傷を負っているのであれば、それは自らにとっても傷になるとは思うがね」
"「倘若因知晓了无从知晓之事而使对方心灵受创,我想那对自己而言亦会成为伤痛吧」"

「互いに平和に過ごすのであれば、顔には出さぬが吉か」
"「若能彼此和平共处,不形于色方为上策」"

「それはそうだとも。そう、上手くいかないのが人である。知った口を利くようだがね」
"「确实如此。是啊,世事难料正是人之常情。虽然这话听起来有些自以为是」"

 私だってまだ若いんだ、と言ったアルルメイヤに一瞬反応が遅れたが「そう、だな」と残した。
对说着「我也还年轻呢」的阿尔鲁梅娅迟了一瞬才反应过来,只留下「是啊」的回应。

「一生墓場まで持って素知らぬ顔をして共に過ごすもよし、吐露して相手がどうするか、運命に任せるもよし。その両方をせずともよし。ねぇ、パーシヴァル」
"「可以带着秘密装作若无其事共度一生直至坟墓,也可以坦白相告看对方如何抉择,将一切交给命运。甚至两者都不选也无妨。呐,珀西瓦尔」"

 墓場、というワードに表情を凍らせたのが分かったのか、アルルメイヤが、ぴ、と指を一本立ててパーシヴァルに向けた。
或许是察觉到「坟墓」这个词让他的表情瞬间凝固,阿尔梅莉娅竖起一根手指,轻轻指向珀西瓦尔。

「相手も自分も感情があり、尚且つ自由であるということを分かっておかねばならない。何しろ、感情に制御はきかないし、人はそれを以てせずとも自由だ」
"「你必须明白,无论是对方还是自己,都拥有情感且生而自由。毕竟情感无法被控制,而人类即使不依靠情感也依然自由」"

 笑んで、アルルメイヤは指を下した。
阿尔尔梅娅微笑着放下了手指。

そうするも、そうしないも、自由である。そしてどう転ぶかも、相手次第、自分次第ということ。考えればそれは当然のことで、彼女に整頓して貰わねばならない事態となるまで煮詰まっていたことに逆に驚いてしまった。
做或不做,皆是自由。而结果如何,既取决于对方,也取决于自己。细想之下这本是理所当然的事,反倒惊觉自己竟纠结到非得让她来收拾残局的地步。

 パーシヴァルの脳裏にあるのはジークフリートの邪気のない笑みである。
帕西瓦尔的脑海中浮现的是齐格弗里德毫无邪念的笑容。

彼は、現世を……若干健康ではないが、謳歌している。それで十分だった。
他享受着现世的生活……虽然健康状况有些堪忧。但这样就足够了。

何も、問うまい。精々繋がった縁を取り持って、彼が生きる傍にあればよいと、そう思うことにした。
我无意追问更多。只需维系这微妙的缘分,守在他生活的侧畔便好——我如此下定决心。

「稚拙なこと訊いた。ただ、助かった。すまんな」
"「问了这么幼稚的问题。不过,帮大忙了。抱歉啊」"

「何を稚拙なものか。でも礼をくれるなら、また小舟屋のサンドイッチでいいよ」
"「说什么幼稚呢。不过既然要谢礼的话,还是小船屋的三明治就好」"

 悪い笑顔をするアルルメイヤを見つめ、苦笑交じりに溜息を吐いた瞬間、事務室の扉が開いて「パーシヴァルさん、交代です」とアルシャが声を掛けてきた。
望着阿尔梅亚露出坏笑,他苦笑着叹了口气的瞬间,办公室的门开了,「帕西瓦尔先生,该换班了」阿尔夏的声音传来。

記憶を、置いて
四、将记忆,留下

週末は、随分と暖かくなっていた。その分、人手も多く、常日頃使う市場がひどく混み合つていた。商業に携わる人間に膨大な食材を提供する市場は都市の中心にある。露店が軒を連ね、住民は好みの値段と食材を提供する店を自由に選び、買い物する。海に続く運河を持っていることもあつて、海鮮は豊かであったし、郊外にある広大な農地のおかげで野菜類も新鮮かつ安価で、豊富である。
周末时分,天气已变得相当暖和。正因如此,人流也多了起来,平日里常去的市场拥挤不堪。这座位于城市中心的集市,为从事商业的人们提供着大量食材。摊贩鳞次栉比,居民们可以自由选择符合心意的价格和食材店铺进行采购。由于连通着通往大海的运河,这里海鲜丰富;而得益于郊外广袤的农田,蔬菜既新鲜又价廉物美,种类繁多。

無論、パーシヴァルが此処に立ち寄つたのはあの栄養失調気味の絵描きのための食材調達である。既に幾つか野菜を購入し、紙袋はいっぱいになっていた。
当然,珀西瓦尔驻足于此,是为了给那位营养不良的画家采购食材。他已经买了几样蔬菜,纸袋里装得满满当当。

引き返そうかと踵を返した矢先、馴染みの精肉店の主人と目が合う。輝かんばかりの満面の笑みで手招きしていた。
正当他转身准备离开时,目光与熟识的肉铺老板相遇。对方满脸灿烂笑容,正朝他热情招手。

「パーシヴアルさん良いお肉入ってるよ!ほら!この塩漬け活きがいいよ!」「活きが良い塩漬けなど不気味でしかないのだが······今日はやたら商品が多いな」「無駄に気合い入れて仕入れ過ぎちやってね。ほら、安くしとくから買い取って!」「貴樣は本当に店長か······」
"「珀西瓦尔先生,这有好肉哦!瞧!这咸肉的鲜度可棒了!」「鲜度太好的咸肉只会让人觉得诡异……今天商品格外多啊」「还不是因为进货时打了鸡血买过头了嘛。来,给你算便宜点,全收了吧!」「你这家伙真是店长吗……」"

「店長なんだよなあこれが···赤字になったら俺が母ちやんに解体されちまう」
"「毕竟我是店长啊……要是赤字了可是会被老妈大卸八块的」"

軽口を叩きながら主人は頼んでもいないベーコンの塊や塩漬けを紙袋に沢山詰め込んでいく。
店主一边插科打诨,一边把没人要的熏肉块和咸肉使劲塞进纸袋里。

「おい、食いきれんぞ」
"“喂,吃不完的啦”"

「良いの良いの。それに、その野菜の量、パーシヴァルさんにも良い人が出来たんだろう?その人にたんまり食わせてやって、あわよくば俺の店に来てもらってくれ!」な!と最後に腸詰を載せられる。提示された金額の安さが心配になり、釣りはいらないと多めに渡しておいた。遠慮なく受け取られる。
"“没事没事。再说了,那么多蔬菜量,帕西瓦尔先生肯定也遇到了好人吧?让那人多吃点,最好还能来我店里光顾!”说着最后又加了一截香肠。看着报价低得让人担心,我说不用找零多给了些钱。对方毫不客气地收下了。"

「明日俺が店頭に並んでいたら買ってくれ」
"“明天要是我在店门口摆摊,记得来买啊”"

「断固断る。·······ただ、気遣いはありがたい。またな」
"「我坚决拒绝。······不过,这份关心我心领了。回见」"

格段に重くなつた紙袋を抱え直す。
重新抱紧明显沉了许多的纸袋。

市場から出て辻を下り、縦に貫く通りに出る。そこかしらに道を示す看板があり、都市に住まう人間はそれを目安に自分が今どこにいるかを把握する。すべての道のありようを理解しろというのは、野暮な話とも言われた。
走出市场沿坡道下行,来到纵向贯穿的主干道。沿途立着几块指路牌,都市居民就靠这些标识确认自己所在的位置。若要求人们熟记所有道路的走向,未免显得不近人情——这种说法也曾流传一时。

「ここ·······か?」
"「就是这里……吗?」"

薄暗い通りの中央から外れての細道、古びた扉が立ち並ぶ一軒家街に出食わした。ジークフリートの書いたメモは確かにこの通りを示していて、今パーシヴァルが立つ扉であると書かれている。
偏离昏暗街道中央的小巷尽头,突然出现了一排带着古旧门扉的独栋住宅区。齐格飞留下的纸条确实指向这条街,并注明帕西瓦尔此刻正站立的那扇门。

ドアノッカーが錆びついて、寂しそうに垂れている。掴もうか悩んで、諦めて鉄製のドアをノックした。ゴンゴンゴン、と三回、鈍く響かせる。反応はない。
门环锈迹斑斑,孤零零地耷拉着。犹豫着是否要握住它,最终还是放弃了,转而敲响铁门。咚咚咚,沉闷的三声回响。无人应答。

ジークフリートを送り出したあの日、少し午睡をした後にギミックダガーに向かつた。ローアインはそこにいて「いやあ、昨日は大雨で災難っしたね!」と気遣うように笑いかけてきた。食材の件を詫びると、結局あの後沢山人に押し寄せられていつの間にか使い切ってしまっていたということだった。
送走齐格飞的那天,小憩片刻后我便前往了吉米克匕首。罗亚因已经在那儿,带着关切的笑容搭话道:‘哎呀,昨天那场大雨可真是遭罪啊!’当我为食材的事道歉时,他解释说后来被涌来的山民们不知不觉就用光了。

土下座せんばかりに謝ってきた上に代金まで差し出されそうになってパーシヴァルは結構な勢いで押し留めなければならなかった。
对方几乎要跪地道歉,甚至打算赔偿费用,帕西瓦尔不得不使劲拦住他。

押し留めついでにジークフリートの安否を告げる。さすがに、共に一晚過ごしたとは言わずに「きちんと生きていた」と言うとローアインは実に安心したと言わんばかりの溜息をついた。
拦下他的同时,顺便告知了齐格飞的平安。虽然没提共度了一夜的事,只说‘他活得好好的’,罗亚因便长舒一口气,仿佛终于放下心来。

「あの人、ちゃんと食ってましたか」
"「那个人,有好好吃饭吗」"

「いや·······瘦せていた。いつもあのようなものなのか?」
"「不······瘦得厉害。一直都是那样吗?」"

「あー······いや。俺が時々作ってあの人の家、行くんすけどね·······そん時くらいかな、なんか物を口に入れてるの·······。あの環境でちゃんと食えてるのか滅茶苦茶心配になるんすよ········栄養たっぷりのメシ持っていくんすけど、ね·······」
"「啊······不是。我偶尔会做些吃的去他家······也就那时候吧,能看见他往嘴里塞点东西······。看他那环境我简直担心死了,到底有没有正经吃饭啊······所以总会带些营养丰富的饭菜过去······」"

「そのおかげで食いつないでいるのだろう·······あの無頓着さには呆れたが」
"「多亏如此才能勉强糊口吧……那份漫不经心的态度真让人无语」"

「天才って極めるとハチャメチャな行動取る気がするんすよね·······その、俺がお願いするものおかしな話なんですけど、時々様子見に行ってくれませんか」
"「总觉得天才到了极致就会干出些荒唐事呢……那个,虽然由我来拜托有点奇怪,能偶尔去看看情况吗」"

いつになく真剣な顏をするローアイン。この底抜けに明るく責任感の強い男にどれだけ心労をかけてきたのかと思うとジークフリートに対して溜息しか出ない「承知した。友人として、そうしよう」
罗亚因露出了前所未有的认真表情。想到给这个开朗过头又责任感强烈的男人添了多少麻烦,齐格弗里德只能叹息「明白了。作为朋友,我会这么做的」

パーシヴァルがそう言うとローアインはまた涙ながらに礼をするものだから、また押し留めなくてはならなくなった。
珀西瓦尔这么一说,罗阿因又泪眼婆娑地道起谢来,只得再次拦住他。

そうしよう、とは言ったものだが、この反応のない扉を前にどうすれば良いのか。パーシヴァルは数段の階段を上り、き窓から室内を見た。傍から見れば強盗の手法であるから、周りに人がいないか確認した上の行動である。
虽然嘴上应着'就这么办',但面对这扇毫无反应的门扉,珀西瓦尔实在无计可施。他踏上几级台阶,透过菱形窗格窥视室内。这般行径若被旁人瞧见,活脱脱是强盗手法,因此他先确认了四周无人。

き込んだ先は薄暗く、人の気配がない。来訪を告げていたのに留守にしているのだろうかと思い、支えにしていた腕を退けようとした瞬間。ほんの少し軋む音がして、ドアが少しだけ内側に開いた。
窥探之处光线昏暗,杳无人迹。明明事先通报过拜访,莫非主人不在家?正欲撤回撑在门上的手臂时,忽闻细微吱呀声——门扉竟向内侧微微开启了一道缝。

ぎよっとしてパーシヴァルは手を退ける。鍵がかかっていない、ということらしい。どれだけ不用心なのだと頭が痛くなる心地がした。呻く間にドアは徐々に内側に開いていく。勝手に開けた視界の向こうは、電灯も何も点いていない廊下があった。幾つか段ボールが積んであって、何か木材のようなものがはみ出ている。
帕西瓦尔猛地一颤,抽回了手。看来门并没有上锁。这种毫无防备的状态让他感到头痛欲裂。在呻吟的间隙,门缓缓向内侧打开。擅自闯入的视野前方,是一条连电灯都没有点亮的走廊。几个纸箱堆叠在那里,某种像是木材的东西从箱子里支棱出来。

迷い、パーシヴァルは意を決し廊下ヘ踏み込んだ。板張りの廊下は踏むたびにギシギシと鳴く。暗いせいで落ちている物も良く見えず、何度か躓きそうになった。進んだ先は開けた部屋で、通常の宅であればリビングと名がついている場所と見える。大きな窓が並び、カーテンの隙間から日光を受け入れていた。
犹豫片刻后,帕西瓦尔下定决心踏入走廊。每踩一步,木地板都会发出吱呀声响。由于光线昏暗,他好几次差点被地上看不清的杂物绊倒。走廊尽头是间敞开的屋子,若在普通住宅里,这里应该被称为客厅。整排大窗户的窗帘缝隙间,正流淌着日光。

不思議な風景だと思いながら、視点を下げた、その先にジークフリートはいた。
正觉得是幅奇异的景象,当视线下移时——齐格飞就站在那里。

いた、と称するよりも倒れていると称した方が正しい。
与其说是站着,不如说是倒下更为准确。

啞然とするパーシヴァルの手元から食材が落ちて、彼の傍まで転がっていった。
帕西瓦尔哑然失神,手中的食材滑落,滚到了他的脚边。

「ジークフリート!」
"「齐格弗里德!」"

叫んで、彼の元ヘ走る。大声を発しても、濃い睫毛を伏せて、ジークフリートはぴくりともしない。パーシヴァルの脳裏に、一瞬、鮮血が蘇った。
呼喊着,向他奔去。即便发出大声,齐格飞也只是低垂浓密的睫毛,纹丝不动。帕西瓦尔的脑海中,瞬间浮现出鲜血淋漓的景象。

まさか、また、手の届かぬうちに彼を溢してしまうのかと。
难道,又要在他触不可及时,任其消逝吗。

「ジークフリート!おい、しっかり·······ん?」
"「齐格飞!喂,振作点······嗯?」"

首筋に手を当てて分かった。呼吸をしている。それも規則正しく。よくよく見れば、ジークフリートの体の下には薄い敷き布のようなものがあった。
将手搭在颈动脉上才察觉。他还在呼吸。而且相当规律。仔细看去,齐格飞身下还垫着层薄薄的布单。

「········おい」
"「······喂」"

カーテンに遮られた日光のみという暗さのせいで、その背が微妙に上下しているのも、今ようやく視認が出来た。パーシヴァルはいよいよ長い溜息を吐き出す。
被窗帘过滤的日光使得室内昏暗,此刻终于能看清那背部微弱的起伏。帕西瓦尔深深叹出一口长气。

そして乱暴ではあったが、穏やかに睡眠を取っている彼の背を結構な勢いで叩いた。
虽然动作有些粗鲁,但她还是以相当大的力道拍打着他那平静沉睡的后背。

それなりに力を込めて叩いたというのにジークフリートの反応は鈍いもので、うつすらと目を開けて、琥珀色の瞳を動かし、パーシヴァルの体を一から十までしっかりと見た上でたっぷり時間をかけて起き上がった。
即便灌注了相当的力气敲打,齐格弗里德的反应却依旧迟钝。他只是微微睁开眼,转动琥珀色的眸子,将帕西瓦尔从头到脚仔细打量一番后,才慢悠悠地花了很长时间爬起来。

·······ああ、おはようパーシヴァル、来ていたんだな」
"「······啊,早安帕西瓦尔,你来了啊」"

「何がおはようだ·······いや、その前にだな」
"「什么早上好……不对,在那之前」"

「うん········?」
"「嗯……?」"

ジークフリートは瞳を瞬くばかりで、何も自分はおかしいことをしていないという颜付をしていた。成程、これが彼にとっての日常で、床に薄布を敷き、伏して寝ることは特段奇異なことではないということらしい。
齐格飞只是眨了眨眼,一脸自己没做什么奇怪事情的表情。原来如此,看来对他而言这就是日常生活,在地板上铺块薄布趴着睡觉并非什么特别怪异的事。

平然とした様子に、パーシヴァルは戸惑いの念を隠せない。
面对那副淡然的神情,珀西瓦尔难掩困惑。

「·······何から訊いて良いのか、分からなくなった」
"「······不知该从何问起才好」"

「おや········それは大変だな」
"「哎呀······那可真是伤脑筋呢」"

「大変なのはこの状況なのだが·······貴樣、べッドは持っていないのか」「ベッド······ああ、あそこに」
"「虽然眼下的状况很糟糕……但你该不会连张床都没有吧?」「床……啊,在那边」"

あそこ、と示された先には確かにべッドらしきシルエットが確認できる。パーシヴアルはそのシルエットを凝視した。何故木材のようなものがそのベッドの上に積み重なっているのか、理解が出来ない。
顺着他所指的方向望去,确实能辨认出类似床铺的轮廓。帕西瓦尔凝视着那个剪影,无法理解为何会有木材般的东西堆积在那张床上。

「·······あのベッドで寝ているのは········なんだ?」
"「……睡在那张床上的……到底是什么?」"

「うーん·····昔に描いた絵と、使わなくなったキャンバス·······あとは、壞れたイーゼルだったか」
"「嗯······以前画的画、不再使用的画布······还有就是坏掉的画架吧」"

「ほう·······」
「哦······」

ジークフリートを睥睨するも、彼はまだ少し寝ぼけているようでぼうつとした目をしている。よく見れば髪の端に点々と青い汚れが見えた。着ているタートルネックにも、依然と変わらない青い汚れが数点見られる。
虽然睥睨着齐格飞,但他似乎还有些睡眼惺忪,目光呆滞。仔细一看,发梢上零星可见蓝色污渍。穿着的套头毛衣上,也依然点缀着几处不变的蓝色污痕。

「大きい荷物が増えるたびにしまう場所に困って········いつの間にか、あんなことに」
"「每次大件行李增加时都为收纳发愁······不知不觉间,就变成那样了」"

「そうか·····」
"「这样啊······」"

人の家なのだからそういうこともあるだろうか、とパーシヴァルは何とか納得しようとした。少なくとも出会ってきた人物にはベッドの上を物に占拠されて自分は床に寝るなんてことをしている者はいなかったように思われるのだが。
珀西瓦尔试图说服自己,毕竟这是别人家,这种情况也是有可能的吧。至少在他遇到的人里,似乎还没有谁会让物品霸占自己的床铺而自己睡在地板上。

「別に俺は寝られればどこでもいいんだ······どうした、変な顏をして」
"「我无所谓,能睡哪儿都行······怎么了,你那是什么表情」"

「喧しい。一瞬強盗にでも襲われたのかと心配した」
"「吵死了。我还以为是一瞬间被强盗袭击了呢,担心得要命」"

「強盗·······?ああ、また鍵をかけ忘れていたか·······まあ、盗るものなんてないから、大丈夫だ」
"「强盗……?啊,我又忘记锁门了吗……算了,反正也没什么可偷的,没事的」"

「大丈夫ではないだろう······」
"「才不是没事吧……」"

呆れながらパーシヴァルは立ち上がった。ジークフリートをついでに引っ張り起こし、彼を叱咤して顏を洗いに行かせる。その間に電灯を見つけて、スイッチを押した。ブツンブツンと不吉な音を立てながら、電球が幾つか点灯したが、幾つかは消えたままだった。
帕西瓦尔无奈地站起身,顺手把齐格飞也拽了起来,呵斥他去洗脸。趁这功夫,他找到了电灯开关按下去。伴随着不祥的滋滋声,几盏灯泡亮了起来,但仍有几盏保持着熄灭状态。

部屋はジークフリートが倒れていたリビングと、奥の寝間、加えて今彼が顏を洗いに行っているであろう手洗い場。もう一室、大きな窓のある部屋があった。巨大で分厚そうなカーテンが引かれているにも関わらず、その隙間から日光が染み出している。
房间包括齐格飞倒下的客厅、里侧的卧室,以及他现在应该正在洗脸的盥洗室。还有一间带大窗户的屋子。尽管挂着看起来厚重巨大的窗帘,阳光仍从缝隙间渗漏进来。

ちようど、その大きな窓の前に一つ大きなイーゼルがあった。遠目からはわからないが、布がかけられたキャンバスが立ててあるように見える。その部屋には電灯がないのか、日光以外は何も手がかりになるようなものは見受けられない。他の部屋の惨状と比ベると、随分と整頓されているようにも見えた。
恰好在那个大窗户前,立着一个高大的画架。远远望去看不清细节,但能辨认出上面蒙着布的画布。这间房里似乎没有电灯,除了日光外找不到任何照明工具。与其他房间的惨状相比,这里显得异常整洁。

無遠慮に入るものでもないだろう、とパーシヴァルはリビングを再度一回り見た。
珀西瓦尔再次环视客厅,心想这可不是能随随便便就踏足的地方。

段ボールの中には、金色に輝く盾らしきものが乱雑に突っ込まれている。それが幾箱も置かれていて埃を被っていた。それらを怪訝に思いながらもパーシヴァルはキツチンらしきものを見る。そして、ぽかんとした。
纸箱里胡乱塞着几面看似金光闪闪的盾牌。这样的箱子堆了好几个,都蒙着灰尘。珀西瓦尔虽满腹狐疑,目光却转向疑似厨房的区域,随即愣住了。

積み上げられているのは空き缶で、絶妙なバランスを以て鎮座している。一息吹けば崩れ落ちてしまいそうなくらいに、高い塔を形成していた。
堆叠成塔的是空易拉罐,以精妙的平衡稳稳矗立着。那高耸的塔身仿佛吹口气就会轰然倒塌。

パッケージは、前にジークフリートから聞いた通りの品名で、食材として活用されるものばかりである。少なくともレトルト食品と呼ばれるものは、見当たらなかった。空き缶の他には持ち手に埃が積もった鍋と、何故か新品らしいフライパンがあった。使った形跡は、ないに等しい。
包裹里的物品名称正如齐格飞之前所说,全是些能当作食材使用的东西。至少被称为速食食品的东西,一样也没见到。除了空罐子外,还有一口把手积满灰尘的锅,以及不知为何看起来崭新的平底锅。几乎找不到使用过的痕迹。

「·······よく生きていられたな·······」
"「……能活到现在真是奇迹……」"

「その日、絵をかけるだけの体力があればそれでいいと言ったろう」
"「那天我就说过,只要还有力气画画就足够了」"

独り言に、ジークフリートが返す。しっかりと起きたのか、琥珀の目はきつちりと開いている。積み上げられた缶詰の前までやって来て、照れたように笑った。「美味いものは好きなんだが······それにかかる手間を考えると、どうしても絵に注いだ方が得策だと思ってしまう」
齐格飞回应了自言自语。琥珀色的眼睛完全睁开,显然已经清醒。他走到堆积如山的罐头前,有些不好意思地笑了笑。'虽然喜欢美食……但一想到要花费的功夫,总觉得还是把精力投入到画作上更划算。'

「それはそうかもしれんが限度があるだろう·····」
"'话虽如此也该有个限度吧……'"

「そうだな」
「是啊」

あっさりと肯定して、ジークフリートは不思議そうにパーシヴァルの手元をいた。「随分沢山食材を買ったな」
齐格飞干脆地表示赞同,同时好奇地打量着珀西瓦尔手边。'食材买得可真不少啊。'

「先日の貴様の栄養状況を憂いてのことだ」
"这是对你前些日子营养状况的担忧"

空き缶が積まれていない箇所を探して紙袋を置く。最初に落として転がったものは水で洗って傍に置いた。
在空罐子未堆积的地方放下纸袋。最先掉落滚动的那个用水洗净后搁在一旁。

「それはありがたい·····悪いなあ。俺が礼をするために呼んだのに·······なんだ、目が怖いぞパーシヴァル」
"「那可真是帮大忙了……抱歉啊。明明是我为道谢才叫你来的……喂喂,眼神别这么吓人啊珀西瓦尔」"

「好きで睨んでいるわけではない」
"「并非出于喜欢才瞪着你」"

パーシヴァルは一つ決断し、微笑んで見せた。どんな笑みになっているかは、分からないのだが。
珀西瓦尔下定决心,露出了微笑。虽然他自己也不清楚那笑容看起来如何。

「貴樣にこれから試練を与える」
"「接下来要给你些考验」"

「試練·······?」
"「试炼……?」"

手元のカランを回して水が出ることを確認してから、空き缶を一つジークフリートに放った。ジークフリートは慌てて受け止め、きよとんとしたままパーシヴァルを見つめる。
他拧开水龙头确认有水流出后,随手将一个空罐子扔向齐格飞。齐格飞慌忙接住,一脸茫然地盯着帕西瓦尔。

「それを洗って、乾かし、まとめて捨てること。あの邪魔な木材を撤去して、ベッドを使えるようにすること。カーテンを洗うこと。切れた電球を替えること。·······無論 俺も手伝う。対価は食の提供だ」
"「把这些洗干净、晾干、分类丢弃。把那堆碍事的木材清理掉,腾出床铺空间。窗帘要洗。烧坏的灯泡得换。……当然我也会帮忙。报酬是管饭。」"

「·······あ、ああ、それは、大変ありがたい·······しかし、どうして」
"「······啊、啊啊,那真是、太感谢了······可是,为什么」"

「あのように素晴らしい空の絵を描く男が、こんな地下牢のような場所に住まい、床に寝ることを俺が是としないからだ」
"「因为我不允许能画出那般绝妙天空的男人,住在这样如同地牢的地方,睡在地板上」"

いいか?と言えば、ジークフリートはぱちぱちと目を瞬き、破顏した。その笑顏に、パーシヴァルは少し気圧される。
明白吗?话音刚落,齐格飞眨了眨眼,绽开笑容。那笑容让帕西瓦尔感到些许压迫。

「変わった奴だなあ、パーシヴァルは。ふふ、そうだな·······いい加減、体が痛いと思つていたんだ。········今は急ぎの依頼もないし、お前の食事が得られるのなら断る理由もない」
"「珀西瓦尔真是个奇怪的家伙呢。呵呵,是啊……我早就觉得身体开始疼了。……现在也没有紧急委托,如果能蹭到你的饭,我也没有拒绝的理由」"

「なら、決まりだ」
"「那就这么定了」"

差し出された手を握る。しっかりと握られた手を見つめ、パーシヴァルは緊張で溜め込んでいた息をようやく吐くことが出来た。
他握住那只伸来的手。凝视着被紧紧回握的手,珀西瓦尔终于能吐出因紧张而屏住的呼吸。

大きな窓は、今はカーテンが開け放たれて強い日光が差し込んでいた。その日光が差す先は、悲しいかな綺麗に洗われた空き缶たちである。仕事は丁寧らしく、ジークフリートはシンクで機嫌よさげに空き缶を洗い、窓辺に運んでいた。
宽敞的窗户此刻窗帘大敞,强烈的阳光直射进来。那光线所及之处,可悲地映照着一排被洗刷得锃亮的空罐子。工作似乎进行得一丝不苟,齐格弗里德心情愉悦地在水槽边清洗着空罐,再将它们搬到窗台边。

それを横目で眺めながら、パーシヴァルは手元の鍋を取る。まず真っ先に洗った鍋はしつこい埃どもを落としてしまえば綺麗なものだった。念のため何度か煮沸し、消毒は済ませている。
帕西瓦尔用余光瞥着这一幕,伸手拿起手边的锅子。最先清洗的这口锅只需除去顽固的灰尘便焕然一新。为保险起见,他已反复煮沸消毒完毕。

その鍋でまず塩漬けの豚肉を炒め、適当なところで皮を剥いたジャガイモとカブなどの根菜類。ブーケガルニを投入し、水と固形スープの素を放り込んで蓋を閉じた。しばらく経てばポトフのようなものが出来上がるだろう。
他用这口锅先翻炒盐渍猪肉,待火候差不多时加入去皮土豆和芜菁等根茎类蔬菜。撒入香料束,倒进清水与固体汤料后盖上锅盖。稍候片刻,一锅类于法式蔬菜炖肉的料理便能出炉。

そんなことをしている間に危ういバランスで建立されていた空き缶のタワーは全てなくなり、需を付けながら窓辺に陳列していた。
就在做这些事的空档,那些以岌岌可危的平衡堆起的空罐塔已悉数倒塌,被嘟囔着抱怨的他陈列在窗边。

ちようど、ジークフリートはと言うと、困ったように段ボールをき込んでいる。ちよ先ほど金色の盾のようなものが入っていた箱だった。
至于齐格弗里德,此刻正为难地拆着纸箱——正是方才装过金色盾状物的那个盒子。

「どうかしたか」
"「出什么事了吗」"

声をかけるとジークフリートは眉を下げて、板を一枚取り出した。
听到呼唤声的齐格飞垂下眉毛,抽出了一块木板。

「表彰で貰ったものなのだが·····こうしたものは、結局のところ俺の家にあっても置く場所に困るだけでな······」
"「这是表彰会上得到的······但说到底,这种东西放在我家也只是占地方罢了······」"

「·····」
"「·····」"

それを欲する数多の人間が此処にいたら彼はどうなつていただろうと危惧する。埃を盛られて差し出されたのはパーシヴァルでも知っているような著名なコンクールの名であった。大賞、と元は爛々と輝いていたであろう金の字で彫られている。
想到若是有众多渴望此物的人在场他会如何应对,就不禁令人担忧。被掸去灰尘递过来的,是连帕西瓦尔都耳熟能详的著名竞赛名称。上面用原本应该金光灿烂的字体镌刻着——大奖。

「なら、貴樣は何のために絵を描いている」
"「那么,你究竟为何而作画?」"

問えば、ジークフリートは盾の埃をおざなりに拭いながら少し迷ったように述べた。
面对询问,齐格飞一边心不在焉地拂去盾牌上的灰尘,一边略显犹豫地答道。

「そうしなければならないと·····そう思ったから、としか言えないな」
"「只能说……是因为我觉得必须这么做」"

「そうしなければ·······ならない、か」
"「不这么做的话……就不行吗?」"

「ああ、そうだ。まあ、取り立てて他に出来る事もないからな。体が丈夫であるというわけでもない。絵が描ける。それだけだ。だから、俺は絵を描かなければならない」
"「啊,没错。反正也没有其他特别能做的事。身体也算不上强壮。会画画。仅此而已。所以,我必须画画。」"

パーシヴァルは彼のことについて調べた事柄を思い出していた。空のみを描き続ける奇才がいる、というネット記事が幾つかあった。賞の名前は長すぎて忘れてしまつたが、それを受賞した者は少なく、多大な名誉を讃えるものであたことは記憶している。
珀西瓦尔回忆着调查到的关于他的信息。网上有几篇报道提到,有位只画天空的奇才。虽然奖项名称太长已经记不清了,但记得获奖者寥寥无几,那是个享有极高荣誉的奖项。

その記事には彼の略歴が記載されていた。孤児院で生まれ、特筆すべき画才を持ち、奨学金を得て都立の芸術大学を卒業。現在に至るまで百数点の空の絵を描いているということだ。
那篇文章记载了他的简历。生于孤儿院,拥有非凡的绘画才能,凭借奖学金毕业于都立艺术大学。据说至今已创作了百余幅天空主题的画作。

百数点ある空の絵はどれも表情が異なっているという。パーシヴァルが実際に目にしたのはギミックダガーに展示されていた幾点かの空の絵だったが、確かにそれぞれ違った表情があり、美しく、吞まれそうなくらいの青を持っていた。
据说百余幅天空画作每一幅的表情都各不相同。帕西瓦尔实际目睹的是在吉米克匕首展出的几幅天空画作,确实各有不同的表情,美丽得几乎要将人吞噬的蓝色。

「金欲しさ、というわけでもないようだな」
"「看来也不全是为了钱啊」"

一軒家とは言っても、この家は所謂ボ口家で、大きな窓以外は扉の立て付けも悪く、隙間風もふんだんに入ってくる。
虽说是独栋房屋,但这房子堪称破落户,除了大窗户之外,连门都关不严实,漏风的地方比比皆是。

家としての機能が大きく欠落しているように思われた。
作为住宅,其功能似乎严重缺失。

「金は·····画材が買えればそれで。貰った賞金は半分を生活費に、その半分を銀行に、残りの半分は教会や、生まれた孤児院に寄付している」
"“钱嘛……只要能买画材就够了。获得的奖金一半用于生活费,其中一半存入银行,剩下的则捐给教会和出生的孤儿院。”"

「寄付········か」
"「捐赠········吗」"

欲というものは全てに一つを為すために。後は何も。
欲望即为成就一事而吞噬其余。此外皆无。

フェードラッヘを背後に抱いた竜殺しの生き樣とよく似ているように思われた。
那背负着费德拉克的屠龙者生存之道,与此何其相似。

「まあ、だからと言ってそれらの盾を段ボールに突っ込んで放置することは······良くないだろう」
"「不过,话虽如此,把这些盾牌塞进纸箱里弃置不管······总归不太好吧」"

一瞬過った姿を振り払うようにして、パーシヴァルは彼が抱える段ボールから数点取り出した。近年授与されたものばかりで、中汇は分厚い埃から免れたものもある。
帕西瓦尔像是要甩开脑海中闪过的身影般,从怀中纸箱里取出几件物品。都是近年获颁的物件,其中有些甚至还未蒙上厚尘。

「ベッドの片づけが終わったらこれも汚れを拭い落としてやればいい。貴樣にとっては価值のないものでも、貴樣の名誉を讃えるものに変わりはない。大事にしてやれ」
"「等收拾完床铺再来擦拭这些污渍也不迟。即便对你而言毫无价值,它们终究是颂扬你荣誉的见证。好好珍惜吧」"

「そう·······か。そう言われれば、そうだな······指摘されなければ、分からないものだな········かわいそうなことをしてしまった」
"「这样啊……被你这么一说,确实如此……若非有人指出,我自己都没意识到呢……真是做了件可怜的事」"

至極反省した声音で言うものだから、パーシヴァルは呆れ果てる他なかった。
那充满深刻反省的语气,让珀西瓦尔除了哑然失笑别无他法。

綺麗に乾いた空き缶を買ってきたごみ袋に突っ込み、路地の奥にある回収箱へ入れる。がらんがらんと悲し気に別れの鳴き声をあげるそれらを若干憐みの目で眺めながら、パーシヴァルは回収箱を閉めた。
将彻底晾干的空罐子塞进买来的垃圾袋,投入巷子深处的回收箱。珀西瓦尔用略带怜悯的目光看着那些发出哐当哐当悲凉告别声的罐子,轻轻合上了回收箱。

路地の隙間から見える空は夕刻に近い。未だ掃除は終わらず、ジークフリートは壞れたイーゼル相手に悪戦苦闘している。物を退かす度に立つ埃も凄まじく、パーシヴアルは新鮮な空気を吸いに空き缶を捨てる役を買って出ていた。ポトフの鍋に蓋をしてきて正解だったと心から思う。
从巷子缝隙间窥见的天空已近黄昏。清扫工作尚未结束,齐格弗里德正与破损的画架艰难搏斗。每次挪动物品扬起的灰尘都令人窒息,珀西瓦尔自告奋勇去扔空罐换口新鲜空气。此刻他由衷庆幸给炖锅盖上了盖子。

家に戻ると、すっかり解体されたイーゼルが段ボールに収まっていた。奮闘していた解体者は残りのイーゼルに手を付けるか否か悩んでいるように見える。
回到家时,彻底拆解的画架已整齐码放在纸箱里。那位奋战多时的拆卸者似乎正犹豫是否要对剩余画架下手。

「終わったか」
"「结束了吗」"

「ああ、お帰り。見てくれ。一つは終わった······が、大変だな、これは」都市は最近になって木材は木材へ、金具は金具へ解体してから捨てよという処理目標を打ち立ててきた。最近はそれを専門にする業者もいるのだが、簡単に済ませられるだろうとジークフリートは自ら手を付けたのだ。彼が悪戦苦闘する傍らでパーシヴアルはシャツ一枚になって大きなカーテンを洗った。それが干し終わっても、彼は工具片手に唸っていたのだから、結構なタイムロスである。
"「啊,你回来了。看吧。一个已经完成了······不过,这可真是够呛啊」都市最近提出了新的处理目标,要求木材归木材、金属件归金属件,分类拆解后再丢弃。近来甚至出现了专门从事这行当的业者,但齐格弗里德本以为能轻松搞定就自己动手了。就在他与杂物搏斗时,帕西瓦尔只穿着件衬衫在洗大窗帘。等窗帘都晾好了,他还单手握着工具发愁呢,白白浪费了不少时间。"

「残りは業者に任せればよいのでは?もう今日は無理だろう」
"「剩下的交给专业人士处理不就好了?今天肯定搞不定了」"

「そうだな·······明日にしよう」
"「说得也是······明天再说吧」"

「そうしろ。·······随分、片付いたように見えるのだが、先は長そうだな」
"「就这么办吧……看起来已经收拾得差不多了,不过离完成还远着呢。」"

埃を追い出し、床を水拭きし、窓も拭いた。もう少し人手があればもっと進みも早かったろうに思われるが致し方ない。当人は日通しの良くなった窓を満足そうに眺め、まだ積み上がっているイーゼルの群れを眺めて眉を下げる。
扫除灰尘,用湿布擦净地板,连窗户也擦拭一新。若再多些人手,进度想必能更快些,但眼下也只能如此。当事人满意地望向透亮许多的窗户,又对着堆积如山的画架群蹙起眉头。

「確かに先は長そうだが·······良いんだ。ありがとう。それよりも······」ジークフリートはキッチンの方に目を向けている。空き缶を外に出す前に火をつけておいた鍋はコトコトと小さく鳴いていた。
"「确实还有很长的路要走……不过没关系。谢谢你。比起这个……」齐格飞将视线转向厨房。在把空罐子拿出去之前,早已点燃炉火的炖锅正咕嘟咕嘟地轻声作响。"

「ああ、夕食にするか······あれしか作っていないが、パンなどはあるのか?」
"「啊,该吃晚饭了······虽然只做了那个,但有面包之类的吗?」"

「あるはず········いや、どうだったろう」
"「应该有······不,到底有没有呢」"

皿はあるぞ、と何故か自慢げにジークフリートは言う。
“盘子倒是有哦。”齐格弗里德不知为何带着几分得意说道。

結局のところ、皿しか見つからず、到底ポトフだけでは足りない腹の隙間は茹で上げた腸詰で埋めた。あの精肉店の主人に感謝しなくてはならない。加工されていなければ良いのだが。
到头来只找到几个盘子,光靠炖菜根本填不饱肚子,只好用煮熟的香肠填补胃里的空隙。真该感谢那家肉铺老板。但愿这些肉没经过太多加工。

「はあ、美味かった。パーシヴァルは料理人になれるな」
"「哈啊,真美味。珀西瓦尔能当个厨师了」"

「料理人に謝る羽目になるからやめろ。それに簡単なものしか作っていない」満足そうに言う彼にそう返し、パーシヴァルは皿を食器棚に戻す。随分と隙間が多い。入っているのは今使ったスープ皿二枚と、使っているのか怪しいマグカップが一つだけだつた。
"「你会害得我向厨师道歉的,快住口。而且他做的都是些简单料理」我对着心满意足的他这么回答,珀西瓦尔把盘子收回碗柜。柜子里空荡荡的厉害,只有刚用过的两个汤盘和一个可疑的马克杯——天知道那杯子到底用没用过。"

-本当に、一人でずっと暮らしていたのか、とパーシヴァルは漸く確信した。
珀西瓦尔终于确信了——你真的,一直独自生活到现在吗?

「ふう·······俺が礼をすると言ったのに結局掃除も手伝ってもらった上にまた馳走になつてしまった。申し訳ないな·····今度こそ、ちゃんと礼をしよう。パーシヴァル、こちらに」
"「呼……明明说好该由我来道谢的,结果不仅让你帮忙打扫,还又承蒙款待。真是过意不去……下次一定,要好好表达谢意。珀西瓦尔,到这边来」"

「なんだ」
"「怎么了」"

キッチンから出るとジークフリートは既にリビングにおらず、例の一部屋だけ整頓されていたそこから手を出し、招いていた。
走出厨房时齐格弗里德已不在客厅,只有那间常被整理的特殊房间敞开着门,仿佛在邀请我进入。

「·······此処は」
"「······这里是」"

床には埃一つない。リビングや寝室に比べると雲泥の差である。
地板上纤尘不染。与客厅和卧室相比简直天壤之别。

画材は木箱に収まっており、そこには若干の絵の具の汚れがあったが筆などは綺麗に洗われて立てられている。
画具整齐收在木箱里,箱子上沾了些许颜料渍,但画笔都洗净后竖立摆放着。

「俺の仕事部屋だ。········あれからずっと考えたんだが、俺からの礼は絵しかなくてな」
"“这是我的工作室……自从那以后我一直在想,我能拿得出手的谢礼只有画了。”"

だからこれを。
所以这个给你。

そう言って、ジークフリートはキャンバスに掛かっていた布を取り払った。
说完,齐格弗里德掀开了挂在画布上的布。

夕焼けの染みる部屋で、それはまるで火のように輝いていた。描かれていたのは明ける夜の絵だった。昇り上がるような朱と、それを受け止める青が中央で見事に調和している。点々と白く見えるのは星の残滓だろうか。とても美しい絵だった。
在夕阳浸染的房间里,那幅画如同火焰般闪耀。画中所绘的是破晓时分的夜空。升腾的朱红与承接它的靛蓝在中央完美交融。点点泛白的或许是星辰的残影吧。真是幅绝美的画作。

ただ、それ以上にパーシヴァルの目を釘付けにしたのは、その絵の舞台が空の島であるということ。加えて、その空の島に描かれている端々の特徴が、フェードラッへのそれと酷似しているということだった。
然而,更令珀西瓦尔目不转睛的是,这幅画的舞台竟是浮空岛屿。更甚者,岛上各处细节特征都与费德拉如出一辙。

「······気に、いらなかったか」
"「……你,不喜欢吗?」"

た。言葉もなく立ち尽くしているのを見て、ジークフリートが心配そうに声を掛けてき
看到对方无言呆立的样子,齐格弗里德担忧地搭话道

「あ、ああ、いや·······すまない。·······少し、驚いて。美しい······世界だな」
"「啊、啊啊,不……抱歉。……只是有点吃惊。真是……美丽的世界啊」"

「ありがとう。········いつもはな、この窓から見える空を描いているんだ」ジークフリートが見上げるのは、一際大きな窓だった。此処だけは初めから澄んだガラスをしていて、向こうに見える景色は驚くほどに美しい朱色をしている。空に、吞まれそうな景色だった。
"「谢谢。……其实呢,我平时总是从这个窗口描绘所见到的天空。」齐格飞抬头望向的,是一扇格外宽大的窗户。唯有此处从一开始就装着澄净的玻璃,窗外景色呈现出令人惊叹的美丽朱红色。那仿佛要被天空吞噬般的景致。"

「それで此処だけは掃除しているのか」
"「所以唯独这里你才会打扫啊」"

パーシヴァルが揶揄するように言うとジークフリートは照れたように笑う。
帕西瓦尔语带揶揄地说道,齐格飞便露出腼腆的笑容。

「はは、そうだな。仕事部屋が散らかっていると、どうも集中できなくて。いつも此処だけは頑張って掃除している」
"「哈哈,确实呢。工作间乱糟糟的话,总觉得没法集中注意力。只有这里我一直坚持打扫」"

彼の描いた百数点の絵は此処で生み出されたということだ。格段に大きなキャンバスの絵もあったが、あれらだけは別の場所で作業して描いているらしい。
据说他绘制的一百多幅画作都是在这里诞生的。其中也有尺寸格外巨大的画布作品,但那些似乎是在别处完成创作的。

「······いつもは、ということは、これは違う意図を持って描いたと?」先の言葉をパーシヴァルが反芻して返す。ジークフリートは頷いて、キャンバスの下方、島々を点々と指さした。
"「……你说平时,那这幅是带着不同意图画的?」帕西瓦尔咀嚼着先前的对话反问道。齐格弗里德点点头,手指划过画布下方星罗棋布的岛屿。"

「空の冒険譚の一節に、そう、俺たちと同じ名前の登場人物が出てくる章があるだろう。そこに、こんな島があったと思う」
"「在《天空冒险谭》的某一章节里,没错,有个与我们同名的角色登场的段落。我记得那里描述过这样一座岛屿。」"

「·······そう、だつたか」
"「……原来,是这样啊」"

「お前と俺の出会えた記念に、ということでそこを選んでみた。まあ、俺が読んだのは孤児院にいたころだから、随分と昔のことで······詳細は殆ど覚えていないのだが」
"「作为纪念你我相遇之地,我特意选了那里。不过,那是我还在孤儿院时读到的故事,已经是很久以前的事了……细节几乎都记不清了。」"

「そうか·······」
"「这样啊······」"

ジークフリートが触れていた部分にパーシヴァルも手を伸ばす。
帕西瓦尔也将手伸向齐格弗里德触碰过的地方。

青々とした草の繁る大地に、とても、見覚えのある巨大な白亜の城。城の近くにある巨大な湖と、少し背の高い山。煙突から煙を上げている緑の畑をたくさん抱えた牧歌的な村落。その村落に流れ着く川。深い谷は慟哭の谷だろうか。最早微細としか言えないが、慟哭の谷の近くにも村のようなものが見えた。そして、フェードラッヘより山を隔てて境を隔ててほど近く。関所と、また白い城があった。形状からして、ウエールズの領地だと思われる。
郁郁葱葱的草原大地上,矗立着一座极为眼熟的巨大白垩之城。城边是广阔的湖泊与略高的山丘。炊烟袅袅的绿色田野环绕着田园诗般的村落,溪流蜿蜒汇入村庄。那幽深的峡谷想必是恸哭之谷吧。极目远眺,谷地附近似乎还有个小村落。而与费德拉赫隔山相望的不远处,可见关卡要塞与另一座白色城堡。从建筑形制来看,应是威尔士的领地。

此処まで緻密に描いておいて、殆ど覚えていない。そんなことが、あるのだろうか。
描绘得如此细致入微,却几乎毫无印象。这种事,真的存在吗?

「ジークフリート、貴樣は·······」
"「齐格弗里德,你这家伙······」"

「ん········なんだ?」
"「嗯······怎么了?」"

-本当に、何も覚えていないのか?
-真的什么都想不起来了吗?

口の中で問いたいと願ったものは声にならず、パーシヴァルは言葉を飲み込んだ。アルルメイヤに何を言われた?と自分に言い聞かせる。
在心底渴望质问的话语未能化作声音,珀西瓦尔将言语咽了回去。他对自己说,阿尔梅娅到底说了什么?

「·····何でもない。素晴らしい画家だなと思ってな」
"“……没什么。只是觉得真是位出色的画家。”"

「ふふ、何を急に。でも、ありがとう」
"「呵呵,怎么突然这么着急。不过,谢谢你」"

そのままキャンバスを寄越して来ようとするのをパーシヴァルは止める。キッチンを見ると買ってきた新鮮な食材達が今か今かと出番を待ち受けていた。
帕西瓦尔制止了对方就这样想把画布递过来的举动。往厨房一看,采购回来的新鲜食材正整装待发地等待着登场时刻。

「貴様が次週まで餓死しないように、今日のうちに常備菜を作っておく」
"「为了让你不至于在下周之前饿死,今天得先把常备菜做好」"

「次週まで·······というのは?」
"「等到下周……是什么意思?」"

「どうせ、一人では掃除もせんだろう。俺が、また来週手伝いに来る。異存がなければ、その時に引き取らせてくれ」
"「反正你一个人也不会打扫吧。我下周再来帮忙。要是没意见的话,到时候就让我带走吧。」"

パッと目を輝かせるジークフリートに半ば気圧される。構わない、と彼は意気込んで言った。
齐格弗里德突然眼睛一亮,气势逼人。他干劲十足地说,没问题。

「ない。パーシヴァルと話すのは楽しいんだ。また、是非来てくれ。·······この絵も、もう少し手を加えていいなら、そうしたい」
"「没有。和珀西瓦尔交谈很愉快。下次请务必再来。······这幅画也是,如果允许我再稍作修改的话,我很乐意」"

「それは······構わんが」
"「那个······无妨」"

「ありがとう。この絵はな、何だが果てがないように思えるんだ。幾ら描いても、描き足りないような······ああ、そうだった。お前のことも、もっと教えてくれ」
"「谢谢。这幅画啊,不知为何总觉得没有尽头。无论画多少,都好像还不够······啊,对了。关于你的事,也请多告诉我一些」"

無垢な笑顏を向けられ、パーシヴァルは頷いた。
面对那无垢的笑容,珀西瓦尔点了点头。

頷きながら、彼の手の引き、フェードラッへの絵から半ば逃げるようにリビングへ移動した。ジークフリートはあの雨の日と同じように何の抵抗もなく、手を引かれて着いてきた。
他一边点头,一边被对方牵着手,几乎是逃也似地从菲德拉的画像前移步至客厅。齐格弗里德就像那个雨天一样,毫无抵抗地任由他牵着跟了过来。

五,置き去りの、蒼
五,被遗弃的,苍蓝

次週のみという約束はその翌週も。翌週の次は、そのまた翌週に。結局のところ、パーシヴァルは休みが出来ればジークフリートの家忆赴き、掃除を手伝い料理を作る等していた。季節は彼と出会った春から、既に秋口に差し掛かっている。
约定仅限下周的承诺延续到了下下周。下下周之后,又延至再下一周。最终,帕西瓦尔只要得闲便会前往齐格弗里德家中,帮忙打扫做饭。季节已从他们相遇的春日转入初秋时分。

なんとなく、予想はしていたことではある。要するに放っておけなくなった。初めは数えるほどしかなかった料理のレシピも母とネットと大図書館に教えを乞うて、それなりの数になってしまった。
隐约间,这本是预料之中的事。说到底就是无法对他置之不理。最初寥寥可数的食谱,通过向母亲、网络和大图书馆求教,如今已积累到相当数量。

そもそもジークフリート自身に料理を教え込めばこの行脚も終わるのだが、ジークフリート自身が料理を嫌がり、また、パーシヴァルも彼の家を訪れる口述がなくなることを内心良しとしなかった。訪れる度に、ジークフリートが笑顏で出迎えてくるのも理由の一つではある。
其实只要教会齐格弗里德本人做饭,这番奔波便可终结。但齐格弗里德本人厌恶下厨,而帕西瓦尔内心深处也不愿失去造访他家的借口。每次登门时,齐格弗里德展露的笑颜也是原因之一。

結局、先日披露された絵は受け取らないまま、ジークフリートの家にある。手を加えたいという申し出通り、絵は来るたびに表情を変え、深く、鮮やかな色合いを増していた。
最终,前些日子展示的那幅画未被取走,仍留在齐格弗里德家中。正如他提出想要修改的请求,每次来访时画作都会变换表情,色彩愈发深邃鲜艳。

偶々、彼が絵を描くところを見たことがある。例によって不用心に鍵を開けっぱなしにしていたため、施錠の後、叱りつけてやろうと姿を探した。あまりにも静かな空間のため、遂に鍵をかけずに外に出たのかと思ったほどだった。
偶然间,我曾见过他作画的样子。照例又粗心大意地没锁门,我本打算在锁门后找到他训斥一番。由于空间过于静谧,甚至让我以为他终究没锁门就外出了。

買ってきた食材をキッチンに置きざま、すっかり片付いたリビングを横手に見た。そこにジークフリートはいた。
刚把采购的食材搁在厨房,余光便瞥见收拾得干干净净的客厅。齐格弗里德就在那里。

窓からの日光を浴びながら、息を詰め、琥珀の目を見開いて、自身に油彩が飛ぶのも厭わずに筆とナイフを動かしている。横顏のみしか見えず、表情はあまり判別できなかったが険しさだけは感じ取れた。聞こえるのは彼の吐息と、油彩をパレットから取る音。ナイフがそれを削ぐ音。一切無駄なく、ジークフリートは手を動かし続けていた。
沐浴着从窗户洒落的阳光,屏住呼吸,琥珀色的眼眸圆睁,毫不在意飞溅到身上的油彩,持续挥动着画笔与刮刀。只能看见侧脸,虽无法分辨具体表情,却能清晰感受到那份凌厉。耳畔只有他的吐息声、从调色板上刮取油彩的声响,以及刮刀削刮的动静。齐格飞的手没有一丝多余动作,始终保持着精准的节奏。

獲物を前にした顔とよく似ていた。
那神情与面对猎物时极为相似。

何事かに対峙するとき、彼は琥珀色の目をカッと開き、息を密かに、まるで時を食らったかのように静かになった。ジークフリートがそうするときは、大半物事は一瞬で終わる。パーシヴァルが手を出す前に、否、団長すら手を出せずに完結してしまい、ジークフリートは悠々と大剣を納刀してこちらにやって来る。
每当应对突发状况时,他总会猛然睁大琥珀色的双眼,呼吸变得隐秘而深沉,仿佛吞噬了时间般寂静。当齐格飞进入这种状态,多数事情都会在瞬息间尘埃落定。帕西瓦尔还未来得及出手——不,甚至团长都未能介入,一切便已结束。只见他从容收剑入鞘,大步流星地向我们走来。

その時の雰囲気と酷似ている。ただ、目の前にいる男はあくまでも絵描きの男で、握っているのは筆とパレットナイフである。鮮烈なまでな色をまとっているだけで、ジークフリートは剣士でも何でもない。
此刻的氛围与那时极为相似。只不过,眼前这个男人终究只是个画画的,手里握着的是画笔和调色刀。即便身披如此鲜艳的色彩,齐格弗里德也并非剑士或其他什么人物。

きし、とパーシヴァルの足元の床が鳴った。
珀西瓦尔的脚下,地板发出吱呀一声响。

瞬間、ジークフリートが弾かれたようにパーシヴァルを見た。そして、パッと表情を明るくして「パーシヴァル」と呼び掛けてくる。
刹那间,齐格弗里德像是被弹开一般看向珀西瓦尔。随后,他忽然展露明亮的笑容,呼唤道:“珀西瓦尔”。

先ほどまでの雰囲気はない。ニコニコと微笑みながら椅子に座ったまま、手を伸ばしてくる。その手を取って、パーシヴァルは彼の額に口づけを落とした。
方才的氛围荡然无存。他笑眯眯地坐在椅子上,伸手过来。珀西瓦尔握住那只手,将吻轻轻印在他的前额。

「·······また鍵をかけ忘れたろう。不用心極まりない」
"“……又忘记锁门了吧。真是大意至极。”"

挨拶でも、親愛のそれでもない。ジークフリートはただ目を伏せて気持ちよさそうにロづけを受けながら「悪かった」と答える。
既非问候,也非亲昵。齐格菲尔德只是垂着眼帘,惬意地接受着亲吻,低声回应道:“是我不好。”

「でもそのために合鍵を渡したんだ。俺がかけ忘れても、お前が閉めてくれるだろう」
"「但为此我才给了你备用钥匙。就算我忘记锁门,你也会帮我关上的吧」"

「·······そういう問題でもない」
"「······问题不在这里」"

いつからか、こうして触れ合うようになった。彼の家を掃除して、食事を提供して、話し合う関係は季節が移ろうごとに濃度を増した。
不知从何时起,他们开始这样亲密接触。为他打扫房间、准备餐食、交谈的关系,随着季节更迭愈发深厚。

初めに触れてきたのはジークフリートからで、豪雨が降る夏の初め、いつも通り掃除と洗濯を済ませて帰参しようとしたパーシヴァルの手を取り、帰るな、と言った。縋るような手と夏だというのに氷のように冷たい体温に驚いた。
最初触碰帕西瓦尔的是齐格飞,在暴雨倾盆的初夏,他拉住刚做完日常清扫和洗衣准备回家的帕西瓦尔的手说别走。那攥紧的手和明明是夏天却冰冷如铁的体温令人吃惊。

結局、その日は何事もなく彼に寄り添い、一晚話すなどして気を紛らわせてやつた。どうも、雨が降る夜は苦手で、とジークフリートは恥ずかしそうに笑う。照れたように笑いながら、主を寝かせられるようになつたクイーンサイズのベッドで並んで寝た。「すまない」と言いながら身を寄せてくる彼を腕に抱いた時、ぷつりと何かが切れた気がした。奔流のように過去の記憶が溢れたが、結局パーシヴァルはそれ以上のことはせず、いつかこの堰が壊れることを予見しながらも、黙っていた。
最终那天只是平静地陪在他身边,整夜聊天分散他的注意力。齐格飞不好意思地笑着说,自己实在不擅长应付雨夜。两人在能并排躺下的加大双人床上相视而笑,帕西瓦尔把说着抱歉靠过来的他揽入怀中时,仿佛听见什么东西啪地断裂的声音。往昔记忆如洪流般涌来,但帕西瓦尔终究没有更进一步,只是沉默地预感到这道堤坝终将溃决。

それが皮切りとなったのかは分からない。それでもロづけし、自然と身を触れ合わせるようになった。
不知是否以此为开端,两人开始自然而然地唇齿相依,肌肤相亲。

ジークフリートは如何にも幸せそうで、同性同士であるということは一切意に介していないように見受けられたし、現にパーシヴァルがこのような行為に嫌悪感はないのかと問うても不思議そうに「ない」とはっきり述べた。
齐格弗里德看起来幸福极了,似乎完全不介意两人同为男性的事实。当被问及是否厌恶珀西瓦尔这样的行为时,他甚至露出困惑的表情,斩钉截铁地回答「不」。

「お前だから、うれしい」
"「因为是你的缘故,我很高兴」"

どうしてそんなことを言うのだと言わんばかりの表情に、逆にパーシヴァルが閉口してしまう。都市自体は同性を生涯のパートナーとすることを否定せず、寧ろ独りでいることよりも是としていることもあって偏見の目は少ない。此処で生まれ育てば、そういった観念に囚われることもないのだろうと思われた。
面对那几乎要脱口而出「为何说这种话」的表情,反倒是珀西瓦尔语塞了。这座城市本身并不反对同性结为终身伴侣,甚至认为这比孤独终老更值得肯定,因此少有偏见的目光。若在此地生长,想必也不会被这类观念束缚吧。

現世のジークフリートは、現世のジークフリートとして見ている。パーシヴァルはそのつもりでいた。稀代の空の画家としての彼を愛そうと、そう思おうとする。
现世的齐格弗里德,就当作现世的齐格弗里德来看待吧。珀西瓦尔本是这么打算的。试图去爱作为稀世天空画家的他,努力这样想着。

だがそれは結局のところ、空の彼を蔑ろにしていることになるのではないかとも思つていた。そうであっても、目の前のジークフリートを愛しく思う気持ちに偽りがあるかと問われれば、そうではないと答えは出来る。綯交ぜになった面倒な気持ちを抱きながら、こうして彼に触れることを許してもらっている。
但说到底,这难道不是在轻视天空中的他吗?即便如此,若被问及对眼前齐格弗里德的怜爱之情是否虚假,也能回答并非如此。怀抱着这样纠结复杂的感情,才得以被允许像这样触碰他。

-卑怯なことだ。
-真是卑鄙啊。

ジークフリートは何の疑問もなく、パーシヴァルの手を握り返してくれるのに。別の人間の手を、もう片方の手につないでいるかのような心地になる。
齐格弗里德毫不犹豫地回握住帕西瓦尔的手。那感觉就像是用另一只手牵住了另一个人的手。

最近、ジークフリートの絵は鮮やかさを増したとローアインから言われた。ガレリアに出せばあっという間に売約され、次の依頼が舞い込んでくるのだという。以前であればジークフリートは気が載らなければのらりくらりと失せていたそうだが、今では「創作意欲が湧く」とかで、沢山依頼を受けている。平日はそちらに精を出して、週末はパーシヴァルに贈る絵を描きながら到来を待つ。そんなことを続けていると。
最近罗亚因说齐格弗里德的画作色彩愈发鲜活了。若是拿到加雷利亚展出,转眼间就能售罄,紧接着新的委托便会纷至沓来。据说从前若是提不起兴致,齐格弗里德总会敷衍了事地推脱掉,如今却以'创作欲涌现'为由接下了大量委托。平日全心投入工作,周末则边画赠予帕西瓦尔的画作边等待他的到来。就这样持续着这样的生活。

「ジークフリートさんのこと、よろしくお願いします」
"「齐格弗里德先生的事,就拜托您多关照了」"

偶々ローアインの店に立ち寄った際、いつものふざけた口調でもなく、真面目な顏をして頭を下げられた。よしてくれとパーシヴァルが言うとバネのように頭を上げる。
偶然走进罗亚因的店里时,他竟一改往日戏谑的口吻,神情严肃地低头行礼。帕西瓦尔刚说‘别这样’,他就弹簧般猛地抬起头。

「心配だったんすよ。ジークフリート先生、このままだと俺が飯を食わし続けても何処かで消えちまうんじやないかって。いや、俺、マネージャーとして言ってるんじやないんすよ。ジークフリート先生そのものが好きだから、言ってるんす。パーシヴァルさんが、ジークフリート先生の傍にいてくれるなら、それ以上のことはないって、本当にそう思ってるんすよ」
"‘我担心得很啊。总觉得这样下去,就算我继续供齐格弗里德老师吃饭,他也会在某天消失不见。不,这不是作为经理在发言。因为我真心喜欢齐格弗里德老师这个人,才说这些的。只要有帕西瓦尔先生陪在老师身边,我就再无所求了——我是真心这么想的。’"

うんうんと涙ながらに頷きながらローアインは言う。あいつは何処まで関係を話しているのだと困惑するパーシヴァルの片手をぎゆうと握って、これ、と小舟屋のアドレスが書かれたカードを押し付けてきた。
"罗亚因泪眼婆娑地连连点头,紧攥住困惑的帕西瓦尔一只手追问‘那家伙到底透露了多少关系’,随后强行塞来一张写着小船屋地址的卡片说‘给这个’。

「お礼っす。これ、一般の客さんには渡してないんすよ。言わば······VIP カード的な?」
"「这是谢礼。普通客人可拿不到这个哦。说白了······就是 VIP 卡那种?」"

「······これを、どうしろと」
"「······这个,要我怎么做」"

「呼べば一発で小舟屋が来ます。ダチ公にも話しとくんで」
"「只要招呼一声,小舟屋随叫随到。我也会跟兄弟们打声招呼的」"

「はあ·······?まあ、貰っておくが······。俺は定刻にしか小舟屋に来んぞ」
"「哈······?好吧,我就收下了······。我只在固定时间才会来小舟屋哦」"

「意外と便利かもしれないんで。まま、どうぞ。·······あー······それにしてもジークフリート先生にもパートナーかあ。俺にもね、超絶美人な嫁さんいるんすよ。見ます?」否応なしにパスケースから取り出されたのは一枚の写真。見ないのも失礼かと目を移して、パーシヴァルはどのような表情をするか迷った。
"「说不定意外地方便呢。喏,请收下。······啊······话说齐格弗里德老师也有搭档了啊。我也有个超级漂亮的老婆哦。要看吗?」不由分说从钱包里掏出的是一张照片。觉得不看不太礼貌而将视线移过去,珀西瓦尔一时不知该作何表情。"

照れくさそうに写真に写っているのは、空の冒険譚でも絶大な人気を誇る、蒼の少女を守る女性騎士その人だった。さすがに鎧はまとつていないが、代わりにシンプルなワンピースと左手薬指に指輪を装備している。スマートフォンを握るローアインの左手を見ると、しっかりと指輪が嵌っていた。なるほどと納得する。
照片上那位略显羞涩的女性,正是《天空冒险谭》中人气极高的守护苍蓝少女的女骑士本人。虽然没穿铠甲,但换上了简约的连衣裙,左手无名指戴着戒指。瞥见罗亚因握着智能手机的左手,那枚戒指确实牢牢地套在指间。原来如此,他恍然大悟。

「一人になるのはダメっすよ。ジークフリート先生も、パーシヴァルさんも、幸せになってください。いや、お節介っすけどね!」
"「不可以一个人待着哦。齐格飞老师,珀西瓦尔先生,请一定要幸福。啊,虽然我可能有点多管闲事啦!」"

「パーシヴァル·······?どうかしたか」
"「珀西瓦尔······?怎么了?」"

ジークフリートが不思議そうに見上げてきた。何でもない、と彼の手を取って「食事の準備をするから手伝え」とパーシヴァルは笑んだ。
齐格飞一脸疑惑地抬头望来。珀西瓦尔握住他的手笑道「没什么,来帮我准备晚餐吧」。

素直にキッチンに向かっていく背を見送って、パーシヴァルは彼が手掛けていたフエードラッヘの絵に視線を移した。より色鮮やかに、空の世界の空気をそのままに抱いた景色は実に美しい。美しいからこそ、じくりとパーシヴァルの胸を刺す。いつ、この絵を素直に見ることが出来るのだろうと、パーシヴァルは暗澹たる思いを抱きながら、カーテンを閉め、部屋を後にした。
目送着那坦率走向厨房的背影,帕西瓦尔将视线移回自己正在绘制的菲德拉赫风景画上。色彩愈发鲜艳,将天空世界的气息原封不动地捕捉下来的景色实在美丽。正因如此美丽,才让帕西瓦尔的心隐隐作痛。究竟何时才能坦然面对这幅画呢——怀着这般黯淡的思绪,他拉上窗帘,离开了房间。

「おや、また珍しいところにいるね」
"「哎呀,又出现在这么稀罕的地方呢」"

梯子の下手からの声に、下方を見やればアルルメイヤとセンがいた。彼女らはパラフィン紙で包まれた本を大仰な本をそれぞれ一冊抱えている。出納の依頼があったのだろうか。
从梯子下方传来的声音让帕西瓦尔低头望去,只见阿尔梅亚和仙正站在那里。她们各自抱着一本用石蜡纸包裹的厚重书籍。大概是来办理图书出纳委托的吧。

「料理に目覚めたのかい」
"「对料理产生兴趣了吗」"

梯子の上部、つまりパーシヴァルがいる場所は栄養学を主とする書架である。手に持っていたのは滋養のある食材が載っているもの。対象者は、言わずもがな不摂生な画家である。
梯子的上部,也就是帕西瓦尔所在的位置,是以营养学为主的书架。他手里拿着的,是记载滋补食材的书籍。目标对象,不言而喻正是那位生活不规律的画家。

「···依頼された書物だ」
"「……是受委托的书」"

書架整備で出ていて、偶々この書架群に遭遇しただけではある。当然、特段依頼されたものではないが、理由を言うのも憚られる。表情を見て取ったのか、下手ではクスリと笑い声が聞こえた。
只是碰巧在整理书架时出来,偶然遇见了这一排书架。当然,并非受人所托,但说出理由也令人踌躇。或许是察觉到了我的表情,传来一声笨拙的轻笑。

「そうかそうか」
"「这样啊这样啊」"

生ぬるい笑顔で見上げてくるアルルメイヤ。ジークフリートとの関係のことは一切話していないが、何故か貫かれるような視線を感じることがあって困っている。
阿尔尔梅亚仰起头,露出似笑非笑的表情。虽然从未提及与齐格飞的关系,但偶尔会感受到她仿佛能洞穿一切的视线,令人困扰。

「わあ、この辺りってこんなにお料理の本があるんですねえ」
"「哇,这一带竟然有这么多烹饪书籍呢」"

センは会話など意に介さずに、嬉しそうに書架を見つめている。収められている本は、今では新しいと言えるレシピ本ばかりではない。近世の調理法、利用していた食材、器具等々がまとめられて、排架されている。パーシヴァルが手にしているのも、そういった類のものであった。参考になるものばかりではないが、一部は現代でも流用が利きそうだった。
千对旁人的搭话置若罔闻,只是满心欢喜地凝视着书架。架上收藏的并非全是时下流行的新式食谱。近代的烹饪技法、所用食材、器具等资料都被分门别类整理排列着。珀西瓦尔手中拿着的也正是这类书籍。虽非全都具有参考价值,但其中部分内容即使在现代也能灵活运用。

「私まだ利用者さんに何々は何処ですか? って訊かれてもまずマップ見ないと案内が出来ないんです······早くお二人みたいに素早く、的確に案内出来るようにならないと·······」
"「我现在被读者问‘某某书在哪里’时,还得先看地图才能指路······必须尽快像两位前辈这样做到又快又准地引导读者才行······」"

本を抱えたまましおしおとセンはしょげていく。
抱着书本,森蔫头耷脑地垂头丧气。

「何を言う。センはよくやっているよ。何しろ一生懸命だからね。じき覚える」
"「说什么呢。森做得很好啊。毕竟那么拼命。很快就会记住的」"

アルルメイヤも本を抱えている故に、声で励ます他ないようだのた。栄養学の本を書架に本を戻し、パーシヴァルも地上に降りる。
阿尔梅娅也因抱着书,似乎只能用声音来鼓励。将营养学的书放回书架后,帕西瓦尔也下到了地面。

「なんだ。随分、古い本だな」
"「哎呀。这本书相当古老了呢」"

「そうなんです。珍しいんですけど若い男の子がこれを見たいって紹介状を持ってこられたんですよ。国立大学院の押印がありました」
"「是的。虽然很罕见,但有个年轻男孩拿着介绍信来说想看这本书。上面还盖着国立大学院的印章呢」"

「国立大学院······?随分遠方だな」
"「国立大学院······?那可真是够远的啊」"

センが抱えているのはピンク色の革表紙だったが、既にレッド·ロット化が進み始めている書籍だった。これ以上の進行と破損を防ぐためにパラフィン紙で厳重に卷かれている。
森抱着的是一本粉色皮革封面的书籍,但已经开始出现红腐现象。为了防止进一步损坏,书被严实地用石蜡纸包裹着。

そっと開けて見せてくれた表紙を見て、瞠目した。空の冒険譚、とそこにはある。ただ、描かれている文字は刻印されたものではなく、手書きだった。
他轻轻翻开封面给我看时,我不禁瞪大了眼睛。上面写着《天空冒险谭》,但那些文字并非印刷体,而是手写而成。

「これは·······」
"「这是······」"

「空の冒険譚の、原典だそうです。館長もびっくりされてました。何処にも情報を出していないのに、どうして此処にあるって分かったんだろうって。こんなに大きかつたんですね」
"「据说这是《天空冒险谭》的原典。连馆长都大吃一惊。明明没有在任何地方公布过信息,为什么会知道它在这里呢。没想到竟然这么大」"

「我々も初めて知った。パーシヴァルも、その様子だと知らなかったのだね」
"「我们也是第一次知道。看帕西瓦尔的样子,他应该也不知情吧」"

これは別冊だよ、とアルルメイヤは自らが抱えていた本を差し出す。元は青い表紙だつたのだろうが、こちらも劣化が進み、本を守るために丁寧に装備されている。別冊版の存在など思いもよらず、パーシヴァルは跳ね上がりそうな鼓動を抱えたまま、それを受け取った。
这是分册哦,阿尔尔梅亚递出自己怀里的书。封面原本大概是蓝色的,但同样因岁月侵蚀严重,为保护书本被精心重新装帧过。完全没想到还有分册版存在,帕西瓦尔怀揣着几乎要蹦出胸膛的心跳接过了它。

「別冊版があったのか······」
"「原来还有别册啊······」"

「そうらしい。どちらも手書き。インクは·····少し焼けて読み辛いが、ピンク色の方は私の記憶にある文節と記述は殆ど同じだ。ただ、この別冊に関しては·······知り得ぬことばかりでね、まだチラとしか見ていない。不思議なことだ。何故我々が知り得ぬ本を、かの青年は知っていたのだか」
"「似乎是这样的。两本都是手写。墨水······有些烧焦了难以辨认,但粉色那本的内容与我记忆中的段落几乎一致。只是关于这本别册······全是些我们未曾知晓的事情,我也只是粗略翻看。真是奇怪。为何那个青年会知道我们都不了解的书呢」"

受け取ったそれをそっと開いてみた。劣化も何もしていない頁は白く、ピンとしていた。
接过它轻轻翻开。毫无老化痕迹的书页洁白如新,挺括平整。

ただ書かれている文章は先にアルルメイヤが言っていたように劣化し、薄れている。所々完全に消えてしまって読めなくなつていたが、大半は判読出来た。
正如阿尔梅娅先前所言,纸上文字已经褪色模糊。部分地方完全消失无法辨认,但大部分内容仍可解读。

『彼は一切の感情をなくしてしまったように見えた。それでも、受け答えの仕方は昔の彼のままだったから、僕は安心していいのか、してはいけないのか分からなかった。ルリアはいつも通りだったけども』
『他看起来像是失去了所有情感。尽管如此,应答方式仍与从前无异,让我不知该不该放心。露莉亚虽然一如往常』

一人称からするに、男性、それも年若い少年が書いたものであろうと思われる。ルリア、あの蒼の少女が傍にいるということは·······これは、まさか。勝手に震えそうになる指を抑え、パーシヴァルは、その隣の頁に目を移した。そして、息が止まる。
从第一人称推断,这应是出自一名年轻少年之手。露莉亚——那位蓝发少女就在身旁······这难道是。帕西瓦尔按住不自觉颤抖的手指,将视线移向下一页。而后,呼吸停滞。

『それにしても-クフリートさんは、何処に行ったんだろう?もう-なくてはならなくなったと、-しそうに言っていたのに急に艇を下りるなんて。もう会えないのかな?』
『话说回来——库弗里特先生到底去哪儿了呢?明明刚才还说着“必须得走了”,却突然下艇离开。该不会再也见不到了吧?』

『パ-シヴァルに、理由を訊いても教えてくれなかった。その時だけ、一瞬だけだけど泣きそうな顔をしたのを覚えている。きつと、何か知っているんだろうけど、僕はきっとこれからも訊くことはないだろうと思った』
『就算问帕西瓦尔原因,他也不肯告诉我。只记得那时他露出了仿佛下一秒就要哭出来的表情,虽然只有短短一瞬。他肯定知道些什么,但我觉得自己大概永远都不会再追问了』

『だから、-していることは、まだ言えていない。いつか、言える日が来るといいけど』
『所以,那些藏在心底的话,至今仍未能说出口。但愿有一天能等到倾诉的时机』

バタン、と意図せずに強く本を閉じてしまつた。書架の間に響くほどの音で、センとアルルメイヤはひどく驚いている。
砰地一声,无意间重重合上了书本。声响在书架间回荡,森和阿尔梅莉亚都吓了一大跳。

「こら、パーシヴァル。とても古いものなのだから乱暴に扱ってはいけないよ」怒るアルルメイヤ。当然だ。とんでもなく貴重な本なのに、今の行為は不遜極まりない。
"「喂,珀西瓦尔。这可是非常古老的书籍,不能粗暴对待啊」阿尔梅莉亚生气地说道。理所当然的反应。毕竟这是无比珍贵的书籍,刚才的行为简直无礼至极。"

「すまん········手が滑った」
"「抱歉……手滑了」"

「大丈夫ですか······?パーシヴァルさん······」
"「你还好吗······?珀西瓦尔先生······」"

閉じてしまった本をアルルメイヤの手に戻し、パーシヴァルはセンに頷く。
将合上的书交还到阿尔梅亚手中,珀西瓦尔向森点了点头。

「問題ない。·······なあ、アルルメイヤ」
"「没问题。·······呐,阿尔梅亚」"

「ん?どうした?」
"「嗯?怎么了?」"

別冊版の状態を確かめていたアルルメイヤが顔を上げる。パーシヴァルは、先の文字列を思い出し、一端を目を伏せて内に消し込んだ。
正在检查别册状态的阿尔梅莉娅抬起头来。珀西瓦尔想起先前的文字,垂下视线将其隐入心底。

「貴重書の閲覧であれば、立会人が必要だろう。立会人を、俺にやらせてくれないか」
"「若是查阅珍本,需要见证人在场吧。让我来当这个见证人如何?」"

照明を極力落とした部屋は埃の類が入らないよう一切締め切られて、常に空気清浄機が働いている。荷物は筆写用の鉛筆と紙しか持ち込めず、入る際には厳重に手を消毒し、乾燥させなければならない。貴重書閲覧室と銘打たれた部屋は、古い建物に似合わず最新の衛生観念を以て設えられている。
这间尽可能调暗灯光的房间为了杜绝灰尘侵入而完全密闭,空气净化器始终运转着。只允许携带抄写用的铅笔和纸张进入,进门时必须严格消毒双手并彻底晾干。这间冠以珍贵书籍阅览室之名的房间,虽坐落于古老建筑内,却以最先进的卫生理念精心布置。

先んじて部屋の前に立っていた青年はパーシヴァルの姿を見て、頭を下げた。背はパーシヴァルよりも少し低く、胡桃色の短髪と同じく胡桃色の目をしている。
率先站在房门口的青年见到珀西瓦尔的身影,立即低头行礼。他个子比珀西瓦尔略矮,留着胡桃色的短发,双眸亦如胡桃般棕褐。

その姿を見て、パーシヴァルはひどく懷かしい心地を持った。
望着那道身影,珀西瓦尔心底涌起难以言喻的怀念之情。

「グラン殿で間違いはないか」
"「您就是格兰大人没错吧」"

名を尋ねると青年はにつこりと笑って頷く。
询问姓名时,青年微笑着点头。

「俺がグランです。この度はお手数おかけして、申し訳ありません。閲覧できること、とても嬉しく思っています」
"「我就是格兰。这次给您添麻烦了,实在抱歉。能有机会阅览,我感到非常高兴」"

口上を述べて、グランは居住いを正した。
说完开场白,格兰端正了坐姿。

「国立大学院からようこそ。俺は司書のパーシヴァルだ。立会人を務めさせてもらう。·····注意事項はもう聞いたか」
"「欢迎来到国立研究院。我是图书管理员珀西瓦尔。由我来担任见证人······注意事项已经听过了吧」"

「はい。消毒も済んでいます。部屋の使用方法も先ほどアルルメイヤさんから說明いただきました。あとマスクも、今つけますね」
"「是的。消毒也完成了。房间的使用方法刚才阿尔梅娅小姐已经说明过了。还有口罩,我现在就戴上」"

手渡されていたらしいマスクを装着し、グランは改めてパーシヴァルを見上げる。「そうか。なら時間も惜しいだろう。こちらへ」
格兰戴上似乎被递来的口罩,重新抬头望向珀西瓦尔。「原来如此。那时间也很紧迫吧。这边请」

預かっていたカードキーで閲覧室を開ける。
用保管的卡片钥匙打开了阅览室。

二冊の原典が閲覧用の机に並んでいた。
两册原典并排摆放在阅览用的桌面上。

グランが入ったのを確認して扉を閉める。少しだけ照明の照度を上げて、文字が判読できる程度に調節し、閲覧机から壁側に数歩離れ、「どうぞ」と原典の方を手で示した。
确认格兰进入后关上房门。略微调亮照明至能看清文字的程度,从阅览桌边退开几步靠向墙壁,伸手示意原典方向道:‘请便。’

緊張した面持ちで頷き、グランは閲覧机に向かっていく。
格兰神色紧张地点点头,走向阅览桌。

グランが閲覧を希望していた箇所は原典と別冊版、その後半、とある。筆写用の鉛筆も持たず、グランは手ぶらのようだった。特段、撮影を希望しているという旨も書かれていない。不可思議なことだと思いながら紹介状の確認を終え、パーシヴアルは改めてグランの背を見つめた。
格兰申请查阅的是原典与别册的后半部分。他未携带抄写用的铅笔,似乎两手空空。申请书上亦未提及需要拍摄资料。帕西瓦尔边暗自思忖这不合常理,边核对完介绍信,再度将目光投向格兰的背影。

見間違うはずもない、かの背中は、かつて大勢の仲間を率い空を共に駆けた団長のそれそのものである。年嵩は上のようであるが大きな栗色の目と利発そうな笑顏は変わりなかった。
绝无可能认错,那道背影正是曾率领众多同伴共翔天际的团长本人。虽然年岁看似增长了些,但那双大大的栗色眼眸与聪慧的笑容依然如故。

常に彼と共にいた蒼の少女、ルリアが傍にいないことが心寂しく思える。
想到那位常伴他左右的蓝发少女——露莉亚不在身旁,心中便涌起寂寥之感。

手の油脂がつかないように白手袋をはめた手で、グランは原典をゆっくりと捲る。ミシ、と小さく鳴いて原典は分厚い表紙を開けた。
为避免手部油脂沾染,格兰戴着白手套的手缓缓翻开典籍。随着细微的「咝」声,厚重的封面被掀开了。

規約に反す、加えて不穏な動きをしないかを見張るための立会人であるが、大半は立ったまま、最初の說明以外は一つも口を利かずに終わる。今回も、そのまま終わるだろうとそう思いながら、グランの樣子を見ていた。
作为违反规约的见证人,同时也是为了监视是否有可疑举动而设,但大多数时候他们只是站着,除了最初的说明外一言不发直至结束。这次,我也一边想着大概会就这样结束吧,一边观察着格兰的样子。

「懷かしい。本当に残っているとは思わなかった」
"“真令人怀念。没想到真的还保留着。”"

グランはそう、咳いた。
格兰如此低语道。

マスクに遮られてくぐもってはいたが、確かにそう聞こえた。
虽然被口罩遮挡而显得含糊不清,但确实听到了那句话。

「······懷かしい?」
"「……怀念吗?」"

「うん。懷かしい。········こつちは僕が書いた方なんだよ、パーシヴァル。見て」そう言いながら振り返った彼に、先ほどの他人行儀な様子はない。
"「嗯。很怀念。……这边是我写的那部分哦,帕西瓦尔。你看」他边说边转过身来,先前那种生疏客套的模样已荡然无存。"

人懐こい、かつての笑みのままで、パーシヴァルに向かって手招きした。
他露出昔日般亲切的笑容,朝珀西瓦尔招了招手。

「·····何を、世迷い事を。そちらは、ただの空想の話を書き連ねたものの別冊だ。イ
"「……胡说什么。那不过是幻想故事集的别册罢了。"

ンクの古さから言って、とうに昔に書かれたものだろう」
从墨迹的陈旧程度来看,怕是早就写成的旧物」

そうパーシヴァルは言ったものの、挟み込んであった書誌情報は不明瞭な部分が多かった。作者、刊行年、出版社は全て不明。インクの掠れ具合と消え具合から察するに、相応に古いものであることはわかるが、いつ頃、それが書かれたものかは書誌情報からは読み取れない。何故こんな正体不確かなものが大図書館に所蔵されているか分からなかった。そもそも、この眼前にいる相手がグランその人であるわけがない。
珀西瓦尔虽如此说道,但夹在书中的出版信息大多模糊不清。作者、发行年份、出版社均无从得知。从墨迹的晕染与褪色程度来看,可以确定这是相当古老的物件,但具体书写年代却无法从书目信息中推断。为何这样来历不明的书籍会被大图书馆收藏,实在令人费解。说到底,眼前这位自称格兰的人根本不可能是本尊。

「まあ、そうなんだけどね。これ、青い方は空にいた頃に僕が書いたものだから、正確に言うと僕が書いたものじやないんだけど·······ええと、ややこしいな······」
"「嘛,话是这么说啦。这本蓝色封皮的是我在天上时写的,准确来说其实不是我亲笔所书……呃,有点复杂呢……」"

グランは悩むように天井を見上げた。言わんとすることに察しはつくが、パーシヴアルは敢えて何も言わない。言わないが、マスクを着け、グランの傍へ歩んだ。
格兰苦恼地仰望着天花板。珀西瓦尔虽明白他欲言又止的深意,却刻意保持沉默。沉默着戴上面具,向格兰身旁迈近了一步。

「お前の意図するところは、何だ。グラン」
"「你究竟有何意图,格兰?」"

問うと、青年は困ったように肩をすくめる。
面对质问,青年困扰似地耸了耸肩。

「今の本性としては遺跡を探して、地を駆け山を越えていて、ちよつとバックに大きな組織のある、新進気鋭の考古学研究家の、タマゴ」
"「以目前的本性而言,是正在探寻遗迹、跋山涉水,背后有个庞大组织撑腰的新锐考古学研究者——的雏鸟」"

「······」
"「······」"

「そんな目で見ないでよ。僕の研究対象は『語りからこの世の地理と歴史を再考する』ということ。原典を見に来たのはそれが理由で、建前」
"别用那种眼神看我。我的研究对象是『通过叙事重新思考这个世界的地理与历史』。来查阅原典正是出于这个理由,表面借口罢了"

「貴様が、書いたというのは」
"你说...是你写的?"

「そのままの意味。空の島で生まれて、そのまま、またこの世に記憶を持ったまま生まれた。最初は朧気だったんだけど、気が付いたら自分と、彼女の書いた物語が広く頒布されていることに気が付いて。········この世に物語があるということに、一つ、希望を見出した」
"就是字面意思。在天空之岛诞生后,又带着记忆转生到现世。最初记忆很模糊,但回过神来就发现——自己和那个女孩写的故事已广为流传......在现世存在故事这件事上,我找到了一丝希望"

一呼吸置いて、グランは大きな目でパーシヴァルを見つめた。
稍作停顿后,格兰用那双大眼睛凝视着珀西瓦尔。

「僕はルリアを探している」
"「我在寻找露莉亚」"

彼女が傍にいない理由は、パーシヴァルがジークフリートを探していたものと、同類だった。否、パーシヴァルはジークフリートを見つけているが、今の様子だと、グランは未だルリアに巡り合えていない。
她不在身边的理由,与珀西瓦尔寻找齐格弗里德的情况如出一辙。不,珀西瓦尔已经找到了齐格弗里德,但从现状来看,格兰似乎仍未与露莉亚重逢。

彼女が書いたものが世に流布していて、自らは記憶を持ち得ている。だから探しているということらしい。単純明快で、彼らしい。
她所写的东西流传于世,而自己却无法保有记忆。因此似乎正在寻找。简单明了,很符合他的风格。

「人に語って、夢物語と馬鹿にされたことはないのか」
"「你向人讲述时,没被当作痴人说梦嘲笑过吗」"

「いやあ、これ僕、人に話したことないんだよね。さつきも言ったでしよ。建前は、『語りから地理と歷史を再考する研究者』だって。········ルリアを探しているっていうのは、パーシヴァルに初めて言った」
"「哎呀,其实我从来没跟别人说过这事。早季不也提过嘛,表面上的身份是『通过叙事重新审视地理与历史的研究者』。········寻找露莉亚这件事,还是第一次对珀西瓦尔说出口」"

「····どうして、俺に」
"「……为什么,是我」"

「······うーん······直感?」
"「……嗯……直觉?」"

「は?」
"「哈?」"

「パーシヴァルなら、真剣に聞いてくれるかなって思って。現に僕、摘み出されてないし」
"「我在想,珀西瓦尔的话,或许会认真听我说吧。实际上,我也没有被赶出去」"

確かに、通常の立会人なら今のような夢想話を聞かされたら頭を心配して摘み出した挙句に病院送りにしているだろう。嘆息しながら、彼の顏を見下ろす。
确实,若是寻常的见证人听到刚才那番痴人说梦,恐怕会担心我的精神状态而将我赶出去,最后送进医院吧。我叹息着,低头看向他的脸。

「摘み出してはいないが、心配にはなつた」
"「虽然没有赶你出去,但确实有些担心」"

「言っておくけど僕めちゃくちや心臟バクバクいってるから。········パーシヴァルも、
"「先说好,我现在心脏可是砰砰直跳哦。········帕西瓦尔也,"

覚えてるんでしよ」
你还记得吧」

「·······俺を記憶持ちだと?」
"「·······你说我有记忆?」"

「姿を引き継いで生まれ変わってる人多いけど······どこか、違うんだよね。目の色、髪の色の一部分が。パーシヴァルは、そのままだったから······これも直感だけど」
"「继承容貌转世重生的人很多……但总觉得哪里不一样。眼睛的颜色、头发的一部分颜色。而珀西瓦尔却完全没变……虽然这只是我的直觉」"

ほうっと息を吐きだすグランにつられ、パーシヴァルも再度息を吐く。·······相変わらず、人をよく見る目だ。信じられんものだが、お前は団長らしい」
随着格兰长舒一口气,珀西瓦尔也再次呼出气息。「……你观察人的眼光还是那么准。虽然难以置信,但你确实有团长风范」

「ヘへ、信じてくれて、ありがとう」
"「嘿嘿,谢谢你愿意相信我」"

原典を、彼そのものが手がけたものをグランは撫でる。
格兰轻抚着由他亲手撰写的原典。

·······ルリアが沢山書いてるの、実はちょつとだけ羨ましかったんだ。だから僕もこつそり書いてた。備忘録みたいな感じで。確かに丈夫なものに書いていたのは書いていたけど、此処まできっちり残っているとは思わなかったなあ·······なんで保管されてたんだろ」
······其实我有点羡慕卢利亚写了那么多笔记。所以我也偷偷写了些,就像备忘录那样。虽然确实是把内容记在结实的东西上了,但没想到能完好保存到现在······为什么会被人收藏起来呢」

ちょうど、その頁は先ほどパーシヴァルが見た頁だった。
恰好,那一页正是珀西瓦尔刚才翻到的地方。

·······そこには、何を書いていた」
······那里,到底写了些什么」

「ん?」
「嗯?」

示した場所を、グランは見る。見て、そして、パーシヴァルの方を見上げた。
格兰望向所示之处。看着,然后抬头看向珀西瓦尔。

「ジークフリートさんと、パーシヴァルのこと。ちようど、パーシヴァルが建国して、その後、ジークフリートさんが艇を下りた時の頃かな」
"「关于齐格弗里德先生和珀西瓦尔的事。大概是在珀西瓦尔建国后不久,齐格弗里德先生下船的那个时候吧」"

「その、詳細は」
"「那个,详细情况是」"

急きそうになる気持ちを抑えながら、掠れている部分を指す。グランはよくよく目を凝らしているようだったが、やがて顔を上げて「ごめん」と言った。
他强压下急于求成的心情,指向模糊不清的部分。格兰似乎正全神贯注地凝视着,但最终还是抬起头说了声「抱歉」。

「これを見に来た理由なんだけど、もちろん研究で必要だからっていうのが大名目。そっちも勿論大事なんだけど、朧気な記憶を補完するためっていうのが·····.理由で」だから書いている詳細を全て覚えているわけではない。申し訳なさそうに、グランはそう言った。
"「我来查阅的理由嘛,当然研究需要是主要目的。这方面固然重要,但更主要是为了填补朦胧记忆的空白......」所以他坦言自己并未记住所有记录细节。格兰带着歉意这样说道。"

「·······そうか」
"「······这样啊」"

残念ではあるが致し方ない。それに、知ることが出来なくてどこかホッとしている自身がいることを、パーシヴァルは自覚していた。
虽然遗憾但也无可奈何。而且珀西瓦尔意识到,自己内心深处对于无法得知真相竟莫名感到一丝释然。

「·······パーシヴァルは、ジークフリートさんのこと、まだ好きなんだね」
"「······珀西瓦尔,你还喜欢着齐格飞先生呢」"

「······ああ」
"「……啊啊」"

「うわ隠さない。そっかあ······あー········やっぱりそういう関係だったんだ······」グランは何故か照れたように視線を右往左往させて、あ、と一つ昡いた。そして頁を数枚繰り始める。そして首を傾げた。
"「哇别藏了。原来如此……啊……果然是这样的关系吗……」格兰不知为何害羞似地左右游移着视线,啊地轻呼一声。然后开始翻动几页书页。接着歪了歪头。"

「どうかしたか」
"「出什么事了吗」"

「ああ、うん。·······僕、ジークフリートさんが艇を下りるとき、一枚の、半透明の薄い紙を渡したんだ。·····意思をくみ取り、文字として記すっていう、魔法みたいな紙。確かシェロカルテさんから買ったやつ。すごい值段したけど······ビイにふさげ半分で買うんじやねえつて怒られたな······」
"「啊,嗯······我在齐格弗里德先生下艇时,递给了他一张半透明的薄纸。·····那是能读取心意、转化为文字的魔法般纸张。记得是从谢罗卡特小姐那儿买的。虽然价格贵得离谱······还被维伊嘲笑说‘这哪是半价就能买的东西’来着······」"

確か此処に挟んだと思うんだけど、とグランは該当するらしい場所を開いた。
「应该就夹在这里才对」,格蓝翻开了看似对应的位置。

「意思をくみ取り·······文字として記す······か」
"「读取心意······转化为文字······么」"

「そう。渡したのは覚えてるんだけど·······うーん、その後どうしたんだっけなあ」どうやら目的のものは見当たらなかったらしい。
"「是啊。我记得确实交给他了……唔,之后怎么来着?」看来目标物品似乎没找到。"

「········しかし、なぜ急にそれを探した」
"「……不过,为什么突然要找那个?」"

「ジークフリートさん、言葉少なだったでしよ。パーシヴァルも同じくらいだったけど········あ、ほら。こう書いてあるから」此処、とグランが指で触れたのは『だから、-していることは、まだ言えていない。いつか、言える日が来るといいけど』という掠れた部分が含まれた項目だった。「いつか、素直になったときにパーシヴァルに渡しなよって、僕からの最後のお節介だったんだよね·······アレ」
"「齐格飞先生话很少对吧。珀西瓦尔也差不多……啊,你看。因为这里这么写着」格兰指尖触碰的位置,是段含有『所以,-正在做的事,至今仍未能说出口。但愿有天能坦然相告』这般模糊字迹的条目。「等哪天你能坦率面对时,就把这个交给珀西瓦尔吧——算是我最后一次多管闲事了……那东西」"

パーシヴァルは見たの?それ、とグランは何気なく問うてきた。見てはいない。恐らく。それを見たという記憶は一切ない。
「珀西瓦尔,你看到了吗?那个。」格兰若无其事地问道。没有看到。大概。关于看到那个的记忆一点也没有。

空にいた頃のジークフリートは確かにとても口下手で、感情も薄いように思われた。そんな彼を懸命に口說いて、やっと想いが通じたのは······彼の死の前日だつた。指輪を遺して、逝った。
在天空时的齐格飞确实非常不善言辞,感情也显得淡薄。拼命说服那样的他,终于让他明白心意的时刻······竟是他死去的前一天。留下戒指,逝去了。

-もし、そこで彼の本当の遺志が、ョゼフの墓標の前で力尽きていたジークフリートのその遺志が、「魔法の紙」とやらに記されていたら、果たして己は耐えられるのか。皮肉なものだ、今何故決心が揺らいでいるのだろう。ジークフリートを探したいと思ったきっかけは、彼がなぜあんな最期を選んだのかという、それを知りたいが故であったのに。
-如果,在那里他的真正遗志,在约瑟夫墓碑前力竭的齐格飞的那份遗志,被记录在所谓的「魔法纸张」上的话,自己究竟能否承受得住呢。真是讽刺,为何现在决心会动摇呢。想要寻找齐格飞的契机,明明是因为想要知道他为何选择那样的结局。

「いや·····見ていない」
"「不……没看见」"

思わぬ真実を告げられて、パーシヴァルは血に沈んだジークフリートの姿を脳裹に残したまま、答えた。あの時の、彼の表情はどうだったろう。どうも霞がかかって思い出せないが、思い出したくもなかった。
被告知意想不到的真相后,珀西瓦尔脑海中残留着沉入血泊的齐格弗里德的身影,如此答道。那时的他,脸上是怎样的表情呢?记忆仿佛蒙上了薄雾般模糊不清,而他也不愿去回想。

「·······そっか」
"「……这样啊」"

気配に敏いグランはそれ以上、何も問わなかった。会話はそれ以上なく、パーシヴアルは元の立会人という立場に戻り、グランは一介の研究者として、空の冒険譚と別冊の判読にかかった。
敏锐察觉气氛的格兰没有再追问下去。对话就此中断,帕西瓦尔回归到原本见证人的立场,而格兰则作为一名普通研究者,埋头于解读天空冒险谭与附录册。

既定の時刻通り、三時間。グランは冒険譚と別冊を綺麗に元に戻し、貴重書庫から退室した。結局、一筆も筆写せず、ずっと読み耽ってばかりだった。危うい使い方もせず、実に優秀な利用者として時間を最後まで使い切った。
整整三个小时,分秒不差。格兰将冒险谭与附录册整齐归位,离开了珍本库。结果他一行笔记都没抄录,全程沉浸在阅读中。既未违规使用,又完美利用了每一分钟,堪称模范访客。

にこにこと人当たり良く司書たちに礼を言っていく彼を入り口まで送り届ける。「飛行機の時間、もつと遲くしとけばよかったなあ」
管理员们笑容满面地将他送至出口,他则一路向众人亲切致谢。「早知道该把航班时间定晚些的呀」

惜しむように図書館の入りロを仰ぎ見ながらグランはぼやく。
格兰仰望着图书馆入口,仿佛珍惜着什么般低声嘟囔。

「今度は研究名目ではなく、ゆっくり観光に来れば良い」
"「下次不用打着研究的幌子,纯粹来观光就好」"

「そうだね、うん。ありがと。ルリアも連れて来たいなあ·······」
"「是啊,嗯。谢谢。我还想带露莉亚一起来呢······」"

「······そうしてやれ。彼女の好きな本も、きっとあるだろう」
"「……那就这么做吧。她喜欢的书,肯定也会有的」"

小さな赤いドラゴンのマークがついたボストンバッグをよいしよと肩に担いで、グランはくるりと振り返った。
格兰扛起印有小红龙标志的波士顿包,嘿咻一声甩到肩上,轻巧地转过身来。

「僕はもう家臣じやないけど、この世界でも友人として、よろしくね。パーシヴァル」誰も見てないよね、と周りをこっそり見渡した後、一枚の名刺を手渡してきた。「裏にアドレスと住所書いといたから。······ジークフリートさんと一緒に遊びに来て」
"「虽然我已经不是家臣了,但在这个世界也请以朋友的身份多多关照,珀西瓦尔。」他偷偷环顾四周确认没人注意后,递来一张名片。「背面写好了地址和住址……和齐格飞先生一起来玩吧」"

「·······なぜ、あいつが現世にいると」
"「……为什么,那家伙会出现在现世」"

受け取りながら、パーシヴァルは険しくなりそうな視線を抑え、グランに問うた。現世のジークフリートのことは、結局グランには話していない。
接过话头时,珀西瓦尔强压下几欲凌厉的目光,向格朗询问道。关于现世齐格飞的事,终究还是没对格朗提起。

グランは、さも当然のように笑う。
格朗露出了理所当然般的笑容。

「パーシヴァルがいるから。それに、パーシヴアルが此処にいるなら、ジークフリートさんを探さないわけがないでしよ。ひよっとして、もう見つけてたりする?」
"「因为有珀西瓦尔在。而且,既然珀西瓦尔在这里,不可能不去找齐格弗里德先生吧?说不定,已经找到了呢?」"

「·······さあ、どうだかな」
"「······嘛,谁知道呢」"

「もう。でも、相談ならいつでも乗るから」
"「真是的。不过,要商量的话随时都可以哦」"

頼もしく胸を叩いて、グランは図書館前の階段を下りて行った。栗色の髪はあつという間に広場の露店の喧騒に紛れて見えなくなってしまう。
格兰拍了拍可靠的胸膛,走下图书馆前的台阶。栗色头发转眼间便消失在广场摊贩的喧嚣中。

探さないわけがない。
怎么可能不寻找。

事実、探して、偶然に偶然を重ね、ジークフリート本人と会うことは出来た。記憶がなく、生涯を絵に捧げている男ではあったが、琥珀の目はそのままで、何よりも喉の傷跡のような痣が、彼であることを示している。そんな彼と、今関係を持っている。
事实上,在寻找过程中,一次次偶然叠加,最终见到了齐格飞本人。虽然失去了记忆,将一生奉献给绘画,但那琥珀色的眼睛依旧如初,尤其是喉间那道伤疤般的胎记,昭示着他的身份。如今,我正与这样的他保持着关系。

-あいつに記憶がないのは、各か、報いか、あるいはその両方か。
他失去记忆,究竟是偶然,还是报应,又或者两者兼有。

グランはジークフリートの最期の仔細を知らない。当然だ、パーシヴァル自身が全てを隠蔽し、消してしまつたからだった。彼の遺灰は、空の底へ還した。
格兰并不知晓齐格飞临终的详情。这很自然,因为帕西瓦尔亲自掩盖并抹去了一切。他的骨灰,已归还天空的深处。

グランの書いていた記述、あれは、よく自己を言い当てていた。ジークフリートの行方をグランに尋ねられた時、途轍もない罪惡感と、愛を押し付けたことの後悔の念に苛まれながら「知らない」と答えていたのだから。
格兰所写的记述,恰恰精准地描绘了他自己。当被问及齐格飞的去向时,他被滔天的罪恶感和强加爱意的悔恨所折磨,只能回答「我不知道」。

結局、それは墓場まで持って行った。
最终,他将那个秘密带进了坟墓。

ゴロゴロと空が鳴って、パーシヴァルは我に返った。
雷声隆隆作响,帕西瓦尔猛然回过神来。

薄く灰色の雲が立ち込めている。今日の仕事が終われば、またジークフリートの家に行き、泊ると約束していた。こんな表情で会えるはずもないが、心待ちにしているジークフリートを無碍にすることは、パーシヴァルには結局できなかった。
灰蒙蒙的薄云笼罩天际。今日工作结束后,他本答应再去齐格弗里德家留宿。虽知无法以这副表情相见,但帕西瓦尔终究不忍辜负满心期待的齐格弗里德。

六蒼を、還す
归还六苍

真っ黒な雷雲が空を覆い、雨粒が豪風に乗って凄まじい勢いで窓に吹き付けられている。
漆黑的雷云遮蔽天空,雨滴乘着狂风以骇人之势拍打在窗户上。

古い窓であれば雨粒の速度で割られてしまうのではないかという勢いである。ジークフリート宅に到着するや否や天候は今のあり様で、到着出来たことにパーシヴァルは安堵していた。
若是老旧的窗户,恐怕会被雨滴的速度击碎吧——来势就是如此凶猛。齐格飞宅邸刚抵达时天气便是这般模样,帕西瓦尔因能平安到达而松了口气。

ジークフリート宅のシャワーを借り、タオルで髪を拭いながらパーシヴァルはその窓を見つめていた。こんな夜を見たことがある。その日、自らの無力さを恨み、その上で無力さから決別するために友と国を捨てた。
借用了齐格弗里德家的淋浴间,帕西瓦尔用毛巾擦拭着头发,目光却始终停留在那扇窗户上。这样的夜晚似曾相识。那一天,他痛恨自己的无能,为此甚至不惜与挚友和故国诀别,只为摆脱这份无力感。

何処かで雷が落ちたらしい。地響きのような音が床を這う。同時に人の気配がした。
远处似乎有雷落下。地板传来地震般的闷响。与此同时,他察觉到了人的气息。

「どうかしたか、パーシヴァル·······?」
"「发生什么事了吗,帕西瓦尔······?」"

寝室からジークフリートが寝間着一枚で、半端に履いた室内履きを引きずるようにしてやってきた。
齐格弗里德只穿着一件睡衣,趿拉着没穿好的室内拖鞋,慢吞吞地从寝室走了过来。

「何でもない。·········どうした。先に寝ていろと」
"“没什么……怎么了。你先睡吧。”"

「······胸騒ぎがして······眠れないんだ」
"“……心里总觉得不安……睡不着。”"

ぎゆうとパーシヴァルの手を握ってくる。肩を抱いて傍に寄せた。髪から香るのはパーシヴァルが使用するものと同じもので、雨の匂いが混ざって不思議な香りがした。同じ匂いがするのは当然のこと。何しろジークフリートの家には石一つしかなかつた。これで髪も体もすべて洗っていたのだという。荒れ放題だった毛先の理由がやつとわかったとパーシヴァルは顔を覆った。その日、初めて一緒に買い物をし、買ったものがパーシヴァルが愛用するメーカーのシャンプーとコンディショナーだつたという。
齐格飞紧紧握住珀西瓦尔的手。他揽过对方的肩膀拉近距离,发丝间飘散着与珀西瓦尔相同的香气,混合着雨水的味道形成奇妙的芬芳。气味相同是理所当然的事——毕竟齐格飞的住所里仅有一块肥皂,据说连头发身体都靠它清洁。当珀西瓦尔得知那乱翘发梢的缘由时,不禁扶额掩面。那天他们初次结伴购物,采购清单里赫然是珀西瓦尔惯用品牌的洗发露与护发素。

今では言いつけた通りにそれで髪を濯ぎ、油彩の污れも薬剤できちんと取っているからか毛先は随分と落ち着いて、美しくなつた。指で漉くと気持ちよさそうに更に身を寄せてくる。
如今他乖乖按照嘱咐用它们护理头发,油画颜料污渍也用专用溶剂清除,发尾变得服帖柔亮。当手指穿过发丝时,他会惬意地靠得更近。

「·······眠れないなら、何か入れよう」
"「……睡不着的话,加点助眠的东西吧」"

「助かる。······.雨は、どうもダメで」
"「得救了……我实在应付不来下雨天」"

綺麗に片付いたリビングの椅子にジークフリートは座る。その肩にブランケットをかけてやって、パーシヴァルはすっかり自らの居城となったキッチンへ立った。
齐格弗里德坐在收拾得井井有条的客厅椅子上。帕西瓦尔为他披上毛毯后,便走向已完全成为自己领地的厨房。

手軽に食べられる保存食を増やし、比例するように調理器具も食器も増えた。種類が増えた鍋を一つ取り、ミルクを注ぎ、火にかけ温まるのを待つ。
便于储存的即食食品越囤越多,与之相应,厨具和餐具也添置了不少。他取出一口新增的锅,倒入牛奶,放在炉火上静静等待升温。

「理由があるのか」
"「有理由吗」"

問うてやると、ジークフリートは眉を下げてパーシヴァルを見てくる。「·····雨が降っていると不可思議な夢を見る。······体はしっかり起きているのに······そうだな、白昼夢のような」
齐格飞压低眉头看向帕西瓦尔,质问道。「……下雨时总会做些怪梦。明明身体已经彻底清醒了……嗯,就像白日梦那样」

「夢·······?」
"「梦……?」"

窓の向こうで何かが割れる音がした。風が強くなっている。
窗的另一边传来东西碎裂的声响。风愈发猛烈了。

「そう。·······お前がいると、見ないんだが·······ひとりになると、俺の手がな、変化したように見えるんだ」
"“是啊……有你在的时候看不见……可一旦独处,我的手啊,看起来就像变异了似的”"

ジークフリートの話す声はごく落ち着いているが、変化、という言葉にパーシヴアルの心が一瞬ざわめく。
齐格弗里德说话的声音极其平静,但“变异”这个词让珀西瓦尔的心骤然骚动。

「········それは、嫌な夢だな」
"「……那真是个糟糕的梦啊」"

打ち切って、彼にミルクを渡した。ジークフリートは手のひらを温めるようにマグカップを抱える。伏せた琥珀色の目が不安そうに摇れるのを見た。ジークフリートは、カップに口をつけず、また話し出した。
我打断他,递过牛奶。齐格飞双手捧着马克杯暖手。只见他低垂的琥珀色眼眸不安地颤动。他并未就杯而饮,又继续开口。

「········そこにいる俺は、人ではなくて。不安でいつぱいで堪らないという気持ちだつた。·········その不安で押しつぶされそうになりながら、誰かを探し続けている。探してはいるんだが、見つからなくて、それでも何かに追いすがろうとして、目が覚める」ジークフリートは言って、口を閉ざした。かたかたと音がすると思えば、彼の手中のマグカップが微かに摇れて、テーブルにぶつかっていた。
"「……梦里的我,已非人类。满心都是难以承受的不安。……就在快要被这份不安压垮时,仍在不断寻找某人。明明拼命寻找却始终不见踪影,即便如此还是想抓住什么,然后就惊醒了」齐格飞说完便沉默下来。咔嗒声响起,原来是他手中的马克杯微微晃动,碰上了桌沿。"

「もういい」
"「够了」"

マグカップを抑えるように彼の手を握る。ジークフリートはハッとしたらしい。憔悴した目で無理に笑んで「俺こそすまない······割りそうだったな」と言った。「·······もう寝よう。最近、忙しくて疲れたんだろう。それは明日入れ直してやる」「そう、だな·······」
她按住马克杯,握住了他的手。齐格弗里德似乎吃了一惊,憔悴的眼睛勉强挤出笑容说道:「该道歉的是我……差点打碎了。」「……睡吧。最近太忙累坏了吧。明天我再给你重新泡一杯」「嗯,是啊……」

そうする、とマグカップをパーシヴァルの手に返してくる。カップを片付け、頼りなく立ち竦んでいるジークフリートの手を引いて寝室へ入った。重厚な樫の扉を閉じると、扉向こうの音は途絶える。寝室の窓は頑丈な作りで、分厚いカーテンがあるおかげかこちらは雨音も少ない。
说着,他将马克杯递回帕西瓦尔手中。收拾好杯子后,她牵着摇摇欲坠的齐格弗里德走进卧室。厚重的橡木门一关,门外的声响便戛然而止。卧室窗户结构坚固,加之挂着厚实窗帘的缘故,连雨声都变得隐约。

寝台に先に入ってパーシヴァルが手を伸ばしてやると、ジークフリートはすぐに隣に潜り込んできた。そのまま、パーシヴァルの懷に頭を預けてくる。先と比べれば随分と健康体になった背を抱いてやると、またより強く胸に擦り付いてきた。
珀西瓦尔先上了床,伸出手来,齐格弗里德立刻钻到他身边。就这样,他将头靠进珀西瓦尔的怀里。珀西瓦尔抱住那比先前健康许多的背脊,对方又更用力地往胸口蹭了过来。

「どうした」
"「怎么了」"

「·······寒くて」
"「······好冷」"

背にジークフリートの腕が回る。殆ど密着している状態だった。足に、ジークフリートのそれが絡んでくる。拒絶するわけにもいかず、好きなようにさせた。しばらくジークフリートの背を撫でていた。
齐格弗里德的手臂环上后背。几乎到了密不可分的距离。双腿也被他的缠绕住。无法拒绝,只能任其摆布。就这样轻抚了齐格弗里德的背脊好一会儿。

彼は何の言葉は発さず、静かに静かにパーシヴァルの胸に頭を預けている。此処まで密着するのも初めてだったが、此処まで言葉静かなジークフリートを目にするのも、初めてだった。
他未发一语,只是安安静静地将头靠在珀西瓦尔的胸前。虽是初次如此紧密相贴,却也是头一回见到这般沉默寡言的齐格弗里德。

「·····パーシヴァル」
"「……珀西瓦尔」"

「·····何だ」
"「……什么啊」"

懷からの声に耳を傾ける。かけ布団に埋もれている所為で言葉は小さかったが、部屋が静かなおかげでよく聞こえた。憎らしいほどに。
侧耳倾听来自怀中的声音。因为埋在被窝里的缘故,话语声很轻,但拜房间的寂静所赐,听得一清二楚。清楚得令人恼火。

······お前は、俺が人でなくとも、こうして愛してくれるか」
"「……即便我不是人类,你也会这样爱着我吗」"

ドクン、と脳裏に何かが映った。
咚地一声,脑海中浮现出某种影像。

腕の中にあるのは、愛しいジークフリートそのものではあったが、手に、腕に、人ではない、竜の鱗が隆起していた。目は闇夜でも爛々と光り、瞳孔は縦にざつくりと裂けていたが、それでも人の感情を表していた。パーシヴァルにとつて、ジークフリートが人ではないということなど些細なもので、ジークフリートであるからこそ、深く愛した。幸せだと、彼はそう言つた。
怀中抱着的,确实是心爱的齐格飞本人,但手上、臂上却隆起非人之物的龙鳞。即使在暗夜中双眼也炯炯发光,瞳孔如刀劈般竖直裂开,却仍流露着人类的情感。对珀西瓦尔而言,齐格飞并非人类这点微不足道,正因他是齐格飞,才深爱不移。'我很幸福',他如此说道。

そして、指輪を遺し、翌朝、自刃した。
而后,留下戒指,翌日清晨自刎而亡。

「·······貴様はッ」
"「······你这家伙」"

かけ布団を剥き、パーシヴァルは身を起こしてジークフリートの肩を掴んでいた。ジークフリートは急に肩を掴まれたことと、怒号のような声に驚いたのか、目をいつぱいに開いてパーシヴァルを見つめている。瞳孔は裂けてはいなかったが、その目が、空の記憶の中の彼と重なる。妨げたはずの雨の音が、雷の音が耳に満ちた。
帕西瓦尔掀开被褥,一把抓住齐格弗里德的肩膀支起身子。齐格弗里德似乎因这突如其来的抓握与怒吼般的声音而震惊,睁大双眼凝视着帕西瓦尔。瞳孔虽未裂开,但那目光与天空记忆中的他重叠在一起。本该被阻隔的雨声、雷鸣声此刻充斥耳膜。

「貴様は····俺にとっての、責め苦か」
"「你这家伙······是我的业障吗」"

「·······パーシヴア······ル?」
"「······珀西瓦尔······?」"

何を言おうとしている。止めようとしてもパーシヴァルには止めることが出来ない。
无论想说什么。即使试图阻止,珀西瓦尔也无法停下。

ジークフリートは優しかった。優しいからこそ、恨みの感情を投げ打って、ヨゼフの前で自刃した。貴方の元へ行くと。死ぬに相応しいのは、貴方の傍であると。
齐格弗里德曾如此温柔。正因这份温柔,他抛却了怨恨之情,在约瑟夫面前自刎。说要前往你身边。唯有在你身旁,才配得上死亡。

パーシヴァルに意趣返しの意を遺して。そんな彼を、パーシヴァルはョゼフの墓標の前で、腕に抱き、何も残さぬように焼き払った。慟哭と共に。
向珀西瓦尔致以复仇之意。而他,珀西瓦尔在约瑟夫的墓碑前,将其拥入臂弯,焚烧殆尽不留一丝痕迹。伴随着恸哭。

「どこまで覚えている!」
"“你还记得多少!”"

「パーシヴァル·····:?どうしたんだ······」
"“珀西瓦尔……?你怎么了……”"

「どこまで、俺の罪を把握している。貴樣は、記憶を捨てて!どうして······」
"「你究竟掌握了我多少罪孽。你这家伙,明明舍弃了记忆!为什么······」"

「········パーシヴァル·······」
"「······珀西瓦尔······」"

「喉の痣も、その夢の在処も、貴様は分かっているのだろう!」
"「喉间的痣也好,那梦境的所在也罢,你这家伙都心知肚明吧!」"

「パーシヴァル······俺は、何も······何を、言っているんだ······」
"「珀西瓦尔……我、什么都没……我在、说什么啊……」"

「貴様は俺を怨んでいるのだろう!だから、こうして······くそ、」
"「你这家伙在怨恨着我吧!所以才会这样……该死的,」"

掴んだ手が震える。それほどまでに強く握っている。ジークフリートは痛みに眉を歪め、どうして相手がこんなに激高しているのか把握できずに、ひどく狼狽えていた。その様子が、最期の夜のジークフリートの姿と、再び重なった。
紧握的手在颤抖。他用力到如此地步。齐格飞因疼痛而皱眉,完全无法理解对方为何如此暴怒,显得极为狼狈。那模样,又与最后一夜里的齐格飞身影重叠在了一起。

「·······」

パーシヴァルはジークフリートの肩を離した。ジークフリートは怯えを残したまま、肩を抑え、ずる、と少しベッドの端に後退した。だがすぐにパーシヴァルに手を伸ばして来る。
珀西瓦尔松开了齐格飞的肩膀。齐格飞仍带着一丝惧意,按住肩膀,哧溜一下往床沿退缩了些。但很快又向珀西瓦尔伸出手来。

「パーシヴア·······」
"「珀西瓦······」"

その手を取ることなどできず、パーシヴァルは寝台から降りた。ジークフリートは空を切った手をぽかんと眺めて、着替えるパーシヴァルを唾然として見ている。
珀西瓦尔无法握住那只手,径直从床榻起身。齐格飞怔怔望着落空的手掌,呆若木鸡地注视着更衣的珀西瓦尔。

「パーシヴァル·····何処に、」
"「珀西瓦尔……你在哪里?」"

振り払うように追ってくる声からパーシヴァルは身を遠ざける。「すまん······頭を冷やしてくる」
珀西瓦尔甩开紧追不舍的声音,向后退去。「抱歉……我需要冷静一下」

重い木のドアを押し開けて、リビングを突っ切り、豪雨の中、パーシヴァルは夜へ飛び出した。もう帰ることもないかもしれない、と心中で覚悟しながら。
他推开沉重的木门,穿过客厅,冲进倾盆大雨的夜色中。心中已做好觉悟——或许再也不会回来了。

「······話さねばならんか」
"「……非说不可吗」"

「誰かに話したいという顔をしている。どれ、お姉さんが一つ奢ってあげよう。スタン君、彼にカフェオレを。ホットでね」
"「你满脸写着想找人倾诉。来,姐姐请你喝一杯。斯坦,给他上杯热拿铁。」"

「はい!お兄さん、災難でしたね。タオル、新しいの置いておきますから」テーブルの端に大きなタオルが二枚ほど重ねられる。置くや否や立ち去ろうとする彼に礼を言うと大きな笑顔を残して大手を振って厨房らしきところへ去っていつた。ほどなくして運ばれてきたカフェオレは豊潤な香りがする。一口飲んで、パーシヴアルは深く息を吐いた。
"「好嘞!大哥您可真倒霉。给您放两条新毛巾在这儿。」桌边摞着两条厚实的大毛巾。刚道完谢,那家伙就扬起灿烂笑容大步流星走向后厨。不一会儿端来的拿铁香气馥郁。帕西瓦尔啜饮一口,深深吐了口气。"

「なんだ痴話喧嘩かい」
"「原来是打情骂俏啊」"

「まだ何も言っていないが」
"「我还什么都没说呢」"

「随分前から、週末のシフトは開けるようにしているからそうなのだと思っていたが·······ふふん、パーシヴァルも隅に置けない」
"「很早以前就开始特意空出周末的排班了,我还以为是因为那个缘故……呵呵,珀西瓦尔也挺有一手嘛」"

「おい·······」
"「喂·······」"

「何を言った」
"「说了什么」"

声色を変え、アルルメイヤが肩肘をついて、朱が混じる金の目でこちらをじっと見る。その目を見つめ返し、パーシヴアルは口を開いた。
阿尔梅娅变换了声调,支着手肘,用那双泛着朱红的金色眼眸定定望来。帕西瓦尔回望着那双眼睛,开口道。

「······前に、相手が知り得ぬものを持つのなら、それで平和にすごせるのなら、黙つておくが吉と、そういう話をしたな」
"「……若对方持有自己无从知晓之物,而沉默能换来安宁的话,保持缄默方为上策——我们曾有过这样的对话吧」"

「ああ、したね。パーシヴァルが凄い目をしてパソコンを睨みつけていた。·······似て
"「啊,确实呢。珀西瓦尔当时瞪着电脑的表情可精彩了……简直像极了」"

いるね、その時の目と」
「你现在的眼神」

「·······俺はその後、何も相手に問うまいとそう誓った。勝手に、それも自分の中での話にはなるが。·······何の因果か、それを暴いてしまい、相手に怒鳴り、頭を冷やすと言つて飛び出し、この様だ」
"「……我后来发誓不再向对方追问任何事。当然,这只是我单方面的决定。……不知是何因果,竟揭开了那层秘密,对那人大吼大叫,说着要冷静一下便冲出门去,结果就成了这副模样」"

「おやおや。若い、若い」
"「哎呀呀。年轻人啊,年轻人」"

ふふふ、とアルルメイヤは頰杖をついたまま微笑んだ。パーシヴァル自身にとつては笑いごとではないのだが、何も知らない相手からすると笑い沙汰なのかもしれない。
呵呵呵,阿尔尔梅娅托着腮帮子微笑。对珀西瓦尔本人而言并非可笑之事,但在不知情的外人眼里,或许只当是场闹剧吧。

「私は言ったろう。人は感情を以てせずとも自由であると。そして、墓場まで持っていくのも良いけども吐露して相手がどうするか見極めるのもよしと」
"「我说过的吧。人即使不凭感情也能获得自由。而且,把秘密带进坟墓固然不错,但向对方倾诉并观察其反应也未尝不可」"

豪雨をちらと見て、アルルメイヤはまたパーシヴァルを見つめた。「水すら落ち、流れになるというのに感情を堰き止めることなど、出来るものか」
瞥了一眼倾盆大雨,阿尔尔梅雅再度凝视帕西瓦尔。「连雨水都会坠落汇成河流,想要筑堤阻拦感情洪流,怎么可能做到」

「·······あいつは······驚いていた」
"「······那家伙······很吃惊」"

「それは驚くだろう。パーシヴァルはいつも優しくはあるが内内の感情をひどく強い檻で捕えてしまっている。誰にも暴いたことのない感情を浴びせられてみろ。誰だって驚くさ。私とて、きつと」
"「那会让人大吃一惊吧。珀西瓦尔虽然总是很温柔,却用极其坚固的牢笼禁锢着内心的情感。想象一下被那些从未向任何人展露过的感情迎面浇下的场景。任谁都会震惊的。就连我也,肯定会的」"

「檻、か」
"「牢笼,吗」"

「私にもセンにも、ヨダルラーハ館長にも話していない、否、話せないことがあるのだろう。別にそれを秘匿していることを責めようだとか、そんなことは露とも思っていないけども」
"「他大概有些事连我和森、尤达拉哈馆长都没说过,不,是没法说吧。我丝毫没有要责怪他隐瞒这些事的意思,连这种念头都不曾有过」"

「アルルメイヤ·······お前はどこまで·······」
"「阿尔鲁梅雅······你究竟要······」"

「私は人の視線、言葉遣い、表情、全てを面白いと思っている。パーシヴァル、君があの空の冒険譚の原典を見たとき、そしてあのグランという青年を見送った時、ひどく、辛そうな表情をしていたね。きっと、彼の目的と通じるものを、君は持っている」
"「我觉得人们的目光、措辞、表情,全都很有趣。珀西瓦尔,当你看到那本天空冒险故事的原典时,还有目送那位名叫古兰的青年离去时,露出了非常痛苦的表情呢。想必,你心中怀有与他相通的目标吧」"

「それは、憶測か?」
"「这是,猜测吗?」"

流れるような言葉は一つ一つ、パーシヴァルの胸を突き刺していった。縫い留められるが如く、パーシヴァルは浮いたままだった心が落ちていくのが分かった。悔し紛れに言った言葉を、アルルメイヤはにこやかに受け止める。
如流水般倾泻的每一句话,都深深刺入珀西瓦尔的胸膛。仿佛被钉住一般,他感到自己悬浮的心正不断下坠。阿尔尔梅亚面带微笑,接住了他懊恼间脱口而出的话语。

「勿論、憶測だとも。·······パーシヴァル、単純明快な答えをやろう」ぴしりとアルルメイヤはパーシヴァルの眼前に指を伸ばす。
"「当然,这只是推测······珀西瓦尔,我给你个简单明了的答案吧」阿尔尔梅亚干脆利落地将手指伸到珀西瓦尔眼前。"

「悪いことをしたら、謝ればいい。そして、後悔のないよう、相手に全部話してしまえ。前者は子供でも分かる。後者は、大人用だがね」
"「做错事就该道歉。然后,为了不留遗憾,把一切都告诉对方。前者连小孩都懂。后者嘛,是给大人准备的」"

「·······わかりやすいな」
"「······真是显而易见啊」"

「わかりやすいとも。今の君は、後悔の念と、出口のない怒りと、寂しさとが全部顏に出ていたからね。まつたく、そんな顔をセンに見せるんじやないぞ」
"「当然明显。现在的你,后悔、无处发泄的愤怒和寂寞全都写在脸上了。真是的,别让森先生看到你这副表情啊」"

アルルメイヤはにっこりと笑んだ。そして、突き付けていた指を、さっと豪雨が降る外へずらす。
阿尔梅娅嫣然一笑。接着,将直指的手指倏地移向暴雨倾盆的窗外。

「善は急げだ。雨の中で大変だろうが、早く行き給え」
"「好事不宜迟。雨中赶路虽辛苦,还请速速启程吧」"

ほら、と行儀悪く足で椅子を揺らされてパーシヴァルは嘆息した。パーシヴァルが立つまでその悪行は続いた。
喂——帕西瓦尔被对方用脚粗鲁地摇晃椅子而发出叹息。这般恶行一直持续到他起身才停止。

「わかった、やめろ。······果たして、俺の都合で怒って出てきて相手が許すかどうか、分からんが········そうする」
"「明白了,住手吧……不过,我这样因私愤贸然出面,对方是否会原谅……还真说不准……但就这么办吧」"

「決めるのはその愛しい相手だ」
"「该由那位心爱之人来决定」"

「·······そうだな」
"「······是啊」"

テラスから出るとまた痛いほどの豪雨が顏を打った。人が出ていく気配を察したのか、スタンという店員が出て来る。嘘!と目を見開いて止めようとするが奥から出てきた嫁らしい女性に襟を掴まれ止められている。仲睦まじい様子に、苦笑が漏れた。
刚踏出露台,倾盆大雨又砸得人脸生疼。或许是察觉到有人要离开,店员斯坦追了出来。他瞪大眼睛喊着「别走!」试图阻拦,却被从里屋出来的、疑似他妻子的女性揪住衣领拦下了。看着两人恩爱模样,我不禁漏出一丝苦笑。

決めるのは、今のジークフリートだ。彼がそれまで、と言えばそれまでで良い。勝手なものだと自覚しながらパーシヴァルは雨の中を歩む。そこら中にある排水管からは爆発音に似た勢いで雨水が吐き出されている。先の感情は、あのようなものだったのかもしれないと、視線を道ヘ向けた、その時だった。
做决定的是现在的齐格飞。他说到此为止,那就到此为止吧。帕西瓦尔明知自己任性,却仍在雨中行走。排水管里喷出的雨水发出爆炸般的声响。先前的感情,或许就是那样的东西吧,当他将视线转向道路时——就在那一刻。

「パーシヴァル·······」
"「珀西瓦尔······」"

ずぶ濡れになったジークフリートが息を切らして、路上にいた。唸るような風と雨音の中でも彼がつぶやいた名前はよく聞こえた。パーシヴァルは一瞬、目の前にいるジークフリートが本物かどうか判断できなかった。それでもジークフリートがふらふらと歩み寄ってくるのを見て、慌てて彼の元へ走った。
浑身湿透的齐格飞气喘吁吁地站在路上。即使在呼啸的风声和雨声中,他低声呼唤的名字也清晰可闻。帕西瓦尔一时无法判断眼前的齐格飞是否真实。但当他看到齐格飞摇摇晃晃地走近时,还是慌忙跑向他。

手を握りしめると異様なまでに震えている。肌は氷のようだった。屋根のある場所を、と寸時パーシヴァルは辺りを見渡す。ちようど、見慣れたアパルトメントのポーチが見えた。何の因果かパーシヴァル自身の自宅前まで来てしまっていたらしい。ジークフリートの肩を抱いて、そちらヘ移動しようとした時だった。あまりにも強いカで、上着の端が握られ、引かれる。
握住的手异常颤抖。肌肤如冰般寒冷。帕西瓦尔瞬间环顾四周寻找有屋顶的地方。恰好,他看到了熟悉的公寓门廊。不知是何因果,他们竟来到了帕西瓦尔自家门前。正当他搂住齐格飞的肩膀准备移动时——外套下摆被一股极强的力道攥住拉扯。

「俺がツ······俺が、何かを忘れているなら······謝る」ぐんと引く手は雨に打たれ、小刻みに震えている。涙なのか、雨なのか、彼の頰を濡らしているのがどちらなのかは分からない。
"「我忘了······如果我忘记了什么······我道歉」猛然抽回的手被雨水拍打着,细微地颤抖着。分不清是泪水还是雨水,正濡湿着他的脸颊。"

ジークフリートは泣き出す一歩手前の表情で、言った。
齐格弗里德带着即将哭出来的表情说道。

「だから、行かないでくれ······」
"「所以,别走······」"

胸元に、彼の頭が寄った。逃がすまいとより強く握る手の隙間に、パーシヴァルは己の手を差し込んだ。固く握って、抱きしめたまま、大きく嘆息する。
他的头颅靠向胸膛。帕西瓦尔将自己的手插入那不愿放开的紧握指缝间,用力回握,在持续拥抱中深深叹息。

「貴樣は······優しすぎる。·······全てを話そう。すまなかった」
"「你这家伙……太过温柔了。……我会坦白一切。对不起」"

懷中で頭が横に振られた。折角綺麗に洗った髪が台無しだな、と我が身のことも顧みずパーシヴァルは思う。もう片方の手でジークフリートの髪を撫で、アパルトメン卜まで彼の手を引いた。
怀中的脑袋左右摇晃。帕西瓦尔不顾自己刚洗净的头发会被弄乱,用另一只手轻抚齐格飞的头发,牵着他的手走向公寓。

狭いバスタブに二人で浸かる。温度は最高にしているが、それでも冷え切った体はなかなか暖まらず、ジークフリートの震えもなかなか収まらなかった。パーシヴァルの裸の胸に頰を預け、寝そべるようにして彼は目を伏せている。
狭窄的浴缸里挤着两个人。水温已经调到最高,但冻透的身体仍难以回暖,齐格弗里德的颤抖也迟迟未能止住。他将脸颊贴在珀西瓦尔赤裸的胸膛上,像要躺倒般垂着眼帘。

温くなつた湯を排出し、追加の熱湯を加える間も、ジークフリートは一度たりとも体を離そうとはしなかった。
即便在排掉降温的洗澡水、重新注入热水的间隙,齐格弗里德也未曾松开过环抱的身体。

ようやく震えが収まった頃、濡れた髪と体を丁寧に拭いてやり、毛布をかけてから自室のベッドに座らせた。あまりにも冷えるので暖房をつけて、パーシヴァルもまたベッドに座る。毛布を着たまま彼の身が寄ってくるので、しっかりと抱き締めた。
待颤抖终于平息,珀西瓦尔仔细为他擦干湿发与身体,裹上毛毯后让他在自己卧室的床边坐下。因寒气实在太重又开了暖气,珀西瓦尔也坐上床沿。裹着毯子的身躯靠过来时,他便用力回抱住对方。

薄い暗がりの中で、ジークフリートの琥珀色の目が、しっかりとパーシヴァルを見据えた。震えも怯えもない。代わりに少しの不安が載っている。ぽつりと、ジークフリートが口を開いた。
在薄薄的黑暗中,齐格弗里德琥珀色的眼睛牢牢地凝视着珀西瓦尔。没有颤抖,也没有畏惧。取而代之的是一丝不安。齐格弗里德轻声开口。

「パーシヴアルが、時々俺ではない別の誰かを見ているような、そんな気はしていた」
"‘我一直觉得,珀西瓦尔有时像是在看着另一个不是我的人’"

「········いつから」
"‘……从什么时候开始的’"

「いつからだったろう·······最初は、そうだな、この喉の痣を見せた時。確信したのは、お前に贈るための絵を見せた時だな」
"「是从什么时候开始的呢······最初,对了,是给你看喉咙上这颗痣的时候。但真正确信,是在让你看那幅为你而作的画时吧」"

「·······そう、か」
"「······这样啊」"

「幸せと、うれしさと、沢山の不安と不満が全部混ざったような······お前は、いつも優しい顏していたけど·······ふと一瞬だけ、そんな顏をすることがある」
"「幸福、喜悦、还有满溢的不安与不满全都混在一起······你虽然总是带着温柔的表情······但偶尔,也会在转瞬间露出那样的神色」"

すり、とジークフリートの頰が肩にすり寄る。寒いのかと問えば違う、と言って手のひらを絡めてきた。
齐格弗里德的脸颊轻轻蹭上肩膀。若问他是否觉得冷,他便答不是,转而将手指交缠过来。

「存外敏いのだな、貴様は」
"「你这家伙倒是出人意料地敏锐啊」"

「いつも人に興味はないけれど、パーシヴァルだけは別だ」
"「虽然对他人向来毫无兴趣,但珀西瓦尔却是例外」"

しっかりと握った手が、解かれた。べッドの上に身をあげて、ジークフリートが寝転ぶ。腕を広げて、おいで、と言った。一瞬何をされているのか分からず、パーシヴアルは固まる。
紧握的手,松开了。齐格弗里德从床上撑起身子,又躺了回去。他张开双臂,说着“过来”。帕西瓦尔一时不明白他在做什么,僵在了原地。

「訊いてもきっとパーシヴァルは上手く逃げてしまうだろうと思っていたあ······訊かなかったのは、俺の意気地がないせいだ。もっと人と話しておけば良かったな」
"“我就算问了珀西瓦尔也一定会巧妙地搪塞过去吧……没问出口,都怪我太没出息。要是能多和人聊聊就好了。”"

「ジークフリート·······貴樣には何の咎もない、全て俺が、」
"“齐格弗里德……你没有任何过错,一切都是我,”"

「いいや、恋人として、失格だったろう」
"「不,作为恋人,我大概是不合格的吧」"

パーシヴァルの言葉を遮り、ほら、と胸を叩いてジークフリートがまた「おいで」と言う。じつと見つめられることに根負けして、パーシヴァルは薄い胸ヘ頭を預けた。毛布ごと抱きしめられ、ジークフリートの体温に包まれる。いつもとは逆の立ち位置になつた。相変わらず節の目立つ指が後頭部を撫でていく。
帕西瓦尔的话被齐格飞打断,后者拍了拍胸口说「过来」。在被凝视得招架不住后,帕西瓦尔将头靠上那单薄的胸膛。被毛毯裹住拥抱,沉浸在齐格飞的体温里。两人调换了往常的位置。骨节分明的手指依旧抚过后脑。

「怯えて訊かなかったのは、俺が悪い。········許してくれ」
"「因为胆怯而不敢追问,是我的错。········请原谅我」"

「······先に謝られては、本当に俺の立つ瀬がないのだが」
"「……被你抢先道歉,倒让我真的无地自容了」"

「それはちよつとした意趣返しだ。パーシヴァルには、こつちの方が堪えるだろう」
"「那只是小小的回敬罢了。对珀西瓦尔来说,这样才更煎熬吧」"

悪戯めいた琥珀の目がき込んできた。そんな目の色は初めて見た。無言で見つめ返し、そうだな、と返し身をずらして彼の唇を一瞬吸ってやる。
恶作剧般的琥珀色眼眸直勾勾望来。我还是第一次见到这种瞳色。我沉默地回望,轻应一声「是啊」,侧身瞬间攫取了他的唇。

唐突にしたものだつたが、ジークフリートはきちんと受けて、ふふ、と自慢げに笑う。苦笑し、頭を離し、寝転んだまま彼の顏を正面に捉える。
虽说是唐突之举,齐格飞却坦然接受,并得意地轻笑出声。我苦笑着移开脑袋,仰躺着直视他的脸庞。

「長くなるぞ」
"「会花很长时间的」"

「構わない」
"「没关系」"

につこりと笑んだその頰にまた口づけを落とした。パーシヴァルは目を伏せる。脳裏によみがえったのは、最期の晚に見た、「ジークフリート」の笑顏だった。
在那嫣然一笑的脸颊上又落下一吻。珀西瓦尔垂下了眼睑。脑海中浮现的,是临终之夜所见到的,齐格弗里德的笑容。

ジークフリートは、静かに静かに言葉を聞いていた。
齐格弗里德静静地、静静地聆听着话语。

記憶は全て空の物語にあるということ。ジークフリートは竜殺しとして名を馳せた英雄であったということ。そして、その人柄にパーシヴァル自身は惚れこんでいたということ。
记忆尽数存在于天空的物语中。齐格弗里德是作为屠龙者而声名远扬的英雄。而珀西瓦尔自身,正是为那人格魅力所倾倒。

一度パーシヴァルはそこで言葉を区切った。絵空事の物語とされている空の冒険譚が事実であり、自らはそこにいたとパーシヴァルは話しているのに、奇妙だとは思わないのか、と。ジークフリートはさも当然のように「お前が今ここで嘘を吐く意味はないから」と答え、笑んだ。その笑顏に後押しされるように、パーシヴァルは続きを話す。
帕西瓦尔一度在那里停顿了话语。明明他讲述的是被视作天方夜谭的空中冒险故事实为真实,且自己亲身经历过,却问对方不觉得奇怪吗?齐格飞理所当然地笑着回答'因为你现在没有撒谎的理由'。被那笑容所鼓舞,帕西瓦尔继续说了下去。

竜殺しの英雄とパーシヴァルは、ある事件をきっかけにして一度は袂を別ったものの、再会し、今度は少年が率いる騎空団の元、自由に空を駆ける身として共にいたということ。
屠龙英雄与帕西瓦尔曾因某个事件一度分道扬镳,但重逢后,这次他们作为少年率领的骑空团成员,以自由翱翔天际的身份共同生活。

パーシヴァル自身の夢の話もした。恒久の平和が約束された、弱き人が自らの足で立つことが出来る国を作りたかったということ。数多の時と、数多の助けを得て、空の世界の自身はそれを成し得たということ。
帕西瓦尔也谈到了自己的梦想。他想要建立一个永恒和平、弱者能自立行走的国度。历经漫长时光与众多助力,天空世界的他最终实现了这个愿望。

自身が持ち得ていた記憶は鮮明ではあったが、今の自身が語る言葉ではないとパーシヴァルは思っていた。それでもジークフリートは、如何にも楽しそうに話を聞いているように見えた。
帕西瓦尔觉得,自己拥有的记忆虽然鲜明,却并非现在的自己会说出的话语。即便如此,齐格飞看起来仍听得津津有味。

言葉を止める。ジークフリートはじっと、琥珀色の目で見つめてきた。そして何かを察したように一度俯き、パーシヴァルの手を再度握り込んできた。
话语戛然而止。齐格飞用琥珀色的眼眸静静凝视着他,随后像是察觉到什么般低垂眼帘,再次握紧了帕西瓦尔的手。

いつの間にか冷え切っていたらしい。暖房が付いているのにも関わらず、手は冷たくなり強張っていた。パーシヴァル自身が驚くほどに。
不知不觉间双手已彻底冰凉。明明开着暖气,手掌却冰冷僵硬得连帕西瓦尔自己都感到吃惊。

唇を嚙んで、パーシヴァルは口を開いた。
珀西瓦尔咬住嘴唇,张开了口。

「これから·······話すことは、今の、ジークフリートに対する裏切りになるかもしれない」
"「接下来要说的······或许会成为对现在的齐格弗里德的背叛」"

「·······俺に?」
"「······对我?」"

「その時の俺が、愛しく思っていたのは、今話していた竜殺しだ。そして、現世でお前を探そうとしていたきつかけも·······空の、ジークフリートその人にある」
"「那时的我,所深爱着的正是方才提及的屠龙者。而在此世寻找你的契机也······源于那位天空的齐格弗里德本人」"

「·······ああ、それで」
"「······啊啊,原来如此」"

「········?」
"「······?」"

「時々、パーシヴァルと初めて会った日のことを思い出すんだ。·····:あの、青空だつたのに大雨の、そうそうアート市の日だったな。········初めて会ったのに、お前は泣きそうな顏で俺を見ていたろう」
"「偶尔,我会想起和珀西瓦尔初次相遇的那天。······那是,本该晴空万里却下着大雨的日子,对了对了,是艺术市集那天吧。······明明是第一次见面,你却用一副快要哭出来的表情看着我啊」"

「そんな顔をしていたか······平静を取り繕っていたつもりだつたんだがな」「ん。······どうしてだろうと、ずっとその顔が気がかりだつた。お前のする、寂し気な表情はずっとそれに似ていて······そうか、空の俺が、お前に何か残したんだな」
"「原来我露出了那样的表情吗······明明一直以为自己掩饰得很平静」「嗯。······不知为何,那张脸始终让我放心不下。你偶尔流露的寂寞神情,总与那副模样相似······原来如此,作为空壳的我,确实在你心中留下了什么吧」"

話してくれないか。
能告诉我吗。

ジークフリートは両の手でしっかりとパーシヴァルの手を握り、胸に頭を預けてきた。
齐格弗里德用双手紧紧握住帕西瓦尔的手,将头靠在他的胸前。

「······あれは、戴冠式の、その前夜だ」
"「……那是在加冕典礼的前夜。」"

パーシヴァルが騎空士としてではなく、王として立つと決まったその日。
在珀西瓦尔决定以王者而非骑空士身份站立的那一天。

パーシヴァルはすっかり背の高くなつた団長グランと、あまり見目の変わらないルリアに別れを告げた。助けがいるならいつでも、とグランは頼もしく言う。ルリアは「いつでも家臣は駆けつけますから」と涙をいっぱいに目に溜めて、多くの仲間と同じく別れを惜しんでくれた。
珀西瓦尔向已长得高大的团长格兰与容貌未变的露莉亚告别。格兰可靠地说若有需要随时相助。露莉亚则噙满泪水表示「家臣随时都会赶来」,与众多伙伴一样依依不舍。

パーシヴァルはそこで問う。ジークフリートは何処に行ったのかと。グランは不思議そうに言った。僕も知らない、と。パーシヴァルなら、知っていると思っていたと。
珀西瓦尔在那里发问。齐格飞去了哪里呢。格兰一脸困惑地说。我也不知道,他答道。还以为珀西瓦尔你会知道呢。

パーシヴァルは、こうして団員たちと別れる前夜にジークフリートの部屋に立ち寄つていた。彼は、ここ数週間体調が悪いと言い、扉越しにしか話をしてくれなかった。別れを告げた時、ジークフリートはお前の国が、どのようなものになるか楽しみだと。是非、立ち寄らせてほしいと、そう言った。
珀西瓦尔在与团员们分别的前夜,曾造访过齐格飞的房间。这几周他总说身体不适,只愿隔着门扉交谈。告别时,齐格飞说你建立的国度会是什么模样,我很期待。务必让我去拜访啊,他这样说道。

パーシヴァルはその扉に向かっていった。まだ、答えを聞いていない、と。
珀西瓦尔朝那扇门走去。还没听到答案呢,他想着。

答えとは、ジークフリートに対する告白の答えである。無論、生涯の朋としてのそれではなく、伴侶としての。残酷なことを言っているとは、パーシヴァル自身も思つていた。彼は生涯をフェードラッへに捧げ、魂すらも、かの国捧げていると分かっていながらの告白である。ジークフリートが、己を好いていると知っていながらの、問いでもあった。
这答案,是对齐格弗里德告白的回应。当然,并非作为毕生挚友的回应,而是作为伴侣的。帕西瓦尔自己也明白,这番话何其残忍。他明知自己已将一生奉献给菲德拉,甚至连灵魂都献予那个国度,却依然选择了告白。这同时也是明知齐格弗里德对自己怀有爱意,仍执意发出的诘问。

初め告げた時、ジークフリートははっきりとは断らず、琥珀の目をひどく動揺させて、不器用にはぐらかしたまま、踵を返してしまった。それきりはっきりとした答えはなかった。
初次表明心意时,齐格弗里德并未明确拒绝,只是那双琥珀色的眼眸剧烈动摇着,笨拙地岔开话题后便转身离去。自那以后始终没有得到清晰的答复。

結局今回も扉の向こうからは無言の返ししかなく、パーシヴァルは半刻ほど待って、部屋の前を離れた。部屋の奥から、苦しみに呻くような声が聞こえた気がした。
最终这次门后依然只有沉默,帕西瓦尔等待了约半小时后,离开了房门前。恍惚间似乎听见房间深处传来痛苦呻吟般的声音。

夜半、居城とするウェールズ家領地の小さな城で、その私室でパーシヴァルはジークフリートと対面していた。
午夜时分,在威尔士家族领地的一座小城堡里,珀西瓦尔于私人房间中与齐格弗里德会面。

ジークワリートは、急に窓から現れた。衛兵などの声もせず、寧ろ、彼が降り立つた音すらも聞こえなかった。書簡から顔を上げた時、彼は開け放った窓にいた。
齐格瓦尔特突然从窗户现身。没有卫兵的喊声,甚至他降落时的声响也无人察觉。当珀西瓦尔从信函中抬起头时,他已站在敞开的窗前。

ジークフリートは、悲しそうに自らの異形となり果てた腕を、背に生えた巨大な翼を、尾を、月光のもとに晒した。その頭からは赤色に光る角が生え、口からは白く輝く牙が見えた。
齐格弗里德悲伤地将自己异变的手臂、背后巨大的翅膀以及尾巴暴露在月光之下。他头顶生出泛着红光的角,口中可见洁白闪耀的獠牙。

そんな彼を見てなお、パーシヴァルは怯えることが出来なかった。寧ろパーシヴアルが歩み寄った時、ジークフリートの方が怯えを見せたほどだった。
即便如此注视着他,珀西瓦尔也无法感到畏惧。不如说当珀西瓦尔靠近时,齐格弗里德反而露出了怯意。

厭わずに両腕に収めてやると、ジークフリートは、爛々と光る琥珀の目からとめどなく涙を流した。じきにこれも止まってしまうと。そして、いずれは自我もなくしてしまうと。
毫不犹豫地将对方拥入双臂时,齐格弗里德那双熠熠生辉的琥珀色眼眸止不住地流泪。很快连这也会停止吧。然后,终将连自我也一同失去。

ジークフリートは、確かに言った。俺はお前を好いている。好いているからこそ、今日別れを告げに来たのだと、唸り声が混ざる声で途切れ途切れに言った。
齐格弗里德确实这样说过。我喜欢你。正因为喜欢你,今天才来告别——他用夹杂着呜咽的声音断断续续地说道。

パーシヴァルはそんなジークフリートを腕に抱きしめながら、彼の美しい角と鱗の目立つ頰を撫でた。瞳孔は縦に裂け、瞬きするたびに琥珀色の涙がこぼれ落ちていく。パーシヴァルは言つた。唸り上げる喉に口づけをしながら、強く彼を抱きしめて。
珀西瓦尔将这样的齐格飞紧紧搂在臂弯中,抚摸着他显眼的美丽犄角与鳞片覆盖的脸颊。瞳孔竖裂成缝,每眨一次眼就有琥珀色的泪珠滚落。珀西瓦尔呢喃着,一边亲吻他低吼的咽喉,一边用力抱紧他。

生涯の伴侶はお前だけ。どんな姿であっても、お前はジークフリートであると。ジークフリートは、何も言わなかった。それでも既に大きく竜の爪が生えた手で、パーシヴァルの背を抱いて、静かに肩に頰を寄せてきた。
此生伴侣唯你一人。无论何种姿态,你都是齐格飞。齐格飞什么也没说。却已用长出巨大龙爪的手,环住珀西瓦尔的背脊,静静将脸颊贴向他的肩膀。

零れ落ちていく淚がパーシヴアルのガウンを濡らしていく。落ちた傍から、それは燃える水になって静かに炎を立てていた。まるで竜の涙だと、パーシヴァルはそう思つた。不思議なことに熱くはない。むしろ、ただの淚のように冷たく、暖かかった。
零落的泪水浸湿了珀西瓦尔的长袍。坠地瞬间便化作燃烧的水,静静腾起火焰。这简直是龙之泪啊,珀西瓦尔如是想。奇妙的是并不灼热,反倒像普通泪水般冰凉,又带着暖意。

寝台に誘ったとき、ジークフリートは、躊躇った。それでもパーシヴァルが鱗の立つ腕を引くと、大人しく寝台に乗り、自ら衣を落とした。裸を見ればパーシヴァルも諦めると思ったのだろうか。
当被邀请同寝时,齐格弗里德犹豫了。但帕西瓦尔拉起他鳞片竖立的手臂后,他还是顺从地上了床,自己褪去衣衫。或许他以为只要帕西瓦尔看见这具赤裸的身体就会放弃吧。

竜のような大きな鱗がジークフリートの身を、特に上半身を覆っていた。何の火も灯していないのに、ジークフリートの鼓動に合わせて赤く揺らめく鱗を、パーシヴァルは愛しく思った。パーシヴァルが疇躇わないのを知り、ジークフリートは諦めたように身を委ねてきた。
龙一般的巨大鳞片覆盖着齐格弗里德的身躯,尤其是上半身。明明没有点燃任何灯火,那些随着齐格弗里德心跳节奏明灭闪烁的赤红鳞片,却让帕西瓦尔心生怜爱。察觉到帕西瓦尔毫无迟疑,齐格弗里德终于放弃抵抗般交出了身体。

一度の睦言を終え、パーシヴァルはジークフリートに黄金の指輪を渡した。自らもいのそれを付けて見せると、ジークフリートはいよいよ強く拒絶した。それでも辛抱強く、パーシヴァルは懷中で震えるジークフリートに対し言葉を述べ続け、やがて、ジークフリートは琥珀色の大きな目に涙をいっぱいに溜めて、指輪を受け取った。彼の、不思議とそのままだった左手の薬指に嵌めてやって、指にロづけを落とした。ジークフリートは嬉しそうに何度も指輪を眺め、パーシヴァルに礼を言った。とても、幸せだと。彼はそう言った。
一番云雨后,帕西瓦尔将黄金指环递给齐格弗里德。当他也为自己戴上同款指环时,齐格弗里德反而更激烈地抗拒起来。但帕西瓦尔仍耐心地对怀中颤抖的恋人低语,最终,齐格弗里德琥珀色的大眼睛里蓄满泪水,接过了指环。帕西瓦尔将它套在他奇迹般完好如初的左手无名指上,轻吻那根手指。齐格弗里德欢喜地反复端详指环,向帕西瓦尔道谢。他说,自己真的、真的很幸福。

翌朝もジークフリートはそこにいるのだろうと、そう思いながらパーシヴァルはジークフリートを抱きしめて眠りに落ちた。
帕西瓦尔想着,明天早晨齐格弗里德大概也会在那里吧,就这样抱着齐格弗里德进入了梦乡。

「······朝には、隣には誰もいなかった。誰も、未だ起きていない早朝で」
"「……到了早晨,身旁却空无一人。在这连黎明都尚未到来的时刻」"

夢だったのかと、パーシヴァルはそう思った。しかし自身が確かに授けたはずの指輪が、一つ寂しそうに卓上に置かれているのを見て、瞠目した。夢ではなかった。そして、この胸騒ぎは何だ、と。ジークフリートの気配は何処にもなく、それでも彼がいたという気配は、パーシヴァル自身が握っていた。
是梦吗?帕西瓦尔这样想着。但当他看到那枚本该由自己亲手赠予的戒指孤零零地躺在桌上时,不禁瞪大了眼睛。那不是梦。而这份莫名的心悸又是什么?齐格弗里德的气息已无处可寻,唯有他曾存在过的痕迹,仍被帕西瓦尔紧握在手心。

脳裏には昨晩の嬉しそうに微笑むジークフリートの姿しかない。簡易に装備を整え、パーシヴァルは愛馬を出した。ジークフリートの指輪を握りしめて。何故か、足は勝手にフェードラッへに向かっていた。
脑海中只剩下昨晚齐格弗里德欣喜微笑的模样。简单整备好装备,珀西瓦尔牵出了爱马。紧握着齐格弗里德的戒指。不知为何,双脚已自行朝费德拉赫的方向迈去。

冷たい朝靄の中を走って、パーシヴァルはジークフリートを見つけた。フェードラッへの広大なる霊園。その中央にある、王族、それもヨゼフ王の墓石の前で。
在冰冷的晨雾中奔跑,珀西瓦尔找到了齐格弗里德。费德拉赫辽阔的灵园。在那中央,王室成员——确切说是约瑟夫王墓碑前。

······あいつは、自らの血に沈んでいた」
"「······那家伙,正沉溺于自己的血泊中」"

竜殺しの大剣は、その身を裂く刃ともなった。ヨゼフに与えられたあの大剣で、ジークフリートは自らの鱗のない喉を裂いて、果てていた。琥珀色の目は血に沈んで、顔はひどく、苦し気に。何かを求めるように、片手を伸ばして。
屠龙大剑,亦成为撕裂己身之刃。用约瑟夫赐予的那柄大剑,齐格弗里德割开了自己无鳞保护的咽喉,走向终结。琥珀色的眼眸沉入血泊,面容扭曲,痛苦不堪。仿佛在寻求什么般,伸出一只手。

「············俺には、それが、俺に対する、罪と思えた」
"「……对我而言,那便是,我所认定的,自身之罪」"

パーシヴァルから得た指輪を捨てて、ヨゼフの元で果てる。お前のもとには行けぬ、行ってたまるか、と。呆然と立ちすくむパーシヴァルの指から指輪が零れ落ちて、血にまみれながら転がってジークフリートの手元まで行った。手は、もうぴくりとも動かず、指輪には一瞬たりとも触れず。
他丢弃了从帕西瓦尔处获得的戒指,在约瑟夫身边迎来终结。说着「不能去你那里,岂能去你那里」。呆立当场的帕西瓦尔指间滑落的戒指,沾满鲜血滚到齐格弗里德手边。那只手已纹丝不动,戒指终未能触及分毫。

「·······人の方の手を取って、もう脈もないことが分かった。わかるか?昨晚まで腕の中にいた、愛しき存在がもう物言わぬ屍になつて、自らの手で命を絶ったということが······俺には、何が何だか分からなかつた·······」
"「······握住那只人类的手,发现已经没有了脉搏。明白吗?直到昨晚还在臂弯中、深爱的存在,如今已化作无言尸骸,亲手结束了自己的生命······我,完全无法理解······」"

パーシヴァルは血に塗れたジークフリートを抱き締めた。また、ほんの少し暖かいのに、彼はもう言葉を発することもなく、微笑むこともない。なぜこのような結果になったのか、パーシヴァルには分からなかった。
帕西瓦尔紧紧抱住浑身是血的齐格飞。明明还残留着些许体温,他却再也不能说话,再也不会微笑了。为何会变成这样,帕西瓦尔怎么也想不明白。

一介の我儘で、彼を愛していると言ったからか、それとも······彼は初めから。
是因为我单方面的任性,说了爱他这样的话吗,还是说······他从一开始就。

気づけば、ジークフリートの遺体を腕に抱いて、空に還していた。
回过神来时,我正怀抱着齐格弗里德的遗体,将其归还于天际。

身を包み焦がさんばかりの炎を彼と自らに与えて、ジークフリートが一片も残らないように、彼の全てを灰燼に帰した。灰と大剣を島の端から空の底ヘ還した時、パーシヴァル自身も、一切の感情を捨て去った。
以足以焚尽自身的烈焰包裹着他与自己,直至齐格弗里德片甲不留,将他的一切都化为灰烬。当帕西瓦尔将骨灰与大剑从岛屿边缘归还至苍穹之底时,他自己也抛弃了全部情感。

「そこから······先は、よく覚えていない。········きっと、俺の人生にとって、あまり意味はなかったのだろうと、思う」
"「从那之后······之后的记忆,已不甚清晰。········想来,那段时光对我的人生而言,大抵是无关紧要的吧」"

「···そうか········そうだった、か」
"“……是吗…………原来如此啊。”"

ジークフリートはそう言って深く目を閉じた。そして、ふっと微笑んだ。「そちらの俺は、とても愛されていたのだな」
齐格弗里德如此说着,深深闭上了眼睛。而后,轻轻笑了。“那边的我,曾被深深爱着啊。”

「······どうして、今の話でそうなるんだ······何か、わかるのか」
"“……为什么,听了刚才的话会得出这种结论……你明白些什么吗?”"

彼は迷うことなく頷いた。
他毫不犹豫地点了点头。

「わかるさ。··きつと、そちらの俺はお前に疎まれるために、最期の夜に会いに行ったのではないかと思う。もちろん、お前のことは好いていて、お前の傍にいたいという気持ちを押し隠しながら」
"“我明白的……那个世界的我,大概是为了让你讨厌,才会在最后一夜去见你吧。当然,其实心里是喜欢你的,只是把想陪在你身边的心情藏了起来。”"

ぽつぽつと話し出すジークフリート。パーシヴァルは、彼の静かな色をした目を見つめた。
齐格弗里德断断续续地开始讲述。帕西瓦尔凝视着他那双颜色沉静的眼睛。

「ところが、お前は化け物になりかけた姿を見てもなお、愛しいと言った。そして、望みどおりに抱いてくれた。········大層、幸せだったろう」
"「然而,即便目睹了我逐渐沦为怪物的模样,你依然说爱我。并且,如我所愿地拥抱了我。········想必,那是极致的幸福吧」"

「しかし······恨んでいただろう。·······だから、死を」
"「但是······你定然心怀怨恨吧。·······所以,选择了死亡」"

「······恨んでなど、いないさ。きっと、もう人として、限界だったのだろう。そして、悔いもなかった。一番愛しい男に抱いてもらえて、たった一夜ではあったが伴侶として傍にあれた。·······なら、残る身は、ただの化け物だと」
"「······何曾有过怨恨呢。想必,作为人类已至极限了吧。况且,亦无遗憾。能被最深爱的男子拥入怀中,虽仅一夜却得以作为伴侣相伴左右。·······那么,这副残躯,不过是纯粹的怪物罢了」"

ジークフリートは喉の痣に触れる。夜闇の中でも、それは鮮やかに赤い。
齐格弗里德触碰着喉间的痣。即使在黑夜中,它依然鲜红如血。

「······ヨゼフの元で、尽きたのは」
"「……在约瑟夫身边耗尽生命的」"

「そちらの俺は、ヨゼフに生を誓っていた、そう言ったな?なら、きっとヨゼフに赦しに貰いに行ったのだろうよ。·······今、此処で生を終えるのはパーシヴアルの元へ行くからだと。貴方のために死ぬことが出来ずに、申し訳ないと·······記憶を置いてきたのは、早くお前にただの人として会いたかったからだろう。お前が、感情を失せたのを、悔いたのかな」
"「那边的我,曾向约瑟夫立下生存的誓言,你是这么说的吧?那么,他一定是去寻求约瑟夫的宽恕了。……此刻在此结束生命,是为了前往珀西瓦尔身边。没能为你而死,实在抱歉……留下记忆,大概是想早点以普通人的身份与你相见吧。或许是在懊悔,你失去了感情这件事」"

「·······随分、はっきりと言うのだな」
"「……倒是说得相当直白啊」"

「簡単にわかる。俺とて、今のお前を愛しているのだから」
"「这很容易理解。即便是现在的你,我也依然深爱着」"

ジークフリートの手がパーシヴァルの頰に伸びた。気づけば、はらはらと涙が落ちていた。それをひどく愛しそうに撫でながら、ジークフリートはつぶやいた。
齐格弗里德的手抚上帕西瓦尔的侧脸。不知何时起,泪水已簌簌滚落。他无比怜爱地拭去那些泪珠,轻声低语。

「一人にして、済まなかった」
"「让你一个人承担,真是抱歉」"

情けないこともあるのだと、パーシヴァルは思う。最後に泣いたのは、いつだったろうか。声も上げず、ただジークフリートの腕の中で、ぱたぱたと涙が落ちていった。「許してくれ······ジーク······」
帕西瓦尔心想,人总有不堪的时候。上一次哭泣是什么时候呢?他没有出声,只是静静地躺在齐格弗里德的臂弯里,泪水啪嗒啪嗒地往下掉。「原谅我······齐格······」

「言つたろう。きっと恨んでいないと。········でも、そうだな····許そう。これで、お相子だ」
"「我说过的吧。我肯定没有怨恨你。········不过,好吧····我原谅你。这样,我们就扯平了」"

そういって、ジークフリートはゆっくりと笑み、目を伏せた。
说完,齐格弗里德缓缓露出微笑,垂下了眼帘。

唐突に静かになつた息にパーシヴァルはハッとして慌てる。慌てたが、その場で脱カした。ジークフリートは静かに眠りについていた。こんなに唐突に寝るものかと呆れながら溜息をついて、頰に這っていた涙をぬぐう。
帕西瓦尔被突然变得平静的呼吸惊得手忙脚乱。慌乱中,他当场解除了武装。齐格弗里德正安静地沉睡着。他一边愕然想着怎么会突然就睡着,一边叹息着抹去爬满脸颊的泪水。

寝室に一つだけある窓の外は、薄く、茜色をしていた。とうに夜は明けて、雨の音もない。
卧室里唯一一扇窗外,天色微明,泛着茜色。夜早已过去,雨声也消失了。

もう夜明けかと認識するや否や、急速な眠気が、パーシヴァルを襲った。
意识到黎明将至的瞬间,强烈的睡意便猛然侵袭了珀西瓦尔。

その時、ぱたんと、デスクの上で小さく音が鳴った。一枚の小さな紙片が、風もないのにさらりと落ちて、ベッドと床の隙間に入り込んでいった。正体を確かめる気力は今のパーシヴァルにはなく、崩れ落ちるようにジークフリートの懐ヘ倒れ込んだ。
就在这时,桌面上啪嗒响起细微声响。一张小纸片无风自动,轻飘飘滑落进床与地板的缝隙中。此刻的珀西瓦尔连确认来物的力气都没有,如同崩塌般倒进了齐格飞的怀里。

還された蒼と共に
七、与归还之苍同往

翌朝は、それはそれは凄惨な状態だった。何しろ、二人そろって手酷い風邪を引いたのだ。当然だった。秋の夜半、気温もぐんと下がった中、しかも豪雨降りしきる中を傘もなしに歩き続けたのだ。
次日清晨的景象可谓惨不忍睹。毕竟两人都染上了严重的感冒。这也在情理之中——秋夜气温骤降,又冒着倾盆大雨连伞都没打就一路奔走。

パーシヴァルは悲鳴をあげるほど痛む関節を無理やり動かしながら、息荒くベッドに倒れ込んでいるジークフリートの世話をしようとしていたのだが、それも限界となり、自らもベッドの脇の床に座り込む羽目になってしまつた。
帕西瓦尔强忍着关节撕裂般的剧痛,试图照顾瘫在床上喘着粗气的齐格飞,但终究力不从心,自己也跌坐在床边的地板上。

それでも自らを叱咤し、ジークフリートに薬を飲ませ、部屋にストーブを引っ張り出して来た。自分の風邪はともかく、ジークフリートの風邪はパーシヴァルを探そうと夜中にずぶ濡れになりながら探し続けたためである。悔やむ気持ちしか、生まれなかった。
即便如此他还是咬牙振作,喂齐格飞服下药物,又把暖炉拖进房间。自己的感冒尚且不论,齐格飞的病是为寻找他在雨夜里淋得透湿所致。此刻他心中唯余悔恨。

常備薬を飲ませたはいいが、それ以上の仕事は出来そうにない。意識が半分朦朧としている。
虽然喂他吃了常备药,但似乎做不了更多了。意识半梦半醒。

パーシヴァルはぼうっとする頭で、一つ、財布からカードを摘み出した。何かの役に立つかもしれない。そう言われて、以前ローアインから貰ったものだ。
帕西瓦尔用昏沉的脑袋,从钱包里抽出一张卡片。说不定能派上用场。这是以前从罗亚因那里得到的,当时对方这么说过。

何も考えずにボタンをプッシュして、ワンコールで出た声に「助けろ」と住所を簡潔に言い、身を引きずり玄関のカギを開けて、力尽きた。
他机械地按下按钮,电话刚接通就对着那头喊了声“救命”,简短报出地址后,拖着身子打开门锁,便彻底脱力倒下。

数分とかからずに駆け付けてきた三人組は、真っ青な顔して倒れている常連客と、その部屋の奥で高熱に魘されている画家の姿を見て悲鳴を上げることになる。
三人组接到电话便立刻赶来,却看到面色惨白倒地的常客,以及房间深处因高烧而痛苦挣扎的画家,不禁发出惊叫。

「いやー······もう、逝っちゃつてたのかと思いました」
"「哎呀······我还以为已经没救了呢」"

「······すまん。何故救急車ではなくお前たちを呼んだのかは俺も分からん」
"「······抱歉。我自己也不明白为何没叫救护车而是喊了你们来」"

「頼りにされちやってる的な!」
"「这不就是被依赖的感觉吗!」"

「イケメンに頼りにされるとか運気上がるわ~」
"「被帅哥依赖的话运气都会变好呢~」"

「うっせえよお前ら。········いやね、偶々ほんと、七番通りの桟橋近くにいたんすよ。俺は出勤途中でえ、これも偶々ダチ公たちの舟に乗ってたんすよね~」
"「吵死了你们这群家伙。……才不是啦,真的只是碰巧,刚好在七号码头附近而已。我上班路上,碰巧搭了朋友的船啦~」"

ローアイン達は、異様なまでに手際が良かった。それこそ、何度かこんな修羅場に遭遇したことがあるのではないかというくらいに。
罗亚因一行人异常地手脚麻利。简直就像经历过好几次这种修罗场似的。

パーシヴァルは殆ど意識を失っており、気づけばソファにきちんと寝かせられていたという有様だった。適度な高さに盛られたクッションと毛布が体を受け止めており、かけ布団が体にかかっていた。
珀西瓦尔几乎失去了意识,回过神来已被妥帖安置在沙发上。高度适中的靠枕与毛毯承托着他的身体,一床被子轻轻盖在身上。

目を覚ました先で、今の会話が繰り広げられたのである。
在睁眼后的世界里,方才的对话正重新上演。

「滋養のあるもん、たっぷり作っていくんで」
"「我会多做些营养丰富的食物」"

ダイニングテーブルの上には既にところ狭しと常備菜が完成している。籐籠の中にはまだ需が付く山盛りのフルーツも。それらも適当に切り分けられていた。
餐桌上已经摆满了密密麻麻的常备菜。藤篮里还有堆成小山般未动过的水果。这些也都随意切好了。

「助かる·······お前達には助けられてばかりだな······店はいいのか」
"「帮大忙了······总是受你们照顾啊······店里没关系吗」"

「店は昼から営業ですし、お互い様っすよ。それにい、パーシヴァルさんに倒れられたらジークフリート先生もあっという間すから」
"「店铺从中午才开始营业,彼此彼此啦。再说了,要是帕西瓦尔先生倒下的话,齐格弗里德老师转眼间也会撑不住的」"

「·······いや、あいつもずっと一人で暮らしてきたのだからそんなこともないだろう」
"「……不,那家伙一直独自生活,应该不至于那样吧」"

手渡された暖かいハーブティーを口にする。すっと気管に清涼感が満ちて、呼吸が落ち着いた。
接过递来的温热草药茶抿了一口。清凉感瞬间充盈气管,呼吸随之平稳下来。

ローアインは暫し考え、うんうんと頷いた。
罗亚茵沉思片刻,嗯嗯地点了点头。

「いやあ。なんていうか、人に戻ったって感じっすかね。二人でいる幸せを知っちやつたら、独りになった時、死ぬほど寂しいんすよ。ジークフリート先生、そっちの方が多分慣れてないんで。俺だって奥さん倒れちやつたら精神的にお陀仏すもん。それと、同じっすよ······やっぱ一人はダメつすわ」
"“哎呀。该怎么说呢,有种重新做人的感觉吧。一旦尝过两人相伴的幸福,独处时就会寂寞得要死。齐格弗里德老师,您大概更不习惯这种滋味吧。要是我老婆倒下了,我精神上也得完蛋。所以啊,道理是一样的……果然一个人还是不行啊。”"

「うわ出た惚気」
"“哇哦开始秀恩爱了”"

「やーねーラブラブ夫婦は」
"「真是够了,这对恩爱夫妻」"

「うっせえなーお前らもそうだろうが!ってナイフ持ってるときは手元見ろ手元お」こぶしを振り上げながらキッチンに向かっていくローアインを見送る。
"「吵死了!你们不也一样吗!拿刀的时候给我看着点手啊看着点!」目送着挥舞拳头走向厨房的罗亚因。"

「·······もう、一人は、ダメか」
"「······已经,一个人,不行了吗」"

ローアインの言葉を脳内で繰り返し、一つ、決心した。さて、それをいつ切り出そうかと思いながら、パーシヴァルはまたハーブティーに口を付けた。
在脑海中反复咀嚼着罗阿因的话语,帕西瓦尔终于下定了决心。他一边思忖着何时开口,一边又抿了一口花草茶。

共に風邪が治った一週間後、ローアインの店に礼の品を届けた、その後。物が極端に少なくなり、片付き切ったジークフリートの家で、パーシヴァルは家主に提案をした。
感冒痊愈一周后,帕西瓦尔带着谢礼造访了罗阿因的店铺。之后,在物品锐减、彻底整理齐整的齐格弗里德家中,他向房东提出了建议。

ジークフリートはせっかく綺麗に磨きかけていた盾を思いきり床に落として、目を大きく見開いたまま、ひどく嬉しそうに笑い承諾してくれた。
齐格弗里德把好不容易擦得锃亮的盾牌重重摔在地上,瞪圆双眼,露出无比欣喜的笑容应允了。

遅くなつて済まないとパーシヴァルが言うと「良いんだ。これからがずつと幸せだから」と、ジークフリートは答えた。
珀西瓦尔道歉说‘抱歉来晚了’,齐格飞回答‘没关系,从今往后我们会一直幸福。’

選んだ家はやはり大きな窓がある家だつた。窓からは広く、海のような空が見渡せる。段ボールを墓場にしていた盾たちを飾る棚があるのも、素晴らしい。
最终选中的房子果然有着宽敞的窗户。透过窗户能望见辽阔如海的天空。还有用来陈列那些曾被塞在纸箱坟墓里的盾牌的架子,真是再好不过。

共に予算を出して選ぼうと言っていたのだが、結局はジークフリートが家を選んでしまった。ローンを組むのではなく、一括で。止める間もなかった。
虽然商量好要共同出资挑选,结果齐格飞独自选定了房子。不是贷款,而是全款付清。根本来不及阻止。

「有意義に使えて良いじやないか」と何故怒られているのか分からないという顔で彼は言うがこの家の価格は「有意義」の一言で済ませられるほどの価格ではない。
"「这不是能派上很好的用场吗」他一脸不解为何被责备的表情说道,但这栋房子的价格绝非一句「有意义」就能轻易带过的。"

家具類は全てパーシヴァルが払うということで、何とか決着はついた。一般的な資金の使い方を、いよいよ以てジークフリートに教えなければならないとパーシヴァルは決心した。
最终以帕西瓦尔承担全部家具费用的方式勉强达成妥协。看着对方,他下定决心必须好好教导齐格飞何谓正常的资金使用方式。

それでも、彼がひどく幸せそうなのを見て決心も揺らぎそうになるのだが。
即便如此,每当见到他洋溢着幸福的模样,这份决心又不禁开始动摇。

「ほら、座れ」
"「来,坐下吧」"

「いや·······だから、俺に絵心はないと」
"「不……所以说,我真的没有绘画天赋」"

「良いから。········ふふ、お前と絵を描いてみたかったんだ」
"「没关系啦……呵呵,我只是想和你一起画画而已」"

パーシヴァルが手前に、ジークフリートが後方に。キャンバス前に小さな椅子を前後に並べて座り、パーシヴァルは今、利き手を掴まれている。
帕西瓦尔在前,齐格飞在后。画布前两把小椅子前后排列着,此刻帕西瓦尔正被握住惯用手。

新居での生活が落ち着いたころ、彼は急に思い立ったようにこの設えを整えた。元々一室、彼のアトリエとすることは決まっており、絵を描く準備は十分に整えられている。眼前には、巨大な窓。今も燦燦と暖かい日光が降り注いでいる。例によつて、海のような真っ青な空だった。
新居生活安定后,他突然心血来潮布置了这个场景。原本就决定将其中一间房作为他的画室,绘画准备已十分周全。眼前是巨大的落地窗,此刻依然洒满灿烂温暖的阳光。如往常般,天空湛蓝如海。

あの雨の日の語り以降、ジークフリートは身体を重ね終わったタイミングで空の話を聞きたがるようになった。二人の別れの話ではなく、どのような冒険をしてきたのか、というものだった。空の冒険譚を読めばいいと寄越したのだが、お前の口から聞きたいと彼は頑固にそう言った。ベッドのへッドボード上の壁に飾った、あのフェードラッヘの絵を見ながら、乞うてくる。夜語りの中で出てきたのが、グランサイファーという騎空艇である。ともかくも巨大で、そんな艇が空を飛ぶという話をするとジークフリートは目を輝かせて聞き入った。
自那雨夜长谈后,齐格飞总在云雨初歇时央求听天空的故事。不是关于二人别离的往事,而是那些翱翔天际的冒险。明明递给他空战传奇小说就好,他却固执地说想听你亲口讲述。他望着床头装饰的那幅费德勒赫的油画,反复恳求。夜谈中提及的格兰赛法尔号骑空艇——无论如何形容其庞大,当说到这般巨舰竟能翱翔天际时,齐格飞总是目光熠熠地倾听着。

「空を飛ぶ艇の姿を知りたい」
"「想知道翱翔天际的飞艇是什么模样」"

パーシヴァルにそうせっついて来て、現状に至るという訳である。正直、グランサイファーの全てを覚えていると言えばそうではなく、寧ろ住んでいた内装の方に明るいのだポジークフリートはどうしても外装を表して欲しいらしい。
被珀西瓦尔这样催促着前来,才演变成如今的局面。老实说,虽不敢说记得格兰赛法的全部细节,倒是对居住舱内部构造更为熟悉——可波吉克舰队似乎无论如何都希望我能重现外观。

「·······あー·····確かな、青い翼があった」
"「······啊——······确实,曾有一对蓝色翅膀」"

「翼······それで飛ぶのか」
"「翅膀……就是靠这个飞行的吗」"

「それで風を受けて飛んでいた、と思う。でも艇体事態は流線型で、そう·······こんな、形だつたか」ジークフリートの手が沿っていると、不思議と形になっていく。ものの数十分で、グランサイファーのようなものがキャンバスに現れていた。
"「我想,就是用它乘风飞翔的。不过艇体本身是流线型的,就像……对,应该是这样的形状」随着齐格弗里德的手指描摹,不可思议地逐渐成形。不过几十分钟,画布上便浮现出类似格兰赛法尔的模样。"

パーシヴァルの手が加わっているということあって、どうしても拙いものになったがジークフリートはとても嬉しそうにそのキャンバスを見つめていた。そして、笑んだままパーシヴァルを振り仰ぐ。
由于帕西瓦尔也参与了作画,难免显得笨拙,但齐格弗里德却满心欢喜地凝视着那幅画。随后,他带着笑意仰头望向帕西瓦尔。

「パーシイ·······お前の空を、もっと教えてくれないか」
"「珀西……再多告诉我一些,关于你的天空吧」"

陶然とした顔で、ジークフリートはそう言った。
齐格弗里德带着陶然的神情,如此说道。

「ああ、これから。幾らでも」
"「好啊,从今往后。要多少有多少」"

笑んでやると彼はひどく嬉しそうに、新たなキャンバスを用意し始める。
见他笑得如此开心,我便开始准备新的画布。

その樣子を眺めながら、パーシヴァルは真っ青に染まった窓を見つめた。かつて空の世界でジークフリートと並び見た空の色と、それは酷似していた。
帕西瓦尔望着这番景象,目光落在被染成湛蓝的窗户上。那颜色与从前在天空世界与齐格飞并肩所见的天色,极为相似。

同居に向けての、引っ越しの準備が終わるころ、パーシヴァルはベッドの下から一つの紙片を見つける。薄い半透明の紙で、まるで彫られたような赤い字が、かすかに下方だけ読みとれた。その他はもう透明になってしまって、判読が出来ない。
同居搬家准备接近尾声时,帕西瓦尔在床下发现一张纸片。薄如蝉翼的半透明纸张上,唯有底部能勉强辨认出几行雕刻般的红色字迹,其余部分早已褪成透明,无从解读。

『さいごに、あいしているといいたかった。つぎも、-のもとへ』
『最后,想对你说我爱你。下次也,-的身边』

それだけが幼い子供が描いたような字体で残されていた。それが結局何だったのか、パーシヴァルには分からず。
只有这行如孩童般稚拙的字迹残留着。那究竟意味着什么,珀西瓦尔终究未能明白。

さすがに捨てることはなかったように思うが、いつの間にか、その紙片は手元から消えていた。
虽然觉得不至于丢弃,但不知何时,那张纸片已从手边消失无踪。

終、空の色は斯くも美しく
终焉,天空之色竟如此美丽

夜、深い夜に、本能のままにパーシヴァルの居城ヘ旅立った。目的は別れを告げるためであるが、心はまだ、迷っていた。
夜,深夜里,我遵循本能启程前往珀西瓦尔的城堡。虽为告别而去,内心却仍徘徊不定。

もうとうに人ではなくなっていた。
早已不再为人。

今、この時でさえ背から生えた翼で空を飛んでいる。人の身から突き出た羽は容易く意思に従い夜の中を音もなく飛んでくれた。
即便此刻,他仍用背上生出的双翼翱翔天际。从人类身躯伸展出的羽翼轻易顺从意志,在夜色中无声滑翔。

おかげで誰にも察せられることもなく、次代の王、パーシヴァルの部屋に、辿り着くことが出来た。不用心なことに、窓は開いていた。
多亏如此,他未被任何人察觉地抵达了下一任国王——珀西瓦尔的房间。令人意外的是,窗户竟敞开着。

パーシヴァルは書簡を読んでいるように見えた。炎のような赤い髪はすっかり長くなり、目元には年相応の皺が表れるようになった。精悍さが増しているが、変わらずに美しい顔立ちだつた。魂の器量を表すようなその容貌を、深く、好いていた。窓の枠に降り立った時、貫くような赤い視線が、こちらに向くのが分かった。そして、パーシヴァルは言った。
珀西瓦尔看似正在阅读信函。火焰般的红发已长得极长,眼角浮现出与年龄相称的细纹。虽更添精悍之气,那张俊美面容却未曾改变。我深深眷恋着那副仿佛映照灵魂器量的容颜。当我在窗棂落脚时,便感受到那道锐利的红色目光朝我刺来。随后,珀西瓦尔开口道。

······随分と、乱暴な来訪だな。ずっと、待ってはいたのだが」
"「……真是相当粗暴的来访方式啊。虽然我一直都在等待。」"

この姿を見ても、パーシヴァルは、一つも驚きもしなかった。
即便看到这副模样,珀西瓦尔也丝毫没有感到惊讶。

ジークフリートには自分がどんな異常な姿になっているかよくわかっている。右手は、衣の隙間から隆起するように巨大な鱗が生えていた。手のひらも、すつかり竜のそれに変貌している。顏も皮膚を裂くようにして赤く明滅する黒い鱗が生えている。そして尻からは尾が生えていた。これらは全て、昨今変貌をしたものである。
齐格弗里德很清楚自己变成了怎样异常的姿态。右手从衣袍缝隙间隆起,覆盖着巨大的鳞片。手掌也完全化为了龙爪的模样。脸上皮肤皲裂,浮现出明灭不定的赤黑色鳞片。而臀部后方更是长出了尾巴。这些全都是最近才发生的异变。

どれだけナイフで削り取ろうと、削り取った分、次はより容量を増して、痛みを伴い体を覆ってくる。身が、魔物、それも竜に失せるのは、時間の問題だつた。そして最近は人語を理解しがたい状態になっている。人が食べるもの味も、なにもかもが薄く、希薄だった。こんな体で、いつまで騎空団におられようか。そう思い、別れを告げた。彼らに危害を加える前に。
无论用刀削去多少,削去的部分总会以更大容量、带着疼痛重新覆盖身体。肉体逐渐沦为魔物——不,是龙类,只是时间问题。最近连人类语言都变得难以理解。人类食物的味道,一切都淡薄得近乎虚无。这样的身躯,还能在骑空团待多久呢?如此想着,我选择了告别。在他们受到伤害之前。

自身が窓枠から動かないのを見て、パーシヴァルは自ら歩み寄ってきた。降りろ、と視線で促されて大人しく赤い絨毯に降り立った。足に続いて尾がどすんと音を立てて床に降りる。パーシヴァルは手を伸ばしてきた。そのまま、こちらの髪に触れ、手に触れ、頰に触れ。どれも優しく、暖かかった。彼の腕の中に抱かれたとき、ジークフリートは終ぞ忘れていた涙を流した。この涙も、きっと流すことが叶わなくなる。
帕西瓦尔见我始终未从窗台挪动,便主动走近。他用目光示意我下来,我乖顺地踏上红毯。随着双腿落地,尾巴也咚地砸在地板上。帕西瓦尔伸出手,抚过我的发梢,触碰我的手背,轻抚我的脸颊。每一下都温柔而温暖。当他将我拥入怀中时,齐格飞流下了早已遗忘的泪水。这泪水,终有一日也将无法再流。

パーシヴァルのことはずっと好いていた。この身が人であったなら、常に共にはいられないが、それこそ魂の伴侶としてあれたかもしれない。
我一直深爱着帕西瓦尔。若这副身躯仍是人类,虽不能常伴左右,或许真能成为灵魂伴侣。

「お前のことは、ずつと好いていた。パーシヴァル。········だから今日、お前と別れなくてはならない。こんな体で、こんな化け物が、お前の傍にあれるわけがないだろう」
"「我一直都深爱着你,珀西瓦尔。……正因如此,今天我必须与你分别。以这副身躯、这般怪物的模样,怎能继续留在你身边。」"

喉が勝手に唸った。慟哭に近いのか、竜に近づいた声帯が勝手に震え、ぐるる、と低く唸り続ける。パーシヴァルはじっと、こちらの目を見ていた。そして、やさしく笑んだ。
喉咙不受控制地发出呜咽。近乎悲鸣的颤抖从接近龙类的声带中溢出,低沉地持续呜鸣着。珀西瓦尔只是静静地凝视着我的眼睛。随后,温柔地笑了。

「言ったろう。·······生涯の伴侶はお前だけ。どんな姿であっても、貴様はジークフリートであるし、俺が愛しく思うジークフリートに変わりはない」
"「我说过的吧。……此生伴侣唯你一人。无论你变成什么模样,你都是齐格飞,是我深爱着的、永不改变的齐格飞。」"

ああ、パーシヴァルは何処までも、まっすぐで優しく、残酷なのか。それでも間違いなく、パーシヴァルの言葉は嬉しかった。
啊,珀西瓦尔无论到哪里都是那么直率、温柔,却又如此残酷吗?即便如此,毫无疑问,珀西瓦尔的话语确实令人欣喜。

彼に別れを告げて空ヘ帰ろうとしていた体は簡単に抱き竦められて、あまつさえ、自ら彼の背に手を回してしまっている。身に感じる体温は、パーシヴァルのそれで間違いなかった。
正欲向他告别、回归天空的身躯轻易被揽入怀中,甚至自己主动环上了他的背脊。肌肤相触的体温,毫无疑问正是珀西瓦尔的。

ベッドに誘われた時、どのような顔をしていいか、分からなかった。この身を見て尚、抱きたいというのだろうか、と。ああ、それなら諦めてくれるだろうかと、そう思った。だから彼に従って寝台に上がり、衣を脱ぎ、もはや襤褸キレのように身にまとつていたマントを落とした。
当他邀我共枕时,不知该作何表情。莫非在目睹这副身躯后仍想拥抱吗?啊,若是如此,或许会放弃吧——这般想着。于是顺从地登上卧榻,褪去衣衫,将早已褴褛如碎布的斗篷卸下。

心臓を中心に鱗が生え、こんなに暗い部屋でも赤く、鈍く光る体など気味が悪くて仕方ないはず。ジークフリートはそう思っていたのに、パーシヴアルは迷うことなくこちらの手を取り、ロづけを施してきた。
以心脏为中心蔓延的鳞片,即使在如此昏暗的房间里也泛着暗红微光的身躯,本该令人毛骨悚然。齐格飞本是这么想的,但帕西瓦尔却毫不犹豫地牵起他的手,落下亲吻。

一切の迷いもなく、来い、と命じ、仕方なく彼に凭れた自身に丁寧に丁寧にロづけしていく。初めは頰、そして胸、腹。鱗の上でもお構いなし。尻尾にまで触れようとしたときは、流石に尾を内側に丸め込んでやめさせた。
毫无迟疑地命令道'过来',他只得无奈地倚靠过去,任对方从脸颊到胸膛再到腹部,一遍又一遍细致地亲吻。就连鳞片也未能幸免。当那双手试图触碰尾巴时,终究还是蜷起尾尖制止了。

「躊躇は、しないのか」
"「你难道......毫不迟疑吗?」"

······言ったろう。俺が愛しく思うお前に変わりはないと」
"「……我说过的吧。我深爱的你从未改变」"

パーシヴァルはあくまで優しくそう言って、ほら、そこへ寝ろと枕を示した。下になれというらしい。少しだけ驚いたが、不思議と拒絶感はなかった。パーシヴァルが己にまたがるようにして、自らの衣を落としていく。均整の取れた体つきは、何も変わらない。思わず触れようとして、止めた。が、すぐにパーシヴァル自身の手が掬い取って触れさせてくる。しっとりとした人の肌の感触が、愛しかった。
珀西瓦尔始终温柔地说着,来,躺这儿吧,他指了指枕头。意思是让我在下面。虽然有些惊讶,却奇妙地没有抗拒感。珀西瓦尔跨坐在我身上,褪去自己的衣衫。匀称的身躯一如既往。我不由想伸手触碰,又缩了回来。但他立刻握住我的手贴上他的肌肤。湿润的人类肌肤触感,令人眷恋。

パーシヴァルの手がまた愛撫を始める。鱗が生えてしまった部分は流石に感覚が鈍いが、肌が残る部分は、パーシヴァルの手が触れるだけで痺れる様に甘く、心地よかつた。
珀西瓦尔的手又开始爱抚。虽然长出鳞片的部分确实感觉迟钝,但残留肌肤的部位只要被他触碰,就会泛起甜蜜酥麻的快感。

乞うように触れてもらい、やがて、パーシヴァルの手はこちらの下半身ヘ向かった。脹脛以下は、もうすっかり鱗で覆われて足などはもう人のそれではない。だが不思議なことに男性器はそのままで、それに付随するものもまだ人のままだった。しかし触れられるのを躊躇うのは仕方のないことであると、分かってほしい。
即使乞求般地让他触碰,珀西瓦尔的手最终还是滑向了我的下半身。小腿以下早已布满鳞片,那双腿已非人形。但奇怪的是,男性特征依然保留着,相关部位也仍维持人形。然而请理解,对触碰感到犹豫是再自然不过的事。

「ん········ツ」
"「嗯······嗯」"

細い指が触れ、緩くしごかれる。甘く濃い快楽は久しく味わったことがなく、自然と彼の手に自身を擦り付けていた。パーシヴァルが眉根を上げ「ほら、やはり変わりない」と意地悪く笑った。
纤细的手指抚过,缓缓揉捏。久未尝过这般浓烈甜美的快感,身体不自觉地在他掌中磨蹭。珀西瓦尔挑起眉梢坏笑道:「看吧,果然没什么不同。」

「おい、········パーシ、う」
"「喂,········珀西,呜」"

反論する前に唇がふさがれてしまう。薄い彼の唇から漏れる熱い舌が、好きなだけ口腔を楽しんでいく。絡めてやろうか迷っているうちに吸い上げられて、彼の主導のもとに喘がされる羽目になった。舌は丁寧に何度も吸われ、合間にも下半身にやられた手は動いたまま。
反驳的话语还未出口就被封住了唇。从他单薄唇间溜出的炽热长舌,肆意享用着口腔每一寸。正犹豫是否要纠缠时,反被吸吮得彻底,只能在他的主导下喘息连连。舌尖被反复细致地吮吸,同时下半身那只作乱的手也未曾停歇。

久しく自慰などもしていなかった。あっという間に熱が集中し、達しそうになる。腰を引きたくなつたが、もう反対の手でがっちりと掴まれてしまい、そうもいかない。
许久不曾自渎的身体敏感得可怕。快感瞬间汇聚,濒临顶点。本能想后退躲闪,却被另一只手牢牢钳住腰肢,动弹不得。

「······う、パーシヴァル、もう」
"「……呜、珀西瓦尔,已经」"

「出せばいい」
"「释放出来就好」"

「ぐ········うッ」
"「咕……呜」"

耳元でささやかれ、舌が外耳を舐っていった。途端、彼の手の中に吐精してしまう。甘い痺れはずっと下半身から消えず、精液も随分長い間出たように思われた。やっと出し切った頃には、疲れて枕に顏を埋めてしまった。角が布を裂く感覚があったが、そんなことにも構ってはいられない。
耳畔低语呢喃,舌尖扫过外耳。瞬间,他在对方掌中泄了精。甜美的麻痹感久久未从下半身消退,精液似乎也持续流出了相当长的时间。待终于释放殆尽时,他已疲惫不堪地将脸埋进枕头。虽能感受到犄角撕裂布料,却也无暇顾及。

「·······随分沢山出たな」
"「······真是射了不少呢」"

「········パーシ、ヴァル······疲れた」
"「······帕西,瓦尔······好累」"

「竜殺しが何を言う。········まだ、俺は何もされていないがな」
"「屠龙者有何资格说教。········哼,我可还没被怎么样呢」"

折角だからこれを使うかと聞こえた。何を、と枕から顔を上げた時、秘部に指が触れる感覚があった。確かに其処を使わざるを得ないのは承知しているが、まだ心の準備が足りない。
听到他说既然难得就用这个吧。正想问用什么时,从枕上抬头的瞬间感受到手指触碰私处的触感。虽然心知肚明不得不使用那里,但心理准备尚未充分。

指が何度も入りロを摩った。むず痒く、腰が勝手に摇れる。尻尾が天蓋の脚に勝手に巻き付いているのを見て、慌てて離させた。
手指多次进出摩擦着入口。酥痒难耐,腰肢不由自主地扭动。瞥见尾巴擅自缠上了床柱,慌忙让它松开。

「·······入れるぞ。暴れるなよ、寝台が壞れる」
"「……要进去了。别乱动,床会坏的」"

「んあ·······う、努力する·······」
"「嗯啊……呜、我会努力的……」"

初めは慣らすように一本。自身が出した体液が大量であったが故に、案外するりと指は入ってしまい、続けざまに二本に増やされた。
起初只是试探性地放入一根。由于自身分泌的体液量多,意外顺利地滑了进去,紧接着又增加到了两根。

「ん······? 柔らかいな·····使ったことが?」
"「嗯······? 好柔软·····你用过吗?」"

「んあ········あ········な、い······人には、誰にも······お前が初めてで」
"「唔啊········啊········不、没有······对人,对谁都没有······你是第一个」"

「人と言うことは、自分でか。······お前も、存外若いな」
"「说别人,其实是在说自己吧。······你倒是意外地年轻啊」"

「うるさい·······」
"「吵死了·······」"

顔を半分枕に埋めたまま、下半身は大きく割り開かれて指を入れられている。何という様だろうか。指が中を擦って、何かを探ろうとしているのが分かり、やはり腰を引きたくなる。
半张脸还埋在枕头里,下半身却被大大分开,手指正探入其中。这是何等景象。能清晰感觉到手指在内壁摸索探寻,让人不禁又想缩回腰身。

「こら、逃げるな」
"「喂,别想逃」"

「う·······」
"「呜·······」"

「顔を隠すのも、許さない」
"「连遮脸,都不被允许」"

半分覆っていた髪が手で払いのけられてしまう。赤く、欲情した目が見降ろしていた。美しい目に囚われている間に、じくりと内部が蠢く。
半掩面庞的发丝被一把拂开。那双泛红、充满情欲的眼睛正俯视着。当被这双美目禁锢时,体内深处开始蠕动。

「あ、そこツ·······やめ、」
"「啊、那里不行·······住手,」"

「は、此処か。·······深いな」
"「哈、是这里吗。·······好深啊」"

楽し気にパーシヴァルの指が見つけ出した箇所を弄くり始める。既に入り口は赤く熟れ、もっと強い衝撃を今か今かと待ち受けていた。
帕西瓦尔的手指欢快地找到了那个位置开始拨弄。入口早已熟透泛红,正渴求着更强烈的冲击。

「パーシヴァル、指じゃなくて、もっと·······」
"「珀西瓦尔,别用手指,再深入些······」"

尾が、彼の腰に巻き付いた。これは意図してのことではない。勝手にぐいと彼の腰を招き寄せて、陰茎同士を擦り合わせた。
尾巴缠上了他的腰际。这并非有意为之。它擅自将他腰身勾近,让彼此的性器紧密相贴。

「は、性急だな······仕方ない。········スキンはないが、いいか」
"「哈、这么心急······真拿你没办法。······虽然没有套子,可以吗?」"

「良い······お前の全部を、一晚だけ、俺にくれ」
"「好啊······把你的一切,哪怕仅此一夜,都交给我吧」"

パーシヴァルの赤い目が、より強く光ったように見えた。その赤に吞まれた瞬間、ずる、と体内にひどく熱いものが侵入してくる。
珀西瓦尔的赤红眼眸,仿佛燃起了更为炽烈的光芒。被那抹赤色吞没的瞬间,滑腻而滚烫的异物猛然侵入体内。

「ああつ······あ、パーシヴァル······愛して········う」
"「啊嗯······珀、珀西瓦尔······我爱你······唔」"

「ああ、俺も愛している。······ジーク、一夜と言わず」
"「啊啊,我也爱你。……齐格,别说一夜」"

まだ無事な方の、人の手でパーシヴァルの背を抱いた。望むままにパーシヴァルはロづけてくれる。唇だけではなく、頰にも、額にも。まるで子供をあやすように、何度も口づけを下ろしてくれた。体内が、触れられたところが、熱くて、堪らなかった。この熱で身を焼いてほしいと、願いたくなるほどに。
尚且完好的那只手,被人用来环抱住帕西瓦尔的背。帕西瓦尔如他所愿地献上亲吻。不仅是嘴唇,还有脸颊、额头。仿佛哄孩子般,一次次落下轻吻。体内、被触碰的地方都热得难以忍受。甚至渴望用这份炽热将自身焚烧殆尽。

清い水で体を拭かれた後、簡単な衣が身にかけられた。清潔な香りがして、微睡みかけていた頭が半分覚醒する。
被清水擦拭身体后,简单披上了衣衫。洁净的气息让半寐半醒的头脑略微清醒过来。

化け物の体でも微睡むことはあるのか驚いてしまった。身を起こすと、パーシヴァルが職務で使っているであろう机から、ひとつ、何かを出した。
惊讶于即便是怪物的身体也会打盹。撑起身子时,从珀西瓦尔办公用的桌上取出了一样东西。

「······ジーク、これを」
"「……齐格,这个」"

差し出されたものを見て、心臓が割れそうになった。一番、見たくはなくて、一番に欲しいものが、黄金の輝きを以てそこにあった。
看清递来的物品时,心脏几乎要碎裂。那是最不愿见到、却又最渴望拥有的东西,此刻正泛着金色的光芒躺在那里。

指輪は月光だけが差し込む部屋でも十分に光り、淡く柔らかい光を持っている。高価なものであることは、一目で分かった。
即便在只有月光透入的房间,戒指也足够闪耀,散发着淡雅柔和的光芒。一眼便能看出其价值不菲。

「もらえない」
"「不能收」"

一目で、迷わずにそう答えていた。
不假思索地,一眼就给出了这样的回答。

「何故だ」
"「为什么」"

「俺はもう、人ではない」
"「我已经,不再是人类了」"

「「人」の貴様ではなく、ジークフリートという存在に渡したいと願っても?」「お前は!······お前は、もう、王になって、民を導く存在だろう·····俺のようなものではなく、きちんとした伴侶を」
"「不是作为「人类」的你,而是希望将这份心意传递给名为齐格飞的存在吗?」「你!······你已经是,成为王,引领民众的存在了吧·····不该是我这样的,而是该有相配的伴侣」"

「貴樣以外を愛せと、そう言ったか」
"「除了你这家伙以外,去爱别人——你是这么说的吗?」"

声は静かだったが、パーシヴァルの表情は憤然としていた。怒る彼を前にして、それでもジークフリートは歯嚙みした。幾度となく押し問答して、それでも彼は譲ろうとしない。
声音虽平静,珀西瓦尔的表情却充满愤慨。面对盛怒的他,齐格弗里德仍咬紧了牙关。无数次争论过后,他依然寸步不让。

「·······パーシヴァル······どうして、」
"「……珀西瓦尔……为什么,」"

「······俺は不器用な男でな。愚直なほどに、お前しか見えていない」
"「……我是个笨拙的男人啊。愚钝到眼里只看得见你」"

彼の手が伸びた。鱗を避けずに頰を撫でていく。その柔らかな暖かさに、また淚が
他的手伸了过来。避开鳞片轻抚脸颊。那柔软的温暖,又让泪水

溢れそうになった。頭を振る。愚かなのは、この身、この自身だった。「·······お前が愛すこの身は······もはや化け物でしかない。········これからも、きっと後
几乎夺眶而出。我摇摇头。愚蠢的是这副身躯,这个自己。「……你所爱的这副身躯……早已只是怪物。……今后,也必定会后

悔することになる。それでも良いのか」
你会后悔的。即便如此也无所谓吗?」

「何度も言ったろう。ジークフリート。貴樣自身を好いていると」
"「说过多少遍了,齐格弗里德。我喜欢的就是你本身。」"

「········」
"「········」"

自分でも驚くほどに大粒の涙がこぼれていくのが分かった。視界がにじんで、パーシヴァルの表情が上手く、読み取れない。ぼたぼたと落ちた先から淚は冷たい火になつて、シーツに幻想の炎を生やしていった。淚までもが、人ではなくなっている。それすら恐れずに、パーシヴァルは何の躊躇もなく自らの袖で涙を拭ってくれた。
我惊觉自己正落下大颗大颗的泪珠。视野模糊得辨不清珀西瓦尔的表情。泪滴坠落之处化作冰冷的火焰,在床单上燃起虚幻的火苗。连泪水都不再属于人类。珀西瓦尔却毫无畏惧,毫不犹豫地用衣袖为我拭去了泪水。

「そんなに泣き虫だったか貴樣は」
"你这家伙原来这么爱哭啊"

「誰のせいだと······」
"这要怪谁······"

「くく、そんなに赤い目で睨まれても怖くはない·······それで、どうする」パーシヴァルの手の平の指輪を、見つめた。円く、やわらかい金色の光。まるでパーシヴァル自身の、愛しい魂の気配のようだった。
"「呵呵,就算你用这么红的眼睛瞪我,我也不怕······那么,你打算怎么办?」凝视着珀西瓦尔掌心的戒指。圆润而柔和的金色光芒,仿佛就是珀西瓦尔本人那令人怜爱的灵魂气息。"

-······一度だけなら、触れても良いだろうか。
——仅此一次的话,可以触碰你吗。

指輪に触れたジークフリートの人の手を、パーシヴァルは是と見なした。指輪を受け、己の指に通してもらった。えたようにきちんと収まるのを見て、胸がひどく痛んだ。愛の文言と共に、指輪に口づけが落とされる。
帕西瓦尔默许了齐格弗里德触碰戒指的手。他接过戒指,任其套上自己的手指。当看到它严丝合缝地戴好时,胸口传来剧烈的疼痛。伴随着爱的誓言,一个吻落在戒指上。

この愛しい王の伴侶として、今日だけ、この一夜だけ、そうあろうとジークフリートは笑んだ。
作为这位挚爱之王的伴侣,仅限今日,仅此一夜——齐格弗里德笑着如此承诺。

意識が、途絶えていた。外には朝靄が立ち込めている。
意识,中断了。外面晨雾弥漫。

震える息は自らでも分かるほどに、熱く、腕や足から生える鱗も、灼熱のように、
颤抖的呼吸连自己都能感受到,炽热难耐,手臂和腿上生长的鳞片也如烈焰般滚烫,

熱かった。ああ、そうか、終わりかと、分かった。
灼烧着。啊,这样啊,是结束了吧,我明白了。

金の指輪はまだ無事だったけども、このままでは溶けて台無しにしてしまう。折角、これ以上なく愛しい男から得た、大切なものなのに、このままでは。
金戒指虽安然无恙,但这样下去终将被熔毁殆尽。这可是从最深爱的男人那里得来的珍贵之物,怎能就此——

もうすでに自由の利かない手で指輪を外した。指輪は、淡々と転がって、パーシヴアルの隣で止まった。自由になった左手を見、最後に指輪を見送って、ジークフリートは寝台から降りた。
他用已不听使唤的手褪下戒指。戒圈骨碌碌滚动,停在帕西瓦尔身旁。齐格弗里德望着重获自由的左手,最后瞥了一眼戒指,从床榻翻身而下。

マントだけをまとって、開け放った窓から、朝靄の満ちる空へ飛んだ。竜と人の思考半分程度で入り混じっていたはずの脳内は、今は喧しいくらいに竜の思考が満ちていて、勝手に元の住処である山に向かおうとする。それでも意思を捩じり消して、ジークフリートはフェードラッヘの奥、墓標の群に向かった。
仅披着斗篷,他从敞开的窗口跃入晨雾弥漫的天空。本应混沌交织着龙与人思维的脑海,此刻充斥着喧嚣的龙之意志,驱使着他飞向原本栖居的山峦。但齐格弗里德仍强压本能,扭转方向朝费德拉赫深处的墓碑群飞去。

喉から満ちるのは竜の咆哮で、自らの身と葛藤していることから勝手に口から洩れた。木々から怯えた鳥たちが飛び立っていく。急がなければ、と前夜と打って変わっていうことの利かない翼を動かした。
喉咙里满溢的是龙的咆哮,因与自身肉体的纠葛而不由自主地从嘴角泄露。受惊的鸟群从林间振翅飞散。必须抓紧时间——他挥动起昨夜还无法自如操控的双翼。

やがて、長い時間をかけて真っ白な墓標の墜落するように降り立った。常に花が満ちている、ヨゼフ王の巨大な墓の前である。この先に、ヨゼフ王はいる。
最终,经过漫长时光如纯白墓碑坠落般降临。此地永远鲜花盛放,正是约瑟夫王的宏伟陵墓前方。那位王者,就在这甬道尽头。

ジークフリートは、負っていた大剣を地面に突き立てた。
齐格弗里德将背负的大剑深深插进地面。

脂汗が止まらない。
汗水与油脂交织,止不住地流淌。

最早、竜でしかない自身は、この竜殺しの大剣をひどく恐れていた。それでも震える身を必死に抑え、ヨゼフの墓を見上げた。
早已化身为龙的他,对这把弑龙巨剑恐惧至极。即便如此,仍竭力压制颤抖的身躯,仰望着约瑟夫的墓碑。

朝靄はなくなり、空は鮮烈なまでに晴れていた。美しい青に、白い墓標は嫌味なほどに栄えていた。美しい蒼を、パーシヴァルの赤を、魂に刻み込む。唇を嚙み、言葉を、思い出せるだけの言葉を振り絞った。
晨雾散尽,天空澄澈得近乎刺目。纯白的墓碑在艳丽的蓝天下显得格外扎眼。他将这片苍蓝、珀西瓦尔的赤红,深深镌刻进灵魂。咬紧嘴唇,榨干所有能回忆起的词句。

『ゆる-して-ください』
『请-原谅-我』

『おれは-国のためではなく、-パーシヴァルのために、身を捨てます』
『我舍弃此身,不为国家,只为珀西瓦尔』

『彼のことを-忘れてしまう前に』
『在遗忘他之前』

『·······許してくれ、パーシヴアル······ああ、次は、人としてお前の傍に』
『······原谅我吧,珀西瓦尔······啊啊,下一次,我要以人类的身份陪伴在你身旁』

最後に人として渾身の力を振るって、大剣の突き出た逆羽で喉を深く深く、裂いた。
最后以人类之躯倾注全力,用大剑突出的逆羽深深割开了喉咙。

血が、地面に這って行く。
鲜血,蜿蜒爬向地面。

微かに遠く、遠く、足音が、聞こえた。
隐约听见,远处、远处,传来脚步声。

目が、開かない。手も、何も。それでも、赤い髪が見えた。
睁不开眼。手也、什么都。即便如此,仍看见了那红发。

名前を呼びたかった。勝手に行ったことを、謝りたかった。それでも結局、何も声にならず。
想呼唤你的名字。想为擅自离去道歉。可最终,一切未能化作言语。

伸ばした指は、紙片のようなものにしか触れなかった。
伸出的手指,只触到了纸片般轻薄的东西。

何も、聞こえなくなった。
什么也,听不见了。

空の青色と、彼の優しい炎の色だけが、濁った視界でまじりあって、やがて消えた。美しい蒼が、赤が、恋しかった。
天空的蓝色,与他温柔的火焰颜色,在浑浊的视野中交融,最终消散。那美丽的苍蓝,那赤红,令人眷恋。